季節高校生

goro

イベント









早朝。
段々と気温は下がり、肌寒いベランダでは。




「……………寒い」


体に大布団を何重にくるませた、髪ボサバサの藪笠。
唇はうっすらと青白くなっており、指先が微かに冷たい。


頭上の上空では雀が飛び交うのが見える。
のそり、と体を起こしベランダのガラス窓を開け居間に入る藪笠。
と、直ぐそばの布団では……、




「すぅー………すぅー………」


料理本を片手に、すやすやと眠る鍵谷の姿。
昨日は二時過ぎまで本を見ながら猛勉強していただけ、爆睡である。


普通なら自分の家でやればと思うが、昨日の晩に鍵谷の母親代わりでもある鍵谷 藍から電話を貰った。








『七日間、お願いします』




一言、しかも敬語で頼まれてしまった。
心底に真剣な頼みなのが聞き取れた。


(…………後、六日間)


藪笠は渋い表情で溜め息を吐きながら、ちらりと玄関廊下に視線を落とす。
その先には、


「……………」






地に沈む数匹の鼠たちが……。


















文化祭準備期間、二日目。


四時間目が終了して、現在昼休みに突入している。
そして、藪笠の通う教室では、


「………浜崎、お前」
「ど、どういうこと、玲奈ちゃん!?」


額に青筋を浮かべる藪笠と顔を青くさせる島秋。
二人の目の前には机の椅子に座る、週刊雑誌を読みふける浜崎の姿がある。


「…何が?」
「何が、じゃねぇよ。……お前、勝手に人決めしただろ」
「そうだよ! 私、知らないうちに文化祭のイベント出場になってたよ!?」


島秋がいうイベントとは、毎年この文化祭で生徒会主催で行われるイベントのことだ。
各クラスで二人が選ばれ、出ることになり、それはきちんとした時間の中で決められる。




ところが、今回。
昼休みに呼び出しをくらった、藪笠と島秋が行くと既にイベント出場が決まっており、聞くと主犯は浜崎らしい。




「ああ………それね」


パタン、と雑誌を閉じる浜崎は、溜め息を吐きながら机の中にあった一枚の紙を取り出し藪笠たちに見せる。


「?」
「な、何これ?」


紙には文字、というより投票みたいなものが書かれてあり、藪笠は目を凝らしながら投票結果を口に出した。








「………投票、コスプレイベント、藪笠……三十票。歌声イベント、島秋…二十票。鍵谷…十票……………って、おい」


朗読した藪笠は眉を潜めながら、ぐるりと後ろにいるクラスメートたちを睨み付ける。


直後。


バッ、と教室にいるクラスメート全員が視線を反らした。
そして、その光景に浜崎は口元を緩め、


「まぁ……そう言うことだから」
「納得できるか!!」
「玲奈ちゃん……私、無理だよ!!」


泣きべそになる島秋に浜崎はそっと詰め寄り、


「大丈夫よ、花。アンタは私や真木に比べて歌とか上手いんだから」
「無視? おい、コイツしばき倒していいのか?」


指をポキパキと鳴らす藪笠。
しかし、おじける素振りすら見せない浜崎は、


「もう無理よ。生徒会に申請したし、それにコスプレなんだからそんなに気にしなくても」
「だったらお前がやれよ」
「男子しか残ってなかったみたいだから、無理なものは無理よ」
「…………………」
「…………………」


