季節高校生

goro

飼育小屋



四月二十六日
雲一つない青空。
校内の四時間目が終了して、現在は昼休み。


「飼育小屋?」


昼食を食べ終え、机に寝そべる藪笠は、顔を横に向けながら言った。
視線の先には、長髪を揺らす少女。


「うん、飼育小屋。一緒についてきて」


ニコッと笑顔を向ける鍵谷真木が立っている。
こちらも昼食を終え、何故かご機嫌な様子で藪笠にそう頼み込んでいる。
……確かに昼食の後に予定はない。ないが、


「イヤ」


断固として拒否する藪笠。


「いいじゃない、暇なんだから!」
「イヤ」
「飼育小屋だよ。可愛いウサギとかウサギとかウサギとかいるのよ!!」
「イヤ」
「あのクリッとした目とか! プリティーな顔とか!」
「何度言われようが、イヤだ!」


ふん、と顔を背ける藪笠。
全くとしてその姿勢を変えるつもりがないようだ。
頬を膨らませる鍵谷の目には、少しと涙を溜まる。しかし藪笠は、慌てる素振りも見せない。
出会って数週間しか経っていないが、それでも鍵谷との接し方がわかってきたようだ。


このまま無視しよう。


藪笠は再び顔を埋め、鍵谷が立ち去るのを待った。
が、そのすぐ後。


「……………………ねぇ、藪笠」
「…………」
「この前、藪笠に痴漢紛いのことされたって、新聞部に言っちゃっていい?」








太陽の日が当たる、中庭。
藪笠と鍵谷は今、二人並んで飼育小屋へと向かっていた。
あの後、鍵谷の脅しに屈してしまった藪笠。
鍵谷が言いふらした後、自身に振り掛かる地獄を想像した瞬間、背筋に寒気を感じた。
しぶしぶ鍵谷についていく事となった藪笠は、深く息を吐きながら鍵谷に尋ねる。


「で? 今回は何で飼育小屋なんかに用があるんだ? お前、今まで飼育小屋の事なんて言ってなかったじゃねぇか?」
「いやー、何か新しいウサギが飼育小屋に入れられたらしいくて」
「新しいウサギ? それって普通のウサギだろ」
「いやいや、私の勘だとそのウサギちゃんは絶対プリティーで愛らしいウサギちゃんだと思うのよ」
「………………」


テーションMAXの鍵谷。
藪笠は呆れた眼差しを送りつつ、こんなアホな女のために俺の昼休みは取られたのか…、と肩を落とした。
そしてこの時、藪笠は自身に災難が降り注ぐことに気付かなかった。






飼育小屋。
複数の動物が木小屋に入っており、コラボした鳴き声が聞こえてくる。
ある動物が入って小屋を覗き込み、藪笠は鍵谷に尋ねる。


「なぁ、鍵谷」
「何?」
「お前さっき、絶対プリティーとか言ってたよな?」
「うん♪」
「後、愛らしいウサギちゃんとか言ってたよな?」
「うん♪」


笑顔満載の鍵谷。
ふっ、と息を吐き、藪笠は笑顔を浮かべたまま言った。




「じゃあ、聞くけど。……あれ、ウサギじゃないよな?」




小屋の中にいる複数いる内の、異様な一匹ウサギ。
白い厚毛に右頬にある一筋の傷。爪は普通のウサギより断然長く、
顔が………めっちゃ怖い。


「何言ってんの? あれはどこからどう見てもウサギじゃ」
「どこからどう見てもウサギじゃねェェッ!!」


めっちゃ怖いウサギを力一杯指さし抗議する藪笠。
鍵谷は首を傾げる。


「何だよあのウサギ!! 普通に野生のハンターみたいなもんだろ!!」
「そうかな、可愛いと思うけど」
「可愛くねぇし、むしろ恐ろしい!!」


うーん…でも可愛いのになぁ…、と鍵谷は呟きながら飼育小屋の扉に鍵を差し込む。
ん? ……………差し込む?


