季節高校生

goro

浮遊する思い







今朝のメール騒動。
それは、鍵谷たちの学校。それも三学年の生徒たちだけにしか送られてこなかった。
さらにいえば、普段なら落ち着いてできるはずの始業式は、そのたった一通のメールにより、まともにできる状態ではなくなってしまった。




騒動が収まらないまま始業式が終わり、ホームルームが終了した後、鍵谷はできる限りの落ち着いた心情で島秋たちに昨日の出来事を話した。


初めは信じられないといった表情を浮かべていた島秋たちだったがどうに事情を飲み込み、その足で藪笠の家に向かい、現在はその自宅に三人ともに上がらせてもらっている。
そして、




「笹鶴さん、ホントに、ホントに藪笠くんは大丈夫なんですか!!」
「だ、大丈夫だから、落ち着いて。ね、花ちゃん」


笹鶴はやや後退りながら島秋の訴えを聞いていた。
藪笠の状態を見て不安が混み上がったのだろう。




一方、鍵谷と浜崎は布団に横たわる藪笠の側で膝を落としていた。


昨晩、傷元に菌が入ったのか高熱と額からは大量の汗が滲み出ていた。
しかし、今は安静になったのか静かな息づかいで眠っている。


「………………」


浜崎はそんな藪笠の状態を冷静に観察し、無断で布団を捲り腹部に巻かれた包帯を見据える。


「……けっこうな包帯の量ね」
「え、そうなの?」


その言葉に不思議そうな表情で見つめる鍵谷。
浜崎は視線を藪笠から離し、後ろにいる笹鶴に向けた。


「先生」
「ん?」


普段なら和らぎのある浜崎の声。
だが、この時は違った。
それは疑いを乗せたような口調だ。


笹鶴は、やっと落ち着きを取り戻した島秋に溜め息を吐きつつ浜崎を見る。
さっきまでの静かな室内に緊迫感が漂う。
だが、そんな空気をさらに膨れ上がらせるように浜崎の声が飛んだ。




「藪笠は本当に大丈夫なんですか?」




それは不安を急増させる言葉。
側で聞いていた鍵谷も一瞬、何を言っているのかわからなかった。


「…………大丈夫よ、手当てもしたし」
「病院に行けない事情があるなら、私が医者を呼んでもいいんですよ」
「……………」


え……? と笹鶴の後ろから島秋の声が漏れる。




……体の体温が低くのが理解できた。
鍵谷は手を小さく握りしめる。




「………………」
「………………」


沈黙が室内に落ちた。
最初、浜崎は藪笠の状態を聞いた時から違和感を感じていた。


腹部からの出血。


小さい傷なら、ガーゼや絆創膏などそれだけでいいはず。
だが、笹鶴が手当てした際に使ったのは、まさかの包帯。


そして、実際に見て藪笠の腹部には大量の包帯が巻かれていた。
それが確信に至った。








ただの負傷ではない。
重傷、それも命の危険に相応する物だ。




浜崎は黙り混む笹鶴にその事実を突き付けようとする。
しかし。






口元を緩める、笹鶴の言葉がそれを遮った。




「大丈夫よ。……藪笠は私が知るなかでヤワな人間じゃないもの」
「………………」
「血を流しすぎだ、って考えてるみたいだけど、傷が大きかっただけで血は大量に出たわけじゃないから」


そう言って浜崎を見つめる笹鶴。
浜崎は無言で視線を返す。












だが、それも長くは続かず浜崎は後を引くように息を吐いた。


















それでも、


「……………」
「……………」


鍵谷に島秋。二人の不安は取れることはなかった。


















時間は経過していく。
藪笠の自宅を後に、浜崎は家に帰り、自室で考え込んでいた。


(……藪笠は誰に襲われたのか)


鍵谷から聞いた情報を頼りに考えを纏めていく。


(……可能性はある。藪笠に恨みを抱いた人物による反抗。それから無差別殺人をするイカれた人間。………でも)


たかが、高校生。
生き死にするほどの恨みを買われるものか?


