異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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約束



『ねぇ、■■■』
『……何?』
『何回も聞くけど、この前言ってたのが■■■の力なんだよね?』
『……ええ』
『…だったらさ! 一回で良いから見せてよ? 凄く気になるし』
『…………嫌よ。そもそもこの力は見世物じゃないもの。……それに、今この世界において、私の力は必要ないもので』
『ああー!! もう、それは何回も聞いたからさー!!』
『……分かっているなら、もういいでしょ?』
『うぅぅ…ケチ!』

それは一つの記録だった。
だがその記録は、地球とは違う異世界アースプリアス。
今生存するその世界ですら残されることの出来なかった、記録だった。

『はぁ……何故貴方は、そうまでして私の力を見てみたいの?』
『え? 何でって、そんなの決まってるじゃない?』

だが、例えそんな記録だったとしても。
彼女は、覚えている。

『だって、私と■■■の力なんでしょ? それなら、尚更一回でもいいから見てみたいじゃない』
『…………はぁ、わかったわ』
『え、本当に』
『機会があれば、使ってあげます』
『今じゃないのっ!?』

そして。
彼女が覚えているかぎり。
その記録は、失われることはない……。





第九十話 約束




虫の音が聞こえる、真夜中。
都会とは少し違った田舎っぽさの残る、そんな町並みから少し離れた平地に、ぽつりと作られた明かりのない暗い墓地が存在していた。
手入れのされていない墓石や地蔵、周囲に散らばるゴミといった汚れが多く目立つ、そこは管理の行き届いていない寂れた墓場だった。
だが、そんな場所に一人、

「この子でいいかな」

全身に光を纏わる長髪の少女、ラトゥルは訪れていた。
そして、そんな彼女が目につけたのは、石の表面にいくつものヒビが入った今にも崩壊しそうな一つの墓石。
クスリ、と笑う彼女は自身の唇に手をやり、ぺちゃり、とその小さな指先に唾液つける。それを目の前に立つ墓石の表面に、そっと擦り付けた。
それは、一見罰当たりな行為に見える光景。
だが、異変はその直後に起きる。


唾液を付けられた墓石全体が淡い光を放ち、光はそのまま垂れ落ちるように地面へと浸透した。
まさに、それは神秘的な光を放ち始めた地面だった。
だが、その次の瞬間。

ゴソリ、と光る土が突如盛り上がる動きを見せ、膨れあがった地面はそのまま止まる様子もなく動き続ける。

そして、地面の奥底から這い出てきたもの――――――――――――――それは、真っ白は人骨の一部だった。


「おはよう」


そう口にしたラトゥルの言葉に反応するように、骨々は次々と這い出てくる。
一本、二本、それから数十本とその姿を露にする白骨の塊立ちたち。
まるで意思を持つかのようにそれらは決められた配置に纏まり始め、それは次第に人間の形を作り始めていく。
そして、足りない部分は光が補うように、臓器、肉、水分と、人間としてなくてはならない物質たちが光によって形勢されていく。

そんな一から人が創り上げられようとする光景が目の前で流れる中、ラトゥルの背後で、


「相変わらず、気持ちの悪い光景だな」


闇から現われたように、その場に姿を現わした侍姿の男――――――外代十我(げだい とおが)がゲンナリした様子でそう口を開いた。
自身もまた同じ作法でこの世に生を得た身であるのだが、それでもこの光景には慣れないらしく、苦い表情を浮かべている。
対するラトゥルは小さく溜め息をつきながら、

「貴方もこれで生き返れたんだよ? 後、何か威厳がなくなったね。その喋り方だと」
「……ほっとけ」

どういう心境か、若々しい現代人の姿を真似し始めた外代。
その行為の裏に一体何があるのか、神である彼女ですら理解はしていない。
しかし、そんなラトゥルもその事を深く追求しようとはせず、現に今も興味を示すことすらない。
視線を戻し、新たな生まれる下僕となる者が出来ていく様をじっと眺めるラトゥル。

何が楽しいのか、と内心で呟く外代は頭をかきながら大きく溜め息を吐く。
だが、さりげない素振りを店ながら、彼はふと彼女に疑問に思っていることを尋ねたのだ。


「それより、あっちは元に戻っちまったが……ほっといていいのか?」


外代が口にした、その言葉が意味する事。
それはシンクロアーツとして一度の覚醒を果たした町早美野里についてだ。
しかし、一方のラトゥルはとくに動じる様子もなく、

「……うん、今まだいいの。ウイングとクロウは、ちゃんとシクアの元に戻ってるから………それに」
「?」
「多分、またあの龍から取っても一緒だと思うし」
「…それはどういう意味だ?」