沈黙。
藪笠と浜崎の視線が交差する。
だが、






「……………はぁ、わかった。やればいいんだろ?」
「素直で結構。それじゃ、よろしく」


と、諦めガクリと肩を落とす藪笠。
一方、側にいた島秋はというと、




「………どうしよう」


深刻な表情で顔色を曇らせていた。


















昼休みから時間が経ち、放課後。




「……………」
「……………」


現在。
島秋と藪笠は、下校途中の古びたカラオケ店前にいる。


「……………」


藪笠は、ゆっくりと隣に立つ少女に顔を向け、一方の少女こと島秋は苦笑いを浮かべる。


…………………………………………。








「帰る」
「ちょ、ちょっと待ってェェェェッ!!」


ガシッ、と腕を捕まれる藪笠。


「お願い、ちゃんと歌えてるか、一回でいいの! 一回だけ」
「いや、俺が聴いてそんな大層なアドバイスとか無理」
「それでもいいから、来て!!」


直後。
ギシギシィ、と、


「痛い痛い!! わかったから、行くから力入れるな!!」


結果、島秋の手により藪笠はカラオケ店内に連行されてしまった。










外見から古いといえるカラオケ店。
しかし、ガラス式の入口から中を覗くと、それほど古いというわけでもなく内装は都会のカラオケ店とそう変わらないものだった。


藪笠は首を傾げつつ島秋に続き、店内に入る。
と、そこには、




「いらっしゃい、って、花ちゃんじゃね………………ん?」


入り口付近のレジに居座っていた、体格ともにガタイのいい大男が島秋に愛想のある笑顔で、と思いきや、後ろにいる藪笠を目にしたとたん、


「!!」


ダン!! と立ち上がり、






「明子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 花ちゃんが彼氏連れてきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ブハッ!? 違ッ、違います!!」


男の雄叫びと共に島秋の叫びがこだました。








そして、一分後。


「ごめんなさいね、花ちゃん。うちの主人が迷惑をかけて」
「あ、いえ……」


頭部に拳が叩き込まれたらしく、タンコブを作りながら反省している大男に代わり、茶髪ロングヘアーの女性が出てきた。
どうやら大男の奥さんらしく、島秋とは幾分と親しみがあるようだ。
と、ちょうどその時、藪笠と女性、二人の視線がかち合う。


「えーっと、君は……」
「………あ、藪笠芥木です」
「藪笠芥木……それじゃ、藪笠くんでいいかな。私の名前は雪見明子」
「俺は雪見渋木」


女性、明子に続き旦那である渋木が自己紹介をした。


「花ちゃんと同級生なの?」
「あ、はい……」
「ボーイブレンドだとよ」


と、横から口を挟む渋木。


「ちょっと、貴方は黙ってて」
「ぶがッ!?」


瞬間。
明子の裏拳が渋木の顔面に叩き込まれ、そのまま後ろに倒れこむ旦那。
以外にも力関係は妻の方が上みたいだ。


あはは…、と苦笑いを浮かべる島秋はレジ側に置いてあった来客紙に名前を書き込み、




「そ、それじゃあ………いつものお願いします」
「ええ、それじゃ、普段通りどこでもいいから使って」
「はい。…………それじゃあ、行こっ藪笠くん」
「あ、ああ……」


島秋とともに藪笠は明子に言われた、1と書かれたカラオケボックスへと入っていく。








カラオケボックス。


赤の壁に黒のソファー、黒のテーブルの上にはリストブックとリモコン、それにマイクが置かれ、歌の流れるテレビや機器が綺麗に配置されている。


「そ、それじゃ………………歌うね。藪笠は」
「悪い、俺最近の歌とか知らないから」
「そうなの? 一応、昔のとかあるよ?」


島秋はテーブルに置かれた分厚い歌番号が書かれたリストブックを藪笠に見せる。


「……いや、いい。気にせず歌ったらいいから」
「……本当にいいの?」
「ああ」
「……………」


歌はないと主張する藪笠。


島秋は少し拗ねたように頬を膨らませながらリストブックを戻す。
そして、手慣れたように暗記していた番号をリモコンで入力し、島秋はマイクを手にした。


「っ、こほん。…………………すぅー、はぁー」


テレビ画面に歌名が映し出され、BGMが流れ、島秋は唇を動かす。


















そして、歌が始まった。


















綺麗な歌声。
いちゃもんをつけることすら敵わない。




introの歌が流れ、歌声も続く。














歌が終盤に行き、静かに歌声が閉じていく。


「ーっ、ど、どうだった、藪笠くん?」
「………いや、本当に上手いんだけど」
「ほ、本当?」
「あ、ああ」


藪笠は返答に、島秋は頬を赤らめながら大喜び。と、










「じゃ、じゃあ次行くね♪」
「え、一回じゃ」
「えっと、これとこれで♪」
「あれ、聞いてない。って曲入れ過ぎだ!!」






その日、夜の九時まで付き合うことなり、途中で寝てしまった島秋を送るはめになった。
















そして、帰って早々。




「ぅぅぅ…………」
「これで鼠、十匹は倒したな」




玄関通路で泣き崩れる鍵谷。




被害者(匹)は急増しつつある。

















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