異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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ダブル・バースト




第九十一話 ダブル・バースト


長い柄の尾に赤き鎖が巻き付いた爛々と赤く光る大槌。
その異様な武器をその手に持つ美野里は土煙が四散したその中心に立ち、自身の容姿を確かめ小さく息をつく。

「…やっぱり、全部はダメみたいね」

その言葉にどういう意味が含まれているのかはわからない。
だが、そう呟いた美野里の瞳はどこか悲しげな色を含んでいた。しかし、その表情とは裏腹に彼女の異変はその場周囲にいる者達に驚愕を指し示させることになる。


美野里は、そんな周囲の視線を感じながらも、ゆっくりとした動きで後ろに倒れるルーサーに振り返る。

「………………」
「………………」

互いに無言のまま、視線を交差させる美野里とルーサー。
美野里の瞳に映る彼の表情は隠すことの出来ない激しい驚愕に満ちていた。

……だが、その反応は当然のことだと、唇を紡ぐ美野里。

「………美野里…っ」

ルーサーは今、目の前に立つ美野里に対して、真っ白になった思考の中で言葉をなくしていた。

それは、その神々しい力に対して恐れたというわけではない。
ルーサーが動揺を隠せなかった、その理由はもっと別の所にあるからだ。


それは―――――――彼女の持つ、その赤い光を放つ大槌に対して。
それは―――――――ルーサー自身ですら扱えない打現の上位技に対して。


そして、美野里自身が変化したその容姿に対して。

その姿と酷似した存在を、この世で彼女を除くルーサー一人が知っていたからだ。


「……なんで」
「……………」
「…なんで、お前がっ」

やっと動き出した思考の中、掠れた声でルーサーがその次の言葉を言おうとした。
その時だった。



「しネーーーーーーーッ!!」



完全に蚊帳の外に追いやられていたローブの男がルーサーの前に立つ美野里に目掛け、無数の光弾を放った。
その攻撃は、ローブの男が得意とする魔法陣から撃ち出す魔力弾であり、その弾には高密な魔力が秘められている。

まともに受けてはならない、攻撃だった。
だが、その攻撃はまさに隙をついた攻撃だった。


だから、その場にいた誰一人として反応できる者がいなかった。



ただ――――――――――――――美野里を守る、存在を除いては。



「―――――ウイング」

その直後。
地上に立つ美野里の至近距離にまで接近していた光弾が、突如現われた緑色の光によって一瞬のうちに切り裂かれた。
せめぎ合いもなく、紙切れ同然にバラバラに切断されたのだ。

「ッ!?」

目の前で起きた光景に驚愕し、動揺を露にするローブの男。
だが、対する美野里は未だ背中を見せたまま、宙に浮かぶ緑色の光にその場を任せ、ローブの男に振り返ることはしなかった。

そして、未だ危機的状況化が続く中で美野里は、


「ごめんね、ルーサー…」


囁くようにその言葉を口に出し、ルーサーを見つめた。
そして、その小さな唇を緩ませながら、まるでいつ泣き出してもおかしくない、そんな顔で美野里は言った。




「今だけでいいから、………もうちょっとだけ、アリサの力を使わせて」




アリサ。
その名前らしき言葉の意味は、美野里とルーサー。
彼らにしかわからない。

「……ッ、美野里っ!」
「………」

大きく瞳を見開くルーサーは何かを言おうとした。
だが、美野里はそんな彼から逃げるように振り返り、緑色の光を側に従わせながら、今度こそ視線をローブの男に戻す。




「……ョくも、よくモッツ!!!」



ローブの男は未だ不気味な声色で言葉を発し、完全なる敵意を美野里に剥き出す。

その男は以前、美野里がシンクロアーツとして覚醒した際、圧倒的な力の差で負けた過去がある。
そして、その時。地面から生み出した骸を操る、それが男の戦い方だった。


だが、今目の前に立つ男は骸を操ることはせず、強力な力を秘めた魔法を繰り出している。
あの時とは比べものにならない、それだけの力を男は所有していた。

それも、人の身では決して扱えないであろう――――――神の力を。


「…………やっぱり、貴方は…」


美野里は、今になってローブの男、その器に何が起きているのかを理解する。
そして、もう手遅れであることを、美野里は理解してしまった。



ローブの男は本来、異世界アースプリアスにいるダーバスの指示によってルーサーの跡を付けきた、ただの魔法使いだった。
何か秘めた力を持っているわけでもなく、ただ指示された事に従うだけの下っ端のような立ち位置に立つ男だった。

