異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫
もう一人の逸脱者
突然とした話だが『力』という概念に善悪は存在しない。
正しい者が使えば、それは正しい力となる。
悪しき者が使えば、それは悪しき力となる。
まるでそれは左右に揺れる振り子のように、どちらにも向く。世界というフィールドにおける、確定したシステムの流れだ。
そして、そのシステムと同類として、数ある物語の中にもまた多く該当するシナリオが存在する。
『正しき者が手に余るほどの強大な力を手に入れ、激しい戦いの末に悪しき強敵を倒す』
という、ありふれた物語の一つ。
一つの世界に限らず、他となる異世界を越えて尚、平等に存在する物語の、一つだ……。
第八十六話 もう一人の逸脱者
その世界は、アースプリアスや美野里のいた地球という世界とはまた別の異世界。
魔法使いの最先端とも呼べる魔術師たちが日々生活し、また学生の身でありながらも魔術師へとなろうと学力および実力ともに励み勤しんでいる。
そんな彼らが主役となる世界軸が存在していた。
日本支部、セイヴァリアン学園。
その校舎となる場所から少し離れた林の奥、そこには人目の着かない生徒会における執行を目的とされ使用されていた平地上の決闘場が存在していた。
そして、その中心地にて、
『『ッ!!』』
大きな砂煙を巻き散らせながら、繰り広げられる戦いが激化する中、削られた地の上で立つ大剣を構える学生服を着た一人の少女がいた。
煌めくような金髪を持ち魔術学園の生徒会長でもある上級生の生徒、彼女の名前はエルティー=ワプト。
『はぁ……はぁ…っ』
エルティーは荒い息を吐きながらも倒れそうになる体を押しとどめる為、足に力を入れ踏み止まらせる。
疲労はあった。
魔力の枯渇、それに陥ろうとしている事など、十分に理解していた。
だが、
『私を舐めているのですかッ…貴方はっ!!』
エルティー=ワプトの顔は険しく、歯を強く噛みしめると同時に砂煙のたちあがるその中心を睨み付ける。
そして、魔力を練り込ませた大剣を再び大きく振り下ろし、魔力によって形成された斬撃波はその中心に向けて放ち、斬撃は煙を切り裂き、そこにいる存在を切り裂こうとした。
だが、その時。
『ッ!?』
それは、まさに一瞬のことだった。
魔力で形成された斬撃は、突如飛来した四つの光剣によって粉々に粉砕されたのだ。
自身の攻撃が防がれた事に歯を噛みしめるエルティー。その一方で、飛来してきた光剣はまるで何かを守るように砂煙の中心へと戻っていく。
『……どうして、ッ』
四つの光剣を操る存在は、明らかな強者だった。
そして、まだ余力を残しているにも関わらず、この戦いが始まってから一度として、攻撃の姿勢を見せようとしなかった。
ただ、防御や回避をするという行動だけ、まるで自分は舐められている、とそう感じずにはいられなかった。
『何故、なのですかッ…!!』
もう、我慢ができなかった。
苛立ちを堪えきれなかった。
胸の内に膨らんでいた葛藤、いやそれ以外の全ての思いをエルティーはいつしか叫ぶように吐き出していた。
『ふざけるなっ、ふざけるなッふざけるなッッ!!! 何故、貴方は私に攻撃をしてこようとしない!! 力があるからッ、この私では貴方に勝てないと、貴方はそう言いたいのですかッ!!』
『…………………』
『確かに、私と貴方の力の差は歴然としている。だが、それだけの力と理解しているなら、何故それをこの世界にいる者たちや苦しんでいる人たちの為に使わないッ!! 貴方が得た力は魔術師たち皆が欲している、それだけの力なのにッ…!!』
『…………』
『なのにッ!! 何故、貴方は世界を敵に回すような事をするのですかッ!!』
その存在が手にした力は、魔術師という枠を超えた古の魔法使いたちが残したとされる遺産に近い巨大な魔法であり、また同時にそれはこの世界における魔術師たち皆の願望を叶えるほどの力だった。