首を傾げる外代に対し。
よいしょ、と声をつきながら飛び乗った墓石に腰を下ろすラトゥルは、そっと息をつきながら話しを始める。

「ウイングとクロウ、二つのセルバーストはさっきも言ったとおりシクアの元に戻った。だけど、他の三つは何故かわからないけど、シクアに戻ろうとしなかったの」
「………ああ。…あの三つの光の事か…」

そう語る外代は、数日前に見た事を思い返していた。






それは外代の攻撃を避け、美野里たちがあの場から姿を消した時のことだ。ラトゥルに連れられるまま外代はある場所に訪れていた。
そこは美野里たちのいた廃工場から少し離れた場所に建てられた、建物の屋上。そして、ラトゥルに促されるまま外代は視線先で見たもの、それは、

「っ!?」

今にも死にそうになっていたルーサーを助けるために、自らの命で投げ捨てようとする美野里の姿だった。

彼女の命が失われようとしている。
そんな危機的状況に焦りを覚える外代。
だが、対するラトゥルは、

「大丈夫だよ。……セルバーストたちが、シクアを殺すわけがない」

例え美野里が自らの命を引き替えにルーサーを生かそうとしたとしても、その行いを彼らは許さない。
そう、ラトゥルには核心があったのだ。
そして、核心は現実となり、ウイングとクロウ、二つの力は美野里の行為を妨害する結果となった。

「ほらね」

美野里はシンクロアーツとして覚醒し、龍人だったルーサーは死ぬ。
それが変えようのない現実、神のお告げだった。


そう――――――あの時、美野里の肉体から抜け出す、三つの光が現われるまでは。







「シャイニングなら、理解はできた。あれは少し特殊だから、もう一つのダークネスと同じで力の誇示が強すぎて、シクアと交わらなかったんだと思う。………だけど、ドラゴンとグラウンドは違う」

ラトゥルが語るセルバーストには、セルとバーストと二つの力によって力は分類されている。そして、その内にあるはずの二つの力。
ドラゴンはバーストの力。
グラウンドはセルの力。
数ある内の中、それら二つにこれといった特色はない。
そのはずだった。

「いくら上下関係が上だったとしても、ドラゴンもまたウイングやクロウと同じバーストの力。シクアの元に戻らない、その真意がわからなかった。そして、何より…………………あのちっぽけな力のはずのグラウンドも…」

美野里の元に戻らなかった、もう一つのセルの力。
バーストじゃない、ちっぽけなその力であるはずのそれが何故、まるで意思を持つかのように美野里の前に形をなして姿を現わしたのか。

「そういうのがわからないままだと、また同じ事をくりかえすでしょ?」
「…………………」

一件何も考えてない素振りを見せながら、その内に秘めたる本心を表に出そうとしないラトゥルに、外代は黙り込みながら、同時に恐怖を覚えていた。
その本心がいつ、自分たちの身に降りかからないか、という恐怖に…。

「さてっと」

ラトゥルは一息つきながら再び視線を戻し、再び人の原型を取り戻そうとしている新たな下僕を眺め、その頭を小さな手で撫でる。

「でも、シクアについてなら大丈夫だよ?」
「…?」
「今頃、私の力を少し貸してあげた『あの出来損ない』が迎えに行ってくれているはずだから」

シクアの練習相手として……、とそう言って笑みを浮かべたラトゥル。
だが、その笑みは不気味だった。
外代の瞳には、それは神とは程遠い――――――――――――――――――――――――まるで悪魔のような笑みに見えたのだった。







町早家の夜。
二日目の晩ご飯はまた、一種の脱線を繰り広げていた。

「お、お姉ちゃん?」
「ん、どうしたの、美咲」

互いに向かい合うように席につく、どこか茫然としている様子の町早美野里とその妹である町早美咲。
そして、そんな美咲は、姉に問う。

「これ………何?」
「にんじんの素揚げ」
「……じゃあ、これは」
「たまねぎの素揚げ」
「こ、これも」
「じゃがいもの素揚げ」
「……………………………………」
「……………………………………」

