魔導書作りのエストリア
ムシャクシャして、やりました。
第6話 ムシャクシャして、やりました。
深夜の12時。
魔法使いの住む街にある、魔法道具店の二階にて。
「うーん……」
魔法道具店の店長であるエストリアは今、テーブル上にボトルや薬草に散らばらせながら、じっと手に持つ一本のペンを睨み続けている。
そのペンというのは先日、兄オストリアに連れられた店で譲り受けた、役所の者しか所持していないとされる魔法道具『魔法ペン』という代物だった。
魔力を通すことで宙に魔法文字を書き込むことのでき、またそれは召喚まがいなことも出来る。
名称・双対の片割れ『チェルト・アート』
話だけを聞いていれば、小さな子供なら目をキラキラに輝かせていただろう。
「うぅ…」
たった一つ。
破廉公害モンスターを召喚してしまう。その一点さえ除けばの話だが、
「………どうしようかなぁ、これ」
ペンと睨めっこして早三十分。
色々と考えたものの使い道が思いつかず、とはいえ、思い切って使ってやろう、という気も起きない。
しかし、貰った以上は使ってもみたい!! という欲に左右されながら悶々に頭を悩ませるエストリアは、盛大に疲れたように溜息を漏らすのだった。
そして、時間は流れ翌日の昼頃。
開店中の魔法道具店では、いつものように店の接客を行うエストリアは、ちょうど店に来ていた中年男性の常連客に、魔法ペンのことについて尋ねてみた。
「魔法ペン?」
「はい、ちょっと分け合って魔法ペンを手に入れちゃったんですけど、どう使えばいいのか分からなくて……何か召喚以外に使い道ってあるんですか?」
「うーん、召喚以外と言われてもなぁー…そもそも魔法ペンってあれだよね? 役所とかが持ってる」
「…はい」
「んー…いやぁ、わからねぇ。それこそ、役人に聞かないと」
やっぱりそうですか……、と溜息を漏らすエストリア。
役所に聞けばといい。と彼は言ったが、それはそう簡単な事ではない。
というのも役所しか持っていないとされるペン自体を持っていることが問題なのだ。
魔法ペンは本来、役人が持っている。
それが皆が知っている常識だ。
それじゃぁ、役所だけが持つことが許されているそれを一民間人が持っていた場合、どう思われるだろう?
答えはーーーーー兵に見つかった場合、間違いなく職質される、だ。
絶対にないと思いたいが、その事でもし怪しまれ職質た場合、色々と面倒になる。
ただでさえカツカツな店の経営はその噂で悪評がつき、そして、仮にそれで常連さんや輸入業者との関係が崩壊してしまうことになってしまったら……答えは言うまでもない。
いや、想像すらしたくない!
(やっぱり兄さんに聞く方が一番か)
と、毎度のごとく、早朝逃亡した兄を捕まえる算段を企てるエストリア。
だが、そんな時だった。
バン!!! という音と共に店のドアが勢いよく開かれ、同時に甲高い声が店内に響き渡る。
「情けないわね、エストリア!!」
その声の主。それはーーーーー可憐な少女だった。
フリフリの紅色ドレスに細い毛並みのツインテールの髪型。そして、エストリアより少し年下かと思えてしまう小柄な謎少女。
対するエストリアは、
「げっ」
と、嫌な顔を浮かばせる。
その一方で、常連客はというと、やってきた少女に優しげな笑みを浮かべながら、彼女の名前を口にする。
「やぁ、リトアちゃん」
彼女の名前は、リトア。
同じく街に建ち並ぶ店の内の一つ。魔法武器店の一人娘であり、また『私が時期店主だ!』と言い張っている魔法使いだ。
そして、厄介極まりないことに、何かとエストリアにちょっかいをかけてくる。
仕事の邪魔もいいところだ。
だから、先日装飾リングを出せと大声で迫ってきたオバさんを擦りつけたつもりだったのだが……
「何だ、あのオバさんから逃げれたん」
「アンタのせいであの後、散々だったんだからね!! あのババア、むちゃくちゃ足速いし!!」
経緯を述べると、めちゃ泣きで逃げ切ったのだそうだ。
「へぇー、あの巨体でそんなに速かったんだ」
「人事かっ!!」
素知らぬ顔を続けるエストリアに敵意むき出しのリトア。そんな二人の姿を眺める常連客は和かな表情を浮かべながら、
「仲良いよね、二人とも」
「「仲良くないっ!!」」
息のあった返答をする、二人だった。
エストリアは思い溜息を吐きながら、あきれた様子で毎回のセリフで尋ね、
「で、何しに来たの? また勝負とかしに来たの?」
「ふっ! そうよ! 私は魔法武器店、アンタは魔法道具店! どっちの店の売れ行きがいいのか!勝負よ」
「あ、おかわりいります?」
「って、聞きなさいよ!!」
がるるるるぅ~、と今にも唸り声を出しそうになるリトアにエストリアは眉間にシワを寄せながら、
「アンタみたいに暇じゃないのよ」
仕事の邪魔、しっ!しっ!と手を払う仕草を見せた。
常連客も苦笑いを浮かばる中、今にも泣き出しそうなぐらいに涙目になるリトア。
そして、いつものように負け犬の遠吠えを吐いて逃げていく。
と、そうエストリアも思っていた。
だが、いつもならここで泣き逃げていくはずの彼女のはずが、何故か今日は違っていた。
というのも、
「そういえばアンタ、魔法ペンの使い方がわからないようね?」
ピクっ、とエストリアの手が止まる。
「まぁ、アンタの所じゃそんな魔法ペンなんて置いて仕方がないもんね! 分かるわけないだろうし!」
勝ち誇った笑みを浮かべ、リトアは悠々としゃべり続けている。
