異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

goro

時間と場所と異なる世界で





第七十九話 時間と場所と異なる世界で




漆黒に包まれた空間の中で、対峙する美野里と白髪の少女。
共に対面する中、両者はそっとその小さな口を開く。


「ラトゥル、久しぶりね」
「そうだね、シクア。随分と幼くなっちゃったけど、大丈夫?」


シクアとラトゥル。
この世界には今、彼女たち以外と何も存在しない。
そして、そんな彼女たちの肉体も存在しない。
何故なら、この世界は肉体と掛け離れた精神だけが浮遊する特別な場所だったからだ。


「‥‥‥‥‥‥‥」


手を感触を確かめつつ、美野里は一度視線をラトゥルから外し、周囲を見渡す。
そして、同時に数分前までいた場所。更にセリアたちのことを思い出し、彼女は今の現状を理解した。
今の自身が、精神体だけの状態であることを‥。


「それで、なんでこんな中途半端な場所で私を呼んだの?」


視線を戻し、そう尋ねる美野里に対し、ラトゥルは両腕を伸ばしながら、固まった肩をほぐすような仕草を見せた。


「んーとね、そろそろかなぁって思って」
「……そろそろ?」


その言葉に目を細める美野里。
だが、ラトゥルはそんな彼女の視線に対しても、動じる素振りすらみせず、笑顔でこう言った。






「うん。…シクアが夢から覚めて、ちゃんと現実を見てくれるんじゃないかなぁ、って思ったんだよ」






一瞬、その場に沈黙が落ちた。
それと同時に周囲一帯に言いようのない重圧がのし掛かる。緊迫とした場の空気が息苦しさを生み出す。
しかし、そんな中でラトゥルは無邪気な表情を変えず、言葉を続けていく。


「どうだった? 人間として過ごしてみて良いことがあった? まだあんなチンケな生き物に希望があると思った?」
「………………」
「ないよね? だって結局、人間たちはシクアを見捨てて、憎んで、化け物って呼んでたよね? もう良いでしょ? シクアや私のような存在があんな醜い生き物たちと共存できるわけがないって、そろそろ自覚出来たでしょ?」


それは一つ一つが真実であり、逃げ道をなくす一句一句だった。
ラトゥルはそうやって言い訳をする余地をなくしていき、そして、自身が望む方向へと導いていこうとしている。
それが彼女にとっての幸せであり、また正しい行き道であると、そう断言できる。
だからこそ、ラトゥルは手を差しのべ、こう告げるのだ。






「だから帰ろう、シクア。私たちの、本来いるべき場所に」






目の前に差しのべられた手のひら、そして、それに繋がる正しい道。
困難な往き道もなく、ただその手を掴みさえすればいい。そうすれば、これまでの辛い運命から解放される。それが約束された、そういう手だった。
だが、例えそうだと分かっていても、




「ごめん。……それはできない」




町早美野里は、それを拒絶する。
幸せな運命を捨て、彼女は辛い道のりが約束された運命を選択する。
予期しない答えに表情を凍らせるラトゥルを見つめる美野里は、自身の思いを言葉に乗せて、言い続ける。


「確かに、ラトゥルの言ってることは正しいよ。その手を取れば、もう悩むことも励むこともせず、幸せな日常が待っているんだと思う」
「っ…だ、だったら」
「だけど、それでもなの」
「!?」
「………私にはまだ、人間としてのやるべき事がある。そして、大切な友達や皆を守りたい。だから、それに決着をつかないかぎり私は戻るつもりはないの」


美野里の心に残る、大切な想い出。
それを積上げさせてくれた、大切な者達を見捨てて、自分だけが幸せになるわけにはいかない。
例え、どんなに正論をぶつけられても、美野里は心の芯を折るつもりはなかった。いや、折れるはずがないのだ。


冷たい空気がその場を支配する中、一言も口を開かないラトゥルに美野里は頭を下げ、謝ろうと、


「…何、言ってるの…」


その言葉に、戸惑った表情を見せる美野里。
そんな中で、ラトゥルはゆっくりと顔を上げる。
震えた唇を動かし、目の端に涙を溢しながら、自分の思いを受け取らない友に叫ぶよう言葉を荒げ、吐き出す。


