魔導書作りのエストリア

goro

修羅場が作られました





第四話 修羅場が作られました




夕暮れが過ぎた、真夜中の道。
そんな道をフラフラとした足取りで歩く一人の女性がいた。
別に酔っているわけではない。
ただ、時折鼻をすんすんさせて、捜し物をしている様子だった。街ゆく人はその者を怪しげに見つめるが、本人はお構いなしだ。
重い息を吐き、ダラリと体を曲げ、くの字状態で地面を見つめる者。
その者、いや彼女―――――――――――リーニャは大声で叫ぶ。


「もうっ、オストリアンの家はどこ――――――――ッ!!」








猫騒動の後、あれから数時間が経つ。
夕食時の現在、エストリアの営む魔法道具屋の二階リビングでは目には見えない、まさにダークスモッグのごとき居心地の悪さを再現したドンヨリ空気が兄弟の間に漂っていた。


「……………」
「……………」


ずずずっ、とエストリアの味噌汁を啜る音だけが聞こえてくる。
しかし、音はそれだけなのだ。あれ以降、一切として兄弟同士の会話が起きていない。後、さらに付け加えるならば、無茶苦茶理不尽な殺気が兄であるオストリアへと無言で向けられている。


(た……食べづらい…)


妹の猛攻撃を受け、体のあちこちに包帯やらガーゼやらを貼るオストリアは妹の機嫌が直らないことについて疲れ果てていた。
いや、それ以上にこの気まずい空気に疲れは今も蓄積され続けている。
せっかく数時間前にやっと睡眠をとって少し回復できた体力が、今ではノーカンでゼロになり、マイナス分の体力を貰っている気分になる。
だが、そもそもあの状況を作った、その元の原因はオストリアではない。


(いや、俺が悪いということは分かっている……わかっているんだが…それにしたって、あまりにも理不尽すぎるんじゃないか?)


仕事+精神面へとダイレクトアタック。
朝帰りのオストリアにとって、参ったと宣言したい事態であり、このままぶっ続けは流石に勘弁だ。
オストリアは妹の顔色を窺いながら、どうにか機嫌を取り戻さないと、と思考を巡らせ、勢いに任せて声を掛けようと、そこまで考えた。
すると、そんな時だった。
チリンチリン! と、一階ドアに取り付けられていた鈴のチャイムが二階のリビングまで聞こえて来る。
客か? と思い兄弟共に壁に吊された時計を見るも、既に時間は九時を回った真夜中の時間帯だ。


「…誰だろう?」


と、先に動こうとしたエストリアだったが、そんな彼女を手で制したオストリアが変わりに動き、一階へ下りて行く。二階は居城スペース、一階は店内となっているその部屋は今明かりのない真っ暗な室内となっている。
だが、それでもなお鈴のチャイムは鳴り続け、ドアを叩く音も重なっていく。
オストリアは施錠しているドアのロックを外し、取っ手を回しながら、ゆっくりとそのドアを開けた。


「あっ!! オストリあ」


バタン! と。
会話が成立する手前で開けたドアを締めるオストリア。皺の寄った眉間に手を当て、頭痛に悩みながらも、もう一度とドアを開ける。


「酷い!! ぜっがくみづけだのにぃ!!!」


バタン!! と。
今度こそ、勢いを付けてドアを閉めた。
木製の板、その向こうに涙目満載の同僚がいたが、何も見なかったことにしよう。
そう、オストリアは頭の中で結論づけドアから離れようとした。
だが、その次の瞬間だった。
それは盛大に、思いっきりのよい一撃のごとく。




「無視ずんなぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああっ!!!」
「ゲぼっつ!?」




ドアの鍵などお構いなしに外側からの強烈な蹴りが木製の板をぶち壊す。
そして、砕け散るドアを突き抜けたその一撃は、オストリアの腹部を見事に貫いた。大きな音を上げ、その体は床へと倒れ伏した。
まさに、一発KOだった。