エストリアの表情が見えないことに震える常連客を差し置いて。
「…………」
「何か言ったらどう? どうせ言い返せないだろうけどね!」
そして、彼女は鼻高ふうに不敵な笑みを浮かべながら、言ったのだ。
「道具店と武器店じゃあ、仕方がないわよね! にゃははは!!」
その直後。
ガチャン! とエストリアは手に持っていたハーブティー入りの容器をテーブルに置いた。
そして、
「え、エストリアちゃん…?」
「本当にごめんなさい。……皆さん、今日の所はこのまま帰ってくれますか?」
そう言って、笑顔を浮かべるエストリア。
その顔はまさに、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、和かな笑顔だった。
「は………はい」
と、震えながら客たちはその場から立ち、彼女に連れられ店のドアまで誘導されていく。
そして、
「どうしたの、エストリア? って、なんで鍵締めたの? 後、なんで魔法ペンなんか出し」
リトア一人、状況を飲めていない彼女に対し、エストリアはニッコリと笑いながら宙にスラスラと何かを書き始めていく。
「リトア、貴方言ったわよね? ペンの使い方なんて、道具店じゃ分からないなんて」
それは、昨夜と悩んでいた元凶。
まさに、あの悪夢を再現するかのように…
「おもしろいじゃない。いいわよ、なら見せてあげるわよ」
宙に描かれたそれは、次第に形を成し、円を要した魔法陣に、
「ッツ!? ちょ、それ召還じ」
「今すぐに、後悔しなさいっ!!」
そして、次の瞬間。
魔法道具店に強烈な爆発音が鳴り響いた。
建ち並ぶ店々が並ぶ、大通り。
そこを巡回目的で、オストリアとグラッチの二人は世間話しをしながら歩いていた。
「で、また妹さんから逃げたのか?」
「まぁ、あのまま家にいたら、絶対逃がしてくれなかったんだろうと思って」
「あっはははは!! お前の魔法は本当に便利だなぁ!」
「からかわないでくださいよ…」
冗談を言い合いながらも、周囲に向ける視線は変わらない。
だてに役職に就いているわけがないという二人は常に町の安全を守るべく職務を全うしていた。
だが、そんな時。
グラッチが、視線の先で人だかりの集まる場所に気がつく。
「………ん? どうしたんだ、あんなに人が集まって」
「え、どうしたんで………………」
オストリアも言われて視線を向けるとーーーーーそこで、カチンと固まった。
というのも、
「おいおい、あれって確か……お前たちの店じゃ」
周囲を歩く人たちの注目を集めている理由。
それは、
「ぎにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
「ざまぁみっいゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
店内が見える窓ガラスから、触手に捕まり、色々と大惨事な二人の少女たちが、今まさに公開ショーを開演していたからだ。
「………」
「せ、先輩。……ちょっと行ってきます」
そう行って直ぐさまテレポートしたオストリアは、被害の及んでいない二階に跳び、唸る触手に向け魔法ペンを構え、宙に魔法文字を書き記していく。
「知るしべ、閉ざべし、沈黙せよ」
魔法を唱え、文字が光を浴びる。
そして、
「ロック!!!」
次の瞬間。
フラッシュグレネイドのごとく、店内は激しい光に包まれ、触手は一瞬にして透明となり消えていった。
「ひゃひゃ……」
「ぅぅ…………」
残された床の上で、大の字で伸びるエストリアとリトアに、オストリアは呆れた様子で二人に近づき、
「何やってるんだ、エストリア?」
「!?」
「ぁ、に、にぃさ」
また呂律が回っていないのか、ビクンビクンした様子で声を出すエストリア。
魔法ペンで文字を書き、治療用魔法をその場一帯に掛けながら、オストリアは次にもう一人の少女、リトアに向き直る。
「あ、リトアちゃんも大丈夫?」
「ぇひゃ、……ゃぃ…」
至近距離でのオストリアの顔に、リトアは次第に頬を赤らめ、じわじわと鼓動が高まって来た。
そして、オストリアの姿と、今まさに羞恥をかいた両足を開いていたその姿を確認した彼女は、
「…………っっっっっ!!!!!」
「? リトア」
「ごっごごご、ごめんなしゃああああああああああああああいいいいいいいいいいっっ!!!!
脱兎のごとく、店から飛び出し逃げていった。オストリアも目を点にさせながら、首を傾げつつ、
「何なんだか……あ、それと、エストリア。お前、後で説教…」
そう振り向いた先で。
ギロリ、と、
「兄さん」
「……え?」
明らかに機嫌の悪い表情を浮かべるエストリアがいた。
「いや、なんでお前…ってか、おかしいだろ? 立場的に」
鋭い瞳で睨み付けてくる妹に後ずさる兄。
対して妹は、その手に持つ今回の一件を引き起こした魔法ペンを構えながら、
「魔法ペンの使い方なんだけど……兄さんのやり方を見たおかげで、なんとなく使い方がわかったの」
そう言って、エストリアはペンを走らせていく。
「恵み、巡らせ、開花せよ」
「……お、おい……ま、ま待て」
「アンロック」
そして、次の瞬間。
眩い光に続き、オストリアの悲鳴が店内中に響き渡ったのだった。
後、一部始終を観戦していたグラッチは言った。
「オストリア。…お前のことは……忘れないぜ」
と。
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