季節高校生

goro

夕日の中で





四月二十一日
六時間目終了後の放課後。


下校のチャイムが鳴る中、藪笠は一人机にへばりつく形で倒れていた。
体のあちらこちらには包帯やら絆創膏が見られる。
入学式からすでに二週間近くが経つ。
あの日から、あの三人と話し合うようになり色々なことがあったのだ。


鍵谷真木の場合。


『ちょっと、藪笠!』
『何だよ』
『今日から一緒の班なんだからアンタもたまには協力しなさいよ』
『…………、たとえば』
『宿題見せるとか、掃除を一緒にやるとか、居眠りのカモフラージュに徹してくれるとか』
『最初と最後、班関係ないだろ』


浜崎玲奈の場合。


『藪笠、ちょっと手伝ってくれる?』
『断固拒否で』
『皆―、藪笠が真木といちゃいちゃしてたわよー』
『なっ! 勝手に嘘をでっち上げるな! って、ちょ、お前らも騙されッツ、くるなあああ‼』


島秋 花の場合。


『大丈夫、藪笠くん』
『あ、ああ』
『あ、指怪我してるよ。ちょっと待ってて』
『いや、いいって別に』
『直ぐだから、………はい、出来た』
『あ、ありがッ! お前ら今、はさみ飛んできたぞ⁉』


入学初めの頃はぎこちなかった教室の中も、一週間もしないうちに穏やかな物になっていった。
さらに、鍵谷と浜崎、島秋の三人は男子たちの注目の的となり逆に藪笠は男子の目の敵となっていた。
そして、昨日も鍵谷との口喧嘩の際、男子たちに追いかけられ間抜けにも階段から転げ落ちたのだ。


無視すればいい。
頭では理解できている。
だが、どうしてもできない。
特に、鍵谷真木。




その姿が、どうしてもアイツに重なる。




「はぁ………」


大きく溜め息を吐く藪笠。
六時間の授業と掃除も終わり、誰もいない夕日が染める橙色の室内を見渡し机に顔を埋めた藪笠。
もうすぐ鍵閉めの警備員が来てもおかしくない時刻。
カチカチと黒板上にかけられた時計の針が動く。
顔を上げた藪笠はその時刻を目視し、呆然とした表情で呟いた。


「……後五分」


ゴン、と再び机に頭をつけ眠ろうとした。
その時。
ガラガラ、とドアの開く音に続き荒い息を吐く女子が藪笠に気づき声を掛ける。


「はぁ、はぁ、って下校時刻もう過ぎてるのに何やってんの、はぁ、藪笠?」


その声の主は制服姿に長髪を揺らし、息遣いを荒げる鍵谷真木だ。
よほど急いで来たらしく頬からは一筋の汗がにじみ出る。
藪笠は鈍い動きで顔を上げながらそこに立つ冬服姿の鍵谷に尋ね返す。


「お前こそ何しに来たんだ?」
「何しにって、私はたまたま教科書忘れたから取りにきただけよ。それより、藪笠は?」
「……寝過ごしただけだ」
「…………………」
「早く帰れよ。もうすぐ警備のおっさんが戸締りに来るぞ」
「………なら、アンタもでしょ」
「後、数分寝たら帰る」


そう言って、鍵谷がいるのを気にせず再び顔を机に戻す藪笠。
多分呆れて帰るだろう、と藪笠は思った。


「……………………」


鍵谷はそんな藪笠を見下ろす。
数秒と時間が経つ。
コツ、と小さな足音が聞こえた。と、思った矢先その音は徐々に近づき左隣からガタッと音が放たれる。


「………お前、帰れって言ったろ」


藪笠は顔を左隣に向ける。
その直後だった。


「!」


その光景に藪笠は目を見開く。
夕日が教室を橙に染め、それを背景にしているかのように体を机に倒し、顔を藪笠に向ける鍵谷。


「私も寝たくなったの」


普段のふざけた口調ではない。
目を細め、心細げに藪笠を見つめる鍵谷に藪笠は被り振りように顔を背ける。
外見もそうだが、やはりどこか似ている。
まるで生まれ変わりかのように……、


『大丈夫。神様は、私の代わりになってくれる人を作ってくれる』


そんなわけがない。
藪笠は目を伏せ歯を噛み締める。
カラスの鳴き声が外から聞こえ、沈黙が落ちる。
藪笠と鍵谷。
二人の呼吸が静かに漏れる。


「ねぇ」


数分が経った。
そんな中、鍵谷が声を出す。


「……家に帰りたくないの? 親と喧嘩とかした?」


何を勘違いしているのか、と思う藪笠。
鍵谷は普段にはない藪笠の雰囲気にそう判断したのだろう。  
だが、それよりも彼女がこんな事を聞いてきたのは初めてだ。
藪笠は顔を一瞬曇らせ、小さく口を動かした。