だが、美野里の情報を元の世界へ持って帰ろうとした、そんな彼は遭遇してしまったのだ。


神である存在、ラトゥルに。
そして、その出会いによって、彼の人格を含めた全てがいじくられてしまった。




本来なら、人間一人に対して魂は一つ。それが正常な事だった。
だが、そんな小さな男の器に対して、ラトゥルは強引にも複数の魂を詰め込み、更には神の力までも無理矢理詰め込んだのだ。

そして、完成してしまったのが美野里の目の前に立つ、ローブの男だった。



「ヨクもッツ!! よくモッツ!!」

魔法使いである男の魂。
かつて、町早美野里がシンクロアーツとして異世界の地に降り、そこで助けられなかった人々たちの魂。
そして、人の身では決して受け入れられない神の力。


「おまエノセイダッツ!! オマえのッツ!!!」


人の身で受けきれる許容は、もう既に越えていた。
そして、神の力が男の肉体にある事よって、例え美野里の持つ聖浄刀シンファモロの力を持ってしても男を元の姿に戻すことができない、そう美野里は理解してしまったのだ。




だからーー

「………………ええ、確かに貴方をそんな姿にさせてしまったのは……元を正せば、私のせいよ」

助けられない、そう核心したからこそ美野里は謝った。
だが、それと同時にその胸の内で美野里は決心をする。



これから先、ラトゥルがどれだけの横暴をまき散らし、また関係のない人々を巻き込むかは現状では理解すらできないだろう。
だが、それでも彼女が起こした事柄全てを見逃すわけにはいかない。

同じ神だった者として――――――

ラトゥルが行った罪に対して――――――――



「でも。だからこそ………私一人で貴方を含めた、全てにケリを付けなくちゃいけないのよ」



過去、そして現在において、美野里は償いをしなくてはならない、と思った。
全ての事柄、その中心に立つ自身がこの争いを終わらせなくてはならない、と思った。

だから、もうーーーー美野里は迷わないと決めた。


「…ナニが、ッけりヲ」
「…だから、私はもう迷わない」
「ふざけ、ルナ、ヨクモよくも、ヨク、わ、ワタシたちを、たすケ」

だから、美野里は言った。



「貴方を助けるために、私は―――――――――貴方を殺す」



そして、その言葉は引き金となる。
男の中に存在する魂たちが、美野里の言葉を『不定された』と認識した。



「そんな、ソンナッ!!! いやダッツ、イヤダッ、うううううう、ウガッあああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッツ!!!!!!」



人の言葉とは思えない、野獣にも似た奇声を上げ、ローブの男は暗闇が広がる上空へと転移する。
そして、不気味な寒さを持った風が吹き荒れている中、掌を真上にかざした。
その、次の瞬間だった。



数秒にして。
その地に健在する山一つを覆い尽くす程の極大な魔法陣を空一面に展開させたのだ。


「…っ、まさかアレは…さっきの」

結納が溢した言葉の通り、それは今まで男が攻撃として放っていた光弾の魔法陣に酷使した陣だ。だが、その大きさは今までの陣を凌駕するほどの大きさを持っていた。
しかし、それはとくに問題ではなかった。

問題なのは、その陣から放たれる光弾の威力に対して。


あれだけの威力が空に展開された陣から放たれれば、下手をすれば山だけに留まらず、その場一帯の地帯すら消滅しかねない。

(…あんなのを、撃たれたら、ッ!!)

その事実は、ルーサーや離れた場所に立つ結納と比島の顔に焦りを抱かせる。
それだけの危機的状況だった。
だが、


「ウイング、力を貸して」


そんな状況においても、表情を乱さない美野里は周囲を吹き荒れていた光に対し、そう言葉を呼びかけた。

その直後、彼女の手に持つ大槌にその光は集束され、空気を切り裂く風の音が武器へと宿る。
だが、それだけではまだ足りない。

「……クロウも、お願い」

美野里が再び言葉を発した直後、白い光の球体が何もない場所から突如と姿を現わし大槌へと吸い込まれる。
それは、二つのセルバーストを組み合わせた技であり、ルーサーが以前扱っていた技でもある。
だが、その技自体には名前がある。

『ダブル・バースト』

二つの光。
互いに異なる力が混合し、風を裂く音と爪を研ぐ音、それら二つの音が混ざり合っていく。
まるで、大槌の中に生き物が住み着いたかのように鼓動にも似た音が、その場の周囲にまで行き渡っていた。


