異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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リミットクロスオーバー







第七十六話 limitリミット crossクロス overオーバー




戦況は彼女が起こした一連の動きによって再び変化した。
ダーバスの立ち向かう少女、雪先沙織は宙を浮く四つの光剣を従わせ、拳を使った戦闘スタイルとは一変した剣を主体とした戦い方を見せる。
戦うたびに変化する口調や雰囲気に加え、その独特な戦闘スタイルには未だ謎めいた物が多く存在する。
だが、対するダーバスはその正体不明の標的と呼べば良い少女という存在を前にして、一瞬は驚いた表情を作るも直ぐに新しいオモチャを見つけ喜ぶような不気味な笑みを見せる。


『面白い。お前のその力、…そのおかしな言動も含めて暴いてやろう』


新たなスタイルだとしても。
それで標的の動きが読めないのなら、また手数を加えて探り解けばいい。
ダーバスは再び魔法陣を周囲全体に展開させ、数分前と同様に数百という数の短剣を宙へと召喚する。
対する雪先は圧倒的な数による牽制を前にしても、一切の動揺を見せず毅然とした態度でダーバスを見据える。
何も動作を見せない、それは余裕めいた姿勢なのか。
もしくは圧倒的な脅威に対し、一歩も動けず固まっているのか。
以前として動きを見せない少女を見つめるダーバスは短く鼻で笑いながら、大きく両腕を広げる。
そして、その腕を前へと振うと同時に進む。


数百という魔法陣が展開される宙から飛び出す短剣。
その剣先が四本の獲物しか持たない一人の少女に今、襲い掛かる。


『………………』


冷静を保つ雪先は再び襲い来る剣たちを静かに見つめる。
さっきまでと同様に速度を緩めることなく進み続ける数百の短剣だが、その動きは以前の物とは明らかに違いがあった。
雪先が操る四本の光剣対策なのだろう。単調的で真っすぐだった動きとは違い、まるで連携を取っているかのように互いに速度を調整させながら前衛と後衛に分かれている。
前衛の剣が破壊されても、その後ろに続く後衛の剣が雪先を殺す、それが狙いなのだろう。
対する雪先はゆっくりと瞳を細めながら、ささやくように、


『SS-Rスカイソードラルタ 行きますよ』


その言葉と共に、主の指令を聞き入れた四つの光剣たちは角度を変え飛び出す。
ジグザグによる速度を落とさず宙を突き抜け進む光剣たちの動きには、なんら変化も無い。
だがしかし、今回。
その攻め方には少し違いがあった。
それは剣の一本が他の三本より早く先行して数百の剣の列へと突進していくのだ。真横につくといった小細工も無い、まさに真正面からの対決だ。
ダーバス側である短剣の内の一本と、雪先側の三本よりも先に出た一本の光剣が共に剣先を接触させながら激突する。
耳障りな音がせめぎ合いの瞬間に鳴り響く。だが、剣の腹を付かなかった事もあって両者ともに弾き返すだけしか結果は起こらなかった。
そして、当然のごとく他の剣たちの進行がそれだけで抑えられるはずがなかった。
そんな中で、雪先はその短い戦闘を見据えた後に、


『…なら』


攻撃の指示を出していた光剣たちに手をかざした直後、剣たちは一度、主の元へと呼び戻られる。
さらに雪先はかざす手を動かし、光剣たちを操作する。
まるで盾の役割をさせるかのように四つの剣を自身の目の前に待機させ、横一列に整列させ、そこで動きを停止させた。
加えて雪先はその小さな唇を動かし、


『魔法陣・剣』


数による猛攻が眼前に迫る中、冷静を崩さず怯えもしない。
盾のように並ぶ剣たちに向け、彼女はその口で―――唱えた。




『ストライク・ブローター』




次の瞬間。
前衛を任された数十の短剣はその勢いのまま、雪先の姿を丸々と呑み込む。
直撃が確実だった。彼女は一歩も避ける動作を見せなかった。その光景を見ている者がいるのなら、誰もが少女の死を悟っただろう。