「親はいない」
「え…」
「俺が小さかった時に、死んだ………」


瞬間、その言葉に目を見開かせ、同時に体の熱が下がる感覚が鍵谷を襲った。
聞いてはいけないことを聞いてしまった。
その罪悪感が鍵谷の胸に痛みを与える。


「………ごめん」
「何で謝んだよ……」
「……でも」


すっかり顔色を落ち込ませてしまった鍵谷を横目で見た藪笠は、肩をすかしながら溜め息を吐き、ガタと椅子から立ち上がりながら、隣に座る鍵谷の頭に手を乗せ、


「!」
「お前が気にしなくてもいい」


その一言。
鍵谷は胸がざわつくのが理解できた。
顔を上げ、目の前にいる藪笠を視線を上げ、それに続くように鼓動が早くなるのがわかる。 
頬に感じる熱さ。
だが、妙な違和感。
心の底からくる気持ち。
自分は今、どんな顔をしているのだろうか?
鍵谷は咄嗟に考え、藪笠に向かい声を出そうとした。


その時だった。


バリィン! と付近ではない。
遠くから聞こえてきたガラスが割れる音が藪笠と鍵谷は目を見開せる。


「な、なに?」
「………鍵谷、お前はここで待ってろ」


そう言うや、藪笠は教室を飛び出した。
鍵谷が呼び止めようとしたが、その時には既に藪笠の姿はなかった。












ガラスの割れたのは音からして一階だろう。
藪笠は階段を急いで下り、現場といえる室内へ向かう藪笠。


(あそこか?)


微かな騒音から、現場は廊下の角を曲がった直ぐの教室。
藪笠は足に力を込め、その角を曲がった。
突如。


「!?」


ビュッと風を切る音とともに目の前に金属バットが振り下ろされる。
しかし、瞬時に危険を察知した藪笠は、後方に飛びその攻撃を回避した。


「チっ!」


目標が逃げたことに対する舌打ち。
藪笠は地面に片手をつけ着地と同時に視線を目の前に向ける。


そこには紺色のパーカーを着た男。両目を見開かせ肉づきの少ない頬を見せる、外見から二十代そこそこと見てとれる。
男は肩に担いだ金属バットを藪笠に突き付け、嫌々な表情を浮かべ口を開いた。


「アー、メンドくせぇ。一発で気絶してりゃよかったのに」
「……お前、今ここで何してやがった?」
「あん? ガキに教えて何か得でもあんのか?」


ギョロりと大きく見開いた目を向ける男。
片手に持つ金属バットをブラブラと揺らし、口を左右に開かせ笑みを浮かべる。


………コイツ、今の状況をわかってるのか?
藪笠は、笑みを浮かべる男に対し溜め息を吐き、同時に口を開く。


「笑わせんな」
「…………アン?」


藪笠の口にした言葉に、男の笑みは固まる。聞き逃しがなければ、このガキは今タメ口を口にした。


………殺すか?


コン、コン、と金属バットを床に当てながら男は見開いた両目で藪笠を睨みつける。
脅しているつもりなのだろう。
藪笠は片手をポケットに突っ込み、小さな口調で何かを呟いた。


男は藪笠に向かって奇声と共に駆け出し、そのまま大きく振り上げた金属バットを躊躇なく振り、




「それで殺せると、本当に思ってんのか?」




『その言葉』
男の脳にソレが入った直後、痛覚とともに顔面は変形した。
ゴッ‼ と刹那ともいえる膝による一撃が顔面に捕え、男の意識は簡単にもぎ取られたのだ。
勢いに押され、バタンと倒れる男。
藪笠は廊下に足を着地させる。


「はぁ………」


小さく溜め息を吐き、倒れる男のポケットから零れ落ちる瓶を拾うと、瓶には白いシールが貼ってあり、そこには黒のマジックで『A2』と書かれていた。


「何に使うつもりだったんだ、コイツ」


白目をむき、鼻血を出し倒れる男。
しばし男を見据え藪笠は瓶を床に置くと溜め息をつきながら、その場を後にする。






そして、数分後。
階段を上る頃には、下から慌ただしい声が聞こえてきた。
一方の藪笠は、さっきのことを鍵谷にどう言って納得させるか、それに悩むのだった。


  







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