異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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ストックカウンター





第七十五話 ストックカウンター




強敵とも言えるルーサーやアチルを難なく倒すほどの龍の力を手に入れたダーバスは今、目の前に立つ少女――雪先沙織が見せた一連の動きに疑問を抱いていた。
確かにダーバスが彼女に放とうとした魔法は超火力の攻撃ではないにしろ、たった一つの拳で消し去れるような弱小の魔法でもなかったはずだ。
しかし、目の前に立つ雪先はそれをやってのけた。
どのような力で魔法を消し去ったのか?
当初は、その両腕に装備されたガントレットに何か細工があるのかと考えた。
だが、それよりも気になったのは魔法を消し去った時に見せた、言葉を交わすたびにその雰囲気が変化する奇妙な現象…。


「演劇魔法……」


演劇魔法。
聞いたことのない、その魔法の名にも興味が沸いた。
目の前に立つ標的を見つめるダーバスは赤く光る瞳を細め、その眼光を鋭い物へと変化させる。
そして、その瞬間。
確実とまでにターゲットは雪咲に固定された。






砂煙が吹き抜ける中、雪先の背後に立つ少年――焔月火鷹ほむらづき ひだかは背中にルーサー、両腕にアチルとブロを担ぎながら、その口を開く。


「おい、雪先。お前、わかって」
「わかってる。……そう時間は掛けないつもりよ」


そう言って前を睨む雪先だが、その眼光は強く光っていた。
時間を掛けない、と彼女は言ったが――――――――何も、本気でやり合わないとは言っていない。
明らかに退く気のない彼女の姿勢を見据え、溜め息をつく火鷹はそれ以上何も言わなかった。
ただ、後ろに振り返りながら一言。




「リミット、越えすぎるなよ」




そう言い残した、その瞬間。
宙に炎を残し、転移魔法に似た移動手段で火鷹はその場から一瞬で姿を消した。
転移の魔法を唱えなかったことからも、彼らが使う魔法はこの世界の物とは決定的に違いがあるとも言える。
チリチリと燃える炎が風に靡き、フッと消える。
そして、何も無い荒廃した地に残る二人の存在、ダーバスと雪先。
共に視線を外さず睨み合う彼ら。
そんな中で、ダーバスが先に口を開く。


『…叩き潰す…か。…面白い』
「…………」
『なら、お手並みの拝見といこうか。そうだな………まずは』


目の前から来る敵意に気を向けることもせず、ダーバスは口元に手を当てながら、




『小手調べもかねて…肉弾戦だ』




言葉が言い終えた。
音も無く、その姿が雪先の視界から一瞬消えた。


次の瞬間。
突如―――雪先の顔に向け、鈎爪の形をしたその手を伸ばし迫り来る。
数秒という短い時間。
ダーバスの指先が着実と近づき、その透いた瞳を突き刺せる寸前まで、


『!!』


バン!! と轟音と共にダーバスの手が真上へと弾き飛ばされる。
ダーバスの手の侵入を防いだのは、雪先胸の前から上へ振り上げた、ガントレットによるものだ。
さらに、眼前に立つ雪先の口調は―――その瞬間に変化する。


『肉弾戦か……こっちの流儀に合わせてくれるなんて、優しいのね?』
『…何、ただの暇つぶしだ』


平然と笑うダーバスに対し、挑戦的な笑みを見せる雪先。
直後に雪先は動く。
ダーバスのこめかみに向け、硬く握り締められたもう片方のガントレットを振り放つ。
だが、ダーバスは至近距離にも関わらず、素早い動きで両腕を交差させその攻撃を防ぐ。
しかし、ここで肉弾戦を得意とする者との差が出た。
防御の動作をした際に生まれた隙をつき、雪先はそのガラ空きとなった脇腹に向かってブーツによる打撃の蹴りを叩き込んだのだ。
それは、確実な一撃だった。
だが、


『…何だ、…こんなものか?』


龍人としての強靱な肉体を持つダーバスに、その攻撃は通用しない。
防御という概念を気にすることがなくなった彼にとって、そのような攻撃など、小さい子虫がついただけなのだ。


