僕の恋人は僕が嫌い

椎名

霧島遠矢は噤む。


 その学園で霧島遠矢について訪ねたのならば、返ってくる言葉は概ね好意的なものだろう。

 とある男子生徒は言う。「霧島? あー、あいつなー。いい奴だよなー。この間さ、階段の上で山根がプリントばら撒いた時なんて、一番下まで行ってぜーんぶ拾ってきてさ。こう、息をするように善行が出来る奴だよなあ。山根なんて感動のあまり半泣きだったぜ」
 とある女子生徒は言う。「うんうん、霧島くんはやさしーよお。もうボランティア精神溢れまくり? 最早趣味? て感じ。あんなスマートにフォローされたら、そりゃ惚れちゃうよねー。あ、あたしの話じゃなくて、これ友達の話ね? オフレコでよろしく!」
 とある上級生は言う。「霧島ね。いやほんとマジいい奴だから。俺、部活で何回フォローされたかわかんねぇもん。ああいうのをヒーローっていうんだよなー。女子の歓声全部持ってかれても嫉妬一つできません。むしろ男の歓声も飛ぶレベルです。ふはっ、笑える。頭上がりませんわー。いやマジでマジで」
 とある下級生は言う。「霧島先輩ですか? もーっ超カッコイイですよー! うち、実はブロマイド持ってるんです! 一回だけ話したことあるんですけど、集まりの中で一人だけ下級生のうちを気遣ってくれて、なんかほんと紳士って感じで! え? 知らないんですか? 霧島先輩、秘密裏にファンクラブあるんですよ。本人は知らないみたいですけど。ちなみにうちは会員番号三十二番!」
 とある教師は言う。「霧島かー。いやぁ、ああいう生徒が一人でもいると助かるなあ。教師が駆け付ける前に大抵のことは解決してるし、霧島に聞いておけば生徒間の問題は間違いない。その上教師に対しても態度は良いし……。近年稀に見る優秀生徒だ」

 霧島遠矢は。霧島遠矢は。霧島遠矢は。

 霧島遠矢は、


「これでいいんだ」


 うっすらと作られる笑みは、皆が見てきた、無条件に相手に安堵を与える『彼』特有のものではない。学園の人間が知らない霧島遠矢が、そこにいた。



「……これで、いいんだよね。兄さん」

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