しばらく。
長い沈黙が落ちた。
そして、ニコっと笑みを浮かべつつ美咲はそっと箸を机の上に置き、大きく息を吸って――――――――


「この一日で一体何があったのっ!? ってか、何なのこの手抜き料理っ!?」
「大丈夫、塩を使えば」
「じゃあ、せめて塩で炒めてよっ!?」


ああああああああっ!!! 私のご飯がああああああああああああーーっ!!!! と奇声と誤解されるような叫び声を上げる美咲。
だが、そんな妹の奇行に対しても未だ美野里は上の空の様子で首を傾げていた。
姉の様子がおかしいことは学校から帰ってきた時から気づいていた。
頬に赤みを持っては、またソワソワしたり、どこか沈んだ顔色を浮かべたりと、コロコロ表情を変える。
不気味だ、とその時は美咲もただそう思っていた。
しかし、その表情の結果が…またこれとは、

「お願いだがら元にもどってよ、お姉ちゃんっ!!」

割とマジで涙目になる美咲。
と、その矢先にインターホンの音が聞こえてきた。

「あ、はーい」
「お姉ちゃんっ!?」

うわああああああんっ!! ガン無視された――――――っ!? と叫ぶ妹を全く気にもとめない美野里は玄関へと向かう。
虫の声が聞こえてくる玄関先で草履に履き替え、玄関ドアの取っ手にそっと手を掛けた。

「はい、どちらさまで―――」

そして、ゆっくりとドアを開いた先で、


「……………」


そこに立っていたのは、私服姿に身を包んだ鍛冶師ルーサーの姿だった。

「…………」
「…………」

今日のことだけで色々一杯なのに、加えて彼との再会。
美野里は顔が一瞬で赤く染めながら、少し狼狽えた様子で後ずさってしまう。すると、未だ何も話せないルーサーの背後から、ひょこりと、

「夜分すみません、美野里さん」
「み、美野里さん……大丈夫ですか?」

結納香月と羽嶋刀火、二人揃って顔を出してきた。
どうやら今日来たのはルーサー、一人だけではなかったらしい。
二人の登場に一瞬、その場の空気に和みが加わり、

「……みの」

その隙をつくように、ルーサーがやっと声を出そうとした。
美野里も唾を飲み込み、緊張した表情を見せる。
だが、―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――その直後に、



「るぅぅううさあああああああああああああああああああ―――――――――――――――っっっ!!!!!!!」



リビングから玄関へ。
彼の声に反応して飛び出して来た美咲が、美野里と立ち位置を強引に入れ替えルーサーの胸ぐらを掴みあげたのだ。

「っぐぇ!?」
「お姉ちゃんに何やったの!? 絶対に何かやったでしょ!! 吐きなさい! 今すぐ吐きなさい!! そして、私にまともな料理を作りなさいぃぃいいい!!!」

私のご飯―っ!!! と大暴れを繰り広げる美咲に慌てて、羽嶋は羽交い締めにする形で止めに入る。
解放されたルーサーが喉元を抑えている一方、そんな傍らでこっそり美野里に近づく結納は小さな声を出し、

「と、とりあえず場所を変えたいので、一緒に来て貰ってもいいですか?」
「っ! ……ええ」

結納の仕草から、美野里は直ぐにその言葉の意味を理解した。
それは、以前自分たちの事に話すと約束していた、事についてだ。
今回、その説明をして欲しいために結納はこうしてルーサーを連れこの家に来たのだろう。

「ありがとうございます。…さて」

了解を得た結納は、視線を変え、現在進行形で美咲を羽交い締めにしている羽嶋に向き直る。
そして、満面の笑みを浮かべながら、

「あ、羽嶋」
「うわっ!? なな、何、悠!?」
「その……彼女の事、頼んだよ」
「…………え?……うえええええええええええっつ!?」

ちょっ、嘘よね!? 私も凄く気になるのにッツ!!? と美咲に続いて、叫び声を上げる羽嶋。
そんな二人を余所に結納に連れられるまま玄関先に止まっていた、普通の一般家庭には到底そぐわない黒光の高級車に乗っていく美野里たち。