「シクアがどういう目にあったのか、私が知らないと本当に思ってるのッ!! 銃で撃たれて、剣で串さじにされて、汚れた獣たちに捕食され続けた! それでなんでまだ人間なんかに固執していられるのっ!? 何でそうまでしてあんな奴らをかばおうとするのよっ!! わからないッ、私には、…シクアの気持ちが全然わからないッ!!」
「…ラトゥル」


友の事を思うのは何も美野里だけではなかった。
ラトゥルもまたそうだった。
大切な友の、傷つく姿をみたくない。だからこそ、そんな地獄から救い出すための手を差しのべた。
こんな場所にも招いた。


それなのに、美野里はその手を受け取らなかった!!


荒い息を吐き続け、肩で息をするラトゥルに美野里は悲しい表情を浮かべ、声を掛けようと、








「……そうか、アイツのせいだ」
「!?」








その瞬間。
言葉と共に、美野里の全身を突き刺すような寒気が襲う。
そして、彼女は見てしまった。涙を溢しながら、清浄の白を塗りつぶしたように暗き恨みに染まった眼光を浮かべる友の顔を。


「…シクアがまだそんなことを言うのは、全部あの龍のせいなんでしょ? アイツがいるから、シクアが戻ってこない、そうなんだよね?」
「ラトゥル、何言って…」
「だったら、…………もう、あの龍を殺せばいい。そうすればシクアが帰って」
「ッ違う、ルーサーは関係ないっ」
「もういいよ、シクア」


必死に言葉を掛けるも、届かない。
光を失ったように、壊れた笑みを浮かべるラトゥルは手を真横に伸ばし、




「シクアはここで黙って見てなよ。直ぐに、あの龍を始末して…」




その言葉の直後。
同時に、美野里の右目が光を灯す。
考えるよりも先に手が動き、右腕がさらに強い光を発したと同時に、その手に光刀が創り出される。
何かをされる前に、止める!! 
美野里は足に力を込め、駆け出そうとした。
だが、その時だった。


「……どういうこと?」
「?」


突然と、ラトゥルの手が止まった。
確かに、彼女は今何かをしようとしていたその手が、まるで歯止めが掛かったようにピタリと動かなくなった。
原因は何なのかわからない。
だが、それでも警戒を解くことができず、光刀を構える美野里の頬に浮き上がった汗が流れ落ちた。
そして、彼女は疑問を抱く。


果たして、この姿と状態で、彼女を止めることが出来るのか? 


その問いに、美野里は歯噛みするしかできなかった。
しかし、その次の瞬間。
そんな小さな考えすら消失してしまうような言葉がラトゥルの口から呟かれる。


「………そっか、あの龍は今、この世界にはいないのか」
「っ!?」


平然としていた今までの態度を覆すように、美野里の唇は震え、同時に胸の内が張り裂けるような激痛が襲いかかる。
この世界にはいない? その言葉にただ、驚愕の表情し、答えを知ろうと叫び声をあげそうになった。
だが、それよりも早く、ラトゥルは冷めた表情を浮かばせながら、


「…………ねぇ、シクア」


その直後。
彼女の口から、思いも寄らない言葉が投げ掛けられた。




「もう一度、あの龍に会わしてあげる」




笑いながら、そう言うラトゥルの目は氷のように冷たいものだった。


「…ラトゥル…な、何言って」
「大丈夫だよね。今の自分がどういう存在なのか理解しているシクアなら、人間と対等に接することがどういうことなのか、よくわかってるよね」
「ラトゥル!」


何度と声を掛けるも、答えてくれない。
今の彼女にとって、美野里の姿は映っていないのだ。
氷の眼差しを向けるラトゥルは手のひらを美野里に向けてかざし、そっと優しげな口調で告げる。






「だから、もう一度…しっかり理解してきてね、シクア。自分がどういう存在であるのか。そして、そんな自分が人間とは相容れない存在なんだってことに」






そして、それは息をつかせぬ瞬間だった。
一切の抵抗も出来ず、美野里の意識はその精神世界から弾き飛ばされ、果てのない暗闇へと追いやられることとなった。












窓を開けると、そこから爽やかな風が入り込む。
風によって前髪を靡かせるルーサーは今、町早家の二階、空き部屋となった寝室に一人立っている。
その部屋はどうやら彼女達の両親が使っていた部屋らしく、デスクや本棚。布団といった生活用品やガムテープで留められた段ボールの箱が数個と積まれる形で置かれている。
今では物置小屋みたいになっていると、妹の美咲が言っていたが‥。
すると、その時。