数秒と続く猛攻を前に、ダーバスは瞳に映る光景に対して口元をニヤつかせ、笑い声を上げようとした―――――――その時だ。


――ン―――ッン!! と。
数百の剣が突き進んでいる、その猛攻の中から…微かに金属の悲鳴が聞こえてくる。


奇怪な音に眉間を皺が寄せるダーバスをよそに、前衛の動きも数秒の通過に終わる。
そして、その後に続くように後衛の剣が再び前方を突き進む。
その眼前に、




一切の傷も負わず、二本の足で立つ雪先沙織が健全している。




どうやってあの攻撃を防いだ…。
数による脅威に対し、彼女の武器と言えば四つの光剣だけだったはずだ。


『何が……』


状況を確かめる為に、ダーバスは視線に意識を集中させる。
そして、そこで不意に視線がある物に止まった。
それは猛攻が始まる手前、雪先の目の前には横一列に待機させていた四本の光剣たち。
依然として、剣たちはその位置から離れていない。
だが、まるで紐に引っ張られるヨーヨーのように、上から下へと継続して剣は動いている。
その速さは数秒前までの移動速度よりも遙かに凌駕するほどの高速移動であり縦を何度も行き交うことによって剣の残像が見えるほどだ。
また、その俊敏に動く光剣の足下には粉々にへし折られた短剣たちの屍が数多く散らばっていた。


彼女の武器は剣しかなかった。
だが、その武器である光剣を高速で操ることで、そこに透き通ったような残像による強靱な盾を作り出していたのだ。


そして、第二波とも言える後衛の剣による二回目の攻撃が開始される。
さっきと同じように、雪先目掛け剣が突き進み、標的から外れた剣たちは障害もなくそのまま雪先の横を突き抜けていく。
しかし、障害とも言える高速で動く光剣へと向かった短剣たちは違う。
金属がぶつかり合う激しい音が鳴り響く。だが、それは悲鳴にも聞こえた。
何故なら、光剣に接触した剣たちが次々とへし折られていくからだ。大口を開きながら飛び込んでくる獲物を喰らい潰すように、目の前にやってくる短剣たちを次々と切り裂き、粉々にしていく


数は圧倒していたはずだった。
だが、彼女が見せた技術による戦法が数をものともしない鉄壁の防壁を生み出し、また一切のダメージを負わずしてダーバスの攻撃を無力化にした。
そうして、やがて数百にも及ぶ攻撃の手が止まり、一瞬とも言える戦いが停滞した時間が生まれる。
雪先は俊敏な動きで手を前に伸ばし、


『魔法陣・剣』


その数秒という時間の中で。
雪先は四つの剣たちへ、防御ではなく攻撃の指示を飛ばす。




『スラッシュ・ラビッツ』




四つの光剣が輝きを強くさせた直後、その地点からジグザグではなく、まるで飛び跳ねるように剣が放たれる。
敵の目を撹乱かくらんさせるような高速移動はさらにその速度を速め、ダーバスが放つ追撃の魔法をも跳ねるような動きで回避しながら攻撃の進行が止めない。
ダーバスは全方向からの攻撃を予期し、自身を囲むように円状の防壁魔法を展開させる。
だが、その防ぎ方こそ……雪先の狙いだった。


『行け』


再び、指令が告げられる。
円上の防壁を囲むように四つの光剣が間隔を取りながら定位置に並び、止まる。
そして、その瞬間に、


『ッ!?』


ギンギンギンギン――――――ッツ!!!! という連続した音が一斉に防壁の周囲から鳴り響く。
初めに止まった位置から光剣が突き進み、防壁を切り裂く。だが、たった一回の攻撃で壊される防壁ではない。
壁に弾かれる光剣。だが、それも直ぐに態勢を戻すと再び二度目の攻撃に移る。
そうして、三度目四度目と攻撃は続き、いつしかそれは止まることのない光剣による防壁への連続攻撃へ入れ替わっていた。
我武者羅がむしゃらに攻撃しているのではない。
同じ動作で、同じ場所へと攻撃を続けているのだ。
次第に光剣のキレが鋭くかつ俊敏になっていき、威力や速さといったものが着実と積み上がるように加速して高まっていく。
そして、ついには円状の防壁。————その表面にヒビが入り始めた。


