季節高校生
衝突
PM・15:20
「真木ちゃん」
午後の授業も終わり、皆が教室を後にする中。島秋は帰る支度をする鍵谷に声をかける。
ぼーっとしていたのか、数秒遅れて鍵谷は島秋に気づき、
「え? あ、どうしたの、花」
「どうしたのじゃないよ。帰ってきてから変だよ、真木ちゃん」
「…………」
沈黙になる鍵谷に島秋は小さく息を吐き、
「ねぇ、あの洞窟で何があったの?私たちにも話せない」
「ごめん、花」
島秋の口上を遮り、バタン、と椅子から立ち上がり、
「もうちょっと待って、自分で何とかするから」
そして心配する島秋をよそに鍵谷は教室を出ていってしまった。
気まずい沈黙。
「やっぱりダメだったわね?」
背後から聞こえてきた声。
島秋が振り返るとそこには一人、浜崎玲奈の姿があった。
「うん、真木ちゃん自分で何とかするって…」
はぁ、と浜崎は息を吐き、
「真木も案外一人で背負い込んじゃうタイプだから。全く……」
当人同士の問題とわかっていてはいる。
だが、友達として、幼馴染みとして、助けたいという気持ちもある。
特にそれが強いのは島秋だろう。
鍵谷が出ていったさいに開いたドアを眺め、浜崎は呟く。
「一人が辛いのは、真木自身わかってるのに…」
PM・14:00
「接点がない?」
警察署の捜査会議。
東 次代は部下のその言葉に眉をしかめた。
「はい、捜査の結果。皆全くとして面識がありません」
「…………んじゃあ、無差別殺人ってことか?」
「え、いや自分に聞かれましても…」
「冗談だよ」
東は小さく笑い、場の緊迫な空気を和ませた。
いくら事件といっても、ずっと緊張感漂う空間は苦しい。
部下たちが肩から息を吐くのを確認した東は再び小さく笑い、目の前に立つホワイトボードに視線を移した。
ホワイトボード。
そこに貼られた三枚の写真。
事件は今朝を合わせて実は三件起きていた。
しかも、そのどれもが衝撃による頭蓋骨損傷の即死。
さらに肺付近の骨にヒビが入っていた。
そんな共通点が一致した三件。
無差別殺人。
確かにそう言ってもいい。
だが、しかし、
「(何か…………何かが引っ掛かる)」
東はその三枚の写真を見続け悩み続けた。
そして、同時刻。
「リーナ、どうだった?」
自身の家。浜崎玲奈は制服から私服に着替え、テーブル椅子に腰を下ろしていた。
その後ろにはSPのリーナが手帳を手に立っている。
「はい、やはり全くとして掴めない状態です」
今朝、浜崎に問い詰められ調べるように言われたリーナは自身の限られた情報を手に調査した。
しかし、それをもってしても何も掴めない。
「玲奈様に被害が及ばないよう色々手を尽くしましたが、何もなく、ただ」
「ただ?」
その言いかけた言葉に眉を潜める浜崎。
リーナは表情をしかめ、そして言った。
「妙に、人ではない、といった違和感があります」
断言。
彼女自身、そう思っていないだろうが浜崎から見てそう言っているふうに感じた。
(人ばなれ…………)
人物像を考える。
その線をさっきまで意識し頭を使っていた。
しかし、リーナの意見から最初の考えを捨てなくてはならないかもしれないと判断した。
人でこそ予測できるがこともある。
しかし、人でないとすれば、今の状況で犯人像を見つけ出すことは難しい。
そして、だとすると、被害者。
三人の死人に関係するもの。
身内。
知り合い。
犯人との面識。
いや、それなら早く警察が動いているだろう。
なら、だとすれば、
「ねぇ、リーナ。その被害者の人たちって、皆どんな服装してたの?」
「え? と、いいますと?……」
「何でもいいの、何か、夜でも目立つような感じの服とか…」
その言葉にリーナは脳内の記憶を辿る。
そして、
「そういえば、三人とも衣類の一部がある色とも共通でした」
PM・19:00
人通りが少ない中。
私服姿の鍵谷は今、紙袋を手に道を歩いていた。
つい数分前に藪笠の家に訪ねに行くも、チャイムを鳴らしても返事はなかった。
「はぁ………」
赤いシャツに黒の上着、青のスカートを揺らしながら、鍵谷は夜道を歩く。
学校で島秋にああは言ったが、実際は一人で解決できる自信はない。
重い溜め息を吐き、夜空を見上げる鍵谷。
「………馬鹿だな、私」
一人呟きながら、再び足を進める。
だが、その目の前で、
「………?」
夜道を歩く。
いや、こちらにのそりと向かってくる影。