「きゃっ!!?」


一方で、一階でのド派手な破壊音に可愛らしい悲鳴を上げたエストリアは急いで一階へと下りていく。
そして、その場所に辿り着いた彼女の瞳に映ったのは、




「びどいっびどいっ!! ごっぢはオストリアンの家みづげるのにっ、だいへんだったのにっ!!!」
「………」
「ねぇ、ぎいでるオストリアンっ! …………っで、あれ? オストリアン? オストリアーン?」


床に白目を剥いて倒れる兄、オストリアともう一人。
オストリアと同じ警備兵の同僚である女性、リーニャの姿だった。後、白目を剥いた兄が現在進行形でそんな彼女に馬乗りにされて襲われているというシチュエーションを加えて……。








「はい、…どうぞ」
「うん、ありがとう」


そう言って、渡された飲み物を一口飲むリーニャ。
今場所は一階から二階に移り、リビングに招いた形となっている。エストリアはそんな彼女の隣椅子に腰掛ける一方、その向かい側に座るオストリアは、眉間に皺を作りながら頬杖をついている。


「それにしても、兄さんにこんな美人な知り合いがいるとは思わなかったなー」
「やだ、美人だなんて!」
「言葉を間違えるなよ、エストリア。人様の家のドアを蹴散らして大の男を撃沈させる女が美人なわけないだろ」


しごくまっとうな言葉を言うオストリア。
確かに殴られ蹴られもすれば、良い印象は持たれないのは当然のことだろう。それについてはフォローのしがいがないのだが…。


「気にしないでくださいねー、あ! 茶菓子もあるので、どうぞ」


当のエストリアはそんな兄の言葉を無視して、滅多に来ない客人に対し、茶菓子などを提供しまくっている。
少しは会話をするようになったようだが、完全に機嫌が直ったわけではないらしい。
オストリアは頭を落としながらガックリとした様子で溜め息を吐く。そして、今度は菓子に夢中のリーニャに視線を移し、声を掛けた。


「それで? …………なんで家まで来たんでしょうか、リーニャ先輩?」
「ぅっ!? 酷い、先輩は言わないでっていつもいってるじゃない!!」
「いやいや、だって先輩は先輩ですので。そうですよね、後輩倒しの先輩。暴力実行の先輩。バーサーカー力全開のせんぱ」
「怒ってるのっ!? ねぇ! オストリアン、今絶対に怒ってるよね!?」


冷たい態度を見せる後輩に対し、涙目を浮かべるリーニャ。
肩をガクガクと振わされ、揺れ続けるオストリアだが、それでも怒りは治まらないようで無視を続けている。
妹を真似ているわけではないのだが、こっちもこっちで機嫌は悪いのだ。
と、そんな同僚同士のコミュニケーションが行われている中、


「あ、あの……」


エストリアが小さく手を上げ、声を上げた。
どこか控えめな声色にオストリアが怪訝な表情を浮かべるに対し、リーニャは未だ泣きぐずった瞳で視線を彼女に移す。
そんな二人の視線が集中する中で、エストリアは今一番気になっていることを尋ねた。




「に、兄さんとリーニャさんって、その…どういう知り合いなんですか?」




・・・と、その場に短い沈黙が落ちる。
その質問は兄オストリアにとって、一番にされたくないものであり、また同僚がボロを出さないかという不安感がMAXになる言葉だった。
そして、案の定でリーニャはというと鼻水を啜りながら、その口で言おうと、


「え、知り合いってそりゃあ、し」
「…俺のストーカーだ」
「「…………………………………え!?」」


その言葉にエストリアとリーニャ。
二人の驚いた声がハモる。


「お、オストリアン……何言って…」
「先輩は俺の行動をいつも見張っていて、隠れて盗撮やら何やらをする、卑猥なストーカーですよね?」
「ち、違うよっ!? それ色々問題というかっ妹さん今、絶対勘違いしちゃってるんだ」
「何も間違ってないですよね?」
「いや、だから、ちが」
「ですよね、せ・ん・ぱ・い?」


仕事の事を喋るな。
冷たい眼差しから向けられた、その言葉にリーニャの顔全体が引きつる。
しかし、それ以上に言葉を言わせない威圧を放つオストリアに対し、ついには喋れなくなってしまった。
よし…これでこの話は終われた、とオストリアは心の内で息をつく。
だが、そのくだりに食いついた者がリーニャの他に、もう一人いたのだ。