『ッ!!』


ダーバスは舌打ちを吐き、転移魔法でその地点から後方へと跳ぶ。
その直後に主を失った防壁は四つの剣に突破され、その内側である中心で乱舞らんぶのように暴れ回る。
もし、数秒と判断が遅ければ、攻撃は免れなかっただろう。




『なるほど……剣の使い手というわけか』




標的がいないと判断した光剣たちが、再び雪先の元へと戻っていく。
後方という場所に転移した、逃げに徹するダーバスはその剣や雪先に視線を向ける。だが、その顔に依然として焦りは見えなかった。
それどころか、楽しんでいるかのような余裕の笑みが窺える。


『面白い攻撃だった、……と初めに言っておこうか。だが、お前が見せてくれた一連の動きで分かったことがある。お前は、剣を使うその戦い方において、敵を倒すための決定的な攻撃力を持っていないのだろ?』
『……………』
『言葉を返さないということは、図星ととっていいのか。まぁ、どちらでもいいが……しかし、だとするなら尚更のことお前も哀れだな。そんな脆弱な力で私の前に立ったことも含めて、お前の動きはもう読めた。そして、…お前の弱点もな』


ダーバスがそう言葉を残し、片腕を頭上に伸ばす。
それは、何の変化もないワンモーションの動きだった。
しかし、そのたった一つの動作を見せたその直後、ダーバスの背後―――その上空の周囲を埋め尽くすようほどに何百もの魔法陣がズラリと展開される。




その陣の表面から現れるのはさっきまでの短剣だけではない。
強大な魔法弾の塊や、雷や火といった魔力を帯びた槍や剣の先が見え隠れする。
弱点、とダーバスは言った。だが、これは弱点を突くという話ではない。こんなものを食らえば、誰であろうとも死は免れない。
柔な防壁なら一瞬で消滅してしまうほどの絶対火力の攻撃の構えだ。


『どれだけその攻撃方法を変えた所で、それすら凌駕する威力の魔法を喰らわせればいい。龍の力を手に入れ、莫大な魔力を操る私だからこそできる所業だが、…現実は時に残酷なものだな』
『……………』
『だが、この結果を生んだのもまたお前なのだ。お前がレルティアの娘を止めた。あれこそがお前の過ちだ』
『………………』
『あの出来損ないの小娘に全てを任せておけばよかったものを。何も成すことができず、泣き続けることしかできなかった哀れな女に、私自ら龍としての力を引き出してやったにも関わらず、お前がそれを無駄にしたのだ』


あの場で、アチルの暴走を止めた。
ダーバスは、その行動自体が間違いだったと馬頭する。
対する雪先は言い返すこともせず、静かにその言葉に耳を傾けていた。
たが、それでも隠せないものはあった。
下におろされた拳は硬く握りしめられ、感情を押し殺すように歯を噛締められ―――――――そして、


『この代償は大きいぞ。…恨むならお前自身の行動を』


遮るように。
雪先の口が動く。




『いい加減、勝手な…「ことばかり、言わないでよ…」




感情によって、その口調は本来ある正常なものへと戻っていく。
剣の使い手や拳の使い手、それらの力に入れ替わることができないほどに雪先の怒りは頂点に昇り詰めていた。
何故なら、体を小刻みに震わせる雪先にとってダーバスが口に出した言葉の中に、どうしても許せないものがあったからだ。


「アンタがどう思ってようが、どうだっていい。苛立とうとも、悔しがろうとも、こっちには全然関係ない事よ。……だけど」


ダーバスが貶した一人の魔法使い。
彼女があの場で何も成すことができなかった………そうさせたのは、誰だ?
大切なものを守るために暴走した………………そうさせたのは、誰だ?
どれもこれも、全部アンタがやったことじゃないッ!!!