離れているのに自身の鼻でもその異臭が嗅ぎとれた。
「………………誰」
後退りながら、鍵谷は息を飲む。
だが、その動作をした直後。
その影は鍵谷真木に抵抗すらさせない速さで突進し、その場に不気味な音が鳴り響いた。
PM・19:20
「リーナ、あっちお願い」
「はい!」
浜崎は今、リーナとともに夜道を走る。
情報から何かを掴んだ浜崎。だが、同時にそれは嫌な予感を感じることとなった。
言いたくないが、身近で一人。
間の悪い時にいる人物がいる。
そう、それは、親友の鍵谷真木だ。
浜崎は急いで鍵谷と一応は島秋の家に電話をかけた。
そして、島秋の方は普通に家にいて大丈夫だった。
ただ、鍵谷に至っては最悪だった。
掴んだ答えに合わすかのように鍵谷真木は一人出掛けていたのだ。
「真木………」
浜崎は額に集まる汗を拭い、辺りを探す。
早く見つけなくては、手遅れになる。
PM・19:20
同時刻。
不気味な音が鳴った。
いや、ぶつかり合い発生した。
それは、影と鍵谷。
二つがぶつかり合い発生した。
かに思えた。
だが、
「……………え?」
鍵谷は衝撃がこない事に驚いていた。
そして、さらに驚いていたのはその目の前にいた人物。
「笹鶴………さん……」
一つに纏めた後ろ髪をなびかせ、影を一本の木刀で受け止めた。
笹鶴春香の姿がそこにあった。
「大丈夫、真木ちゃん?」
「え? あ、はい!」
動揺するも返事を返す鍵谷。
ならいい、と笹鶴は口元を緩ませる。
「全く、変な事が続いてると思って見回ってみれば、ビンゴとは」
「!!」
目の前の影。
離れていてわからなかった。が、今は違う。
その影は徐々にその輪郭を現す。
ボサボサとなった長髪に、古ぼけた衣類。
そこから漂う異臭。
影の正体。
それは一人の男。
「ッ!!」
笹鶴は木刀に力を入れ、男を凪ぎ払う。
吹き飛ばされた男は獣のように手足を使い地面に着々した。
「ブババアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
男は雄叫びを上げる。
そして、その目は笹鶴ではなく。
鍵谷真木を捉えていた。
「ッ!?」
「真木ちゃん。私の上着を羽織ってて」
「え、何で」
「真木ちゃんのその赤いシャツ。どうやらそれに反応してるみたいたがら」
笹鶴は上着を鍵谷に放り投げると、木刀を後ろに構え、目の前の獣を睨んだ。
男は今にも突進する勢いだ。
「悪いけど、この子に手出しはさせない」
笹鶴は大きく息を吸い込む。
体の一部分だけ集中的に力を集め、
「手加減もしない」
そして、直後。
「ブババアアア!!」
「ッ!!」
両者ともに駆け出し、一撃は一瞬で決まった。
「……………」
「……………」
固まり合う、両者。
しかし、直ぐに倒れたのは男だった。
男の脇腹には何かに削られたかのような傷がある。
あの一瞬で笹鶴は男の脇腹に一撃を入れ、そのまま抜き去ったのだ。
「………………ふぅ」
笹鶴は両腕をだらんとさせ、息を吐く。
鍵谷も同じように息を吐き、笹鶴に駆け寄ろうとした。
だが、
「!?」
「…………あ」
男に近づいた。その隙を見逃さなかった。
男は何もなかったように立ち上がると、そのまま鍵谷に直進した。
その瞬間。
時が止まった。
かに思えた。
ドォン!! と。
直後に起きた音。
目を伏せてしまった鍵谷が再び目を見開くと、そこには。
地面に大の字で倒れ、悶え苦しむ男。
そして、その上にしゃがみこむ黒の皮ジャン姿に黒のサングラス。全身黒をイメージさせる、カチューシャをつけた男性。
「げっ……」
離れた所にいた笹鶴が表情を歪ませる。
しかし、男性は気にせず口を動かす。
「おいおい、笹鶴。わざわざ勘ぐられないようにしてるっていうのに、騒ぎをたてんじゃねぇよ」
「う、うるさい!私だってそれなりに」
「それなりにやって抜けてるんだよ、お前は」
大きな溜め息を吐く男性は、よっ、と声を出し、男の上から降り、さらに躊躇なく男を蹴飛ばした。
「ッガ!?」
「アニキじゃないだけでもありがたく思え、クソが」
腹を抑え苦しむ獣に男性は小さく鼻で笑い。
「よく聞きやがれ、俺の名前は竜崎牙血。今からテメェをぶちのめす。だからさっさと地獄に行く覚悟決めときやがれ」
その男、竜崎牙血は、そう宣言した。
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