だが、事態は未だ終わってはいない。
その間にも、上空に展開された魔法陣からは圧倒的な魔力が注がれ続けている。
放出までもう、残り数秒もない。その場いるルーサーや結納、比島もまた逃げる余裕などあるはずがなかった。

山の登頂近くで、激しい強風が吹き上がり、それがまさに破滅の予兆を教えているかのように……。




「シネシネシネしねしねしシネシネシネしねしねしッッああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアッッッツ!!!」




ついに――――――――――――――強大な光が魔法陣から発せられ、地上が強烈な光によって覆い尽くされる。
その場に存在した全ての物が、その世界から喪失してしまう。












「打現・絶無」













まさに、その直後だった。

―――――――――――ダンンンンンンンンンンンンンンンンンッツ!!!!!!! と。

その場一帯を支配していた光を打ち砕くように、世界を振わせかねない轟音がその空間全てを強引に支配したのだ。



「――――――――ッッ、ナッツなにガッツ…ッツ!!!」


発狂していたはずのローブの男ですら、平常心を取り戻すほどに一体今何が起きたのか分からなかった。
当然、その場にいた結納たちも理解すら出来てはいなかった。

「…………ッ」

ただ一人、その技の名を知っていたルーサーを除いては。
そして、



「これで、終わりよ」



消滅が打ち砕かれた直後。
上空に逃げていたローブの男。その足首に、赤き鎖が巻き付けられる。

「ッツ!?」

それは美野里の持つ大槌の尾に取り付けられていたはずの短い鎖だった。だが、その形状はさっきまでの短さが嘘だったかのようにまるで龍の胴体のように鎖が伸びて続けていた。
そして、ローブ男が必死に鎖を断ち切ろうと魔法を放つも、依然と鎖は切れない。


「はなッ!! はなッせッツ!!!」


声を荒げる男の顔が次第に恐怖に染められていく。
震える骨の手で、必死に鎖を掴みながら焦るローブの男。
だが、男が視線を地上に向けた時。
その眼光の先で、大槌を真横に振り上げ構える美野里の姿があった。
そして、彼女はその唇を開き、言葉を吐く。


「王現」


それが合図だったかのように、ローブの男の足首を捉えていた鎖が直後、美野里の元へと引き寄せられるように戻っていく。

反抗できない強力な力によって、男と美野里、二人の間合いが急激に狭められていく。


男が悲鳴にも似た奇声を上げ、魔法を美野里に対して放つ。だが、彼女の周囲に再び現われた二つの光がそれらを許さない。



「いやダッッ!!シニタクないッツ!! お、オレハッツ!! 私たちはッッ!!! 
まだッシニたくッツ!!!!」



それは、元の宿主。
魔法使いだった男の声だけでない、その器に植え付けられた死霊たちの悲痛な叫びだった。

だが、それでも彼らはもう生きていてはいけない存在であるのだ。
例え、神によって生かされたとしても。


「(………ごめんなさい)」


もう迷わない。
そう言葉にした美野里はその言葉が溢し、歯を噛みしめながら大槌を振う。
その一撃は、かつて過去。記録に残されなかった歴史の中で、龍を倒した一撃。



『ドラゴンブレイカー』という異名に等しい、その技の名――――――――――――――――――





「龍震虚華(りゅうしんきょうか)」





それは一瞬の事だった。
大槌に穿たれた男の体は、その瞬間に光の粒子となって掛消滅した。
そして、光はそのまま上空を登り詰め、空に巨大な花を咲かすように飛び散り四散する。
その場一帯を金色へと染める。

それはまるで、夜の空を塗り替える朝日のようにーーーー













「……凄いっ」

その戦いは、一方的な勝利だった。
結納がそう言葉を溢す一方で、やっとの思いで立ち上がったルーサーは美野里の元にそのつたない足取りで歩いて行く。
だが、戦いを終えた美野里は未だ顔を伏せたままだ。


「……美野里、お前……なんで」


ルーサーは込み上げる感情を押し殺しながら、その口を動かそうとした。
だが、



「どういう………こと…」



その言葉と共に、周囲の空気は再び混沌へと包まれる。

それは、闇の中。光を纏わせながら、背後に侍男を従わせ歩いてくる存在。
異世界アースプリアスの神、ラトゥルが姿を現したからだ。



「シクア………何、それ…」
「……ラトゥル」



そして。
再び、二人の神が交差する。――――――――着実と、一つ一つの謎が紐とかれようとしていた。




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