「人の心を折るような真似をする奴が、知った風にアチルさんを語らないでッ!」




圧倒的な数の攻撃を前にして、一歩の退かず、怯える姿を見せない雪先がダーバスに怒声を言い放つ。
ダーバスにとって、その容姿は小さく、ちっぽけなものだったのかもしれない。
だが、その一声は大きく、彼女という存在をより強く強調させる。


『…ほぉ。……なら聞くが、お前にあの女の何が』
「……アチルさんは、力を手に入れるために必死に頑張ってきた」
『?』
「例え、周りからどう思われようとも構わずに、自分の心を苦しめながら一人で頑張ってきた……。それが禁忌に近いことだとわかっていても、それでも大切な人を見つけるために、アチルさんはその厳しい道のりを歩いてきた…。災厄だとか、シンクロアーツだとか、そんな言葉に惑わされず…たった一人の友達を助けるために…」


雪先の脳裏に蘇る一人の先輩の姿。
彼女の口から聞かされた、災厄と呼ばれた自分を救い…その代償を支払った………一人の魔法使いがいたことを―――


「アチルさんは、美野里先輩を助け出すために、これまで頑張ってきたのよッ!! そんなあの人の努力や苦しみがアンタなんかにわかってたまるか! 人の思いや、積み上げてきたものを全て壊すアンタみたいな奴に、これまで頑張ってきた人たちをけなす資格なんてないんだからッ!!」


これ以上、尊敬する人たちを侮辱することは許さない。
これ以上、あの人たちを苦しめることは許さない。
雪先の気迫がその小さな存在をさらに高め、上昇させる
対しするダーバスは、


『…資格か。あんな出来損ないを貶すのに、果たして資格がいるのか?』


龍脈という力を全く使いこなせていない小娘に、何故気を遣わないといけない。
力がないものが貶められる、それは世の常だ。
現実が見えていない、ただの馬鹿か…、と乾いた笑みを浮かべ、ダーバスは目の前に立つ存在を見据る。


『言いたいことはそれだけか? 終わったのなら、もういいだろう。……もうお前との茶番には疲れた』


そして、今度こそ、勝敗を決める魔法を放つ。
手を前にかざし、攻撃の仕草を示した。
この窮地を覆すものなどなにもない。ダーバスはその開いた口を動かそうとした。
だが、その時だ。




「アンタを倒す……『それが私たちの目的じゃないのよ』


またしても、雪先の口調が変わる。
だが、


『だけどねぇ、アンタみたいな『奴をこのまま見逃すつもりは、こちらとして全くないのですよ』


今回は、何かがおかしい。
口調が連続して変わる。その間に彼女の内から感じる魔力が急激に膨れあがっている。
さっきまで、この世界にいる一般の魔法使いが持つ魔力だった。
スタイルのチェンジに伴う魔力の変化があったとしても、到底ダーバスには届かない、ちっぽけな力量だった。
そのはずだった。




口調の変化と共に、内から漏れる魔力量が上がっている。
それも、ダーバスの秘める魔力と同等…いや、それ以上まで…。


『な、何を……ッ』
『何をって《そんなこと》言わなくても分かるでしょ』


ダーバスの漏らした言葉に反応する。
伏せていた顔をゆっくりと上げながら、二つのまなこが薄らと光り、雪先沙織の口が再び開かれる。






『『茶番に疲れたっていうなら終わらしてあげるわよ《ますよ》。ここから先が、私《僕》たちの最終演劇よ《です》!!』』






その直後。
体勢など待つはずもない。ダーバスの一声と共に最大火力による魔法の乱撃が雪先を襲う。
強烈な爆発や衝突音が交差しながらその一地点に集中され、彼女がいた場所は巨大な光によって埋め尽くされた。


終わりだ…、とそう呟くダーバス。
しかし、その頬には一筋の汗が流れ落ち、心の動揺が隠せずにいた。
いや、内心では分かっていたはずだった。
あれほどの力を持つ者が―――――こんな攻撃で倒れるわけがないと。




その次の瞬間。
破壊の光が内側から弾け散るように周囲に吹き飛び、四散する。
そして、光の中心に立つ少女はその口をゆっくりと動かした。


両四肢に装備した武装から吹き上がる光の放出。
体を纏う金色の光を携えながら、






『『演劇魔法…limitリミット crossクロス overオーバー』』






その時。
ダーバスの顔が初めて歪んだ。
それは自身の攻撃を四散させたことに限らず、その内から感じられる魔力の高さ。
龍の力を手に入れるために自身は人という身を捨てた。
なのに、それと同等の力を持ちながら目の前に立つ雪先という少女は人の身を維持している。
認められない。
いや、認めてなるものか…ッ!!
ダーバスの瞳が血走り、その怒りが平然としていた今までの表情を一瞬で染める。