「ねぇ、ご飯持ってきたよ」


閉じられていた部屋の扉が開き、そこからヒョコリと顔を出す妹の町早美咲。
その手には、作りたてのシチューが入った容器とスプーン、それからお茶の入ったコップが持たされていた。
溜息まじりに、窓の前に立つルーサーの元へ歩み寄る美咲だが、その顔はどこか呆れたような表情が見て取れる。
だが、ルーサーはそんな彼女に何かを言うつもりはなかった。いや、言えなかった。
何故かと、いうと‥。




「全く、いきなりあんなことしたら、誰だって驚くし、ぶたれたりもするわよ」


その言葉の通り、ルーサーの頬には今ほんのりと赤みが残っていた。そして、それを作る原因を作ったのもまたルーサーなのである。




あの時。
見知らぬ男に困惑する美野里をよそに、ルーサーは無言で彼女の元に近づいて行った。
そして、彼はそのまま大きく腕を広げ、何も告げずに、美野里の体を強く抱き締めたのだ。


さて、見知らぬ男に突然と体を抱き締められたら、普通の女性だとどういう反応をするだろう?


『ぃ、いやぁあああああッツ!!!』


拒絶、驚愕と色々あるだろうが。
玄関という狭い空間の中で、涙目になった美野里からの盛大なビンタを顔面にもらったはめになった。


ルーサー自身もあの時、何故自分があんな行動をしてしまったのかわからない。
だが、どう見てもあの場で非あったのは自分だということだけは、理解している。


「取りあえず、今日はここで反省しててよね。後、明日、お姉ちゃんにちゃんと謝ること」


それじゃあね、と言って部屋から出て行く美咲。
再び誰もいなくなった室内に一人残ったルーサーは、彼女が口にした言葉を思い返しながら、持ってきてもらった食事に視線を向け、疲れたように溜息を漏らすのだった。






階段を下り、一階に下りてきた美咲はそのままリビングへと足を運ぶ。
そして、リビングスペースにあるテレビやテーブル、それから大きな青のクッションソファーへと視線を移し、


「で、お姉ちゃんはいつまでそこで蹲ってるの?」


姉である町早美野里は今、ソファーの上にうつ伏せで倒れ、唸り声を出し続けている。
あの玄関での一件から、ずっとこの調子だ。


「というか、あの人とお姉ちゃんって知り合いじゃないわけ?」
「し、知らないわよッ! それに、会ったこともないしっ!!」
「ふーん、でも向こうはお姉ちゃんの名前知ってたみたいだけど…そうなんだ。……でも、それにしたって、驚いたからって何も顔面をはたくことはないでしょ」
「だってっ!!」


未だ、涙目を浮かべる美野里。
今までの人生で、見ず知らずの男性にあんな大胆なことをされたことがない彼女にとっては何もかもが驚きであり、恥ずかしくもあった。
そのため、つい驚いた拍子にビンタを食らわせてしまったわけなのだが‥。
いや、でもやり過ぎでしょ‥と、そう言おうとした美咲。
だが、その時。
ふと、美咲は姉の小さな異変に気づいた。


「あれ? お姉ちゃん、ちょっと顔赤くない?」
「え?」


その言葉に首を傾げる美野里だが、その頬は朱を帯び、今にして思えば髪も汗ばんでいるかのように湿っている。


「あぁ‥‥そういえば朝もちょっと目覚めが悪かったから…」
「お姉ちゃん、ちょってデコに手を置かせてね………って、熱っ!? これ完璧に風邪ひいてるじゃん!?」
「ぅぅうー…そういえば頭もぼんやりして」
「わわっ!? もう、ここで寝て! えっと、アイスとそれから水と、ええっと、それからっ!!」


バタバタと走り回る妹を見つめながら、美野里は次第に睡魔に襲われたかのように視界がぼやけていく。
時間の感覚もわからなくなり、ひどい疲れがドッと体にのしかかってくる感覚が支配した。
そして、ゆっくりと瞼は閉じられ、美野里の意識は夢の世界へと導かれるように閉ざされていった。










