美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

異世界再認識 注意しなければならない者は


 『法具店アマミ』の来訪者の仕業によって意識を失わされた店主と、店に遊びに来たニィナ。
 幸いニィナには特に異常はなかったが、店主の身に起きたトラブルがかなり深刻。
 意思疎通の一番有効な手段の、言語を理解する能力が奪われてしまった。
 店主に与えられた力は二つある。
 一つは寿命の延長。これは店主の物となったうえ、特別な能力ではない。
 しかしもう一つは言語を通訳する役割を果たす力。店主自身のものではなく、店主や店主の周りに影響が及ぶ力である。
 法王ウルヴェスの絶大なる魔力と魔術によって店主に与えられたもの。
 その言語に関する力を失ってしまった。

 店主は真夜中の一人きりの病室で、真っ青になっている。
 言葉が通じないから、ではない。

 なぜ力を失う際に気を失ったのか。
 そして謎の来訪者が来た時の違和感の正体。
 店主の記憶と知識によってそこから結論が導き出された瞬間、言葉が通じない問題は彼にとって些細なことに変わる。
 それほど重要なことではあるが、それを伝えるにふさわしい相手がいない。
 いるとするなら、店主もどこに行ったか分からないセレナとウルヴェス、そして国の役人くらいのものである。

 気を失っていた時間の店主にはまるで眠っていたかのような感覚もあり、その真夜中からニィナが見舞いに来てくれるまでの間、まんじりともせず一睡もできないままだった。

「テンシュ、気分はどうだい? こっちはいつもと変わらなくて何よりだけどさ」

 ドアのノックに続いてドアを開ける音。
 そして元気な声が、実際はそうでもないが大きく個室の病室内に響く。
 見舞いの品なんて立派なもんじゃないけどさ、と言いながら傍のテーブルに置かれた物は、果物が入った袋。

「……随分青い顔してるな。ひょっとしてまだ喋れない?」

 店主は放映機が置かれている台に備え付けてあるメモ帳とペンを手にする。

「何々? 『話すことは出来ない。でも書くことは』……って、頭どっか打っちまったのか? 診察……にはいくらなんでも早すぎるし」

 再びメモに何かを書く店主。

「『早口は聞くことが出来ない。ゆっくり話して』……って、子供をあやす感じだな。……普段なら笑うとこだが笑いごっちゃねぇよなぁ、これ」

「あら、ずいぶん早いんですね。えーと、ニィナさんでしたね」

 ノックの音にも気付かなかった二人。入って来たのは看護師。
 夜勤交代直前の巡回。

「あぁ、昨日は駆け込みしちゃって申し訳ないね。って、こうして今言えるけど、あん時は周りに心配させちゃったからな。で、テンシュが書いてくれたメモ。声は出ないっぽいね」

「……字は上手だけど、何か……、何かおかしいわね。あ、体の異常とかじゃなくよ? それにまだ顔が青ざめてるわね。まぁそのことも先生に後で報告するわね。さてっと、テンシュさん、体温測りますねー」

 脇に挟めて測る体温計。その扱い方は店主が知っているものと同じ。
 体温が計測されるまでニィナは看護師に、店主に制限されていることを聞く。

「先生からは特に注意することは伝えられてないわね。食事制限もないし、言葉の件がなければすぐにでも退院できるけど。……体温は……うん、平熱ね。じゃあ次の巡回は先生が来るから」

 看護師は病室を出て次の患者に向かう。
 出て行く看護師を見て、店主の方を向くニィナ。

「それにしても……何がどうなってこうなったのか、さっぱり分かんねぇ。あん時、店に誰かが来たってのは分かるけど全身が黒い者としか記憶にねぇしなぁ。テンシュに突き飛ばされて、気付いたらテンシュが気を失ってて……。それにしてもセレナはどこに行ったのやら……」

 椅子に腰かけ店主を見るニィナ。
 そのニィナを見て店主はまたメモを書く。

「筆談も一々やると大変だね。何々? 『きてもらって、すまない』? なぁに、気にすんなよ、テンシュ。あんたあたしを守ってくれたんだろ? 何者か知らねぇし、そいつの事もっとしっかり見ときゃよかったけどさ……。でもあたしよりセレナが来てくれる方があんたも心強いだろ。って、早口で喋ったら分かんないんだっけか。えーと……」

 ニィナは少し考え込む。そしてゆっくり店主に話しかける。

「セレナ、いなくて、寂しいだろ」

 青ざめていた店主の顔が急に赤くなり、思わず店主は声を出す。

[ん……んなわきゃあるか! 別に何とも思ってねぇよ!]

 ニィナは目を丸くする。
 大声が出たこともそうだが、何よりその言葉に驚いた。

「あ……あんた……」

 出した言葉を取り消すかのように、店主は思わず両手で口を隠す。

「この国の人じゃないね? 今なんて言ったのか分かんなかった。……あんた、どこの国の人? 聞いたことのない言葉だよ? ……この世界に存在しない言葉なんて、あるのか?」

 異世界同士が接触する際、相互理解を深めずに敵意を持てば戦争が起こる。
 これは店主が、巨塊の件の時から考えていたこと。
 異世界の存在を知らなくても、知らせなくても互いにこの世界で平穏に生活できる。
 そして日本との縁も薄らいできたように思えてきたこともあり、自分の過去は語る必要はないし、語る理由もない。

 しかしその店主の姿勢が、自分の身にさらに難問を降りかけることとなった。

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