『…………………』
だが、そんな夢の願望を叶える魔法を手にしていながら、その存在は。
いや、彼女は―――――
「………こんな力なんて、いらなかった」
雪先沙織は、その魔法を不定したのだ。
ボロボロとなった制服を身に纏う彼女はフラフラとした状態にも関わらず、エルティーから放たれる剣戟魔術の攻撃を前にして尚、何度と倒れながらも立ち上がってくる。
どれだけ攻撃を受けたかわからない。
口の端から血を流しながらも、体中にはいくつもの擦り傷や痣が出来ていた。
だが、そんな状態になろうとも、雪先は一度として反撃の手を出そうとしなかった。
強大な魔法『演劇魔法・リミットクロスオーバー』
雪先沙織は、その圧倒的な力を振わなかった。
「魔術師がどうとか…世界がどうとか…そんなの関係ない。……そもそも、私はあんな力を望んで手に入れたかったわけじゃなかった」
「…本気で言っているんですか? 魔術師において、その言葉がどういう事を示しているのか、貴方は本当に…っ」
エルティーの言っている言葉は十分に理解していた。
魔術師における願望、それは正義だ。
人類や世界、それらを守る、それが皆でないにしろ大勢の魔術師たちの願望、いや一つの定義だった。
だが、雪先はそれを関係ないと言った。
それはつまり、魔術師という定義を不定した事になる。
だが、そうと分かった上でガントレットをはめた手を強く握り締める彼女は、口を動かし、自身の思いを言い続ける。
「敵を倒して皆を救う、助けを求める皆を救う……私にとって、そんなの、どうだっても…よかった……」
「ッ!? 貴方は何を言って」
そう、エルティー=ワップトは言葉の続きを言おうとした。
だが――――――言えなかった。
その時、彼女は見てしまったのだ。
「大切なモノを失ってまでッ、私はあんな力を手に入れたくなかった!!」
雪先沙織が叫んだ言葉を。
そして、その頬に眺め続ける、大粒の涙を。
ヒラリ、と片方の髪を纏めた髪留めが、その場に吹き荒れる風によって激しく揺れる。
感情のままに叫んだ雪先の言葉。
それに同調するように、彼女の奥底に秘められていた魔力が周囲の空間を振わせながら、漏れ始めていた。
「……私が、ほしかったものは…こんなものじゃなかった」
歯を噛みしめ、忘れることの出来ない過去を抱き、激しい葛藤が心を揺れ動かす。
両四肢に装着された武装から噴出される魔力の放流が周囲の砂煙を巻き込みながら、その勢いは確実と大きくなっていく。
「…私がほしかったものは、たった一つ。ただ……それだけだった」
「……………」
圧倒的な力の差を目の当たりにした。
それが味方ではなく敵だった場合、人は恐怖を覚える。
だが、エルティーの心には、恐怖は生まれなかった。
代わりとして、彼女の心に生まれたもの。
それは、
「大切な友達と一緒に笑っていける、その日々だけが……ほしかったっ!!」
大切なものを失い、悲しみを抱いた者に対する――――――言いようのない悲しさという感情だった。
雪先沙織がその力を手に入れた、そのきっかけとなったのは同じ在校生でもあり、また同じ部に所属していた彼女の友人、ルトワ=エルナの死によるものだった。
ルトワ=エルナは雪先沙織の目の前で、死んだ。
彼女は殺されようとしていた雪先を守り、その時行われていた大会で優勝した時に渡そうとしていた髪留めを手渡し、息絶えたのだ。
そして、彼女の死は引き金となり、雪先はリミットの掛けられていないクロスオーバーという名の力を手に入れてしまったのだ。
「………そう、ですか…」
彼女の胸に抱き続けた思いを前にして、エルティーは強く唇を紡ぐ。
ボロボロになりながらも立ち上がる雪先の瞳の奥にある確固たる決意は、本物だった。
そして、同時に分かってしまった。
