季節高校生
秋と春
藪笠が一言を告げる。
その直後、藪笠の体が男の視界から消えた。
「が!?」
視点を定めていた目標が突如にいなくなったことに驚く男。
目標を探すため、視線を辺りに向ける。
その時。
トン、と。
目の前。
正確には地面に足をつけ男の懐に間合いを詰めた、藪笠が右腕を振るう。
「乱桜」
ドォッ!! 衝撃の三連打。
懐、頭、肩、連弾を食らわせ、さらに跳ねるように片足一本で飛んだ藪笠は、身を宙に浮かせた状態で高く振り上げたもう片方の足踵を男の後頭部に向かって叩き落とす。
「落桜!!」
「ッガバッ!?」
ドォン!!
鈍い音と共に顔面が地面にのめり込む。
その音からして、男は致命傷でなければおかしかった。
普通なら、これで終わっている。
だが、
「ッ!!」
「ぁぁぁ……があァァ!!」
後頭部を押さえつけられついるにも関わらず、踵もろとも怒号を上げながら体を起き上がらせる。
藪笠は直ぐに足を離し、後ろに飛び下がりながら片腕に力を込めようとした。
しかし、その瞬間に全身から電流が通ったかのようなが危機を感知する。
「ッ!」
力を酷使することを中断し、体を後ろに傾ける。その直後。
シュッ!! と、男の鉤爪が藪笠の鼻すれすれの所で空を切った。
「!?」
「があ!! があ!! があ!!」
「ッ、チッ!」
連続で行われる攻撃。
後方に下がりながら、回避に徹する藪笠は咄嗟に秋を使うかと迷う。
だが、脳裏にあの河原での闘いが藪笠の意思を鈍らせる。
「…!」
歯を噛み締めながら、春を突き通す藪笠。
しかし、徐々に鉤爪は衣服を切り刻む。
(コイツ、徐々に動きに鋭さが出てきやがった!?)
シッ!!
頬に鉤爪が掠り、一筋の血が流れる。
このままでは、あの時と同じ結末になってしまう。
さらに、それだけではない。
このまま、負ければ笹鶴やリーナはどうなる?
平和な日常にいる、鍵谷たちはどうなる?
藪笠の動きが一瞬、鈍る。
その直後、男の頬が微かに緩んだ。
それは、あの時の眼鏡をかけた男と同じ。
殺戮を楽しむ、顔。
「………ふざけんな!!」
見開かれた瞳が瞬間、桜色に染まる。
藪笠は右手を一気に握り締め、男の一撃をギリギリで交わし、そして叫んだ。
「新・桜!!」
ドォォォォン!!
地震が起きたかのように男を含む足場のコンクリートが藪笠を中心に地割れと共に砕け散る。
足場が不安定になったことに不利を感じた男は後方に回避し、残された藪笠の顔に視線を向けた。
「がッ!!?」
その時。
男は全身が鳥肌に見舞われた事に驚愕した。
思考はもはや人間レベルすら存在しない。
だから、どう思ったかさえ口にできない。
だが、視線の先に見たそれが導いた物は分かる。
それは。
恐怖だ。
「…………………」
地割れの中心に立つ藪笠は両腕をダラリと下ろす。
(………………なんだ)
藪笠は目の前に立つ男の表情が怯えている事に疑問を抱く。
そして、それは周りにいる雨音やリーナたちも同じだった。
複数の視線、それが藪笠に一点に集中している。その時、藪笠は一つの違和感を覚えた。
大きく見開かれた両瞳が熱い。
藪笠はそっと片瞳、瞼に指を置く。
そして、それが何なのか、藪笠は触れることで理解する。
(………………そうか、これが新しい…)
直後。
「がああアアアアアアアアアアアアアアア!!」
男は雄叫びを上げながら恐怖を振り払い突撃する。
ここで一気に叩くつもりらしい。
「……………」
藪笠は目を伏せ、ゆっくりと左腕を真横に突き出す。
迫り来る男。
その慌ただしい足音。
藪笠は、静かに唇を動かす。
「四季装甲、二連季」
二連季。
それは二つの季節を使うさいに囁く言葉。
だが、それは咲雪桜陣とは違う。
守りはない。
攻撃に特化した、春を強化する。
その名は秋を深め、春を呼ぶ。
朱紫色の瞳を見開き、藪笠は告げる。
「風沈桜陣」
ガッ!!
