異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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私の罪



第九十二話 私の罪



かつて、そこには人類やモンスターといった生物たちで満ち溢れた、異世界アースプリアスが存在していた。

そして、その世界が誕生したのと同時に、もう一つの存在も呼応するようにして誕生した。
その存在は、神。
―――――ラトゥルはアースプリアスが生まれた時、彼女という存在もまた誕生したのだ。

『…………』

まるで世界が神の誕生を待ち望んでいたかのように、純白に染められた精霊都市エターバル・グラウンドに聳(そび)え立つ塔の中、目を覚ましたラトゥル。
だが、生まれたばかりの彼女には物事を深く考える知識もなく、それは赤子に等しい小さな神様だった。

『………』

何をすればいいのかすらわからない。
不安げな表情でラトゥルは、じっとその場にしゃがみ込むことしかできなかった。
だが、そんな時。



『始めまして』



彼女のもとに、一人の存在が歩み寄ってきた。
その存在はもう一人の神――――――その名はシンクロアーツ。
神であった彼女、シクアは優しげな微笑みを浮かべながら、その手を差し伸べるのであった。





夜空の下、神聖なる光を纏った二人の神が対峙する。
ラトゥルと町早美野里。
その二人から発せられる異様な威圧感は、その場に静かなる重圧を漂わせ、誰一人として言葉を発するが出来ない空間を作り出していた。
それほどに、彼女たちの存在は見るもの全てに畏怖を感じさせる。
そうさせるほどの力を誇示していた。


そんな状況の中、表情を曇らせるラトゥルがその小さな口を動かし、美野里に問う。


「また、人間のまねごとをしているの、シクア?」


その言葉は美野里の現状。
その姿に対しての言葉だった。
人間が扱う武器を持ち、その容姿すらまるで人間そのもの酷似させる。
それは神であった者として、本来あってはならない――――――――いや、必要すらないものだと、ラトゥルはそう心の中で訴えかけていた。
しかし、対する美野里は、

「まねごとなんかじゃない」
「………………」
「これは、神だった私の力……本来、あるべきはずだった、私の姿よ」

まねごと、という言葉を不定した。
その直後だった。

「ッ!!」

ラトゥルの瞳が見開いた瞬間、目に見えない特殊な攻撃が美野里の頭上に向かって迫り来る。
人間には到底歯向かうことすらできない、神が操る未知の攻撃。
その場にいる人間においては、反撃どころか反応一つすらできない。
そう、なるはずだった。


「無駄よ」


美野里が大槌を真上に振り上げた直後。
まるでガラスが砕け散ったような音と共に、美野里の頭上で光の残留物が四散した。
破壊されたことによって、正体を現した力は美野里と酷似していた。

目には見えない、神聖なる光を自在に操る力。

それこそがラトゥルの持つ、神の力だった。


「確かに貴方の力は特別よ。特別な条件を除けば、人間は貴方には勝てないわ」
「…っ…」
「だけど、神同士の力なら話は別よ。………それぐらい、言わなくてもわかるはずでしょ?」

特定の条件を除く中で、対抗できるのは同じ神である存在のみ。
そして、その言葉が本当だとするなら、美野里の力は現状において神の力と等しいものとなる。
現に今、そのことを美野里は証明した事になるのだ。
だが、


「そんなの……神の力…なんかじゃない、っ」
「……………」


その事実を、ラトゥルは認めなかった。
人間の力が神と同等に並べなれる。
それが、どうしても許せなかった。
今まで激しい感情を表に出さなかったラトゥル。だが、その時、初めて彼女が歯を噛みしめる動きを見せた。

