美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

依頼・依頼人の壁 5


 法王である、今の姿は妖女のウルヴェス。
 玉座から立ち上がりゆっくりと降り、店主の傍に歩み寄る。

「言うたろ? そんなに怯えることはないと。テンシュ殿も言うてたではないか。この国の住民ではない者の命が消えようとも気にするまでもないようなことを。今ではテンシュ殿はこの国の立派な一人。妾が他の国民一人一人に思うこと同様に、テンシュ殿もかけがえのない存在の一人。それに……他人は我を映す鏡というぞ? テンシュ殿は妾を通して己を見ておるのかな?」

「……この世界に住み着いて二十年。だがやってることはその前からずっと、ほとんど変わんねぇ。俺んとこの常識がこの国の非常識だったりしたら、いつでも首が刎ねられちまうと思うとな」

「テンシュ殿の非常識ぶりは、今に始まったことではないわ! あはははは! ……さて、本題に参ろうか。秘宝の蔵は妾の部屋への通路の奥にある。もっとも妾の部屋は妾の物ではない。王となるべき者の部屋。そのうち代が変わるであろう。さぁ、こっちじゃ」

 衛兵たちからも死角になる玉座の裏。
 そこにある隠し扉から中に入る。
 その通路の真ん中あたりの左右の壁に、向き合うように扉が一つずつ。

「私室には興味あるまい? 中に入ると、それこそ正気を失うかも分からんからな」
「クトゥルーじゃあるまいし……」

 妖女ウルヴェスは周りに側近の者がいないせいか、玉座の間にいた時よりは相当表情が穏やかになっている。
 むしろ親しみを感じさせるくらいだが、店主の体はまだ震えが止まらない。
 無意識に自衛の思いが生まれたのだろう。まだ記憶に残っている向こうの世界での、似たような話のタイトルの一部を口にする。
 しかし耳慣れない言葉にウルヴェスとセレナは無反応。

「だが外じゃジジィの姿だったが、ホームじゃそんな美しい姿をしてるたぁ思わなかった。容姿が正反対じゃねぇか。何か理由でもあるのか?」

「ほほ。テンシュ殿は恐れおののいていたようだが、この姿に惹かれる者の方が多くてな。だがどんな姿になっても接する態度が変わらぬテンシュ殿の方が好感は持てる」

「宗教家が相手によって好き嫌いの感情を持つってのはよろしくねぇんじゃねぇのか?」

「確かに差別は良くはない。だが区別は必要だと思うぞ。さ、ここじゃ」

 廊下の突き当りの扉に到着する。
 取っ手がない。スライドでもないし押して開ける扉でもない。
 店主達がどうやって開けるのかと聞くまでもなく、ウルヴェスは扉に手をかざす。
 すると目の前の扉と壁は消え、どこからか仄かな明かりが灯る広い空間が目の前に展開された。

「慌てるでない。扉を越えただけよ。ほれ、これで中が見渡せるだろう」

 二人はその広さに息を飲む。

「この部屋はの、空間が捻じ曲げられて皇居の中に収めておる。じゃから、ひょっとしたら皇居よりも広いかもしれんの」

 煌びやかな装飾品、貴金属、宝石が、天まで届きそうな棚の列に、すべて同じ大きさの透明な箱の中に入れられ保管されている。

「で、どのような物を必要としておるのだ?」

 じっくりと中を見渡す店主。
 これぞという物はこの中のどこかにあるだろう。
 ウルヴェスからの質問に、セレナと二人で出たことを伝える。

「……宝石を素材にして外枠めいた物を作った。結論としては、輝く物や透き通る物は、長時間の対局では目が疲れやすいだろうということで、そういった性質は除外する。従来の素材に似た木目調のような石があれば、と思ったんだが……ここなら適した木材もありそうな気がするんだが」

「木材は長持ちしない。一生を終える間に二つほど朽ちてしまう。ましてや此度の依頼は国主杯の賞品。この世のすべての物は、いずれは劣化してしまう。それでもなるべく長く保てる物を素材として、国主杯の賞品を作ってもらいたい。ならば、石材が良い。冒険者の鎧の素材ならばさらに長く持つだろうが、それに見合った石の素材の問題もある」

「石と言えば、テンシュと話し合ったんですが、盤に石を置くときに衝撃が起きたらどちらかが欠けたり割れたりするかもしれないと。それを和らげる特徴もあればいいんですが」

 店主に続いてセレナもウルヴェスに要望を出すが、ウルヴェスはやや冷めた反応を見せる。

「いくら法王の座にいるほどの者とて、そこまでは一つ一つ推し量ってはおらぬよ。石を見る力だけは、むしろテンシュ殿の方が上、かの。だが木材のような色合いで、輝きが少ない、透き通る物ではない宝石と言ったらば……この辺りだの。それくらいは分かるわ」

 皇居に来てからの店主は、何度生唾を飲んだか分からない。皇居を見て、店主が普段見ている姿と違うウルヴェスを見て、そして今度は秘宝蔵の中の宝石の数々を見て感嘆の思いを持つ。

「俺の世界には存在しない物がゴロゴロ転がってるじゃねぇか……。難問は解決できそうだ」
「テンシュ殿の仕事っぷりを見ていたいのだが、いろいろと忙しい身での。玉座の間との扉の所に従者を一人置いておく。用が終わったらそこに向かうとよい。依頼に必要であるならば素材は好きに持っていって構わんぞ。量が多くなるようなら棚の横に置いてある台車を使うとよい。ではな」

 ウルヴェスは秘宝庫から立ち去る。
 取り残された思いを持つ二人。

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