『『…………』』


対する雪先は真っ直ぐとダーバスを睨みつつ、拳を固く握り締める。
だが、それ以上に言葉を出すことはなかった。別に喋る必要がないというわけではない。
その理由は彼女の魔法。
リミットクロスオーバーによるものだった。
その名の通り、この状態には限界を越えないためのリミット―――――制限時間があった。
強大な力を操る為に、必要とされる限られた時間。
その時間は、たったの三分。


【2:56…54…52…】


敵を圧倒し、倒しきるために要せられる、僅かな時間。
それを戯れ言で使うわけにはいかない。だから、雪先は無言で動く。
大きく構えを作りながら、武装から吹き荒れる光の放出が僅かにその勢いを増加させる。


【2:48…46】


その、次の瞬間だった。
ドンッツ!!!!!!! という音が鳴り響く。
音の地点はダーバスの顔面からだ。
何が起きたのか、ダーバス自身も理解出来なかった。
ただ、現象は明白だった。一、二秒という短い時間の中でダーバスの目の前に移動した雪先が、そのガントレットによる拳をその顔に向け突き放ったのだ。
多大な空気の振動と共に直後、防御の構えなしに攻撃を食らったダーバスの体が後方に勢いよく吹き飛ばされる。


【2:30…27…】


雪先はさらに追撃を行うため、颯爽と走り出す。
だが、その前方には連続として魔法陣が展開されていた。それは、ダメージを喰らいながらも咄嗟にダーバスが作り出したものだ。
その中身が一体何なのかは、陣から飛び出してくるまでその詳細はわからない。
しかし、そんな時間を悠長に待つつもりは雪先にはない!!


(『『魔法陣・剣武!! ラージソード・ラビットストライク!!』』)


雪先が大きく腕を振り払った、その直後。
放出される光から光剣が飛び出すように現れる。しかもそれは、高速かつ連続するように次々と止めどなく剣の放出が続いた。
この状態において、四つという制限はない。
ダーバスのやり方を真似するような形のように、数え切れない量の光剣が宙に現れ、展開前の魔法陣をその圧倒的な威力と数で相殺する。
そして、その先にいるダーバスに目掛けても。


『グゥッ!?』


ダーバスは転移でその場から姿を消し、光剣の雨は標的を見失い突き抜けてしまった。
転移した先は空に漂う雲上の上空。
雪先の視野が届かない場所で今度こそ目の前に標的を殺すために、ダーバスはその地点に転移した。
攻撃を許してしまった、あの一発の攻撃には強力な力が備わっていた。
直に喰らったからこそ、その事が理解出来る。顔一面を血で覆い尽くすダーバスは荒い呼吸を吐き続けながら、血走った瞳で地上にいる雪先を探す。


どこだ。
どこにいる。
この私にこれほどの屈辱を負わせた。その罪は許さない…ッツ!!


全身にたぎる魔力を押し殺しながら、標的を探す。
だが、どれほど探そうとも、その地上のどこにも彼女の姿が見当たらない。


【1:50……40…】


(……まさかッ)


その時。
ダーバスはある事実を思い出す。
雪先が拳という戦闘スタイルを取ったさい、彼女が力の方向性を読み取ることが出来るとダーバス自身が論破した。
もし、…かりにそれが転移だとする。かりにその転移先を予測出来るとすれば…。




『『茶番はこれで最後だと言ったわよ《はずです》』』




その声が、地上ではなく上空から放たれた。
目を見開き驚きを隠せないダーバスは頭上を見上げる。
それは空を突き抜けたさらなる上空。
あの短い時間の中で地上から跳躍した雪先が大きく構えを作りながら、視線の先に浮くダーバスを睨み付ける。
右腕を引き、渾身の一撃を溜めながら。


【1:30…20……1:00】


ガントレットから放出される光が他の三つの武装から噴出される光を吸収し、強大な光の奔流ほんりゅうを生み出す。


『『最初の宣言通り、アンタの粉々にぶっ潰してやるわよ《ますよ》!!!』』


再び転移による回避に移ろうとするダーバス。
だが、雪先とダーバスを包むように、数え切れない量の光剣が周囲を球体上に包み込み、さらには転移による魔法をキャンセルする。


