双対魔導の逸脱者(ディヴィエイター)

goro

偽りの仮面



第四話 偽りの仮面




雪先と別れたルトワは先に学園内にある女子寮に足を運ばせていた。
どこかで断末魔の悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、一瞬校舎に振り返るも直ぐに視線を戻し寮へと足を進める。
学園の校舎から離れた位置にある女子寮だが、実は言うと男子寮とも数キロ離れた位置に建設されている。さらには女子寮だけに限ってその周囲に魔術による結界が展開されていた。
何故、女子寮にだけそんな事を特殊防壁が作られているのかと聞かれれば、外部からの攻撃を防ぐ等といった学園らしい言い訳もあるにはある…。


だが、…実際の話で言うなら、それは言わずとも分かるわけであり(男のサガとしてそこは触れないであげて欲しい)


そうこうしている内に、校舎を離れ歩くこと数分が経った。
次第にどこかのお城かとツッコみたくなる外装をした女子寮の屋根が見え始める。ルトワは鼻歌をつきながら、今日の夕食は何しようかと、そんな気楽な事を考えていた。
だが、そこでふと彼女の足が止まる。


「あれ?」


ルトワが見つめる先には、一人…門の前に作られた階段に座り込む女子生徒がいた。
顔を伏せているその女子生徒。その頭上には、小さな容姿をしたイルカ型の使い魔が宙を泳ぎ、まるで使役者を心配しているような仕草をしている。
ルトワは急ぎ足を早め、彼女の元へと向かう。
そして、座り込むその女子生徒の前に立ち、ルトワはその口を開く――――


「アゲハちゃん?」


ルトワの声に反応して、ゆっくりと顔を上げる妼峰アゲハ。
その顔は酷く憔悴し、多くの涙を溢し痕が目の下に帯びた赤みとなって現われていた。




◆ ◆ ◆




六限目の終了のチャイムが鳴る。
今日の授業を全て終えた妼峰アゲハは今、もう一度火鷹の件を掛け合ってもらう為に教師であるトグマの元に向かい急ぎ廊下を歩いていた。
だが、そんな彼女の前方を遮るように数人の男子生徒たちが突然と姿を現わす。


「どうしたんですか、妼峰さん。そんなに急いで」


そんな言葉を吐きながら、ニタニタと笑みを浮かべる男たち。
妼峰は険しい表情を浮かべるが、睨まれても尚彼らの笑みは止まらない。見ているだけで、得体の知れない何かが胸の内にこもる気分だ。
妼峰は小さく唇を紡ぎながら足に力を込め、言葉を交わすことなく彼らの横を通り過ぎようとした。
だが、その時。


「まぁ、待って下さいよ。妼峰さん」


ガシッと、そんな彼女の腕が一人の男子の手によって強引に掴まれる。
その男は数人の男子たちの先頭に立ち、またリーダー的存在である。そして、その男は昨日―――――――火鷹を痛めつけた、あのリーダー格の男だった。


「ッ!? 離してッ!」
「そうつれないこと言わないで下さいよ、妼峰さん。そんなに急いだってあの担任教師はもうとっくに教室にはいないんですから」
「!?」


その言葉に目を見開く妼峰。
今、彼女は一度として教師の名を口に出していなかった。意図を読まれるような単語すら言った覚えもない。
なのに、何故その事を知っている?
なんで…ッ! と疑問に対し声を上げようとする妼峰。だが、リーダー格の男はそんな彼女が口を開くよりも早く、髪の隙間から見え隠れする小さな耳元に顔を近づけ…。
男は小さな声で、ある言葉を囁いた。




「『あの卑怯者からの伝言だよ。…………もう俺なんかに関わるな、ウザいんだよ…お前』…だってさ」










その言葉を言われ、数分の時間が過ぎた。
妼峰の側にいたリーダー格の男は既に、その後ろに仲間たちを引き連れ、その場を去っている。ただ、彼らの愉快な笑い声だけが次第に遠くなっていくのだけが聞こえてくる…。


「……………」


廊下に一人…。その場に立ち尽くす妼峰は一度も口を開かず顔を伏せていた。
だが、その瞳に……じわりと熱が溜る。そして、いつしか彼女の足元に何度も、透明な滴が音もなく落ち続けていた。




◆◆ ◆




女子寮の一室。
そこはルトワ=エルナが寝泊まりする学園用の私室だ。そして今、そんな彼女の部屋に妼峰アゲハはいた。
部屋の中央に置かれたリビングテーブルの前に置かれた椅子に座る彼女。キッチンから出てきた私服姿のルトワはコップに汲んだ水をそんな妼峰の目の前にそっと差し出す。