『期待外れも良いところだな。……なら、今度は』


次はこちらの番だ。
ダーバスは自身の体と密着した雪先の足に向け、その肉を斬り落とす勢いで手刀を振り下ろそうとした。
防御できるものならしてみろ。
その防御ごと、斬り落としてくれる。
勝ち誇った笑みを浮かべ、ダーバスは動く。






その瞬間。
ダンンンンンッツ!!! と轟音と共に、






『ッ!??! ガァッ!!?』






ダーバスの肉体の内部から、鈍器で殴ったような重く強烈な音が鳴り響く。
そして、それと同時に強烈な痛みが彼を襲った。
痛みに悶え、掠れた声を漏らしながら膝を落とすダーバスは、荒い息を吐く。


(…な、何が…ッ!??!)


雪先の攻撃を受けたのはあの蹴りだけだったはず、それ以外の攻撃をダーバスは受けていなかった。
なのに、接触から遅れてやって来たように、強烈な痛みが内部から着実と広がり続けていく。


『ッっぐ…はぁ…はぁッ…!?!』


額から汗をたらし、歯噛みするダーバス。
対して、そんな彼を見下ろす雪先は不敵な笑みを浮かべ、言葉を喋る。


『なら、今度は? って言ってたけど、さて今度は一体何を見せてくれるのかしら?』


強者である者の姿。
本来ならこんな事があってはならない。
龍の力を手に入れ、最強である事を自負しているダーバスは、攻撃が通ったことや目の前の歳もいかない少女に笑われたことに対し、……………屈辱以外何物でもない、怒りを抱く。
ダーバスの顔が、感情に沿って大きく歪む。


『ッツ!!』


噛締めた歯から、擦れ合う音が鳴った。
ダーバスは獰猛な瞳を雪先に向けた直後、転移の魔法でその場から後方に距離を取った。
さらに手を前に突き出し、連続として魔法弾を連射する。


『ふっ…』


呆れたような表情を見せ、小さく笑う雪先は迫る弾丸に怖じけることなく前へと走り出す。
接触ギリギリの魔法弾を軽やかに交わし続け、その速度を落とさない。
直実とその離れていた距離を詰めていく。
当たればタダでは済まないはずの攻撃を、こうも簡単に避けていく。
ダーバスは舌打ちを吐き、両手に強大な魔力をチャージしていく。
それは巨大かつ、少しでも接触すれば死は免れないほどの威力を秘めた魔法弾。その大きさから、避けることさえ許さない、といった意図が読み取れる。
そして、十分に溜められた魔法弾は放たれ、地面を激しく削りながら突き進んでいく。
雪先は自身に迫り来る巨大な光を見つめ、大きく両眼を見開きながら、叫ぶ。




『面白いじゃない。だったら、こっちもギアを上げるわよ! 魔法陣・武!!』




その言葉と同時に、雪先を中心に魔法陣が展開される。
地面や宙に展開される魔法陣とは違う、彼女の腹部を点として縮小と拡大を交互に繰り返し続ける、見たことのない魔法だ。
さらに言えば現象を起こすことなく、陣は数秒して雪先の体に入り込み……消えていく。
そして、眼前に巨大な魔法弾が迫り来る。


『フッ!!』


避けはしない。
対峙する。
雪先は大きく右肘を退き、溜めと同時に固く握り締めた拳のガントレットを放つ。
小さい腕での攻撃と巨大な魔法弾がその瞬間に衝突した。
そうして、甲高い音が鳴り響き、弾に込められた魔力が強烈な爆発を起こす。
だが、




ガンッツ!!!! と音と共に。
ガントレットを装備する少女、雪先はその現象さえも打ち破る。






『!?』


真上に向け、その巨大な魔法弾を弾き飛ばす雪先。
上空に飛ばされた弾はまるで薄れていくように消えて四散する。
馬鹿なッ…、という言葉が驚愕の表情を浮かべるダーバスの口から漏れようとした。しかし、その眼前に直後、やり返すように急接近する雪先の姿が迫る。
そして、防御、転移、と思考がちらつく――――その次の瞬間。


