魔導書作りのエストリア

goro

謎の魔導書と眼鏡少女



第八話 謎の魔導書と眼鏡少女


今日、魔法道具店は週一日ある定休日である。
店主ことエストリアはそんな休日を使い、ラフな格好して街の中を歩いていた。
彼女が向かっていたのは街の端に佇む一件の店。そこは、とくに有名な店ではなく、


「おじさーん? いますかー?」


おもに図鑑や調合書などの本を取り扱う、古びた書店だった。


街に本屋がそこ一つしかない、というわけではなく他にも見栄えの良い書店は数店舗とある。
だが、エストリアの欲しているのはそんな店々にはない、この店にしか置いていない特殊な商品ーーー

「本買いに来ましたー!」

それは、白紙の魔導書。
いわゆるオリジナルの魔導書を作るために必要な原典を手に入れるためだった。



「っ、うるせぇなぁ〜朝っぱらから〜」

そして、ようやくエストリアの声に反応してか、店の奥からヒョロヒョロのお爺さんが出てきた。
彼の名前はション。
この街に長く居座る魔法使いの一人だ。

「おぉ、エストリアか」
「またこんな時間まで寝てたんですか? もう朝の時間とっくに過ぎてますよ?」
「いいんだよ、別に。この店に買いに来る客なんて珍妙な奴を含めても片手で数えれるほどしかいやがらねぇんだから」
「はぁ〜、全く…おじさんは。……って、あれ? それ私も入ってますよね?」

今更だろ? と鼻で笑うションにエストリアはしかめっ面で頰を膨らませた。
とはいえ、それだけで騒動に発展することもなく。
ションは欠伸をしながらレジの後ろに置かれた椅子に腰掛け、

「それで? また魔導書か?」
「はい、それのために来たんですから」

常連ことエストリアは口にしながら、店内の商品を見渡している。
対するションは呆れた様子でそんな彼女を眺めつつ、

「それにしてもなぁ〜、毎回燃やして潰すっていうのは」
「うっ、こ、こっちもわざとじゃないんですっ!?」

と、恥ずかしげに声を上げるエストリア。と、その時、不意に彼女の足が止まり、

「おじさん?」
「ん?」
「これも……魔導書なんですか?」

エストリアはそう言って指差したのは、淡いピンク色の表紙をした一冊の魔導書。
外装に凝った装飾が施された何とも高そうな本だった。

「…………ああ、まぁ…な」

彼女の問いに対し、少し言い淀んだ様子でそう答えるション。
エストリアはそんな彼に多少の違和感を覚えつつ、神妙な面持ちでその本を手に取り、形や中身を確かめていく。

「何か、いつものと作りが違う魔導書ですよね? 材質も違和感があるし」
「そりゃあ……もらいもんだからな」
「え?」

どういう意味なのか、と尋ねようとするエストリア。だが、何故かションはそんな彼女の言葉を塞ぐように、


「んで? どうする? その本、買っていくのか?」


その日に限って、彼はエストリアにその本の購入を急かしたのだった。







そして、エストリアはその本を購入した。

貰い物とションは言ってはいたが、特別とおかしいことでもない。
何故ならションの店は書店と同時に古い本を取り扱う市場という顔も持っており、だから流れにわたってきたのだろう、とエストリアは思ったからだ。

「良い買い物したなぁ〜」

鼻歌をつき帰っていくエストリア。
そんな遠ざかっていく少女を見つめるションはしばらくした後で、大きくため息を吐く。
そして、



「っ……これで、いいんだろ?」




そう、彼は言葉は発した。
その言葉はションの背後に突然と現れた存在に対して向けられたものだった。
メガネをかけ、首には小さな小袋を紐で吊るし掛けた謎の少女に対してーーー


「ええ、ありがとうございます」


そして、謎の少女はニッコリと笑いながら、また突然のように姿を消した。
それは一見してテレポートという魔法に似ている。
だが、彼女から感じれたそれは、ションの知るテレポートという魔法とは別のものだった。




ションはいなくなった彼女を確かめると、まるでどっと疲れが溢れ返したように腰を抜かして地面に座り込んでしまった。
そして、彼は震えた口で、言葉をつく。


「っ……なんで、あんなバケモンがこの街に来てんだよっ」


だが、その言葉の意味を理解できる者は、今この場おいて誰も存在していなかった。









そして、それから数分した頃。

「グラッチさん、今日はどこへ?」
「ん? ああ、いやな。ちょっと用事もあって昔の同僚のとこに行くんだよ」

街の巡回をしていたオストリアとグラッチは今、ある場所に向かって歩いている。
そこは人の寄り付かない古びた書店。
今しがた、エストリアが訪れていた場所だ。

「よぉ、ション! いるか!」

開口早々に大きな声を上げるグラッチ。オストリアも後に続いて店の中に入る。
しかし、そこには、



「っ!? おい、どうしたション!!」



地面に座り込み、頭に手を当てながら考え込むションの姿があった。
グラッチが急いで駆け寄り、オストリアもその後に続いた。

「おい、大丈夫か! ジョン!」
「……っ、ああ、グラッチ…お前か。………ははっ、みっともない姿を見しちまったな」
「そんなことはいい。それよりも何があった? 誰かに襲われたのか?」
「っ…いや、怪我なんてないさ。ただ、自分の不甲斐なさに悔やんでただけさ」