刹那ともとれる瞬間。
一閃のごとき蹴りが、男の顎に炸裂する。
「がぁッ!?」
「!!」
間合いを詰める速さに続き、攻撃速度までが今までの四季装甲、春を明らかに越えている。
「散れ」
ふらつきを見せる男。
藪笠は小さく呟いた直後に腰を深く、重心を落とし力を蓄積させ連激を叩き出す。
「乱・舞桜」
ドドドドッ!!
何回も続く、三連打を越えた全部位への連続打撃。
「があ、ァァァァァア!!」
吹き刺さる風のごとく、高速の打撃が男に悲鳴を上げさせる。
衝撃は男の意思を無視しつつ続く。
藪笠は大きく振り上げた右踵を男の右肩に叩き落とし、攻撃が止んだ。
「ぁ…………ぁ……」
男は虫の息、かに見えた。
だがしかし、意識は途絶えていない。
「!!」
藪笠を殺気籠った瞳で睨み付け、再び暴虐の限り立ち上がろうとする。
だが、その時。
「が…ぁ!?」
ガダッ、と突如、男の両膝が地面に落ちた。
男自身も、何が起きたのかわからない。
しかし、その状態は笹鶴が狙ったものと酷使している。
藪笠は驚きを露にする男に近づき、そのすぐ目の前で足を止めた。
「お前の体は当分は動かない。…………お前は不死身なんかじゃない。ただ傷に対する回復力が化け物じみてるだけだ」
春と組合わさった秋による予測。
戦闘情報を冷静に分析し、藪笠は答えを導きだした。
言葉通り、今もこの時に男の動きが徐々に回復しようとしている。
しかし、回復力があったとしても藪笠が与えたダメージはその回復力を遥かに越えていた。
「が、がああ!!」
動け、動け、と体を動かそうとする男。
藪笠は、その瞬間。
「沈・三鉤」
乱閃。
男の脇腹に鉤爪を食らわせ、無造作に掴んだ服を引き寄せ、遠心に繋がる振り上げた踵が叩き込み、胸元に拳を貫く。
「新落鉤」
「ッガァアアアアぁ、ぁっ………」
強力な三撃の威力が男の体を突き抜け、今度こそ痛みに動くことさえままならない。
膝が再び地面に落ちた。
だが、藪笠はそんな男の胸ぐらを力づくで掴み上げる。
「が、……ぁ!?」
男が歪んだ視界で捕らえたのは、瞳孔が見開かれた朱紫の瞳。
「ぁ……」
「お前は春香に傷をつけた」
「……がぁ…がぁ」
「俺がこれだけで……」
静かな怒り。
それを言葉に乗せる。
「お前の事を、本当に許したと思ってるのか?」
「!?」
その言葉が男の戦意を奪い取る。
恐怖に今やっと後悔を覚えた。
だが、もう既に手遅れだ。
ドゴッ!!
直後。
真上に振り上げた強烈な蹴りが懐に入り、男の体が上空に数秒浮く。
「四季装甲、二連季。風沈桜陣」
左上半身を屈ませ、右鍵爪を開き狩るごとく構える。
そして、藪笠は静かに口を開いた。
「瞬焉桜・鉤風」
バキィ!!
その瞬間、大きく振り下ろされた殺気を纏わせた鍵爪が骨を叩き折る。
その上さらに、
「!!!!」
バキィバキィバキィバキィ!!!