「どうして…そこまで人間に尽くそうとするの?」
「………………」
「シクアにとって、人間ってなんなの?」

ラトゥルは視界の中で、美野里と、そしてその背後にいるルーサーを睨みつけた。

「人間なんて、愚かな生き物なんだよ? どれだけ時間を掛けようともアイツらの本質は変わらない。争い、奪い、そして、見捨てる、そこにいる竜人だってそうだったじゃない? シクアが何度も泣き叫びながら助けを叫ぼうとも、何もしようとしなかったんだよ? 探すこともしなかった。助けることもしなった。自分のことしか考えてない、そんな愚かな生き物だったんだよ?」
「…………」
「……そんな、生きてる価値すらない奴らを、なんでシクアは助けようとするの? どうして、見捨てようとしないの?」

地上で起きることに今まで介入しようとしなかったラトゥルは長い時間、静かに事の成り行きを見定めていた。
そして、神である彼女は人類を『助ける価値のない生物』だと判断したのだ。
だが、同時に彼女の言葉が目の前に立つ美野里だけではなく、その後ろにいたルーサーの心にも深く突き刺さった。

それは、二年間のあの日。
災厄の結末の中で何一つ守ることのできず、そして、美野里を…彼女を助けることすら出来なかった自分自身に対して…。

「……………………」

ルーサーは、顔を伏せながら歯を噛み締めていた。
言い返せるほどの力や言葉もない、全てに対しルーサーはただ立ち尽くすしかできなかった。

「…………」

そんな彼の姿を見つめる美野里は小さく唇を紡ぎながら、視線を未だ険しい表情を浮かばせるラトゥルへと戻す。
確かに、彼女の言っている言葉の全てが間違っているというわけではない。


「…確かに、人間を助けよう思う私の自身がおかしな神様なのかもしれない」


だから、美野里はラトゥルの言葉に小さく頷いた。

「だけど」

しかし、それでも美野里はあえて言葉を続ける。

「それは、仕方がないことなの」
「…仕方が、ない?」
「ええ………だって」


その言葉は、ラトゥルに一人に対してだけの言葉ではない。
それは、彼女を含め、後ろに立つルーサーに対しても向けなくてはならない言葉だった。

何故、美野里は人間を助けようとするのか?
何故、美野里は人間を見捨てようとしないのか?

その答えは、—————かつて昔、異世界へと飛ばすことで自分を助けてくれたタロット使いの女の子がいてくれたから。





そう、美野里自身もついこの前まで、そう思っていた。

だけど――――――――それだけじゃなかった。

過去の場所であるこの世界で、シンクロアーツとして一時的な覚醒を遂げた美野里は、その瞬間に思い出すことが出来た。
かつて昔、神を助けたタロット使いの女の子の事を。
そして―――――――美野里のルーサー。
この二人の間には、何者も介入できない繋がりがあったことを。


あの異世界で出会ったこと自体が運命だったように――――――


美野里は儚げな表情を浮かばせながら、その言葉を口にした。







『それこそが、人類を救わなかった――――――私自身の罪だから』







そして、美野里は語る。
自身が償わなければならない―――――罪を。









ラトゥルがその世界に誕生してから、更に長い年月が過ぎた。


ラトゥルは幾千とも流れる時間の中で色々な事をもう一人の神であるシクアから教えてもらった。
地上に住む生物たちの事や、その世界に存在する力についての事も。
そして、ラトゥルという名前もまた、シクアから授けてもらった。

寿命という概念すらない中、天に立つ神として、すくすく成長を遂げるラトゥル。
だが、それと呼応するように地上の生物たち―――人類もまた成長を遂げ、村から町、街から都市へと、文明が栄えつつあった。
そして、ちょうどその頃からだった。


『……………』
『シクア? また地上を見てるの?』


精霊都市エターバル・グラウンド。
その都市の中でも一番高い塔の頂上から、地上を眺めるシクアにラトゥルは歩み寄る。
これまでとくに気にすることはなかったが、人類が文明を栄えだしてきた頃から、シクアが地上を眺める回数が増え、今では毎日のように地上を眺めていた。