「ちょっ、ゆ、悠っ!!!?」
「お姉ちゃん―――――ッ!? また私っ晩ご飯抜きのなの―――――――っ!?」


こうして、羽嶋刀火を犠牲にする形で美野里たちはその場を後にするのだった。








先に説明する上で、結納香月は金持ちのボンボンである。
学校まで執事つきの高級車で来る時もあれば、高級食材の弁当を持ってくる等、金持ちを誇示するような行動をして毎度のごとく町早美咲にお叱りを受けている彼なのだが、そんな彼の家は想像通りに大きな敷地を領していた。
だが、その大きさもあってか都会では幅を多くとってしまう為、結果として結納家住宅の並ぶ町から少し離れた人通りもない山奥に建築される事になってしまった。
と、結納は両親から聞かされていたのだった。

「さて……」

そんなわけで家路につくために走る、新品のような匂いを鼻につく高級車の車内。
窓の外を眺めながら、口元に手を置く結納はそう呟きながら視線を元に戻す。
そして、彼は、

「…………」
「…………」

この居心地の悪い車内で、どう時間を潰そうかと真剣に悩んでいた。
車に乗って以降、未だ美野里とルーサーは一言も口を開いていない。かといって互いに視線を合わせようとするも一度会えばまた背けてしまう始末だ。


(うん、暗いね……空気が)


今でこそ、この場にムードメーカーこと町早美咲がいてくれれば、どんなによかっただろうと思う結納。
とはいえ、そんな幻想を願ったとしても現実が代わるわけでもなく、

「何か空気の変える音楽とか流せないかな?」
「そう言われましても……」

運転席に座る白い顎髭が目立つ高齢執事、比島(ひとう)に話し掛ける形で逃げた結納に、比島もただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
そうこうしている間にも、車は市街地を抜け山道を通り始め、人気のない上り坂を上っていく。
虫の音以外、もの静かな森林の中。
明かりといえば、一定間隔に立てられた電灯の光がポツポツとあるぐらいだ。

「ここもそろそろ道を整えたほうがいいと思うんだけどね」
「確かにそうですね。香月さまのお父上も以前同じようなことをおっしゃってましたし」
「げっ、そうなのかい」

父と同じ意見に苦い表情を浮かべる結納に対し、似たもの親子ですから、と笑う比島。
少しでも空気を変えたい為に会話を交わした二人なのだが、それでも未だ車内の空気は暗い。
そうこうしている間にも時間は経ち、暗い道を走り続ける高級車は坂を登り終え、後は平らな道を走るだけとなった。
もうすぐ着きますから、と美野里たちにそう声を掛けようとした結納。
だが、そんな時だった。
比島が運転する車のヘッドライトが目の道を照らしている中で、

「おや、誰でしょ?」
「え?」

進路先にひっそりと立つ、一つの人影が彼らの視界に止まる。
この時間帯で、こんな山奥で人に会う事など滅多にない。結納家に使えるお世話係か、と比島に続き結納が首を傾げた。
その時。


「止めてっ!!!」


突如、町早美野里の叫び声よって、驚いた比島が走らせていた車に急ブレーキを掛ける。
だが、事態はそれだけに終わろうとはしなかった。

ライトによって照らされたソレは、顔が隠れるほどの大きなローブを被った一人の男だった。
そして、男は服の裾から伸ばした―――――――白骨した骨の掌が美野里たちに向けられた、直後。
その男の眼前で、巨大な魔法陣が展開される。
そして、男が何かを口にした。
次の瞬間。



ドドドドドドドドッツ!!!! という音に続き、魔法陣から撃ち出された無数の光が、美野里たちの乗る高級車目掛け、容赦なく襲い掛かってくる。




「ルーサーッ!!」

美野里の声に直ぐ様反応したのはルーサーだ。
自身の手に出現させた骨刀を振り上げ、車の天井部分を吹き飛ばした彼は、そのまま背中に現わした炎の翼を羽ばたかせる。
そして、事態を飲み込めていない結納と比島の腕を強引に掴み取り、その場から脱出した。
その間に迫り来る攻撃を防いでいたのは美野里だった。

『衝光・ルーツオーバーッツ!!』

美野里の周囲に出現した星々に似た光が車両手前に現われ、敵の攻撃を防いでいく。
だが、そんな現状の中で、美野里は一つの違和感に顔色を曇らせていた。

(何かが、…おかしい、っ!)

