季節高校生

goro

背負い込む覚悟







薄く透明ないつ消えてもおかしくない夢。




人が寄り付ことのない廃工場の古びた鉄屋根。
ひび割れた隙間から微かな太陽の光が射し込み、階段上で寝ていた少年の瞼を外側から照らす。


太陽の位置が変わったからこそ起きる現象だ。




日射しに耐えきれず寝返りをうつ少年。
そして、その時に決まって聞こえてきたその声。


『もう朝だよ、芥木お兄ちゃん』


うるさい、と最初は思っていた。
でも、少年にとってそれはいつしか心の奥の密かな安らぎを与えてくれていた。




平穏な過去、あの頃の時間を思い出…………だった。


















藪笠芥木が通う公立学校。
夏休みが終わった次の始業式、その当日に起きたメール騒動。


『シクザラ』


それは無料掲示板の宣伝メールでもあり、IDとパスワードを登録した事で個人情報や経歴、全く関わりのない人が他人の情報を知る事ができる物だった。


他人の同意なしで秘密を知る。


抵抗がなかったわけではない。
だが、一年から三年までの生徒たちは心の弱みに負け、登録ボタンを押し、ついには二日目には生徒内での言い争いにまで発展してしまった。


そして、今では一年から三年までの教室は険悪な空気に包まれている。












時間が昼を回り、昼休みのチャイムが校内放送から流れる。
階段を上がり、その直ぐ右に位置する一年の教室。
険悪な空気が籠っている他の教室とはまた違い、のんびりとしたそんな中で机に弁当を出し、鍵谷と島秋、それに浜崎たちは黙々と昼食を取っていた。




「うーん、やっぱりでない」


自炊の弁当を広げ、今だ手をつけていない浜崎は携帯電話を片手に溜め息を吐いた。
側で、午前中に購買で買ってきた手のひらサイズのコーヒー牛乳をストローで吸い上げる鍵谷は首を傾げながら尋ねる。


「玲奈、さっきから誰にかけてるの?」
「ん? ちょっと先生にね」


浜崎が先生と呼ぶのは、下校後に習いに行く剣道の師範である笹鶴春香のことだ。


「先生って笹鶴さんの事だよね。何か用事でもあるの?」
「ええ、まぁね」


パタン。
そう言いながら携帯電話を閉じる浜崎。
と、隣で何やら凄みのある『デンジャラス麻婆』と書かれた麻婆豆腐を食べていた島秋が手を止めた。


「……玲奈ちゃん。用事って、藪笠くんの事?」
「え? ……あっ、違う違う。藪笠じゃなくて今、問題になってるシクザラについてよ」


最近だが、藪笠の事になると妙に不安がる表情を浮かべる島秋。


休み終わりに重傷にあった藪笠には、鍵谷と浜崎も心配でならない気持ちはある。
だが、彼女は以前夏休みの最中に起きたプール広場の出来事を知っている。そのため、心配だけでは治まらずにいるのだ。


「藪笠ならまた元気になって学校に来るから。花もあんまり気にしちゃダメ」
「……………うん」


鍵谷に励まされ、コクりと頭を頷かせながら机の上に置いていたボトル式水筒を手に取る島秋。


浜崎は小さく口元を緩ませ、鞄から白いコピー用紙を取り出し眺める。




「……それにしても、シクザラって何なのかな」


昼食を終えた鍵谷は鞄から取り出した携帯電話の受信履歴を開き、シクザラと書かれたメールに視線を落とす。


「………私も詳しく調べたわけじゃないんだけど、シクザラは昔、っていっても二年前何だけど、この街で起きた情報漏れサイトみたい」
「情報漏れサイト?」


珍しく受け答えする浜崎に首を傾げる鍵谷は、彼女が手に持つ白いコピー用紙を横目で確認する。
表側から見ていないため、何が書かれているか分からないが、外側からでも用紙一杯に文がズラリと書かれているのが見てとれる。


「そんなにマジマジ見なくても見せて上げるわよ」


鍵谷の物欲しそうな視線に浜崎は溜め息を吐きながら、白い用紙を机の上に置き、鍵谷と麻婆豆腐を食べ終えた島秋は共に視線を落とした。




ズラリと書き出されていたの、日付が二年前と古い雑誌のコピーだった。
そして、その雑誌のタイトルには『シクザラ』と書き出されている。


「玲奈ちゃん、これって……」
「…二年前。情報漏れサイトのシクザラは各学校に出回って、一時は警察ですら手に負えなかったらしいわ。私たちが知らなかったのそれが密かに裏で広まってたからみたい。でもサイトが浮上して一ヶ月が過ぎたある日、容疑者だった男が捕まったと同時にシクザラは姿を消したの」
「え、捕まったって、それじゃあ、まさかその捕まった男が刑務所から出て」
「それはないわ。その男は今も刑務所の中だから。それよりも、私が気になったのはここよ」