エルティーがこれ以上何を言ったとしても、一ミリたりとも彼女の、いや彼らの決意が揺れ動くことはないということを…。
「……雪先沙織」
「……」
「…貴方は、もう止まらないのですか? 貴方たちが『 』を行ったことで、無関係な人々の運命が変わってしまう。例え出来たとしても…貴方が本当に望んだ者が手に入らない、そうわかっていても」
「…止まらない。…大切な友達を取り戻すためだったら、私は何だってする。全ての魔術師を敵にしたとしても、それで皆に恨まれ、憎まれようとしても」
「………」
「私は」
雪先沙織は、既に決断していた。
その言葉は同時に自身が生きてきた、その世界全てに対しての災厄の宣言になろうとしても、
「ルトワを取り戻す為なら、私は、世界の敵にだって、なってやるッ…!」
雪先沙織は逸脱者という道を選んだ。
例え、その選択した運命の先に、何があろうとも……。
夕暮れが過ぎた、夜空の下。
車道の脇に作られた道路、その道端に二人の子供が倒れていると通報を受け、人だかりの集まる現地に数分して救急車が到着した。
「皆さん、どいてください!!」
車から急ぎ下りてきた救急隊員が集まる人たちの間をかき分けながら掛けつけると、そこには地面に横たわる二人の少年少女の姿があった。
身体観察をする中で女子高校生である少女、町早美咲の身体にはこれといった外傷は見られず、意識を失っているということしか分からなかった。
しかし、その一方でもう一人の少年。ルーサーに関しては、身体の至る所に刃物で斬られたような傷が数カ所とあり、出血の量も重傷に近い。
だが、それよりも更に危機を感じさせたのは脈の低下といった中身の部分だ。
外傷、もしくは衰弱が原因かは定かではない。しかし、この状態が続くとなれば、いつ脈が消え心臓が止まるかわからない。
それほどに、ルーサーの容態は緊急を要していた。
救急隊員たちは的確な指示の元、急ぎ担架を設置させ二人の搬送準備に移ろうとした。
一瞬とルーサーたちから視線を外した、その時だった。
「……え?」
それは何の前触れもなく、突然と放り込まれるようにして現れた。
白と相反する黒い霧。
錯覚かと誰もが思い、人々が戸惑う。だが、そんな人間達の反応をその霧は待ってはくれなかった。
タイヤの空気が勢いよく抜けた音に近い、黒い霧は数秒という時間の中で突然と拡大し、まるで煙のように膨れ上がり、その場にいた人間たちを呑み込んだ。
「ッ、くそ…っ!」
パニック状態に陥った野次馬たち。
その波はいつ倒れている二人の子供を降りかかるかわからないほどに、その場は危険地帯になりつつあった。
救急隊員である一人の男は必死にルーサーたちを守るべく、背を盾にして彼らの傍らに立ち、顔を上げその口で安心させる言葉を言おうと、
「…だぃ、ッ!?」
それは、その次の瞬間だった。
赤い、瞳。
男性隊員が見ようとしたその視線の先、いや眼前にいたのは正確とした外見がない、だがそれでもそれが瞳であると分かってしまう、恐怖を駆り立てるような二つの瞳だった。
そして、その異様な瞳を持ったそれは横たわる二人の子供を取り込み、瞬きをする間もなくして消えていき、呼応するように黒い霧もまた拡大と止め、風にかき消されるかのように消えていった。
茫然と立ち尽くす男性隊員。
だが、そんな彼の足下には、少なからずとルーサーの体から流れ落ちた血の跡が残っていた。
黒い霧を生み出した存在。
それは羽嶋刀火のマリンキャップに憑き、共に側にいた黒い龍ペケの力によるものだった。
そして、現場から少し離れた場所にあった、人の寄り付かない潰れた廃工場。
そこに四人の人影はあった。
「ありがとう、ペケ」
マリンキャップに戻ったペケに対し、そう声を掛ける羽嶋はゆっくりと町早美咲の体を横たわらせた。
ルーサーと共に倒れていた彼女だが、その体にはこれといった外傷もなく、気を失っている以外問題は見当たらなかった。
