季節高校生

goro

始まり







季節は冬、一年の最後の季節。
雪が降り積もる夕暮れの橙が空を染める。


「そんなこと……言うなよ…」


凍える寒さを無視した高熱の炎の中、一人の少年は膝の上で抱き寄せる少女に対しその言葉を投げかける。少年の顔は、ぐしゃぐしゃのいつ泣き出してもおかしくなかった。
抱き寄せられた少女は言った。


「……泣かないで」


震える傷だらけの少女の手が少年の頬に触れる。
感触と予感、肌から伝わる震えが恐怖感を徐々に大きくさせる。
少年の瞳に一筋の雫が零れ落ちる。
少女は少年の顔を見上げ口元を紡んだ。


……本当なら、そんな顔をしてほしくなかった。


「大丈夫。神様は、私の代わりになってくれる人を作ってくれるから」
「ッそんなもんいるか! ……お前が、……お前の代わりなんているかよ」
「……………」


震える少年の手。
その手を少女は震える指先で確かめ、力ない握力で、ぎゅっと握った。


「………ちゃん」
「!」


そして、少女は言った。
最後だから。
こんな嫌な気持ちで別れたくないから。
だから…………いいよね?




「一緒にいられなくて………ごめんね」




最後の笑顔とともに少女は言葉を伝え、そのまま静かにその繋がれた手は床にこぼれ落ちた。
それは、決して忘れることのできない。




「ァ……ァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」




二年前の、過去の記憶である。












桜が咲く季節。
月は四月を迎える。
中学生なら受験に合格し、卒業から一か月後には高校に入学。
桜が満開に咲く中、この日高校に入学することとなる生徒たちがその桜通りを歩いていく。
大半は母親や父親、親子で校門を通る姿が見える。
桜の花が一枚落ちる。
その一枚を空中で摘まむ、藪笠芥木。
背丈は一般の男子高校生ほどであり髪は少し長い短髪。
黒の学ランに手提げ鞄を持つ藪笠は道端に置かれたベンチに腰を下ろし、目の前を通っていく親子たちを眺めいた。
親を待っているわけではない。
ただ開会式まで時間が余分にあったからだ。


「…………」


藪笠は指で摘まんだ桜を見つめる。
白い、ピンク色がかかった花びら。
枝の先に咲く時は輝いて見える物も地面に散った後は輝きを失う。
それは遠からず人間もまた同じなのかもしれない。
歳は上ってもいつか体は地に落ちる。


「……………散れば、最後か」


藪笠は指で花びらを押しつぶし、視線を近場に立つ時計台に向ける。
時間は八時過ぎ。
後数十分で開会式が始まる。
行くか……、と藪笠は傍に置いてある鞄を手に取る。
そして、立ち上がろうとした。
その時だった。


「どこだろ……」
「?」


桜に集中していたため気づかなかった。
背後からその声が聞こえ振り返ると、そこにいたのは長髪の少女。
ベンチ後ろでしゃがみ込んで何かを探している。


「ん? ねえ、ちょっと」


藪笠の視線に気づいた少女は顔を上げ、目を見開く藪笠に対し口を開けた。


「この変に白い手紙とか見なかった? アンタさっきからここに座ってたでしょ」
「…………………」
「ねぇ、ちょっと聞いてる!」
「…………………あ」


少女の姿に愕然としていた藪笠は数秒して声を出す。だが、すぐに返事をしなかったことに眉をひそめた少女は首をかぶり振りながら、


「もういい。用がないならそこどいて」


言われたままベンチから離れる藪笠。少女は大きく溜め息を吐きながら再び捜索に取り掛かった。
一体何を探しているのか、藪笠はただじっと視線を向けつつ顔を背けた。
初対面の少女に係わる必要はない。


「………………」


藪笠は鞄を手にその場を離れた。
そして、桜通りを抜け、校門を通り下駄箱がある一階校舎前まで足を止めた。
だが、


「…………」


一歩。その足を踏み出せば後は上靴に履き替え開会式が行われる体育館に向かうだけ、それだけのはずだ。
それなのに、脳裏にさっき会った少女の顔が浮かび上がる。


「…………」


後数分で開会式が始まる。
遅刻は後々面倒になる。
数秒、考えたのち藪笠は手持つ鞄を肩に担ぎ、一歩。


「…………………ッ」


足を踏み出した。






ない、ない、どこにもない!


鍵谷真木は人がいなくなった桜通りを今だ捜索していた。
ベンチの足場や茂み付近、色々と探し回ったが一向に見つけることが出来なかった。
地面に両膝をつき落ち込みたくなる鍵谷。
数分前、一人の少年に言った白い紙。
それは保護者同伴がダメになった時に出す通知の紙であり、それがない場合は開会式に出ることはできないと受験合格発表の時に貰った紙に記されていた。


「はぁ………ほんと、馬鹿だ」


鍵谷は暗い顔で近場に置かれていたベンチに腰を下ろした。
鞄を膝に置き顔を伏せ、次第に涙腺が熱くなる。
仕方がない。
今日、職員室で怒られてもいいからもう一度探そう。
鍵谷は、重い息を吐き顔を上げた。
と、そこに、


「え?」


目の前に突き出された一枚の紙。
それは今まで探しても見つからなかった通知の紙!