『ふざけるな…ッ、こんなことが、こんなことがあって!!』
『『終わりよッ《ですッ》! 魔法陣・武剣!!!』』


ダーバスの叫びを打ち消すように雪先は叫び、その地点から爆ぜる。
右腕に溜められた一撃に全ての魔力を込め、放つ最大火力の一撃―――その名は、






『『レジェット・ブレイクアクター!!!』』






巨大な光の奔流はまるで巨大な剣のように。
ダーバス目掛け、その攻撃が上空を突き抜け突き進む。
この攻撃だけは、絶対に受けては駄目だ…と龍人である全身が危険信号を発している。ダーバスは雄叫びを上げながら何列も及ぶ防壁の陣を展開させ、その猛攻を防ごうとする。
だが、雪先の拳はその陣を次々と打ち砕き、勢いは止まらない。


【0:40……30……20…】


そして、陣による防壁は後数枚となった。
眼前にまで迫り来る脅威に対し、ダーバスは最後の悪あがきのように、より強力な陣を展開させる。
雪先もまた咆吼を上げ、その勢いの火力を強化させる。
陣と拳、接触と共に激しい火花が散る。
そして、陣の表面に次々とヒビが入り始めた。
そして―――――――




【0:08……5.4.3.2.1…………0:00】




彼女の思いとは裏腹に―――――限界は突然とやってきた。


「っ!?」


後少し、この拳が通れば技が決まるはずだった。
だが、既に彼女のクロスオーバーは切れている。口調は元に戻り、全身に強烈な痛みが襲い掛かる。
激痛に悲鳴を上げそうにもなった。
だが、目の前にいるダーバスの驚愕に染まっていた顔が次第に笑みへと変わっていくの目に見えた。
こんな、ところで……こんな奴に……ッ。


(ここで…負けるのは嫌だ…。人の大切なものを平気で壊す、そんな奴に負けたくないッ!!)


雪先は歯を噛みしめる。
唇の端を噛み締め、失いつつあった力を―――――――再び握り締めた。
ボウッ!!! と光の放流が急激な上昇を見せ、その現象にダーバスの笑みが一瞬で消えた。


「ここで…ッ、終われるわけ分けないでしょ…ッ!!」
『なっ…!』
「アンタを粉々に叩き潰す為なら…ッ!! ……リミットなんていくらでも越えてやるわよッ!!」


雪先の力に限界時間があるのには、ある理由があった。
強大な力を自在に扱っている風に見えたが、本来のクロスオーバーの力はあんなものではない。
限界時間は、いわば一つのリミッターなのだ。
強大な力に雪先自身が保てない。それを自在に操るために、三分という短い時間をつけ、その力のギアを調整していたのだ。
そして、生まれたのがリミットクロスオーバーという力だった。
しかし、今。そのリミットがなくなり、掛けられていたリミッターも外れている。
制限を超えたことによって―――――雪先の力の本質が今発揮される。
さっきまでの衝突によってヒビが嘘だったかのように簡単に打ち破られ、最後の陣が今砕け散った。
そして、






「いっけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッツ!!!」






莫大な火力を秘めた雪先の拳がついに。
ダーバスの胸元へと叩きつけられる。








それは宙から地上へ放たれる流星だった。
一直線にラインを描きながら地面に激突する男の体。
衝突した際に生まれた衝撃がその場一帯の地面を激しく引き裂き、そして、轟音はその地点にある空間にある全てのものに振動を与えたのだった。






「はぁ……はぁ………っぅ…ぅ」


武装から吹き出る放流で宙を浮いていた雪先だったが、激痛によって力が消えたと同時に浮く力を失い、その小さな体は地面へと落ちていく。


だが、その時。
そっと、暖かい何かが雪先の体を抱き留める。
全身が一つの動かず、痛みが永遠のように続く。
雪先は虚ろな瞳を開けると、そこには魔女のような装飾の施された帽子と赤いコート衣装に身を包んだ焔月火鷹ほむらづき ひだか姿があった。
肩には小さな子狐の姿もある。