そして――――――――――――――、この世界での、彼女の意識は切断されるように、途絶え落ちる。












時計の針が動く音がする。
ポチャポチャと水道の蛇口から垂れる、水の音がする。
ゆっくりと瞼を開く、そこはかつて、いつも見慣れていた久しぶりの天井だった。


「…………ここは…」


何年も住んでいた家のリビングで、汗ばみに加えいつもより重い体を起こす美野里。
体の上には毛布が掛けられ、側に置かれたテーブルには、ほっぺたをつけながら寝息を立てる妹、美咲の姿もある。
壁に掛けられたカレンダーを見上げると、月は七月、夏に入った季節だということがわかった。


(…美咲)


テーブルの上で眠る妹を目で確かめつつ、ソファーから立ち上がった美野里はリビングスペースに張られた窓ガラスの前へと歩いていく。
そして、ゆっくりとガラスの表面に視線を向けた、そこには黒ではない茶髪の短髪に加え、失明していない片目に幼さの残った顔、正常な肌色をした片腕を持った、異世界に行く前のかつての自分の姿が映り込んでいた。


以前の自分なら、元の世界に帰れたことに涙を流して喜んでいただろう、と思う美野里。
だが、


(……どういうつもりなの、ラトゥル)


この事態を作り上げたラトゥルに、美野里は疑問を抱けずにいられなかった。
今の現状において、彼女自身が戻ったわけではない。
肉体ではなく、精神だけを元の世界、それも異世界に向かう前の過去である時間帯へと飛ばした、その真意が全く読めない。
さらに疑問だったのが、彼女は確かに言った、あの言葉。


龍に会わせる。


という言葉についてだ。
ああいったにも関わらず、今美野里がいるのは元いた世界。この世界に龍、いや、ルーサーはいないはずなのに…何故、彼女はこの場所を選んだのか‥、


「……………」


考えていても、中々答えがでない。
美野里は一度考えるのを止め、落ち着くためにもと飲み物を取るために冷蔵庫へと足を向けようとした。
しかし、そんな時だった。


ゴトッ、と。


天井、つまりは二階からそんな音が聞こえてきた。










美野里は慎重に階段を上り、音が鳴ったと思われる二階の寝室前まで来ている。
その手には、昔父が使っていたと思われる金属バットが握り締められていた。


「……っ」


本来、この家には美野里と美咲、二人しかいないはずなのだ。
というのも両親が共働きで家にいないため、二階で音が鳴ること自体がない。日付を見るに、その月に帰ってきた記憶がなかった。
そして、そう考えていくと、自然とある可能性が浮かび上がってくる。
それは、いわゆるーーーーーーー泥棒。


「……………………ふぅ」


物音を立てず、ゆっくりと締められていた扉の取っ手に指を触れさせる美野里。
自身の体調は優れず、頭痛に合わせて耳鳴りがする。だが、この家で、妹を守れるのは今をもってしても自分しかいない。
美野里は手に持ったバットを握り締め、取っ手をひねり、その扉を静かに開けた。




視界に初めに入ったのは、風を入り込ませる開けられた窓ガラスだった。
次に入ったのは床に置かれた、食べ終えた容器たち。
そして、


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ぇ」


美野里が目を見開いた、その瞳に映ったのは――――風に靡く後ろ髪に、一度みたことのあるパーカーのような赤き羽織。


美野里の存在に気づき、振り返ったルーサーの姿だった。




音をたて、床に落ちる金属バット。
小刻みに揺れ動く手足に加え、目尻が熱くなり始める。
ルーサーは彼女の姿を見つめ、どう言葉を返せばいいのかと、迷った表情を浮かべている。
だが、対する美野里は、その震えた唇を動かさずにはいられなかった。


「………る…」


戸惑った表情を浮かべるルーサー。
そんな彼に彼女はーーーー美野里は頬に涙を流しながら、言った。




「…ルーサー…………っ」


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それは更なる交差だった。
どれだけ会いたいと思っても会えなかったにも関わらず。
時間と場所、異なる世界でありながらも、ルーサーと美野里はついに再会を果たすのだった‥‥。









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