その言葉にオストリアとグラッチは怪訝な表情を浮かばせる。
だが、

「それに、俺は…あの子には申し訳ないことをしちまった」
「あの子?」
「ああ…名前はーーーーーーーーーーエストリアっていう」

その言葉が発せられた、次の瞬間。


「っ、がっ!?」


今まで平然とした様子の青年が突如、ションの胸ぐらを掴み上げるとそのまま壁際に向けて彼の体を叩きつけた。
そして、息苦しさでむせるションに対し、青年はドスの篭った声で問う。

「どういうことだ?」
「ぐぅ、あっ!?」

隣に立つグラッチが急ぎ止めに入ろうとする。
だがそれよりも先に、オストリアの怒号がそれらを遮った。


「俺の妹に何をした! その口の原型が残っているうちに、さっさと吐きやがれ!!」










エストリアはいつものように帰り道を歩き、家路につこうとしていた。
だが、そんな道中。
彼女に声を掛ける者がいた。

「あの、少しよろしいでしょうか?」
「え?」

声に導かれ振り返るエストリア。
すると、そこには見知らぬ一人の少女が立っていた。

綺麗なツヤを見せる髪、少し大きいサイズの眼鏡。そして、首元に下げた小袋がとくに特徴的な少女。
彼女は申し訳なさそうな表情を浮かばせながら、エストリアに話し掛ける。

「少し道に迷ってしまって、その、ご迷惑でなければ道を教えて欲しいのですが」
「え、あ、大丈夫ですよ。えーっと、道ですね」

若干戸惑った様子を見せたエストリアだったが、特に迷うことなくその要件を受け取り、目の前に立つ少女に近づこうした。





「エストリア!!!」




――――――その時、だった。
後方から兄、オストリアの声が聞こえてきた。
次の瞬間。

「え?」

視界が一転して、いつも見慣れた風呂場の壁がエストリアの視界に映りーーーーーーーーーー。



ーーーードボォーン!! と。

「ぶっはぁっ!?」

エストリアは私服のまま、浴槽内の水に落とされたのだった。








そして、時間が少し経つ中で、

「………」

謎の少女とオストリアたちは今、人の寄り付かない路地裏へと移動していた。
一定の距離を保ちながら、なおも警戒を続けている。

当初は逃げられるか、もしくは反撃されるかと構えていたオストリアたち。
だが、場所を変える指示をあっさりと受け入れた彼女は未だ警戒する様子もなく笑みを浮かべ歩いている。

「ここでいい、止まれ」
「…………」
「それじゃあ、俺の妹に何をするつもりだったのか、さっさと吐いてもらうぞ」

だが、例え相手に余裕が有ろうと無かろうと、そんな事は関係ない。

オストリアはドスの篭った声を出し、正体不明の彼女に不用意に近づこうとした。
しかし、そんな彼をグラッチは肩を掴み制しさせる。

「待て…オストリア」
「っ、グラッチさん、邪魔しないで」
「お前の気持ちはわかる。だが、待て。……なるほどな、ションの言っていた意味がやっとわかったぜ」
「は? どういう」
「何、お前はまだ職歴が浅いから知らないだろうが、俺のような長年、兵士をやってる奴らは訓練途中である一つの魔法を覚えさせられていたんだ」

そう語るグラッチは頰に汗を垂らしつつ、目の前に経つ少女を睨みつける。

「観測魔法、敵が持つ魔力量を図り、それを元に戦術を組み直すために覚えさせられた魔法さ」
「………」
「俺の同期でもあったションもまた、当然それを使える。……だから見ちまったんだろうな。目の前にいる嬢ちゃんの、力量ってやつをな」

そう言葉をつくグラッチの緊張が側にいるオストリアにも十分に伝わっていた。
兵士の中でもベテランに等しい彼がここまで警戒する存在。

「確かにバケモノだな。その馬鹿げた魔力。……上級クラスの魔法使い、いや、そもそもただの人間がそんなデカいもんを保てるはずがねぇからな」

グラッチの言葉を聞きつつ、オストリアは興奮していた意識を落ち着かせ警戒を強める。
そんな中で、謎の少女は小さく溜息をつき、やれやれと言葉を続ける。


「心配しなくても、貴方の妹さんを危険な目に合わせようなど思っていませんよ? ただ少し、私の用事に付き合ってほしかっただけなんですけど」

その言葉に、オストリアは肩眉をひそめる。

「その用事に、なんで魔導書が関わってくる?」
「……」
「いや、そもそもの話だ。何で、俺の妹が魔道書を求めていることを知っていたんだ? この街にいる全員が魔道書なんて欲しがってるわけじゃない。なのに、お前はエストリアを指定して魔道書を買わせた」

