ヘタレ勇者と魔王の娘
第1話 ヘタレは魔物とエンカウントする
  生暖かい風が吹き抜ける。
青々しく生い茂った芝生
  俺、ハジメ・ナイトソードは日課の芋堀りを終え。薬草を採取しに村の外まで出ていた。
「おっ、この薬草は使えるかな」
  いつもの様に薬草を採取。
そのまま近くの林に足を踏み入れ、一緒に茸も採取して行く。
「これは『笑い茸』か、何か色味が濃いな…」
  10年前、勇者が魔王を討伐してからというもの。
魔物の数が激減。それに伴い近隣の森や草原の穀物や薬草。茸や野生動物が良く育つ様になったのだ。
「一応持って帰るか…薬品に使えるだろうし」
  籠に茸を入れ、立ち上がり伸びをする。
刹那───きゃあああああ!!
女性の叫び声が林の中で響き渡る。
「!?」
  声がする方向へと走り出すハジメ。
木の枝や葉で頬が擦切れるが構わない。
  兎に角必死に林の中を走り抜ける。
少し開けた場所に出ると、そこには───
「た、たすけ──」
  艶々に輝くピンク髪の女の子が、木に吊るされていた。
しかもスカートの中が丸見えで。
「み、みみ見てないで助けなさ…助けて!!
もう漏れそうなのぉ!!!」
「なっ、あぁ。ごめんッス、今助けますから落ち着いて」
  兎に角、網目状になっているツルの上部分を引っ張ってみる。
「あれ? 普通なら此処引っ張れば解けるのに」
「ちょっ、揺らさないで!!」 
  そう言いつつジタバタする少女。
自分で揺らすなよ…。
「待て待て、暴れないで!! こりゃ、魔法で作られた『罠魔道具』だなぁ。
順序良く網目を切れば抜け出せるから…っと」
「ほ、本当に…?」
「うっ…」
  今気付いたけど、この子相当な美人だぞ。
潤んだ大きな瞳。細い腕に、白い肌。
フリフリの衣装には、大きな紅いルビィらしき物があしらわれていた。
何処かのお嬢様なのか?
「ねぇ、君って──」
「やっと見つけたぞ魔王の娘よッ!!!」
  俺の言葉を遮りながら、背後から大きな野太い声が聞こえてきた。
振り向くとそこには全身緑色で、大柄な体格に筋肉が目立つ。
そう、かの有名なオークさんが立っていた。
しかも片手には大きな棍棒を持っている。
てか、それよりも…
「魔王の娘?!」
  身体全身から嫌な汗が溢れ出すのが分かる。
「ちょっ、何かアンタ顔が青いわよ!?」 
「お、おおおおくに…ま、ま、ま、まま魔王の娘!?」
  どシャリと地面に尻餅を着いてしまう。
足や腰に力が入らない。
「何だァ?  人間のガキとお楽しみだったのか?
流石は淫乱リリアの娘、シファー様だなァ?ガッハッハッハ!!」
「──っ!!」
  オークの言葉にシファーと呼ばれた少女は顔を赤くし、きっと睨み付ける。
  や、ヤバいぞ。
話に付いて行けないし。コレ、俺は完全アウェイじゃねぇか…。
「さて、取り敢えずガキは死んでおけな?」
  腰を抜かしてやり取りを見ていると、オークは大きな棍棒を振り上げ…
「ちょっ、まっ、死ぬ!?」
「『防御魔法陣』!!」
──ガゴォンッ!!!!
「……はぇ?」
  振り翳された棍棒。
しかし、それは俺を直撃せずに目の前で止まってしまっていた。
  見上げてみると、棍棒の先端付近に大きな魔法陣が発動していた。それが棍棒を抑え、俺を助けてくれたのだ。
「ま、魔法?」
「くっ──もう、持たない!!」
「おおおおおお?!」
  シファーが苦しそうに手を翳していたのだが、耐えられずに下ろしてしまう。
それと同時に魔法陣が消えてしまい、棍棒が結局俺に落ちて来た。
勿論、腰が抜けているので逃げられはしない。
ゴンッ!!