「ひ…だか」
「だから言っただろ。リミット、越えるなよって。……まぁ、お前に言ったところで無理な話だっただろうけど」
「っ…ぅ…るさぃ…わね…」


そう言いながら掠れた声で笑う雪先。
火鷹も同じように口元を緩ませながら、溜め息をつこうとした。


しかし、そんな彼らを嘲笑うように…。










『…くくくっ…ははっ、はははハハッツ!!!』










地上。
その地面の割れ目から浮き上がるように姿を現わす存在があった。
……ダーバスが。
胸には大きな空洞が空き、全身は血で染められている。
だが、それでも死んではいなかった。
化け物のように、牙を剥き出しにさせながら、上空に浮く火鷹たちを見上げる。


「ぅ…そ…でしょッ……ぁれを…喰らって…」
「………………」
『はは……、今の一撃は相当効いたぞ。流石の私もあれには死を悟ったが、どうにも龍の力はそう簡単に主を死なせてはくれないようだ。だが………そうか、今の魔法をその身に受けてやっとわかったぞ。お前たちは……この世界の住人じゃないな? 町早美野里と同じ、いや…それとは違う別の異世界から来た。そうだろ?』


あれほどの力はこの世界には存在しない。
知らない魔法? それは当たり前のことだ。
何故なら、この世界にあのような魔法はそもそも存在していないのだから。


『面白い、面白いッツ! 演劇魔法、それも私の物にしてやる! お前の体を解体して、その真意を手に入れてやる!! それで私はさらに強くなれるッ!!』


まさに狂喜と呼べば良いのだろうか。
雪先はその言葉を耳にして、真の意味で恐怖を感じた。
あれが元は人間だったと、信じられなかった。
対するダーバスは上空に浮く火鷹たちを睨み付けながら、手のひらをかざし、




『さぁ、もうこれで終わりにしようか! 今度は私からお前に良いものをくれてやろう。…………死という運命をな』




地上全体に巨大な魔法陣が描き綴られた。
地面の表面から魔力を帯びた雷が草木の根が生えるように生み出されていく。
掛け声も、指示もなかった。
音速の速さと共に雷たちは空を掛け、一斉にして火鷹たちを覆い尽くした。








「火鷹…」
「何だよ」


雷による光の中で、二人の言葉が残る。
眩い光が周囲を包み込み、一切の音が聞こえない空間の中でだ。


「…ぁと……頼んで…ぃぃ?」
「…ああ」


…ありがとう、と言葉を残し、雪先は眠るように意識を失う。
そんなグッタリとした少女を抱き寄せる火鷹は、大きく溜め息を吐いた。
そして、瞳を細めながら、




「フラル…………喰え」








その直後。
空を覆い尽くしていた雷が、ある一点を中心に吸い込まれるように吸収され消えていく。
全部が無くなるまでそう時間は掛からなかった。
下手をすれば大陸一つを消し去るほどの威力を秘めた雷だった。
それを吸収した存在。それは――――一匹の子狐だった。


「俺はコイツほど周りが見えなくなるつもりはねぇよ」


全ての雷の飲みきった子狐、フラルは腹をパンパンに満たし満足げな表情を浮かべていた。
火鷹はそんなフラルを肩に乗せながら、地上で今起きた現象に言葉をなくすダーバスを見下ろし、


「だけどなぁ………お前には、これまで仕出かした分のツケも含めて、その身でしっかりと払ってもらう」


片腕で雪先を抱き寄せつつ、もう片方の腕を動かし前へと伸ばす。
そして、その腕に伝うように歩くフラルに向けて、






「行くぞ、フラル………『ブレイズ・オグマ』」






フラルの姿はその直後、一本の剣へと変わる。
それは柄の無い代わりに子狐の尾がついた異様な剣だった。しかし、その刀身には激しくありながら、より力が練られた雷が纏わり付いている。
さらに加えて火鷹が柄を強く握り締めた。
それだけで、刀身には炎と雷、二つの力が合わさり合った強大な魔力が込められていた。


「これでお前を倒せるとは思わねえよ。だけどなぁ」


別に返答など期待していない。
ただ、地上に立つダーバスに向けて、火鷹は告げる。




「ここが一つの終わりだ。今までお前が傷つけてきた人たちの分も含めて………くたばりやがれ」








その数分後。
銃都市ウェーイクトハリケーンが存在していた地上は炎と雷によって覆い尽くされた。
まるでそれは海のように大きく広がり続け、何日間もの間、それが消えることはなかったという……。


























