美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

『天美法具店』の店主の後悔の始まり 2


 まだ朝日が昇る前の時間、激しい縦揺れに襲われた『天美法具店』。
 しかし振動を感じたのはこの店だけらしく、まだ寝静まっている町。
 無理矢理起こされたのはこの店の店主だけ。の前で尻餅をついて痛がっている女性がいる。

「……英語じゃないのか。どこの国の言葉だ? まぁいいか。置き薬は……っと」

 日本語を話さないことから、店主は彼女を外国人と判断したが特に慌てることなく応急処置について考える。

 彼が店主になってからは、余所の国からも客が来ることが多くなった。

 この店の先代の店主は彼の父親。
 彼が年老いて満足に仕事をこなすことが出来なくなってからは、都会の宝石店で宝石の加工技術職人として仕事をしていた一人息子を呼び戻し、店の業務をいろいろ教え込んで法具店の後を継がせた。
 父親の代までは仏壇、神棚、仏具や神具を業者から卸しての販売業を中心としていたが、その息子である今の店主がこの店を引き継いでからは宝石の職人時代に得た技術を生かし、宝石も材料の一つにして、神事や仏事に参列するにふさわしい装飾品の製造販売もするようになった。

 五年前に父親を亡くした後は、先々代から働いている者もいる従業員達の助けもあり、長く付き合いをしてくれた近所の神社や寺で働く神主達や住職達からは親しくしてもらっている。

 しかし店の事業の決断は一人で下さなければならなくなった。
 情報化社会の世の中に倣い、パソコンを購入してインターネットでも注文を受け付けるようになった。
 すると客層が変わって来た。

 冠婚葬祭の場にふさわしい装飾品を探し求める客と海外からの客が増えて来た。
 機械化による生産よりも、製作者自身の目で完成度を確認してから販売される信頼性が高いと評価されたらしい。
 そして、店主はあまり関心はなかったのだが、サブカルチャーを趣味とする客からの注文が増え始めた。

 いわゆるコスプレイヤーである。

 新たに現れ増え始めた客層にも対応するため、店主は英語を勉強し始め、サブカルチャーの知識を学び始めた。

 しかしその知識を今は活かすことが出来ない。

 店主は彼女の痛そうなところを指さし手から彼女の目の前で手のひらを出し、なでるように上下に動かす。手当をする意思を表したつもりだったが、彼女は店主を見て小首をかしげる。彼女もどうやら自分の言葉を店主は理解できないと理解したようだ。
 店主は自動ドアを開け手招きをして身振り手振りで中に入るように伝えると理解できたようで、安心したような笑みを浮かべて店主の招きを受け入れた。

 専門である宝石以外の知識もいろいろと身に付き始め、仕事も順調の日々の中、商店街がまだ目が覚める前の時間帯の彼女との遭遇は、この後の長い期間、彼を悩ませ続ける始まりとなった。


「言葉が通じない異性相手に傷の手当てをして大丈夫かな? どう伝えりゃいいんだ? やっぱ警察に通報すべきだったかなぁ。でも警察官の人達は言葉分かるとも思えんが……」

 店内は左右の壁沿いにショーケースが並べられてあり、その中身を座って眺められるように、中央には所々にソファが背中合わせに置かれている。
 店主は彼女を入口に一番近いソファに座らせてから、カウンターの奥に常備してある薬箱を取りに行く。

「擦り傷につける軟膏はあるな。湿布はこれだけありゃ間に合うだろ。まだ六時半すぎたばかりか。琴吹さん達はまだ来ないよなぁ」

「何探してるんですか?」

「あ? あぁ、尻餅ついたってことは打ち身だろ? 擦り傷なら塗り薬。絆創膏つけてその上に湿布ってい……いぃ?!」

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