浜崎は指先をある一文が書かれた場所に指し、島秋はその文を読み上げた。


「シクザラの解決には、密かに動いていた『黒士』と『白の木刀』が関わっている? 玲奈ちゃん、黒士と白の木刀って」
「まぁ、誰かがつけた通り名みたいなものよ。……ただ」
「ただ?」


そこで歯切れが悪いように声を濁らせる浜崎。


「玲奈?」
「………黒士は分からない。だけど、白の木刀って言われていた人なら知ってる」
「……………!!」


苦い表情を浮かべる浜崎。
瞬間、鍵谷と島秋の脳裏にある人物が浮かぶ。






片手に木刀を持ち、髪を一纏めにした女性。


浜崎は二人の態度に目を伏せながら口を開く。


「……ええ。白の木刀っていうのは、二年前。集団で暴走族やチンピラを潰し回っていた。……笹鶴春香、先生よ」


















空が雲により濁ってきた。
あの時と同じだ。


廃工場の跡地。
古びたレンガの門は所々欠けてあり、地面から生えた草木は人の膝ぐらいまで伸び育っている。
そして、


「……………」


片手に木刀を持つ笹鶴はその場所で足を止めた。
目の前に建つ廃工場。
ここは笹鶴の始まりの場所だった。
仲間と共に笑い合い、集まり、増えて。
色々な思い出があった。


口元を紡ぎ、笹鶴は何かを振り切るように足を前に向かって踏み出す。


門は抜け、茂みを越えた先にある錆びきった入り口の扉。
取っ手を握り手前に引くと、ギギギと音が鳴り響く。




雲が空を隠し、太陽の光は届かない。
工場内は暗闇に近い空間に達していた。


コツコツ、と笹鶴は工場内の中央に向かって足を進め、到着と共に静かに足を止めた。




「…………いるのはわかってる」


笹鶴が声を出した。
それに鼓動したよう今まで隠れていた気配が鈍く動き出す。
数に出して、数十人。


気配が次々と動き出した、その時。
笹鶴の目の前に一人の女が現れる。


長髪に痩せきった頬。目の下には熊があり、古びた厚着にボロボロのズボン。
片手には鉄パイプが握られている。
女は口元を動かす。


「……相変わらず目立つ格好ね、笹鶴」
「…………雨音」


女、雨音葉子は舌打ちを吐きながら、憎しみのこもった目を笹鶴に向ける。


「その偽善ぶった態度。吐き気がする、アンタは私たちを捨てたのに」
「…………」
「私たちがアンタに捨てられた後、どうなったか知ってるわけ? 今まで親しかった人に蔑まれ、守ったつもりの家族にも見捨てられた」
「………」
「アンタはいいわよね。あのガキに着いていって幸せだった? 誰にも蔑まれず、誰にも見捨てられず」


コンコン、と雨音は鉄パイプを地面に打ち付ける。


「弟子とか出来て、良いことばっかりで何も文句はないわよね!!」
「!? やっぱり………あなたたちが」
「やっぱり? はッ、白々しい。決めつけてた癖に」


雨音が唾を地面に吐きつける。
それに続いて奥に隠れていた、かつての仲間たちが鉄パイプや鉄バッド等を手に持ち、集まって行く。


「笹鶴、アンタが大事にしている物は私たちが全部壊してやる」
「………………」
「だから安心して死になさいよ」






雨音はその一言の後、数秒の静寂が訪れる。
誰かが一つでも音を出せば一斉に皆が動く。




だが、そんな中で笹鶴は唇を動かす。




「私は確かにあなたたちを見捨てた。それを今さら許して貰おうとは思わない」


だけど……。
笹鶴は片手に持つ木刀を一振り、地面に向かって一閃を振り切る。






「私の弟子や他の人たち。……藪笠だけには絶対に手を出させない」


笹鶴が宣言した。
雨音は呆れた表情で息を吐く。
そして、




「…………やれ」


一言を告げた直後。
笹鶴を囲っていた周囲の殺気が一斉に襲い掛かる。




一人に対し、多勢の人数。


二年前のあの時と同じだ。
だが、




「……死んでも、私が止めてやる」


覚悟があった。
絶望に落ちた、あの時になかった物が心の奥底にある。
笹鶴は空気中の酸素を名一杯に取り込み。
瞬間。






「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


覚悟を声に変え、一気に口から息を吐き出す。




そして、死闘が始まった。







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