止むことのない攻撃に対し、一見完璧に防御出来ている風にも見える星々たち。
だが、本来なら鉄壁にも等しいはずの星々に何故か綻びを見え始めていた。いつ押し負けるか分からないほどに、美野里の力が不安定な状態に陥っていたのだ。

(ルーサーたちも脱出したっ……ならッ!)

防戦一方が不利だと確信した美野里は、全身に衝光の力を纏わせ、その場から驚異的な跳躍を見せる。
そして、未だ車へと手のひらを向けるローブの男に目掛け、右手に溜め込んだ衝光の光によって作り上げた短剣を構え、一直線に投げ放った。
高速で直進する剣は一切の弊害もなく突き進み、そして、確実に敵の腹部を貫くはずだった。



パキン!! という。
その音に続き、敵の手前で光剣が砕け散るまでは。




「…………えっ」

その光景に呆気にとられる美野里。
だが、その視界に突如。

「見つけた」
「っ!?」

さっきまで地上にいたはずのローブの男が、一瞬にして美野里の前に姿を現わした。
美野里は一瞬も目を離したつもりもない。
そして、飛んできたわけでもなく、地上にいた男が幻覚だったわけでもない。

それなら、考えられるのは………この世界にはない方法。
異世界において、アチルを含めた魔法使いたち扱う、魔法。

(転移っま)

美野里に思考が、そう答えを示した。
その直後。
男が振り下ろした拳が、咄嗟のことで防御すら出来なかった美野里の右頬に直撃する。

「っぁ、ッ!?」

肉のない、骨の拳。
だが、その一撃は常人ならざぬ力が加わっていた。
だが、そんな一撃だったとしても、衝光の力を纏わせている状態なら大ダメージには至らない攻撃。
そうなる、はずだった。


殴られる、その瞬間。
美野里の意思を無視して、衝光の力が消失しなければ。


風を斬る音に続け、銃弾のように上空から地面へ叩きつけられた美野里の体は、容赦なく堅い地盤に激突する。


「っが、はぁっ!!」


一蹴の隙をつかれた上での防御なくして受けてしまった一撃。
異世界へと飛ばされる前である美野里の肉体において、この一撃は強烈なものだった。
そして、それだけを喰らってしまったが為に、口から血を吐き出した美野里はそのまま意識を手放してしまった。



「……なっ」

余りにも呆気ない結末だった。
結納や比島は、ただ茫然と退避したその場所で目の前の事態を見つめることしか出来なかった。
しかし、その中で、


「テメェえええええええええええええええええええええええええッツ!!!」


怒りに身を任せたルーサーは地面を蹴飛ばし、直進する。
そして、骨刀に纏わせた炎を振り上げ、


「炎衝打音・砲ッ!!!」


その一撃を上空に浮かぶ敵に目掛け、放とうとした。
だが、


「ッ!?」


それは一瞬の出来事だった。
刀を振り下ろそうとした直後。ルーサーの意思とは無関係に炎が突然と消えたのだ。
そして、続けて刀の原型を止められなくなった武器が元の形態。柄の長いハンマーへと戻ってしまった。
驚きを隠せないルーサーは、同時にあの時、美野里に内に起きていた事態に気づく。

「まさか……衝光をっ」

何故、あの時車両に残っていた美野里が一瞬回避する行動を見せたのか…。
そして、何故あんな変哲もない一発の拳によって美野里が負けてしまったのか…。
その答えが理解出来たと同時に、今も倒れたまま起き上がる素振りを見せない美野里に対し、ルーサーの脳裏にあの時の光景が蘇った。


あの世界において、二年前。
剣の都市インデール・フレイムで、皆が見つめる中、大剣によって串刺しにされた……彼女の姿が…。


「ッツ!!!」

後悔を噛みつぶすように歯を食いしばるルーサー。
そんな彼を見下ろしていたローブの男は反撃する様子もなく、ゆっくりと手を下ろした。
そして、地上で立ち尽くしていたルーサーを気にもとめず、静かな動きで地上に倒れる美野里の元へと向かおうとしていた。
だが、

「…何処見てやがるッ」

その声が聞こえて来た、次の瞬間。
地上から上空に向けて、光を纏った岩石がローブの男に目掛け放たれる。掌を向け、魔法陣を盾の役割にして攻撃を防御した男が再び視線を地上に戻した、その先で、

