美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

引っ越しまでの…… 『天美法具店』からの


「私とこの人と初めて出会った心に残る物をいつまでも残していただきたいのです。できれば、あのとるまりんよりも大事に、大切にここに残しておいていただきたいのです。それは、手元にあるよりもこの店に残すことで意味があるので」

 『天美法具店』の外にあるトルマリンの塊の譲渡の交換条件を持ち出したセレナ。
 東雲と九条から注目を受ける中で出した話は二人にもったいぶらせる言い方。

「……それはどんな物でしょう?」

「私達に出来ることであれば」

 店主は一人下を向く。しかしその顔はその二人に見せられない、してやったりの顔。
 セレナの次の言葉をそのまま待つ。

「この店の入り口の扉です。あのままでは外からの衝撃でぶつかったりして破損することがあります。店内のどこかに移していただけるとうれしいのですが」

 東雲と九条は自分の耳を疑っている。どんなことを言われるのか内心びくついていた二人は気が抜けた思いが心の中を占めていく。
 セレナの術で、この店の扉はガラス製からそのトルマリンの塊の一部を材料とした物となっている。普通のガラスよりも丈夫のはずだが、念には念を入れる。

「俺はこの店から身を引いたが、それでもこの店をずっと存続してもらいたいという気持ちは強い。そしてあの扉を……例えば俺の私室の作業場の入り口に挿げて二重の扉にしてもらえたらと思うんだ。あそこならリフォームしたところで大した邪魔にならんだろ?」

 そんなことでいいのかと、まるで言われたことを互いに確認するかのように二人は何度も顔を見合せ、店主とセレナの方を見る。

 九条が事務室に連絡し手配する。
 そこからは店の動きは速かった。それでも業者がくるのは翌日になる予定。

「工事は見届けますか? もしそうなら一旦住まいに戻られては? もしくは二階に?」

「二階に泊まらせてもらおうかなって思ってる。いいかな?」

「いいも悪いも、お店は引き継ぎましたがお部屋までは手を付けるわけにはいきません。建て直しする時などは勝手にやらせてもらいますが、それ以外はむやみやたらに人の住む所に足を踏み入れませんよ。ということは、建て直しした後もあの扉はそのまま活用するようにすればいいですね?」

 東雲が気を利かせる。
 この建物は東雲にとっては先々代の社長である店主の父親が建てたもの。
 店主の小さい頃の思い出も詰まっている我が家でもあるが、いつかはこれも朽ちていく。
 あの一見ガラス戸の扉も一緒に処分するのではなく再利用してもらえるなら、セレナの世界で生活している店主にとってはかなり便利な道具となり、力を見る能力以外に何の力もない彼にとっては強力な武器にもなる。
 そして、ごく最近加わった思い出の品でもある。
 東雲の言葉は店主には有り難い。

「そろそろ閉店時間ですが、夕食がまだでしたらば帰って来るまで私は残っていますが……」

「そこまで気を遣わせるのも悪い。店屋物の注文で済ませようか」

「天美法具店」の従業員達の勤務に支障が出ないように二人は外出を控え、二階の店主の住まいに移動した。

「二十年ぶりだな、この部屋。にしても掃除はきちんとされてるじゃないか。まぁ有り難いとは思うがな」

「テンシュには久しぶりでも、あの人たちにとっては先日の事でしょ? ここでも感覚ずれてるね、テンシュ」

 セレナはいたずらっぽく笑う。
 従業員達にとっては二日ほどしか経ってはおらず、店主が想像する汚れはどこにも見当たらない。
 二十年も放置されていれば、二階すべてが埃だらけであることは間違いないだろう。
 移動先の日にちと時間は移動先の扉が健在であれば、その時に店主がいない日時であれば問題なく移動できる。
 そして異世界での生活の年数相応に店主の容姿が変わっていたら、セレナの考えた計画はただの絵空事になっていた。
 法王ウルヴェスからの、店主にとっては余計なお世話の褒美がなかったら、このやり方は成立しなかった。

「……この部屋も、資料以外は未練はないな。つまり寝室のベッドもどう扱ってもあまり気にしない。セレナ、お前使え。俺は今のソファでもいいや」

「……テンシュ、やっぱりこっちだと向こうにいる時より顔つきが柔らかだね。こっちのほうが落ち着く?」

 そう言う店主を見るセレナの顔も、見ている者に安らぎを与えるような表情である。

「ん? さぁどうだろうな。俺が生まれた家で、育った家で、戻って来た場所で……。そしてここから去る場所だ」

 それでもセレナには、店主の心中では懐かしさに浸っているのか、寂しさが去来しているのか、彼がそう言う様子からは読めない。

「テンシュ、寝室は私のところみたいに狭くないんでしょ?」

「お前の寝るところが狭いかどうかは判断に困る。二階全部が寝室と言えばそうなるだろうよ。壁がねぇんだから」

「それもそうだね」

 セレナは店主の回答にふふっと笑う。

「私、テンシュと一緒に寝たいっ」

「そんな関係じゃねえだろうが。あいつらの言うことにほだされたか? 水で顔洗って来いや」

 セレナは今度はケラケラと明るい声で笑う。
 セレナもそんなつもりはないが、そう言うこととは違うらしい。

「テンシュのお話し、聞きたいな。テンシュは私達に無関心だけど、私はテンシュに興味がたくさん出てきてるんだよ?」

 店主は目をつぶる。
 沈黙。

 そしてゆっくりと口を開く。

「……ない。ないな。話すことは、何もない」

 セレナはいつもと似たようなことを言う。しかし口調はいつもと違う。セレナはそれには気付かなかった。

「話す中身が、何もない。ってことだよ。面白おかしいことは、何もない」

 ノックの音。それに続いて東雲の声。

「出前が届きました。ここに置いておきますよ」

 そして階段を下りる足音。

「……まず飯、だな」

 店主はソファから立ち上がり、セレナには座らせたまま居間のドアに向かった。

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