…………………………………………


「おい、ちょっと待て」
「何?」
「お前、何で鍵持ってんだよ」
「ん、飼育係に貰ってきちゃった」
「いや、きちゃったって」


あまりの事に愕然とする藪笠。
一方の鍵谷は有無言わず扉の鍵を開ける。
そして、言った。


「それに……中入るのって、私じゃなくてアンタよ?」














飼育小屋の室内。


「何、これ?」


藪笠は今、飼育小屋のウサギがいる室内中心に立っている。
小屋の外では鍵谷がウキウキとした表情でこちらを見ている。
後、言うなら、


「…………」


視線の先、めっちゃ怖いウサギがこちらを睨んでいる。


オイ、なに我の敷地またいどんねん。


まるで、そう言っているようだ。


「な、なぁ………鍵谷?」


藪笠は振り返り、避難場所にいる鍵谷に声をかける。


「ん、どうしたの?」
「いや……俺、出たいんだけど」
「つまらない」
「知るか! 後、アイツ何か俺のこと狙ってないか?」
「ファイトー!」


無責任すぎる。
藪笠は、額に青筋を作り、無言で出口扉へと足を向けた。
次の瞬間。


「藪笠、前!!」
「前?」


そう言われ、前に顔を向けた、直後。
ドゴッ!! と、顔全体の特に鼻に物凄い衝撃が襲った。
そしてその時、藪笠は見た。




めっちゃ怖いウサギの、ドロップキックを…。


















数時間後、保健室。


「うう………」


小屋内で倒れた藪笠を何とか引きづる形で保健室に連れてきた。今はベットでうなされ、鼻に絆創膏が貼られている。
ベットの傍らでは、ちょうど用事で保健室にいた浜崎玲奈と島秋花、さらに今回の元凶である鍵谷真木が椅子に座り苦い表情を浮かべていた。


「全く……ちょっとやり過ぎじゃないの? 真木」
「いや、今回は私……何もやってない、よ」


浜崎に問い詰められ、目を泳がせる鍵谷。
島秋はうなされる藪笠を心配げに見つつ口を開く。


「藪笠くん、何でうなされてるんだろ」
「っ!」
「うー…………う、ウサギー……うさ……」


ウサギウサギ、と藪笠の口からその単語が漏れる。


「ウサギ?」
「うさぎ?」
「………………」


……………………………………。










再び飼育小屋。
問い詰められた鍵谷は今、浜崎たちを連れ再び飼育小屋に訪れている。


「何、あのウサギ…」


来て早々、そう呟く浜崎。
その顔は愕然としている。


いや、確かにウサギとは聞いたけど……異常過ぎだ。


額に手を置き、溜め息を吐く浜崎。
と、隣にいた島秋が体を震わせているのに気がついた。


「どうしたの? 花」
「ああ、あ、あれ……」
「ああ……怖いわよね。やっぱ」
「可愛い!!」


……………………。


「へ?」
「あの顔とか、プリティー♪」


再び、愕然とする浜崎。
と、その時。


「あれ?」


浜崎は鍵谷がいないことに気がついた。
辺りを見渡し近場にいないことから、まさかと飼育小屋の中に視線を向けた。




「ご飯だよ〜」




そこにはウサギ小屋の中で、例のめっちゃ怖いウサギにウサギ用餌の団子にをあげようとする鍵谷の姿がある。
ウサギの方も、やや戸惑っている様子だ。


「ち、ちょっと!! 真木、危ないわよ!」


そこを離れろ、と浜崎が言う。
しかし、鍵谷は一向に離れようとはせず、しまいにはこちらに向かってピースをしだした。
そしてまた一方では例のウサギが鍵谷の持つ餌を加え、呑み込んだ。
その直後。


ドサッ。


突如、めっちゃ怖いウサギが倒れた。
どうしたのか、と浜崎たちはウサギの顔を見た。
すると、そこには…。




腹痛を起こしたような、顔をゆがめたウサギの姿がそこにあった。




え………? 驚いた表情を浮かべる浜崎と島秋。
と、ウサギの目の前で鍵谷がしゃがみ込み、問題発言を言い始める。


「今の餌に下剤入れたから、当分苦しいよ」


……物凄い問題発言だ。


「私の言うこと聞いてくれたら、私特製のお薬あげるけど、どうする?」
(いや、どうする?て、あんた鬼!?)
(真木………そのウサギをどうするの……)


浜崎と島秋は共に、鍵谷にやや恐怖を感じた。
一方、めっちゃ怖いウサギからめっちゃ苦しんでいるウサギに変わったウサギは、少し戸惑ったが次第にお腹の苦痛に耐えきれず。




わかった。…言う通りにする。




何とも可哀そうな表情で、コクリと頭を頷かせた。
こうして、ウサギは鍵谷の下に膝まづくことになる。






しかし、その三日後。
めっちゃ怖いウサギが飼育小屋から脱走した、と新聞部記事の一面を飾ることになる。







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