「ガン・グラウンド!!」

地面に向け、ルーサーがハンマーを振り下ろした直後。
地盤の一部が割れると同時に、むき出しにされた岩石は光を纏うと同時に続けて敵に向け放射される。
例え、衝光の力がなくなったとしても。
ルーサーにはまだセルバーストの力が残されている。

あの時の後悔をしないために。
ルーサーは、未だ不完全な力を振いながらローブの男に向かって、戦いを挑む。





ルーサーが戦っている、その一方で結納は密かに動き、地面に倒れる美野里に近づいていた。そして、未だ意識を失った彼女の安否を確認する。
口から血を吐き出してはいるが、喉元を触れ、脈拍ともに動いていることに結納は息をつく。
とはいえ、未だ完全に安心が出来るわけではない。
美野里を背負った結納は、その場から離れるべく、比島を連れ歩きだそうとした。
しかし、その時。

「がっあッ!?」

ルーサーの悲鳴が聞こえて来た。
振り返る間もなくして、直後に複数の魔法陣が結納たちを取り囲む。
目を見開いた結納が、上空を見上げたその先で、

「その女を、置いていけ」

宙を浮きながら、こちらを見下ろし手のひらを向けるローブの男。
そして、そこから少し離れた場所で、地面に血だらけで倒れるルーサーの姿があった。
ルーサーが男に攻撃を始め、それから数分と目を離した。
たった、それだけで戦況が一変してしまった。
それほどに衝光の力を美野里やルーサーにとって、戦力のほとんどをしきっていたのだ。

勝つ術がない。
その現状において結納は、


「渡せと言われて、そう素直に聞くと思っているのかい?」


頬に伝う汗を感じながら、この状況を突破する術を考えようとしていた。そんなものが、あるはずがないことを十分に理解していながらだ。

「そうか」

ローブの男はそんな子供の言葉に対し、大きく溜め息を吐く。そして、もういい…と呟きながら、目の前に展開させた魔法陣に力を注ぎ始めた。
だが、そんな危機的状況の中で、


「ドラゴン…バーッスト!!!!」


未だ、ルーサーは諦めてはいなかった。
その直後、後方から紅の光がその周囲の闇を蹴散らしながら赤く照らす。
ローブの男が振り返る中、ルーサーはその瞳は真っ赤に染め、その手に持つハンマーからは、迸るほどの紅のオーラが放ち続ける。

「あれは…一体…」

まるで、新たに驚異が現われたかのように、ルーサーから強大な威圧感を感じる結納。
そして、その気に当てられたかのように、

「(る…ルーサー…っ)」

背中に背負われていた美野里の意識が、おぼろげに覚醒を果たそうとしていた。
彼女の視界に移る、彼の姿。
だが、同時にそれは、

(…似て…る…っ)

記憶に残る、二人の姿と酷使していた。
だが、実際の彼からは、あの二人ほどの力は感じられるはずがなかった。
何故なら…ルーサーには、

「まだ、抗うか」
「っ、当たり前だッツ!!」

ローブの男が発した言葉に対し、吠えるルーサー。
彼が纏う力は未だ衰えを見せず、膨れあがっていく。まるで、制御をなくした、暴走を引き起こしているかのように、

「そうか、なら」

そして、ローブの男はその力が直に脅威になることを理解した。
だから、先に蹴りをつける事を決めた。
再びルーサーに向けて、掌を向けた。
だが、その瞬間、今までとは比べものにならないほどの巨大な魔法陣が眼前に展開されたのだ。

「これで、終わりにする」

その力は、ローブの男が持っていた力ではない。
それは、ここに来る手前に一人の神に授けられた力だ。
そして、それは衝光の力を一時的に無にし、またその場にあるもの全てに破壊もたらさんとする神の力だった。

「っ、ルーサー!!」

あれは危険すぎる、とそう肌で感じ取れるほどの脅威に結納が叫び声を上げる。
だが、それと同時に背中にあったはずの重さが突然と消えたことに彼は驚きを隠せなかった。



(頼む、俺の体……持ってくれッ)


現状、ルーサーは自身の力でもあるセルバーストの力を未だ扱えずにいた。
その中でも特に、荒々しいのはドラゴンの力だった。
この世界に来て二年前の姿に巻き戻ってしまった事に加え、体力の消耗が激しい今。立っているのがやっとなほどに、彼は危機に直面していた。
その上でのドラゴンバーストだ。
下手をすればその力に堪えられず、肉体が崩壊してしまうかもしれない。それほどのリスクがドラゴンの力には秘められていた。
だが、それでも今目の前にいるこの敵は絶対に倒さなければならない。

