美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます
『天美法具店』の店主の後悔の始まり 12
「えーっと、今私が担当する作業は、宝石の加工が中心になってます。作る物も片寄ってて、数珠やネックレス。イヤリングやカフスボタンなども手掛けることがありまして、それが法具店の売り上げにどれだけ貢献しているかを考えると、質を上げるための材料を仕入れる経費を上げてほしいとは言えません。木材関係の塔婆などの方が消費物として見なしやすい分そちらの売り上げが高いはずです」
全員が頷いている。これは店の現状の確認の発言。誤解は今のところ生じていないことを見て、発言を続ける。
「で、私の作業の素材を仕入れる経費が変わらず、取引先との付き合いも変わらないまま今よりも高品質の素材が入手できるかもしれない話が出てまして、当然それを材料とした品物が出来上がれば、それも今までの物よりも高品質になるわけで、そうなった場合の皆さんからの思いと言うか、期待度を聞かせてもらえたらと思いまして……以上です」
店主がこの店に入社してから十三年ほど経つ。若手と呼ばれる者達以外の従業員達全員は、店主よりも勤務歴が長い。その中には店主よりも年上の者もいるので、全員が集まった場ではへりくだるような口調になりがちになる。
従業員達はそんな口調には慣れないが、それも仕方のない事と受け入れている。
「つまり店の周囲との関係も変わらず、環境も変わらないまま商品の質の向上が狙えるという話でよろしいですか? 社長」
進行の東雲の確認に頷く店主。
「何かご意見はありますかな?」
「常時一定数を仕入れて商品も品切れにならなければ問題ないんじゃないですか? あるいは時期限定にすれば、生産量に限界が来ても無理しなくてすむでしょうし」
九条と共に、今日の店舗担当の若手の大道の発言である。
店主は、若手も思ったことを普通に発言できる職場づくりを目指している。思ったことだけなら、そこからいろんなアイデアも生まれる。諸行無常は世の常。しかし変化の行先は衰退だけではない。隆盛も変化の先の一つ。既成概念にとらわれない者の考え方も疎かにはしない。
他の従業員達からの意見も同意見が続く。
「か、仮の話だからあまり期待しないでほしい……のです」
普段の口調と、このような議論の場での口調が時々混ざる店主の話し方に雰囲気が和らぐ。
「じゃあ社長には、その見通しがつき次第……社長の独断で進められてもいいんじゃないでしょうか? 加工担当の炭谷君はどう思います?」
「自分も勉強になりますから望むところです!」
「ちょっとその言い方はおかしいかもよ? 意気込みは感じられて頼もしいけど」
注連野からの注意がさらに笑いが起きる。
店主は、良い職場を遺してくれた先代の父親に心の中で感謝する。
「えー、社長もちょっとお疲れ気味のようです。他に発言する者もいないようですし、大まかな打ち合わせも終わりましたので今日のところはここで終わりにしましょう。戸締りは社長がしてくださるとはおっしゃってくださったようですが、手早く皆さん全員で手分けして、なるべく早く帰宅しましょう。では戸締り後解散と言うことでお疲れ様でした」
進行の東雲はミーティングを締め、店主は全員に労いの言葉をかけ、こうして『天美法具店』の一日が終わった。
従業員の全員の帰宅を店の前で見送る。
一日の終わりは、長時間の肉体労働や取引先に詰めっぱなしの仕事ばかりだと疲労を感じることがある。この日の店長にはそのような仕事はなかったが、それよりも強い疲れが体の中に残っているのを感じている。
そんな激動の一日の先陣をきった店の前にあるアクロアイトの塊は、自分にトラブルを持ち込んでくる疫病神のように感じられた。
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