「すす、ストーカーって、こんな兄ですよ!? いつも女の尻を追いかけていくような、ロクデナシですよっ!?」




まさか、我が妹にその言葉の影響が行くとは流石のオストリアも思いもしなかった。
兄が言い訳をしようとするも、待ったを掛けずして顔を真っ赤に染めるエストリアが、リーニャに詰め寄る。
それも、早口で。


「い、妹さん…いや、だから違っ」
「絶対に後悔しますっ!! この人はいつも家事も手伝ってくれないし、何時までも寝てるし、ガサツで、アンパンタンで、もうダメダメな人間なんです!! こんな兄を追いかけるより、他にもいい人がいるはずです! だから考え直した方がいいですっ!!」


その言葉に悪意はないのだろう。
エストリアは彼女の身を案じて(別の思いもあるような、ないような)言っているのだ。
自身のことをボロクソに言われ、やや凹むオストリアをよそに……。
だが、そんな一変した事態は、さらに、




「…………オストリアンは、そんな人じゃないもん」




リーニャの言葉と共に、一変する。
彼女は、彼の妹であるエストリアを涙目で睨み付け、その目は完全に敵対視したような色を灯していた。
話題の中心にたつ彼の言葉が入ろうとするも、


「せ、せんぱ」
「オストリアンは誰にも負けないぐらいに格好良い人だもん! 私が好きになった人に、そんな酷いこと言わないでっ!!」
「す、すす、好きぃぃッツ!? なな、何言ってるんですかっ、そそ、そんな………っそ、それに今言ったことは嘘じゃないし、妹の私が言ってるんですよっ!?」
「ふん! 何も知らないくせに、何が妹よ! 私の方がオストリアンの良いところを一杯一杯知ってるんだから!!」
「っな! それをいうなら私だって一緒です! こっちは毎日毎日一緒に暮らしてるんです! 兄のダメな所とかダメな所とか、もの凄くダメな所とか知ってるんです!!」
「こっちだって、オストリアンの良い所とか良い所とか、もの凄く良い所とか知ってるんだよ!!」


白熱する、女同士の戦い。
そんな状況の中で、蚊帳の外に追いやられているオストリアはというと、


(何これ………何か、修羅場ってる?)


全く現状に追いつけないオストリアは額に冷や汗を垂らしつつ、取りあえずと言い合いを続ける二人を止めようとする。が、


「な、なぁ、そろそろ……やめ」
「「オストリアン(兄さん)は黙っててっ!!」」


無残にも撃退した。
それ以上、言葉を掛けられずついには黙ってしまいそうになるオストリア。だが、そんな時に、ついにリーニャの口から、


「それに、貴方は勘違いしてるんだもん!! オストリアンは、この街のために、毎日毎日頑張ってるんだから!」
「!?」
「え?」


恐れていた、ボロが出始めた。
オストリアは、その続きを言わんとするリーニャに対し、迅速に行動を開始する。その一方でエストリアは彼女の口から出た言葉の意味に疑問を抱き、聞き返そうとした。


「街のために頑張ってるって、どういう」
「だからっ、それは――」


しかし、その先の言葉を言おうとした、次の瞬間。


「……っ!?」


リーニャの姿が忽然と消えた。
しかも、エストリアの直ぐ側にいたはずのオストリアの姿も…。


「……もうっ…なんなのよ…」


あの一瞬。
オストリアの魔法によって、二人はテレポートしたのだろう。
何故そんな事をしたのか、彼の妹であってもわからない…。
一人残されたエストリアは、悶々とした疑問に一人唸り声を上げるのだった。












ポートフラワー街の警備兵本部の直ぐ近くには、夜だけに開店するBARが建っている。
近いということもあって、警備兵の者達がよく通う店であって警備兵専門の集まり場として、兵の中でも有名な店となっているのだ。
そして、今日も日々働き溜まっていた仕事も一先ず落ち着き一時帰宅を許された、警備兵のグラッチは、その店で夜の一杯を始めようとしていた。
だが、その時だった。
ガチャン!! と大きな音と共に、店の扉が盛大良く開かれる。
グラッチが怪訝な様子で後ろに振り返った、その視線の先には、


