季節高校生

goro

忘れられない







洞窟の奥。
静けさが増す中で藪笠は一人歩き続ける。
出口が見えない、だがそれでも足を止めなかった。
しかし、その時、




「………久しぶりだな」




その声。
背後から聞こえてきたのは男の声だった。
人知れずある洞窟の中に人がいるのはおかしかった。
考えればわかることだ。


しかし、藪笠は気にしない。
足を止め、振り返る素振りもしない。
ただ静かに口を動かし、


「……来るつもりはなかった」


その言葉に男は小さく笑った。


「そうか。……まぁ、それにしても連れを置いてこなくても」
「会わしたくなかったんだよ」


嫌われてるんだな、と苦笑する男。
藪笠は小さく息を吐きながら気にせず足を動かそうとする。
だが、


「あの子」
「!?」




男の言葉に直後、藪笠の足が止まる。


「…………」
「鍵谷の子だろ?」
「……ああ」


そう言って黙る藪笠に男は再び苦笑した。




図星だろう。男は小さく息を吐きながら言う。










「親も親なら子も子か………」


















「って事があったのよ!ねぇ、ひどいと思わない?」


鍵谷は今、一人の少女と共に洞窟の出口に向かっていた。
さらにいえば藪笠芥木の悪口を散々言いまくる途中である。


「ははは………そうなんだ」


鍵谷の話を聞き、苦笑いを浮かべる美羽と名乗る少女。
そもそも、話すきっかけになったのは少女が発した一言によるものだった。


『芥木お兄ちゃんのこと教えて?』








藪笠の知り合いだと聞いた。
だから鍵谷は鬱憤をはらすように話した。


会ってからそれまでの出来事を、不器用なこと。お節介なこと。優しいこと。


洞窟を抜ける間だけで沢山のことを言えた。








少女もその言葉を聞き残すことなくしっかりと聞いた。
その小さな口元を緩ませながら、懐かしい。納得できる。
そして、知ってるよ、っと。












少女は鍵谷の喋り終えたのを確認すると満足げに小さく笑う。


「ん?どうしたの?」
「いや、ちょっと面白くて」
「?」


首をかしげる鍵谷に少女はイタズラっぽく笑い、


「芥木お兄ちゃんのこと、本当に好きなんだね、って」
「ブはっ!?ななななッ!!」




ふふっ、と笑う少女。


自身より年下の女の子にからかわれている。
鍵谷は小さく唸りながら顔を伏せる。
その行動自体が面白い。少女は笑いながらその後に小さく呟いた。




「よかった……」
「え?」
「ん、何でもないよ」


少女はそう言うと指を前に指差し、


「ほら、出口だよ」


その言葉に顔を向けるとそこには光に包まれた出口が見える。
鍵谷は少女の前に出て足を進めた。
その時、


「ここまでだね」




背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには立ち止まった少女の姿がある。


「美羽ちゃん?」
「……ごめんね。私はそっちには行けないの」
「え、どうして?外には藪笠もいるのよ」


鍵谷が近づこうと足を動かす。しかし、突如。


「!?」


全身、金縛りに合ったような感覚に落ち、足が一歩も動かない。
戸惑う鍵谷に少女は独り言のように喋り出す。


「………芥木お兄ちゃんは変わっちゃった」
「え、何を……」
「全部、私のせいなんだよ」
「!?」


鍵谷はその時。
少女が語る言葉に息をのんだ。
なんだろう。
この感じに違和感がある。




まるで。








最後の遺言のような、










「………あのね、お願いがあるの」




「?」


少女は動揺する鍵谷に小さく微笑む。
そして、




「         」


















光に導かれ洞窟から出た鍵谷。
その直ぐ近くには一人、木にもたれ掛かる藪笠の姿があった。


「藪笠……………」
「……………………会えたのか?」
「え?」


不意の藪笠の言葉に驚く鍵谷。
言葉からして誰に会えたのか知っているのだろうと思った。


鍵谷はついさっき洞窟の中に消えていった少女の言葉を思い出す。
最後の遺言のように頼まれた事。


鍵谷は顔を伏せながら藪笠の質問に答える。


「うん、会えたよ」
「……………」




そして、そっとその人物の名前を口にする。










「美羽ちゃんに」


















その時。
鍵谷は気づいていなかった。


顔を伏せてさえいなければ。
もし、気づいてさえいれば。










きっと、


「藪笠に、伝えてほしいって」






言わなかったはずだ。
その言葉を、












「『私のせいで、ごめんね…』って」


















二人の間を風が吹き抜ける。
そして、その後に静けさが漂う中。言い終えた鍵谷は静かに顔を上げた。
そして、その時。




「……………え」






心の底から鍵谷は思う。






……言わなければよかった。
……黙っていればよかった。






胸の中に止めておけばよかった。
そうすれば…。




見ずにすんだはずだ。




















過去に味わったはずの。
瞳から流れる。


















悲しみの涙を……。















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