「ぬぅ。邪魔が入ったが、結局で潰れたか」 
「そんな…」
「ガッハッハッハ!!  さてさて、シファー様も御一緒にあの世へ行きましょ…ぐべご!?」
  唐突に押し上げられたかの様に棍棒が跳ね返り、オークは棍棒を握り締めたまま自分の顔へ当てると、そのまま後ろへと倒れてしまう。
「いてて…鼻に少しぶつかったぞ?」
「はぇー…え?」
  鼻先を抑えながらハジメは立ち上がり、オークの腹を踏み付ける。
「ごぼっ!!??」
  オークは口から胃液を吐き出し、気絶しかけていた意識を強制的に戻された。
「お前、今彼女を殺そうとしたのか?」
「ぶっ、ごほっごほっ!!  貴様ッ、人間が…!!」 
「答えろ」
  ガンッと、棍棒を握り締めたままの拳の指を蹴り上げる。
──ボキボキッ…
「いぎゃっ!?」
  何故か悲鳴を上げたのは吊るされている彼女だった。
音からして痛々しいのか、シファーは耳を抑えて泣きそうな顔をしてオークを見ていた。
「そりゃあ、狙ってるに決まってんだろ。
魔王の血筋。その血を飲めば力は増大し、心臓を喰らえば長寿になれる!!
先代魔王が敗れてから、我々は跡継ぎを作る為に必死だった。
その娘が本当に魔王様の娘であるなら、その身を捧げ 次の魔王となる者へ受け継がれなければならない!!」
  オークの言葉にハジメは考え込む。
成程な、昔から魔王の血の噂は聞いていたから知っている。
魔王の血を得し者。災厄の力と永遠の命を手に入れるとされている。
狙う理由は分かるが、腑に落ちない所があるな。
「それなら、何故殺す?
生かしておいた方が良いだろ?」
「はっ、狙ってんだよ誰しもが!!
新しい魔王の椅子ってのをなァ!!」
  それが本音か。
頭に血が一気に上るのが分かる。
先程まで我慢していた何かがプツリと切れる音がした気がした。
「小せぇ女の子追っ掛け回して、私欲の為に殺そうってか?
ふざけんじゃねぇよ!!」
バキィバキバキ───!!!!
  怒りの余りに振り降ろした拳が、オークの右肩へと減り込む。
骨が折れ、砕ける音と感触が拳に伝わって来る。
  覚えているものだな、オークの弱点ってヤツを。
「何故骨がッ?!」
「それだよ」
 俺は棍棒を指差す。
「お前等オークやゴブリンは、主に棍棒を使うから肩に疲労が溜まりやすいんだよ。長年無意識に蓄積したダメージは骨や筋肉を痛めやすい」
  ゴキリと手首を何度か鳴らしながら回す。
「お前等魔物の弱点くらい、俺は嫌という程知っているぞ?
それでもまだやるか?」
「ぎっ…今日の所は ひ、引いてやる!!」
「今日は?」
「ひぶっ!?」
  精一杯の目付きをキツくして睨む。
怯んだオークは腰が抜けているのか、俺が腹から降りたというのに、四つん這いになりながら左腕を必死に杖の様に着きながら逃げる。
  俺は一呼吸整えて少女、シファーの方へと振り返え。
「ごめん、直ぐに解くね」 
  ツルへと手を飛ばすと──
ジョロジョロ…と水が滴る様な音が耳に入ってきた。
「──は?」
「──────っ〜!!!」
  赤面したシファーが潤んだ大きな瞳を向けて来ている。
紅い大きな瞳が揺れ、耳まで真っ赤になりまるで茹でたタコだ。
「取り敢えず…俺の家に来るッスかね?」
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