魔法使いにとって、魔道書はとくに必ず必要なものではない。
今では逆に魔道書を欲しがる者も減少している具合だ。
それなのに、エストリアが来るのを知っていたように、あの本を店に置き、わざわざ買わせるように仕向けた。

「お前は用事云々に、エストリアを狙っていた。そうだろ?」

オストリアの核心をついた言葉に、少女は唇を閉じ言葉を止めた。
そして、顔をうつむかせつつ、


「ーーーええ」

ゆっくりと、顔を上げオストリアを見つめる彼女は次にこう言葉を口にした。



「私の望みを叶えてくれるかもしれない。そんな彼女を欲しいのですから」



そう笑みを浮かべ瞬間。
冷静を取り戻していたオストリアの心がざわついた。
そして、気づく間も無くオストリアはテレポートで少女の背後に飛び。

「オストリアッ!?」

拳を振り下ろそうとした。
だが、

「ダメですよ、それじゃあ」

次の瞬間。
少女の姿が消え、まるで入れ替わるようにオストリアの背後に彼女の姿はそこにあった。

「テレポート? …いや、今のは」

グラッチが目の前の光景に驚きを隠せないでいた。
しかし、そんな中でもオストリアは言葉を続け、

「だったら、これならどうだ」
「?」

オストリアが手を真横に振りはなった直後。

「やああああっ!!」

少女の真上、突然とその場に現れた同僚であるリーニャが手に持つ剣を振り下ろす。
奇襲に及んだ攻撃。
だが、それすらも再び姿をテレポートにも似た力で回避し、二人から距離を取る。

「オストリア!」
「ああ!!」

テレポートを使ったコンビネーション。
オストリアはリーニャを飛ばしつつ、自身も飛びながら少女を取り押さえようとする。

「なるほど、連携の取れた、良い手ですね」

仲の良いその動きを褒める少女。
しかしーーーーー



「ーーそれでも、まだまだですね」


少女は再び消え、次の瞬間。

「「!?」」

オストリアとリーニャは共に、地面に倒れていた。
攻撃を加えられたわけでもない。
かといって触られたわけでもない。
なら、これは?

「そうですね、まず年長者さんからゆっくりと話を聞きましょうか?」

そう言ってグラッチに近づいていく少女。
グラッチが警戒する中、

「っ、グラッチさん!!」
「そんなに怯えないでください。別に命を取ろうとしているわけじゃないんですから」

リーニャの叫びも虚しく、グラッチの目の前に少女が飛ぶ。
そして、その体に小さな手を当てようとした。




「なめんじゃねえ…っつ!!!」




その直後。
オストリアは再びテレポートで少女を捕まえようとした。
当然また軽くあしらわれるかもしれない。
だが、それでも、

「!?」
「捕まえた!!」

オストリアの体を再び自身の力で飛ばそうとした少女。だが、力を使ったと同時に彼女の体はオストリアと共に上空へと飛ばされてしまった。

それは、オストリアが掛けた一か八かの賭けだった。

テレポートの魔法はこの世界に干渉することで引き起こせる魔法だ。
失敗すれば大事故にもつながる。
だから、魔法を使うにはより強い技術力が必要だった。

そのためもあって、干渉する技術においてはオストリアは誰よりも群を抜いてズバ抜けていた。

そして、オストリアが賭けたのは謎の少女。その力に干渉すること。
そして、結果として干渉は成功し、少女の力を狂わすことに成功した。

後はこのままテレポートでこの女を捕まえるだけだ。

オストリアはテレポートの魔法を使い、地上へと戻ろうとしーーーー



「は?」




だが、その直後に気づく。
テレポートの魔法を使おうした。だが、どれだけ力を注ごうと魔法が発動しない。
そして、

「オストリアっ!?」

オストリアの体が、重力にまけ地上へと真っ逆さまに落ちていく。

同僚である、グラッチやリーニャ。
テレポートを使えない彼らでは助けられない。

地上へと向かっていく視界に対し、咄嗟にオストリアは目をつぶってしまった。
それしか、出来なかったーーーーーーーー



「全く、転移魔法に直接干渉するからですよ?」




一人の少女を除いては。
ガシッと、落ちていくオストリアの手を掴む少女。
驚いた表情で顔を上げると、そこには宙を浮く謎の少女の姿があった。

「本当に無理やり交わり込むから、私まで普通の魔法が使えなくなる所だったじゃないですか」
「………」
「心配しなくても、本当に貴方の妹さんに危険な真似をさせるつもりはないんですよ?」

そう口にする彼女に、変化が起きていた。
顔につけていた眼鏡に加え、首元に吊るしていた紐付きの袋が溶けていく。
いや、その姿を変え、それは丸い石と液体状の何かに変質していく。

 さらに続けて髪の色も変色、紫がかった髪はいつしか空色に近い藍色へと変色していくのが見てとれた。

「お前は……一体…」
「えーっと、そうですね。まずは自己紹介からしましょうか」


そして、謎の少女。
彼女は言う。




「初めまして、私の名前はアチル。異世界のしがない魔法使いです」





魔法使いアチル。
茫然と見つめるオストリアに彼女は優しげに笑みを浮かべるのだった。


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