だが、それよりも一番に問題があったのは、
「ルーサーっ、ルーサーっ!!」
未だ意識を戻さず倒れるルーサーという少年の方だ。
白に近い髪へと変色した町早美野里は何度も声を上げ、彼の意識を呼び起こそうとする。
全身に負っていた傷に至っては彼女がルーサーの体に手のひらをかざした直後、まるで回復魔法を受けているかのように、傷口は塞がり数秒で外傷という名の傷は完治した。
だが、見当たる傷が治ろうとも、
「なんで……なんでっ…!!」
以前として、黒髪へとなったルーサーの意識が戻ろうとしない。
美野里の元に急ぎ駆け寄った羽嶋は、少年の容態を確かめるべく瞳を細める。
切り傷による外傷はもう既に完治しているが、意識に加え、心音も含め顔色も正常に戻ろうとしない。
しかも、体になくてはならない熱が下がり始め、彼の手からは既に熱というものが感じられずにいた。
「このままじゃ……っ」
「ッ!?」
その言葉を耳にして、涙を溜めた瞳を見開く美野里はもう一度目の前に倒れるルーサーの顔を見つめる。
(このままじゃ…ルーサーが…ルーサーが死んじゃう…っ)
危険な状態。
それは単に体の機能、それだけではなかった。
ラトゥルが言った、セルバーストを奪ったという言葉が本当なら今のルーサーは半身を失った不安定な状態に近いと言える。。
今までルーサーという存在を成立させていたのは、人の身に加え、存在していたドラゴンバーストという力があってこそだった。
そして同時にそれは龍人である存在において、欠いてはならない大切なものだったのだ。
しかし、それを強引に抜き取られ、今美野里の中にそれはある。
不安定な合成によって、引き離すことが出来ない状態で、だ。
(…嫌だ……そんなの、嫌だ!!)
肉体を回復させるだけじゃ足りない。
力だけじゃない、それ以外のもの。
そう、彼の命を助けるためには…ッ、
「ッツ!!」
歯を噛み締め、意を決した美野里はルーサーの胸元に両手を当て、全身に光を纏わせると同時にその光をルーサーの体へと強引に送り込んでいく。
そして、数秒という時間の中でルーサーの顔色が以前に比べ、明らかに回復に向かっていっていることが側にいた羽嶋にもしっかりと確認することが出来た。
だが、
(……あれ? ちょっと待って…)
その時。
不意に、羽嶋の頭に小さな疑問が生まれた。
それは今もルーサーという名の彼を回復させようとしている美野里の姿をちらりと見た瞬間に生まれた些細な疑問だった。
この場所に来てから、かれこれ数十分が経っている。
その間、彼女が彼を助けようとしている姿を何度と見た。
だと、するなら何故今なのか?
これといって助け出すヒントがこの場に出たわけでもない。
なら、何故有効な手段がを行うことが出来たにも関わらず、それを先に使おうとしなかったのか?
「…ねぇ、ちょっと」
羽嶋はもう一度、美野里を、いや彼女の表情に視線を向ける。
ポタポタ、と全身から尋常じゃないほどの汗を流す、彼女を――――――
(……まさかっ)
そして、羽嶋はその瞬間に気づいてしまった。
今、美野里がやろうとしていること。それは、生きている存在、それらが決してやってはいけない、禁忌に近いものだと、言うことに…。
(後…もう少し…)
美野里はさらに力を増幅させる中、口内に血の味が広がり、口の端から血が流れていく。
彼女がやろうとしている事、それは本来、生を持つものがやってはいけない禁忌に入る手段だった。
一つの命を助けるために、自身の命を犠牲にする。
それが美野里が選択した手段だった。
(後、もう少しで、ルーサーが助かる…っ)
視界の端で、羽嶋が動く。
美野里がやろうとしている事を、彼女が止めようとしていることは、わかっていた。
だが、今からでは遅い。
(私が、ルーサーを助けるんだからっ……だから、お願いだからッ!! 誰も、邪魔しないでッツ!!!)