場所は変わり、そこは何事もない平和そのものの魔法都市。
アチルの母である女王レルティアが統べる都市、アルヴィアン・ウォーターだ。
涼しい風が街中を吹き抜け、都市中央にある噴水からは小さな虹が生まれる。ローブなどを着込む人々や一般のハンターたち行き交う一通りには賑やかな声が聞こえてくるほどに平穏な毎日が続いていた。


そして、都市の一角に存在する女王のいる宮殿。
ルーシュ宮殿。
その城内の王室で魔法使いの頂点に立つ女性、レルティアは目の前に立つ火鷹たちに言葉を贈る。


「ありがとうね、火鷹くん、それに雪先ちゃん」


火鷹に背負われる形となる雪先は既に意識を取り戻していた。
しかし、体が思うように動かずこうした不格好な姿で女王の前に立つことになってしまった。
だが、そんな事よりも彼女には気になることがあった。
それはダーバスによって瀕死の重傷を負わされたルーサーたちのことだ。彼らは先にこの宮殿へと移され、今治療を受けている真っ最中なのだ。


「あの…それで………る、ルーサー先輩たちは…」
「………何とか一命は取り止めたわ。後、もう一人のブロって子もだけど、どっちも自分たちの力に助けられたって感じね」
「そ、そうですか…よかった……」


心の底か安堵の息を漏らす雪先。
心の突っかかりが取れた思いで、体の力が一瞬抜けるかと思った。
だが、そんな状況の中で火鷹だけは違っていた。
彼はゆっくりとレルティアを見据えながら、尋ねる。


「それで、……アンタの娘はどうなんだ?」
「………………」
「…れ、レルティアさん?」


その言葉に喉を詰まらせ、黙り込むレルティア。
いつもとは違う、複雑そうな顔色浮かべる彼女の姿に怪訝な表情を見せる雪先。
そして、数秒の沈黙の後に、レルティアは語る。




「…アチルは…もう…」




こうなることは彼女自身も分かっていなかった。
それは誰もが望んでいなかった結末だった。






「……魔法を使うことができない体になってしまったわ」






え……、と声を漏らす雪先。
対する火鷹は言葉を詰まらせ、どこか察してような表情を見せていた。




「最後の暴走が引き金だったみたい。禁断魔法でもうボロボロだった魔法の通るルートが今じゃ欠片も残さずに消えていたの…」
「…そんな…で、でもそれぐらいッ、レルティアさんなら!」
「………………」
「…そんなのって……それじゃあ!!」


悲痛な声を出す雪先。
レルティアは顔を伏せながら、認めたくない真実を彼女に伝える。




「形すら残っていない物を蘇らすことはできない…。だからもう、アチルは……これから先魔法使いには…なれないの…」








それは本当の意味での一つの終わりだった。
ダーバスに挑んだルーサーやアチルは破れ落ち、一人は瀕死の重傷を負い、もう一人は二度と魔法を使えない体になってしまった。
この先、一体なにが起きるのかは誰も想像できないだろう。だが、それでもその裏側に存在する流れは着実と進んで行く。




アンダーワールドでも、同じように……、
チャトはシンクロアーツである町早美野里からあの事実を聞かされていた。


「美野里さん……それじゃあ、そのダーバスの真の目的って」
「…龍の力を手に入れる、だけじゃないんだと思う。アイツの本当の目的は……誰もが知っていながらも……そこには誰も辿り着いた者がいないとされる、ある場所へ行くことなの」
「……ある場所?」


美野里はその瞳を細めながら、ゆっくりとした口調で告げた。


「剣の都市、銃の都市、魔法の都市とは違う、神々の奇跡が眠る……精霊の都市。エターバル・グラウンドに侵入することなのよ」










様々な結末が入り乱れる中で、新たに浮上した精霊の都市、エターバル・グラウンドという名…。
その名を巡る、新たなる物語がこれから始まっていく……いや、既に始まっていた…。






第二章.[劫略されし真名] be isolated - 災厄の剣姫 end









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