足、腕、脇腹、指、と。
地獄を植え付けるかのように藪笠は手は停止しようとはしない。
「ぁァァァァァァァァァァァァァァああああ!!」
男の絶叫が響き渡る。
共鳴するかのようにへし折れる骨の音も。
痛みを通り越した一撃一撃が男の感覚、意思を奪い去る。
「があああああ!! アアアアアああ!! あああああああああああああああァァァァァア!!」
数秒の光景。
その地獄は、大きく響き渡る破壊音を放ち、終止符が打たれる。
「………………」
「……ァ………ぁ…………ァ…」
もう、回復すら出来ない。
その衝撃と激痛に白目を向いた男の体が地面に呆気なく横たわる。
「………………」
藪笠は無言で男を見下ろし、息を静かに吐き。
そして、
「…………!!」
その瞳は、次の標的。
後方にいる、怯え続ける雨音に向いた。
「……や、や……ぁ」
雨音は後ずさりながら、弱体した子供のように体を震えさせ叫びを上げる。
藪笠はゆっくりと振り返り、足を一歩動かした。
その瞬間に、信じられない速さで雨音の目の前に移動した。
逃げることすら許されない。
雨音は目の前に足を止めた藪笠に命乞いをしようと声を出そうとした。
次の瞬間。
ガコンッ。
雨音の右肩関節。
その部位からその不気味な音が放たれた。
強烈な痛みを加えて。
「あッあ、あああああああああああああああああああ!!!?」
激痛に悲鳴を上げる雨音。
藪笠は雨音を横目で見送り、辺りに立ち怯える女たちを見据える。
そして、声のトーンを一段階上げ、
「リーナ、耳を塞げ」
突然の呼び掛け。
リーナは考えるよりも速く、両耳を塞ぐ。
「四季装甲、冬」
その瞬間、藪笠を包んでいた殺気が突如消えた。
瞳の色も正常に戻っている。
今も後ろで泣き崩れる雨音。
藪笠は息を大量に吸い込み。
その場にいる者全てに向かい、
「絶声・雪羅終焉歌」
絶歌。
人間が発声できるかどうかすらわからない。
感情を莫大に高める、絶焉という名の音を吐き出した。
(な、何が起きている……?)
リーナは目の前に広がる光景に目を疑う。
耳を塞いだ、直後に何かを歌い出した藪笠。
一体、何を歌っているのか耳を塞いでいるためわからない。
だが、その歌は普通ではない。
何故なら、その場にいた女たちに異常な変化が見られたからだ。
悲鳴を上げ、体を震え合わせながら耳を塞ごうとする。
しかし、腕が上がらない。
目を見開きながら涙を落とし大量の汗を流す、女たち。
さらに、次々と女たちは白目を向きながら倒れていく。
数分の発声。
それは、数分にも掛からない内にリーナを除く全ての者を地に落とした。
「ーー!………………ッ」
藪笠の口が静かに閉ざされる。
場の静寂を感じたリーナは耳から手を離し、立ち尽くす藪笠に視線を向ける。
「………藪笠」
「……リーナ。笹鶴は、どうなった?」
振り返る素振りを見せない藪笠はリーナに尋ねる。
「……頭部を除く、両腕の傷口は塞いだ。出血は手当てで何とかなった。……だが、頭の中までは病院で検査しないと」
「救急車は後どれくらいで来ると思う?」
「……呼んでから五分が過ぎている。もうすぐ来ると思う」
「………だったら、後の事は任せれるか?」
「? あ、ああ………だが、貴様は」
「…………シクザラがまだ残っている」
倒れる雨音の側にしゃがみこみ、服ポケットから携帯を取り出す。
藪笠は、数回ボタンを押し携帯の中身に目を通した。
「………シクザラは俺たちの問題だ。ここで、全てを終わらせる」
パタン。
藪笠は携帯を閉じ、黒のコートから自身の携帯を取り出す藪笠。
電話帳から一人の名前を押し、その人物に電話をかける。
「………牙血、悪いが力を貸してくれ」
シクザラの終わりが刻一刻と迫る。
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