考えるにつれて疑問が上がっていく。
……わからない。




珍しく頭をかきながら悩む浜崎。
と、ちょうどその時。


コンコン。
外側から二回、ドアを叩く音が聞こえてきた。
そして、それに続き、


「玲奈様、いらっしゃいますか?」


声と共に入ってきた少女。
それは浜崎玲奈のSPである、タキシード姿のリーナだ。


「リーナ、どうしたの?」


用事を頼まない限り、滅多に声をかけてこないリーナが話しかけてきたことに首を傾げる浜崎。


一方、リーナはやや咳払いを入れ口を開く。




「いえ、……藪笠芥木が襲われたと聞いたので」
「ああ、その事。……ええ、一応は手当てはしてもらったみたいだけど、多分、重傷の怪我だと思うわ」
「………………」


一瞬、それを聞いて驚きの表情を見せたリーナ。


信じられない。




彼女は以前、藪笠と戦った事がある。
そして、その強さに続き、冷静さを表す気配。
それらを彼女は知っている。












だからこそ、信じられない。


あの怪物ともいえる藪笠が負けたことに。


「………………」


言葉を止め、黙り混むリーナに浜崎は目を細め、不意に以前気になった事を思い出した。


それは、夏休みの途中。
藪笠に続き、鍵谷に島秋が家にやって来た時の事を…。






浜崎は、目の前にいるリーナを見据え、口調を鋭くさせ尋ねる。




「リーナ。…この前、私たちが花火をしてた時、藪笠と何か話してたわよね」
「は、はい」
「………何を話してたの? 今回の事に関係がなくても……今、私は少しでも情報がほしいの」
「………………」
「これ以上、真木や花を悲しませないためにも、教えて……リーナ」




きっぱりと、自身の心境を含めて言葉を伝えた浜崎。
普段の彼女からは、まず出ない言葉だ。




そして、それは真剣に言っているともいえる。






沈黙が室内に漂う。








気まずさが室内を覆う。


そんな、中。




リーナは口を紡ぎ、そして、言った。


「……………すいません、言えません」




絶句。
その言葉が浜崎の頭に浮かび上がる。
今まで、彼女がこうもはっきりと断る事があったか?


驚きに目を見開く浜崎にリーナは反対に静かな口調で尋ねる。


「……玲奈さまにとって、藪笠芥木はどう見えますか?」
「え?」




何を言っているのかわからない。
眉を潜ませる浜崎に、リーナは小さく哀しみの瞳を見せ、背を向けた。


「………私には」




それは同情を窺わせるかのように。
リーナは静かに言葉を続けた。














「寂しい人間にしか、見えません」


















藪笠の自宅を後にし、共に夜の道を歩く鍵谷と島秋。


「………………」
「………………」


無言が続く。


鍵谷は考える。
自分たちにとって藪笠は大切ともいえる存在。


どうして、藪笠があんなことになったのか。






そして。
何故、あの時。












藪笠は悲しみ染められた目をしていたのか。










一歩、一歩。
月光が当たる道を歩く、そんな中。


島秋がひっそりと声を出した。


「………藪笠くん、前にもこんな危ないことがあったの」
「え………」


その言葉に目を見開く鍵谷。


…どうして今、そんなことを言ってきたのか。


いや、それよりもそんな事、知らなかった。








鍵谷はその事実に、胸のざわつきを感じる。
モヤがかかった感じがしてならない。
眉を潜ませ、青ざめる鍵谷。




だが、島秋は鍵谷に視線を向けることはなく、まるで一人喋るように、震えた唇で声を出した。


「……私、こわいの」
「……………」


それは、以前から感じていた恐怖感。
いつしか、島秋の手も小刻みに震えていた。




「……藪笠くんが、段々遠く…………いなくなっちゃうんじゃないかって」
「花………」
「………大丈夫だよね。藪笠くんがいなくなるなんて」


鍵谷に振り向き、島秋は胸に詰まった不安感を吐き出すように、




「そんなこと、ないよね! ………真木ちゃん」










一筋の涙。
島秋の頬を伝う、その光景に鍵谷は何も言うことはできなかった。









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