「え、え、どうして、え?」


訳が分からず目を疑う鍵谷。しかし、そこで気づく。
紙を突き出す一人の少年。
それは数分前、ひどい言い方で突き放したはずの鍵谷が座っている場所に座っていた藪笠芥木だった。


「………何で」


愕然と口を開く鍵谷。
一方、藪笠は返答を無視して鍵谷の手を掴む。


「え!」
「探してやった。遅刻とか骨折り損はごめんだ」


藪笠はそういうと一気に足を踏み出し引っ張る形で鍵谷とともに体育館に向かった。
開始まで後三分。
間に合うか?










結果、数秒差で間に合った。
体育館に突っ込む形だったため、軽く教師には叱られたがそれでも無事に開会式を出ることができた。
藪笠たちは共に口から安堵の溜め息がこぼれた。
そして、現在。


「ねぇ、聞いてる?」


共に開会式に入った少女、鍵谷真木は同じクラスになりさらに言えば藪笠の真横の席というハイレベルの偶然が起きている。


「ちょっと、聞いて」
「聞いてる………っていうか、俺らは初対面ってわかってんのか?」
「わかってるわよ。でも、そんなことよりあの紙をどこで見つけたのか教えてなさいよ」
「………道端に落ちてた」
「嘘! 私があれだけ探してたのに見つからなかったもん」
「嘘じゃねえよ、路上のゴミ入れの中に入ってたんだよ」


さっきから何なんだコイツは…、と藪笠は溜め息を吐きながらこめかみを抑える。 
確かに助けにいったのは自分だ。
それで、関わりを作ったのもまた自分だ。
だが、


(ここまで、慣れ慣れしく来るか、普通?)


藪笠は横目で鍵谷を見つつ、もう一度溜め息を吐いた。
すると、そんな藪笠たちに近づいてくる女子の姿が、


「へえー、真木も入学早々に春が来たんだ」
「ッ、来てない! って玲奈!?」


細長いダランとした髪を伸ばした、女王をイメージしたような女子。鍵谷と知り合いらしく、二人は言い合っている。
というよりも、鍵谷は現れた女子に遊ばれている。


「初めまして、浜崎玲奈です」
「え?」


さっきまで言い合っていた少女、浜崎は藪笠に言い寄ると手を差し出してきた。
言うならば握手の誘いだ。


「あ、ああ。………藪笠芥木です」
「藪笠芥木……………ふふ。よろしく、藪笠」


ガシッと組まれる手と手。


…………………………………………………いや、ちょっと待て。


藪笠は眉をひそめ尋ねる。


「なんで呼び捨て?」
「? 君とかつけてほしかった? それとも様?」
「いやいや。そこじゃねえよ、問題は」


初対面でいきなり呼び捨てはないだろ、と思う藪笠。
さらに、その浜崎に続き鍵谷も、


「わ、私もアンタのこと藪笠って呼ぶ」
「………お前らの辞書には礼儀とかないのか?」


こめかみをさらに指で押さえ、低い声を出す藪笠。
と、そんなことはお構い無しと背後から声が掛けられた。


「あ、……あのー」
「ん?」
「!!」


その苛立った状態で、声を出してしまった。
振り返るとそこには、ビクッと体を震わせる一人の女子の姿があり、さらに言えば同時に冷たい目線が教室にいるほぼ全員から放たれる。
気まずさを感じ、謝罪を含めて藪笠は頭を下げた。


「悪い。……何かようか?」
「え、あ、あの、その」


その少女は手をもじもじとさせながら、視線を鍵谷や浜崎にあちらこちらと向ける。落ち着きがないなぁ、と藪笠が口を開こうとした。
すると、バッと少女は顔を上げ、 


「その紙、捨てたの私なんです!」


頭を下げながら謝る少女。
一瞬、教室が沈黙に包まれた。
………………………………は?


「えっと、その、ごめんなさい!」


そう言いながら再び謝る少女。
藪笠は首を傾げつつ、振り返ると傍にいた鍵谷と浜崎も同じように首を傾げている。


少女の話を聞くと、どうやら朝の登校のさい道端に落ちていた白い紙を見つけ、よれよれだったためゴミと識別して捨ててしまったらしい。
紙がよれよれだったのは元を正せば鍵谷が今朝に慌てて持ち出したためであるらしく、


「あ、いいよいいよ、私もしっかりと鞄の中に入れてればよかったし」
「………………」


縮こまる少女を気を使う鍵谷。
藪笠はほんの少し、こちらにもごめんの一言があってもいいのではと思う。
と、そんなことを考えていた藪笠の元に件の少女が近づい行き、


「あの……」


さっきと同じように頭を下げる少女。


「ごめんなさい。私のせいで、ご迷惑を」
「いや、別にいい……んだけど」


頭に手を置き、気まずさを感じてならない。少女はそんな藪笠を見ると、ほんのり頬を赤らめ、自己紹介か手を差し出し、


「私、島秋 花っていいます。あの………よかったら名前を、教えてもらえませんか?」
「…………藪笠、芥木」


差し出された手にしぶしぶ握手する藪笠。 
少女、島秋は頬をさらに赤らめ口元を緩めると、数秒して今度はおどおどとした口調ではない、はっきりとした声で言った。


「ありがとう、藪笠くん」






春の始業式、藪笠芥木はそうして三人、鍵谷真木、島秋 花、浜崎玲奈と出会い、物語が始まる事となった。


桜が咲く四月。


その学校で。




藪笠芥木の学校生活が始まった。







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