「おう、オストリアン。どうし……」
「はぁ、はぁ、はぁ…」


開いたドアの前で、荒い息を吐き続けるオストリア。
その手元には縄と一緒に、口と手足を縛り付けられた同僚(と言いたくない気持ちもで一杯の)リーニャの姿があった。






数分と時間が経った。
また、あの問題児がやらかした、とBARの中ではその話題で持ちきりとなっている中、オストリアとグラッチはカウンター前に座り、一杯の酒をマスターに注文していた。


「悪い……本当にすまなかった」
「いえ、こっちこそ………その、色々とご迷惑を」


どちらも語った後、同時に重い溜め息を漏らす。
ちなみに、リーニャはというとテレポートで強制的に本部へと放り込んで(罰則の仕事を叩きつけて)きた。
店のマスターから出された酒をコップに注ぎ、オストリアとグラッチは共に器をあて、おつかれ、の合図をしてから一口と飲む。
口内からその奥へと入った酒は体の芯に熱を加え、若干だが、仕事の疲れを癒やしてくれる。
まぁ………これを数十回と繰り返すと、進化して酔っ払いへとグレートアップしてしまうのだが、


「それで、リーニャをやった本当の所は何なんですか?」


それは唐突に、オストリアは隣に座るグラッチにそう質問をする。
その理由は、リーニャが彼の家に来たことにある。基本、同僚同士で家に尋ねてはいけないという決まりといったものは存在しない。
だが、彼の場合は違う。
警備兵という役職を周囲に隠すために、極力同僚との接触を避けてきた。そのはずだったのだ……。
そのため、リーニャが来たことには何かしらの理由があると、推測したオストリア。
対するグラッチは小さく笑みを浮かべ、流石だな…、と呟き、話をし始めた。


「本当なら、俺が行くはずだったんだが、アイツがどうしてもって言うから任せたんだ。……まぁ、アイツの言葉を鵜呑みにした俺が馬鹿だったんだが」
「あはは……」
「っゴホン。で、話についてなんだが、………実はちょっと嫌な情報が入ってな」
「……嫌な情報?」


ああ……、と答えるグラッチは真剣な表情を浮かべ、対するオストリアも顔色を険しいものへと変化させる。


「今追っている本星の売人についてなんだが、……何でも奴ら、調合師を探しているみたいなんだ」
「調合師?」
「この前に捕まえた女の売人から尋問した所、奴らは麻薬植物を弄って新種麻薬を開発しているらしいんだが、どうにも上手くいかずに行き詰まっているらしい」
「……………」
「売人という名目を持ちつつ、もう一つの狙いである各街の調合師を攫っては無理矢理に調合を強要させ、完成に近づけさせる。それが、奴らの手口だってゲロリやがった。で、何ともご迷惑な事に、この街でもその目的のために動いているらしいんだが…………」


そこで、ふと言葉を止めるグラッチ。
だが、その先の言葉については、オストリアも容易に想像がついていた。


「……エストリアですか」
「ああ、お前の妹も確か、調合資格を持っているんだったな」
「ええ……まぁ…」


グラッチは彼の妹を心配して、(リーニャに頼む形で)わざわざ教えに来てくれたのだ。
それも、規則を破った上で…。


「……まぁ、お前にはいつも助けて貰ってるからな……」


本来はこういった情報は上を通して、下へ伝えていくのが鉄則だ。
しかし、グラッチはそれをしなかった。
何故なら、上層部にその事を先に言えば、上はエストリアを囮に使うためにオストリアへの情報伝達を規制する命令を出していただろうからだ。


「グラッチさん、ありがとうございます」
「何、気にするな…」


そう言って、もう一度酒を酌んだ容器を当て合い一口飲む。
酒による熱が入る中、オストリアの今回貰った情報を胸に、脳裏に家で待っているだろうエストリアの顔を浮かばせていた。








そして、エストリアはというと…。


「ぅぅ……気になる…」


と、リビングで唸り続けていたのだった。









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