『ねぇ、ラトゥル』
『何、シクア?』

シクアは少し寂し気な表情を浮かべながら、ラトゥルにそっと言葉を言った。


『私ね、そろそろ、地上に降りてみようと思うの』
『……え?』

その言葉の意味が分からなかった。
ラトゥルは戸惑った表情を浮かばせる。その一方でシクアは優しげに微笑みながら言葉を続ける。

『何も、もうこれっきり会えないわけじゃないわよ、ただちょっとの間だけ人間の味方をしたいと思うの』
『…どうして? 神様が人間に味方をする意味なんて』
『確かに、そうね。………今の世界から見たら、私の行いは間違いなんだと思う』
『?』
『だけどね、私と貴方は違う存在の神様だから』
『どういう意味?』
『………まぁ、いずれ話す時がくるかな』

シクアはそう言ってラトゥルの頭を撫でた。
そんな優しい行動は、ラトゥルにとっても喜ばしいことでもあり、いつしか彼女もまたシクアを姉のように慕うようになっていた。


そうして、また長い時間が過ぎる中で、

『私が何をしようとも、見逃してほしい』

そう言葉を残し―――――――シクアは地上へと降りて行った。








人類を救わなかった。
その言葉はラトゥルだけにとどまらず、その場にいた結納たちもまたその言葉の意味が分からなかった。
ただ、ルーサーだけが、

「……………」

その言葉に反応するように目を見開き、悲しい表情を顔に写す美野里の姿を見つめていた。


「ねぇ、ラトゥル。昔、私が貴方言った事、覚えてる?」
「……ぇ」
「私と貴方は違う存在の神様……あの言葉は本当のことなの」
「…どういう、意味? だって私たちは同じ神じゃ」
「ええ、確かに私たちは同じ神様よ」

だけど、と美野里は続けて言葉を口にする。




「世界が違うの」




その瞬間、ラトゥルは大きく見開いた瞳うちで昔シクアが口にしていた言葉を思い出した。

『今の世界から見たら、私の行いは間違いなんだと思う』

ラトゥルとシクア、二人の間には今にして思えば、その他にも十分すぎる疑問がいくつがあった。

それはラトゥル自身が生まれた時、何故そこにシクアがいたのか…。
そして、何故彼女はあの世界、いや、その地上に住む生き物たちについて詳しかったのか…。

「…………」

美野里の言葉に大きな動揺を隠せないラトゥル。
美野里はそんな彼女に説明するように、言葉を続けた。

「異世界アースプリアス。人類とモンスター、その他の生き物たちで満ち溢れたあの世界は…………二つ目の世界なの」
「ふ、二つ目…?」
「そう、あの世界は言い換えるならラトゥルの世界。だけど、その前には、貴方の知らないもう一つの世界があった。そして、その世界こそが――――私が生まれた世界だった」


異世界アースプリアス。完成されたあの世界はそれ自体が初めて誕生した世界だと思われていた。
神であるラトゥルもまた、そう思っていた。

「違う世界って言っても、今あるアースプリアスとそう代わりない世界だった。自然や文明人間やモンスターもいた」
「…」
「ただ、違ったのは神様だけ。貴方があの世界を担うように、かつてあったあの世界を守る役割を担っていたのが私、シンクロアーツだった。……私自身、その力の意味を十分に理解していたつもりだった。だけど、私は何もしようとしなかった。事の成り行きを見守ることが、神の役割だと………あの時の私は貴方と同じようにそう思っていた」

神であるラトゥルがそうしたように。
美野里もまた人間たちを天から見守っていた。
介入はしない、それが神である者の役割だと思っていた。

だから―――――


「私のせいで、世界が滅んだ」
「…っ」
「そして、その世界に生きる全ての命が死んだ」

全ての命がいなくなった時、世界は果たして、世界と呼んでいいものなのか?
神だけが残った世界。
たった一人だけの世界。

そんな世界に果たして――――――神は必要だったのか?