残り数秒。
光の力が、美野里の持つ命が、それら全てが完全にルーサーの体へと移ろうとした。
その、次の瞬間。
バキンッツ!!!!! という強烈な音と共に、美野里の体が後方に突き飛ばされた。
まるで二人の間を通っていた繋がりを内側から強引に打ち切られ、拒絶と同じように弾き飛ばされたように……、
「……な、何…」
突然と起きた光景に、茫然とする羽嶋。
だが、対する美野里は荒い息に加えて、血の塊を吐き出しながら、
「なんで…」
美野里は倒れるルーサーの頭上を睨んだ。正確には、そこに集まった光が形をなし、完全な実体を持たない光だけの二体の王に対して、
「何で、邪魔するのよッ!! クロウッ、ウイングッ!!」
ウイングバースト。
その力の元となった鳥王、鳳凰、ファルオート・フェニックス。
クロウバースト。
その元となった獣王、幻獣、ギガル・タイガー。
どちらも、ルーサーたちがいた世界、アース・プリアスにおいて、モンスターの頂点に立っていたとされる二体の王だ。
そして、彼らは咆吼を上げながら美野里を見下ろし、彼女がやろうとしていた禁忌を止めたのだ。
美野里の一部とも言える、彼らの拒絶。
それによって、禁忌とされた命の受け渡しは完全に出来なくなってしまった。
美野里は噛み締めた歯を剥き出しさせ、涙を流し、弱々しい声で悲痛な叫び声を上げる。
「…助けさせてよ…っ、ルーサーが死ぬなんて私は嫌なのッ、だからッ!! お願いだから……助けさせてよぅ……っ…!!!」
その願いに偽りはなく、彼女の真の思いだった。
だが、二体の王はそんな美野里の言葉に対し、頷こうとはしなかった。
顔を歪ませ、嗚咽まじりの絶叫を上げる美野里。
「…………………」
羽嶋刀火は、事の成り行きを見つめ、どうしようもない現実に唇を紡ぐしかできない。
そんな自分が情けなくみじめであることに、目の前で泣いている者を救う事の出来ない、この現状に苛立ちを募らせる。
「ぃゃだ…いやだ嫌だっ…っ!!」
「…………」
「死なないでぇ死なないでよっ、ルーサー…っ。また、会えたのに…。ちゃんと、私の気持ちもっ言えてないのに……お願いだから、死なないでよッ…ルーサーっ、ルーサぁああああああああ―ッ!!!!!」
「…………っ」
町早美野里も、羽嶋刀火も、そして、ルーサーも。
変えられない残酷な現実という名の運命を、変える事は出来なかった。
そう――――――彼らには。
「「!?」」
その次の瞬間。
美野里の体から突如、三つの光が飛び出した。
それは白、赤、茶といった三色の光。
羽嶋にとって、それが何なのかわからない。
だが、美野里にとって、それらの力が一体何なのか…。
それが、理解できていた。。
「シャイニング、ドラゴン…、それに…グラウンド…ぅ…」
宙を飛び回る三つの光。その中の一つの光である、グラウンドと呼ばれた茶色の光は美野里の目の前へとやって来た。
そして、その光は突然と何かの形。まるで人のような容姿へと姿を変え、涙でグシャグシャとなった美野里の頬を優しく撫でた。
一瞬、目を見開き固まってしまう美野里。
だが、その頬に伝わる暖かさ、そして、懐かしい感覚に対し美野里は震えた唇を、そっと動かす。
「…ひくっ…っ…ぁリサ……」
その言葉に、光はそっと笑った風にも見えた。
美野里の言葉を聞き終えた三つの光はその直後、空高く舞い上がり、それは勢いを付けるかのように宙から地、ルーサーのもとへと流星のように流れ落ち、
「「ッ!?」」
その場一帯は、強烈な光によって大きく包み込まれた。
間近で放たれた光に一瞬目をくらませそうになる美野里たち。
だが、その許された視界の中で、美野里は確かに見た。
黒髪となっていたルーサーの髪色が元の深紅へと戻り、さらに青ざめていた顔色が次第に元の色を取り戻していく。
そして、光が止んだ中で、
「…………………ぁ」
小さな声が漏れた。
重たい、まるで凍っていた瞼がゆっくりと開く。
体の節々が未だ完全に動かない中、ルーサーが視界の中で、見たもの。
それは、止めようのない涙を流し続ける、もう一度ちゃんと会いたかった彼女。
町早美野里の素顔だった。
「………み…のり…」
「……ばがっ、ばがっ! ルーサーのっ、ばがぁッツ!!!」