「アゲハちゃん、何があったの?」
「……………」


以前と何も語らない妼峰アゲハ。
その目は虚ろを見ているように、酷く悲しげで冷たいものだった。普段からは想像できないほどに憔悴した彼女の姿にルトワは小さく目を細める。




妼峰アゲハとルトワ=エルナは昔からの幼馴染みだった。
この学園に来る前から親しくした間柄で、彼女が抱える思いをルトワは知っていた限りない人物の一人だ。
そして、ここ数日間の間。妼峰はいつも以上に笑顔に満ちた表情を浮かべていたことも知っていた。
一日一日が過ぎていく、それが何より嬉しいように彼女は笑っていたことも…。


だから、ルトワは直ぐに理解出来た。
何故、彼女がこうなってしまった……その原因が何なのか…を。




「アゲハちゃん………焔月くんと、何かあった?」
「……っ!」




その言葉に反応するように、ここに来て初めて妼峰アゲハの肩が震えた。
何も言わないで…と、まるでそう言っているかのような、それは一種の拒絶反応だったのかもしれない。
だが、ルトワは続けて口を動かし、


「私とアゲハちゃんの仲だよ? だから、わかるよ…………、アゲハちゃんが傷つく原因なんて、一つしかないことも」
「………………」
「辛いのはわかるよ。だけど、…それでも話さないよりは良いと思うから、だから…何があったのか…話してくれる?」


ルトワがそう言いながら、優しげな笑みを浮かべる。それは短い会話だった。だが、その言葉の一つ一つに確かに思いやりがあった。
彼女の行動一つで、いつしか妼峰の閉ざしていた心の門は簡単に綻んでいた。


やがて…、ルトワに促されるままに、妼峰は今日あったことを語り始める。
焔月火鷹に何があったのか…。
そんな彼からの伝言として、男たちに何を伝えられたのか……。




「そうだったんだ…」




全てを聞き終えたルトワは口を閉ざし、その言葉に真実があったのかと疑問を抱く。
焔月火鷹とルトワに関わりがあるのかと聞かれると、それは皆無に等しいぐらいに接点はない。


遠目で見た、彼の様子を聞いた…それぐらいしか知らないのだ。


だが、そんな最小限の情報を知った上で、彼が妼峰にそんな言葉を言ったとは思えなかった。
全部がというわけではない…途中までは、内容はあっていたのかも知れない。
だが、…人を傷つけるような決定的な単語をはたして彼がその口で本当に言ったのだろうか…。


「……………」


ルトワに話し終えた後、妼峰は再び目に涙を浮かべる。
あの時の事を思い出したように、肩を小刻みに震わせながら彼女は目を伏せていた。…目の前で縮こまる、その姿からは貴族令嬢とは思えない容姿に思える。
だが、ルトワは知っている。
皆が貴族だ、お姫様だと、口にしたとしても―――


「アゲハちゃん」


ルトワはゆっくりと足を動かす。
そして、妼峰の後ろから、そっと優しくその悲しみで震える体を抱き締めた。


「…っ」
「本当に、焔月くんがそんな事を言ったと思ってる?」
「………………」


短い沈黙の後。
小さく、頭を横に振る妼峰。


「……アゲハちゃんも、納得はしてないんでしょ? …確かに、本当かどうかを知るのは怖いかもしれない…。もし本当だったらって思っちゃう………。その気持ちはわかるよ」


でも、とルトワは言葉を続け、


「それでも…ここで何もしないのは、ダメだよ。ちゃんと彼と話して、自分の思いを伝えないと。じゃないと、今までアゲハちゃんが頑張ってきた意味が…なくなっちゃうもん」




貴族令嬢である意識を持て。
そう親から伝えられて、妼峰アゲハは育てられてきた。
貴族らしい振る舞いや、優等生らしい成績、皆が思う思想を崩さないためにも彼女は必死に嘘を偽るための仮面を作り、装っていた。
緊張が毎日のように、彼女の体にのし掛かっていた。


それでも、ルトワと一緒にいる時や、そして―――――――彼…焔月火鷹といる時だけは違っていた。
その時だけは、本当の自分が出せた。
そして、彼に対するその内に積る思いを――――――まだかまだか、と揺れ動く中で心の奥にしまい込みながら、幸せな時間をただただ過ごしていた…。




だからこそ、彼への伝言として言われた言葉が……酷く、心に突き刺さった。




小さくヒビが入り始めていた仮面が、その時…壊れた。
体の震えが強くなり、いつしか妼峰はルトワに振り返りながら、その小さな体に抱きつき、嗚咽を上げ、泣き続けていた。






「ぅ、ぅぅ……うああああああああああああっっ、ぅああああああ―――ん!!」






貴族令嬢、優等生、そんな言葉は似合わない。
妼峰アゲハは、ただ純粋な恋心を持った一人の女の子だった…。









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