「力を貸せッ、ドラゴンバーストッツ!!」

例え、自身の体がどうなっても構わない。
この現状を打破する為に。
あの時のような後悔をしないために。
今度こそ、美野里を守る為に。
その力を全て貸せ、とルーサーは心の底から叫んだ。
そして、ドラゴンバーストもまたその意志に答えようとした。








「力を貸さないで、バルカッ!!」












その次の瞬間だった。
美野里が発した言葉と同時に、今まで迸っていたルーサーの力。ドラゴンの力が突然と消失したのだ。

「ッ……なっ…!?」

圧倒的な力の損失によって、立位を保てなくなったルーサーが地面に倒れ込む。
そして、入れ替わるように彼の前に、未だ万全の状態ではない美野里が敵の目の前に立ちはだかったのだ。

「み…のり…」

何故、ドラゴンバーストが消えたのか――――――わからない。
何故、彼女があの名を知っていたのかも――――――わからない。
だが、それでも、

「…大丈夫だから、私がっ、ルーサーを絶対に守るから!」
「なに、言って…逃げッ」
「逃げないッ!!。ルーサーを置いて、私が逃げれるわけがないでしょっ!!!」

危機は未だ回避されてはいない。
もう既に目の前には、溜められた光が撃ち出されようとしている。
だが、そんな状況の中で美野里はルーサーに振り返る。
そして、


「ごめんね、ルーサー…」


あの時と同じ、言葉を口にした。
あの時の光景が、ルーサーの脳裏と再び重なり合う。
だが、続けて美野里は言ったのだ。


「後で、全部謝るから。…どう、責められたって、私はかまわないから」


それが、何に対して謝罪かわからない。
美野里は小さく笑みを浮かべると視線を再び戻し、胸の前に掌を置く。
そして、もう一つの言葉を今度は自身に対して、


「今だけで良いから……私に、力を貸して………ルーサーを、助けるためにっ!」



その、数秒後だった。
強大な魔法陣から、その直後。
強烈な光が放たれた。
暗闇を純白に染める光は、死への脅威引き詰め、美野里を呑み込もうとする。
ルーサーも、そして離れていた場所にいた結納や比島も動けなかった。
だが、そんな中で、美野里は唇を動かし、言ったのだ。





「お願い…アリサ」





着弾と同時に強烈な爆風がその場一点に対し巻き上がる。
地盤が揺れ、大きく揺れる大地。
その強風に対し、結納と比島は何も出来ず、その場にしがみつくことしかできなかった。
ローブの男は溜め息を吐き、風が収まるのを待つ。
最悪の結果を予期し、美野里の肉体、その一部だけでも持ち帰ろうと男は考えていた。



そんな悲惨な結末が起きた―――――――――――――――――――――――――――その、刹那だった。





「打現・覇音(はおん)」




ドンッツ!!!! と、その直後。
周囲に吹き荒れていた爆風が一瞬にして一蹴され、その場一体の音が無音へと塗り潰された。
時が止まったかと思うほどの静寂な場。
ローブの男に続き、驚きを隠せずにいた結納と比島。
その中で、一人の少女によって守られたルーサーは、顔を上げながら…その口を動かし、小さく、何かを呟いていた。





土煙が晴れる中で、ヒラリと揺れる光を帯びた髪。
シンクロアーツとして覚醒した彼女の変化。だが、それに繋がる新たな変化が美野里の肉体に起きていた。

赤い石のようなもので止められた三つ編みされた横髪。
彼女の手には、短刀とは違う武器が握り締められていた。それは、現実として存在しない事を証明するかのように光によって作られた、長い柄の先で長い鎖のようなものが巻き付けられた、大槌。
衝光が発する光に加えて赤い光が入り交じったそれは、神秘的な武器にも見えた。
そして、閉じられていた彼女の瞳が見開かれる。
それと同時に、彼女はその力の名を呟く


「クロス・アーツ―――――――――『ドラゴンブレイカー』」


そして、幾千の時間を越え――――――


『だって、私とシクアの力なんでしょ? それなら、尚更一回でもいいから見てみたいじゃない』


彼女との。
――――――アリサとの約束が果たされる。





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