美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

『天美法具店』の店主の後悔の始まり 10


 セレナの店に転移した二人。
 椅子を勧められて座ったはいいが、セレナはもじもじしてなかなか用件を言い出さない。

「で? 見てもらいたい物ってのは何だ」

 セレナがもじもじしている。口から出まかせであることを店主は確信した。
 『天美法具店』から、今回は宝石の巨大な塊の撤去の前に来てほしいという要望に応えた店主。
 無理矢理連れて来ることはなかっただけ、話が通じるくらいには今のセレナの気持ちは落ち着いていることは分かった。
 セレナからお茶を出されたが、店長は口にしない。
 薬を入れたか魔法がかけているか、それくらいのしたたかさはあるかもしれないと店主は警戒している。

「え、えっと……こ、これ、これを見ていただきたいのですが」

 うわべを取り繕っているのはちらっと見るだけで店主にはすぐに分かった。
 店の壁に立てかけてある、柄が宝石で飾られた剣を彼の目の前に出すセレナ。
 刀身は間違いなくキレがある本物の刃。
 しかし柄に埋め込まれている宝石の数々を一目見て、店主は不快な感情を出す。

「戻せ。見てて不愉快だ。ただの剣とするか、美術品にする分にはそれでも良かろう。買う人の感性次第だからな。実用品として使うんなら、柄には何もつけない方がまだマシだ。下らん物を見せつけんな」

 セレナは固まった。
 普通に評価して、そのあとなぜここに連れて来たのかを問い詰められることを予想していたのだろう。
 酷評を受けるとは思わなかったようで、愕然としている。

「なんだよ。見てもらいたいっつーから見て評価しただけじゃねぇか。用事がないならとっとと帰らせ……」

「テンシュさん! ……この刀剣は私が作った物です。刃も、鍔も、柄もです。きちんと材料を選び、その素材の良さを生かして丹念に作り上げた物です。それをあなたはよりにもよって下らないと……失礼にもほどが」

「だから見てやっただけだ! そう評価した。それでいいじゃねぇか! 俺のしたことはそれ以上でもそれ以下でもないだろ? 大体お前があの大きい……」

「ならくだらない物と言う理由はどこにあるか教えていただけませんか! 宝石を見る力があると知って、きちんと見てもらえると思ったら口から出まかせを!」

「それはこっちが言いたいわ! なぁにが見てもらいたいだよ。この店に連れ込むための口実じゃねぇか! 理由だぁ? 素材選びが聞いて呆れるわ! そいつを寄越せ!」

 セレナから剣の柄を握って強奪すると、埋め込まれた宝石一つ一つに指を差しながら解説を始めた。

「確かにいい素材(もの)が揃ってやがる。俺んところで、いや、俺の世界で産出されるどの宝石が持つ力よりも軽く超えてやがると思う。俺にとっちゃ垂涎ものだ。だがこの石とこっちの石の二個一組、それから、あ、これもあったか、これとこことこの石の三個一組。この二組が互いの良さを打ち消し合う力を持ってるってのが分からねぇか? これとこれの切断面の向き合い方も良くねぇし、石ばかりじゃねぇ。留め金と鍔の素材が打ち消し合う関係をさらに強めてやがる。影響されてねぇのは刀身の切れ味ぐれぇじゃねぇか? 何に使うのを目的にしてるのか分かんねぇが、ここが魔法か何かが存在する世界で、その中で実用品として使うならあまりにかわいそうだっつーんだよ。素材の良さが分かる作り手のくせにそのセンスがねぇってことだ。以上!」

 店主はそう言い切り、剣をセレナに押し返す。
 受け取ったセレナはその剣をまじまじと見つめる。

 店主から説明を受け、言われてみればその通りであることに気付く。
 言われなかったら気付かないままだったかも知れない。
 
 それぞれ独立した力を発揮させるように作ったつもりだった。互いに干渉し合っているとは夢にも思わなかったのである。

 壁に立てかけられている数々の剣のほとんどは、セレナの作った物。
 売れる刃物は、職人から卸してきた物ばかり。

 剣を買い求めに来た客に自分の作った剣を勧め試用期間を設けて試しに使ってもらったが、返品されて職人の剣を買っていった。セレナは首を傾げるが、売れないことに疑問を持つことはなかった。

 押し返されて受け取ったセレナを見た店主はさらに呆れる。

「……何も泣くこたぁねぇじゃねぇか。もっと向いてる仕事しなっつーだけのこと……」

「……お願いします……協力願えませんでしょうか……」

 これまでの態度が急変し、泣き声で店主に深く頭を下げて頼み込む。
 話だけは聞く。
 そう言うと腕組みをする。本当にただ聞くだけに徹するつもりのようだ。

 それでも、聞いてもらうだけでもありがたいといった様子で話し始める。
 彼女の願い事はセレナが店主の世界に飛ばされた件に絡んでのことだった。

 セレナ自身が店主の店の前にやってきた原因となった爆発事件の調査。その際に邪魔な存在になる魔物たちの討伐などで、それらに役に立つ道具作りを手伝ってもらいたいという。
 それ以上の詳しい話はしなかった。店主が深く関わりたくないという強い意志を感じた以上詳しい話を聞かせても、店主が断った際には気分も落ち着かないこともあるだろうという彼女なりの配慮だった。

 だがしかし。

「お願いというよりも、テンシュを拘束してまで言うことを聞いてもらいたいくらい私の気持ちも……どうか分かってください……」

「理由については別にそれ以上聞く必要はねえな。お前が俺に何をさせてぇのかも分からねぇし、お前が使う魔法とやらの種類にどんな物があるか分からねぇ。言うことを聞かなきゃ呪い殺すなんてのもあるんじゃねぇのか? 俺はお前に、ここに帰す協力をしてやった。だがお前は俺の店にいまだに迷惑をかけてるし、大体ここに最初に連れて来た時無理矢理だったし、帰りたいっつってもすぐには帰してくれなかったな? 帰るやり方は教わったが、お前が見送るのが筋だと思ったんでお前に任せてたんだが。これでお前の件を引き受けるっつったら、相当のお人好しだぜ。俺に得することは全くねぇから、理由なんざ聞かされたって引き受ける理由がどこにもねぇ。」

「……この店を好きに変えて構いません。テンシュさんと私の共同のお店にするのはいかがでしょうか……。この世界で採れる石を望むだけ差し上げることを報酬とさせていただければ……」

 店主はため息を一つつく。

「……あんたも商売やってたんだろ? だったら商売で一番大事なのは何かってことぐれぇはわかるんじゃねえのか? 報酬ってのは相手との信頼を築く手段の一つだ。だがその報酬の話を出す前に、自分で俺からの信頼を消しちまったんだよ」

 セレナは何も答えられない。

「……話すこたぁもうない。後はあの塊、お前が何とかしろよ?」

 店主は彼女にそう言い残し、自分の店に帰って行った。

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