目覚めたばかりだというにも関わらず、美野里は倒れるルーサーに覆いかぶさるように抱き着き、大声を上げて泣いた。
大人びた印象や年齢に応じた雰囲気などもはや微塵もない。
子供のように、夜空から差し込まれる月光を背を向けながら、大粒の涙を溢し、美野里は泣き続けていた。
そして、世界は再び異世界へと戻る。
魔法都市、アルヴィアン・ウォーター。都市の一部として建設されている闘技場で爆音を響かせるほどの死闘が巻き起こっていた。
その闘技場には二人の人間しかいない。
地盤を揺るがせながら、炎の巨人を全身に纏わせる魔法使い、アチャルは殺気めいた瞳で目の前に立つ一人の少年を睨み付ける。
その視線の先には、
「貴様は、私を舐めているようだな?」
「………」
焔月火鷹。
雪先沙織と一緒にこの世界にやって来た少年は、炎の形状をした赤いコートを纏いながらも、衝撃によって大きく作られたクレーターの中心で仰向けに倒れていた。
「どうした? あの時の威勢はどうしたッ?」
アチャルの攻撃に容赦というものがなかった。
彼女自身の背後、まるで背中から生えているかのように現われる炎の巨人、炎精霊イフリート。まるで同化にも似た巨人は両腕の炎を引き延ばし、目の前で倒れる少年に対し、何度とその拳を叩きつけていく。
ズン!!
ズン!!!
ズンッツ!!!!
闘技場内に響くその音は重く、そして恐怖をいだかせる。
それは見る者全てに対し、圧倒的な力による蹂躙に近いものを感じさせるような光景だった。
「はぁっ……はぁっ、はぁはぁッ!」
荒い息を吐き続けるアチャル。
劣勢に立たされていないにも関わらず、彼女の表情には苦痛が見えた。
アチャルは獣人、いわゆる混ざり人という種に属する。
モンスターと人、それらが合わさって生まれた特別に近い人間だ。
しかし、炎精霊イフリートと同化している彼女の頭には、生えていなければならないはずの猫耳が消え、代わりに顔の両サイドには人間の耳のようなものが生え、存在していた。
獣人から人間へと退化する。
その状態によって、扱うことの出来る禁断魔法の一つ。
それが今の彼女の姿だった。
「はぁ…ふぅ、……口ほどにもない…」
炎の巨人によって振り下ろされた攻撃の嵐。
その場所には、何もない、赤く燃え広がった炎しか存在していなかった。
地面の数カ所に飛び散る、赤い何か。
それが何なのかは――――――言うまでもなかった。
「…………………」
アチャルは必要のなくなったゴミを見るかのような冷たい瞳でその場を見つめ、それから気にもとめない様子でその場を後にしようとした。
「フラル、喰え」
その、次の瞬間だった。
炎によって形成されていたイフリートの肉体から自身のではない別の炎が漏れ出し、流れ出た炎はまるで吸引機によって吸い込まれるように、一つの場所へと吸収された。
「ッ、貴様ッツ!!」
再び戦闘態勢を作るアチャル。
対して、赤く燃え上がっていた炎の中心地にて、
「……お前らの事に対して、俺たちがどうこういう権利がないことぐらい……言われなくてもわかってんだよ」
「……………」
「だけど…だ。それは俺と同じように、お前にだって当てはまる事なんだよ」
邪魔な赤い炎を手で掻き分けながら、少年。
焔月火鷹は、更に激しさを増した炎のコートを身に纏い、全身の毛を逆立てるフラルを従えながら、再びアチャルと対面する。
そして、
「アイツの事を何も知らねぇ奴が」
「…………………」
「アイツの、涙の意味を知らない、お前が」
この世界へとやってきた、もう一人の逸脱者が、その力を振う。
この世界にやってきた、もう一人の逸脱者の為に…
「好き勝手な言葉を、言ってんじゃねえよ」
<a href="//18348.mitemin.net/i273855/" target="_blank"><img src="//18348.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i273855/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
炎の魔術師と炎の魔法使い。
異なる世界同士が交えたもう一つの戦いが始まる。
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