ラトゥルは美野里の言葉を聞き、未だ理解が追い付かずにいた。
突然、二つ目の世界だったと言われて、すぐに受け入れられるほど彼女は純情じゃなかった。
だが、それよりも、

「……何もしようとしなかった…? ……力の意味…?」
「……」
「…何なの……シクアの力は、一体…何だっていうの…?」

今まで神の力は全部が同じものだと思っていた。
だが、役割が違う、同じ存在ではない、それら言葉がラトゥルに不快となる疑問を抱かせた。

「私の力はシンクロアーツ」

美野里は自身の掌を見つめ、今まで扱っていた力の存在を思い出す。

衝光。
ルーツライト。
ライフィニーモード。
そして、ルーツオーバー。

そのどれもが光を操る、ラトゥルの力に酷似した力だった。
だが、そんな中で一つだけ違う力があった。

それは―――――クロス・アーツ。


シンクロアーツとして覚醒したことによって、使うことができるようになった、かつての神の力。
他者の力と自身の力を重ね合わせる力。
そう、それは―――――




「『全ての技を掌握し、結合させる力』――――――――それは、世界が私に与えた、人類と手を取り合い、世界を救うための力。……それこそが、私が世界に担わされていた役割だった」





神であるものは介入してはならない。
それこそが真実だと、美野里は思っていた。だが、それは神がそう思っていただけで、世界はそうは思っていなかった。
だから、美野里に……シクアにその力が宿ったのだ。


神の役割。
それはその者が持つ力の存在によって異なってくる。

ラトゥルの力が、己のみで全てを凌駕する力だとするなら、そこに人類と手を取り合うといった意図はない。
美野里の力が、全ての技を掌握して結合させる力だとするなら、そこに人類と手を取り合うといった意図があった。
同じ神でありながら、互いに違う力を持った存在。
それがラトゥルと美野里、二人の違いだったのだ。


「…………」
「私は世界の意図をくみ取らなかった。そして、人類にもまた手を差し伸ばさなかった、だから私の世界を崩壊して…………数えきれないほどの時間の末にラトゥル、貴方の世界が生まれた」
「………」
「要らなくなった私に何ができるのか…考え続けた。そして、やっと出た答えが償いだった。今度こそ、人類に手を差し伸べる。それこそが、私がやらなくちゃならない、私自身の罪だと思ったの」


そう言って、話を終えた美野里はそっと息を吐き、その場に静寂が落ちた。
今まで語られなかった真実に、誰もが息をのんだ。
しかし、

「要らない…神様なんかじゃない…」
「……ラトゥル」
「だって、シクアは私の世界に存在できた。それは、あの世界にとってもシクアが必要だと世界が判断したから! だからッ」
「…それは違うの」
「違わないッ!」
「………」


まるで、駄々をこねる子供のように声を上げるラトゥル。しかし、美野里はそんな彼女の言葉を不定し続けた。
何故なら、その真実を美野里は知っていたのだから……。

「……世界が消えたのに、私だけが残った。でも、それは世界に許されたからじゃない」
「っ、そんなの」
「世界も消え、文明も消え、そして、人類も消えた……。だけど、そんな無に等しかったあの場所に、たった一つだけ残ったものがあった。だから私という存在が消えることはなかった」

たった一つ。
そう言葉を口にした美野里は体を動かし、後ろに振り返る。

そこに立つ、一人の少年に向けて。

ルーサーを見つめながら、唇を動かす。


「そう。私には………ルーサーが残っていた」


そして、美野里は吐露した。
それは、償わなくてはならないーーーー彼女が抱えた、もう一つの罪を。



「………アリサとバルカ。二人の願いを聞き入れた私が……あの崩壊しかけた世界から、未来の世界へと飛ばした貴方がいたから……私はこれまで消えることはなかったの……っ」



そうして、その場に落ちる沈黙の中、美野里の口からもう一つの真実が語られる。


それは、美野里とルーサー、二人を繋ぎ合わせるきっかけとなった過去の物語……。


神に認められた、人間とドラゴンの物語………。





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