僕の恋人は僕が嫌い

椎名

堂本孝人は試す。


 お前さぁ、なんか良いことあった?

 堂本孝人の友人、河北が携帯ゲームを操作しながら呟いた。友人━━と呼ぶには孝人自身の認識が大いに足りていない部分もあるが、河北の名誉の為、目を瞑っておくとしよう。
 河北は画面から目を離さず何とも気の抜けた声で尋ねていた。孝人としても、脈絡なく寄越されたそれに怪訝とする他ない。

「つーかぶっちゃけ、彼女できたろ」

 河北のゲーム画面にWINの文字が上がる。ちなみに、携帯用とはいえゲーム機材を校舎へ持ち込む行為は当然に禁止である。

「いねーよ。何の根拠だよ。霊感しょーねんでもなったの、お前」

 こちらもまたやる気のないトーンで返した孝人に、河北は慣れた手付きでセーブボタンを押すと漸く孝人へと向き直った。

「なーんか、最近たのしそーじゃん? 常ドライのお前がそんな顔するとか、こりゃあ女が変えたのかなーっと」
「クソつまんねードラマかよ」
「わかる」

 ゆるゆると笑い声が上がる。孝人が孝人ならば、河北も河北であった。類は友を呼ぶのである。

「で、どーなのよ」
「だからねーよ。……色々ちょっかい掛けてるだけだ」
「好きな子に?」
「嫌いな子に」
「はーぁ?」

 河北の反応は至極当然のものだ。嫌いだから手を出すだとか、まるで小学生ではないか。それをこのミスタードライの堂本が?
 河北は孝人の語る現状をまるで理解できずにいた。

「誰よ。このクラスにいる?」
「ああ。そこ」

 前方へ向かって顎を差し向ける。孝人の席順は孝人自身の長身の問題もあって最後列が常だ。前方なのは当然だろうなと黒板へ背を向けていた河北も振り返る。教室内は適度にバラけ自然なグループが作られていて今日も平和な様子だった。

「いや、どれよ」
「黒板消してんだろ」

 グループ分けの例外といえば、クラスカースト上位で気さくにどこのグループにも入れる者。下位も下位で所謂一匹狼、もしくはスケープゴートになった者だと相場は決まっている。
 そして、黒板に残された前授業の痕跡を消す彼は誰から見ても上位に位置する━━子供のなけなしの防衛手段たるグループを必要としない人間だった。

「━━って、霧島かよ!? よりにもよって!?」

 驚きつつも咄嗟に声を小さくする芸当を見せた河北は心持ち孝人へと詰め寄った。

「や、前から変な奴だとは思ってたけど、やっぱ変な奴だったから」
「いやいやいや」

 引き攣った顔で首を振る河北を、孝人は珍妙な生き物を見る目で見ている。並みの人間なら心が折れる視線だ。

「霧島はやめとけって。ファンがやべーだろ。つか霧島の何が不満なわけ」
「別に不満とかじゃねーよ。なんかイラつくだけ」
「ええ……」

 孝人の友を自称する河北も、堪らず困惑顔だ。
 いや、それって……それってさぁ……

「見てるとイライラするから苛めんの?」
「んー、まあ、嫌がらせはしてる」
「で、なに。泣かせたいの」
「泣かせたいな」
「…………」

 思わず沈黙した河北の脳内には、古い古い記憶が甦っていた。
 それって、さあ。どちらかというと。

「━━嫌いだからじゃなくて、好きな子に構ってほしくて苛める小学生みたいじゃね」

 次に沈黙したのは孝人だった。
 孝人の熱を知らないそれは性格であり、昔から冷めた子供だったので初恋もあやふやだ。当然、気になる子へ構って欲しいが為の嫌がらせなど発想すらない。

「……まーじかあ」

 黙り込む孝人の様子に勝手にサインを受け取った河北は唸った。チラリと、教壇前の特等席に着席する件の人の後ろ姿を盗み見てみる。そして頷く。

「まあ、正直わからんでもない」
「は?」

 小声をさらに潜めて、今度こそ体ごと詰め寄って河北は囁いた。

「や、だってあの見た目じゃん? なんか男の先輩に告られたとか聞いたことあるし。ファンクラブに普通に男いる時点でお察しじゃね」

 孝人もまた、霧島遠矢の背をぼんやりと見遣る。細い体だ。手首だって細く、テニス部の主将としてラケットを振るようにはとても見えない。けれど、背筋は張り詰めるように伸びていて、“らしいな”と内心で呟いた。うなじは白く、頼りなげに見えるそれを凛とした姿勢が薙ぎ払う。顔立ちは優しげで、アイドル顔ではなく俳優やモデル向きの顔だとクラスメイトの女子が騒いでいたことを思い出す。思えば、その噂をするのは女生徒だけでなかったような気もする。

「おい! おい堂本!」

 無心で霧島を観察する孝人に、河北は必死に意識を呼び戻した。あの堂本孝人が男を見つめているだなんて、不審すぎる。

「やっぱお前、霧島が嫌いなんじゃなくて好きなんじゃねぇの」

 確信ぶった河北の言葉に、孝人は。

「いや、やっぱ嫌いだ」
「えええ……」

 河北は項垂れた。この友人は心底わからない。

「あーじゃあアレだ。キモい話すっけど、霧島とキスすること考えてみ。いけたらそれはもう“好き”だ。無理吐く、てなったら嫌い。いいな? チンコは信じんな。チンコはすーぐ裏切っから」
「なんだそれ」
「診断。なんかうちの姉貴がやってた」
「へえ」

 ━━キス、ねえ。
 霧島宅で親子丼をご馳走になった日のことを思い出す。おそらく、アレが最も霧島へと接近した日であった。

「飯は嫌いじゃねぇけど」
「いや、何の話だよ……━━て、そうだメシ! 昼休みあと何分だ!?」

 孝人と河北が語り合っていた時間は昼食休憩だ。そして時計の針は午後の授業開始に迫っていた。

「ギャー! 堂本のバカヤロー!」
「いや、お前がゲームしてたからだろ」

 騒ぎながら慌てて惣菜パンの袋を開く河北を、霧島は振り返ってクスクス笑いながら見ていた。
 相変わらず綺麗な笑顔だった。

「━━胸糞悪ぃ」

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