『ッ!!!!』


ダーバスの顔面の頬に対し、強烈な一撃が炸裂する。
その攻撃はただの一撃ではない。
龍人の体とか、頑丈だとか、そんなものは関係のない。
勢いに押されるままダーバスの体は押し負け、流されるように頭部は地面へと激突する。
その地点から地震が起きたかのような地響きと二音の轟音が鳴った。
地面には巨大な亀裂を作られ、その中心で顔を地に埋めるダーバス。
雪先は後方に跳ぶようなバックステップで距離を取り、聞こえているかどうか分からない相手に対し、言葉を送る。


『チャージカウンター・威槌。どう? お気に召したかしら?』
『……………』
『後、そう言えば、こっち方の自己紹介がまだだったわね。…冥土の土産として、私のもう一つの通り名を教えておいてあげるわ』


肉弾戦を得意とする彼女。
そんな彼女は周りから、こう呼ばれていた。


『私の通り名は――――『ストックカウンター』 どんな攻撃でも、そのダメージをストックし、カウンターとして放つから。…まぁ、嫌み目的としてそう呼ばれるようになったんだけど、もう何度も貴方自身の体に叩き込んでるから、その詳細まで詳しく説明しなくても分かるわよね?』


肉弾戦だからこそできるカウンター攻撃。
チャージカウンター・威槌もまた、巨大な力を受け止め保持した力を段階をつけ、相手に打ち出すカウンター技の一つでもあった。
さらにストックカウンターにはもう一つの能力があり、それは保持することによって強大な攻撃の中身を空にする力を持つ。
ダーバスが放つ幾度の攻撃を容易く回避できていた一つのカラクリがそれだったのだ。


以前と地面に埋まった状態のダーバス。
雪先は我慢に耐えれず、声を出しながら前へと足を踏み出そうとした。
だが、


『!?』


何の前触れもない。
にも関わらず後方に跳んだ直後、雪先の足があった箇所に目掛け、魔法の剣が地面から突き出す形で現れた。
さらに続けて回避する地点に剣が現れ、雪先は跳びながら回避を続ける。


『っ、肉弾戦はどうなったのよ!?』


避けるのに必死で距離を詰める隙がない。
そうこうしている間に地面から頭を抜くダーバスが立ち上がり、体を揺らしながらその場に立ち尽くす。
その間に攻撃の手が一瞬、緩んだ。
今しかないッ!! 雪先は再び、魔法を唱える。


『魔法陣・武! パワーアップ・瞬力しゅんりょく


魔法陣が発動と同時に肉体に吸収された。
その直後、雪先の体が弾け跳ぶ。
それは撃ち出された銃弾のように、地面から以前と剣は現れるも彼女が見せる高速移動についてこれていない。
そして、息もつかせずにして再びダーバスの目前に雪先が姿を現わす。
拳を大きく振り上げ、その顔を伏せる顔面に向けて、拳を、


『これでッ!?』
『……』
『ッチ!!』


振り下ろす、攻撃を雪先は中断した。
眉間の皺を寄せつつ、高速で後方に退避する雪先。
その一方で今まで顔を伏せていたダーバスが、ゆっくりと顔を上げ、その眼光を目の前に立つ彼女へと向ける。
そして、ダーバスはその口を再び動かし始めた。


『なるほど……そういうことか』
『…………』
『肉弾戦を得意とするようだが、それだけで私の攻撃を躱せるはずがないとは思っていたが…………やはり、お前は魔法が発動する前の力…その流れを感知できるのようだな。だから今、わざわざ大きな隙を作ってやったにも限らず、攻撃する手を止め大きく距離を取る行動に移った。私がどういった魔法を使うか、それを知っていなければできない行動だ』


今までの攻撃は囮だった。
そう告げるダーバス。


『そして、さらに言えば、お前がこれまで私に加えてきた攻撃…それらにも大きな弱点がある。そうだろ?』
『………弱点?』
『ああ…、お前はその攻撃をする時、必ずその前の強大な力に対して、カウンター技を使用する。最初の一撃はレルティアの娘から奪い取った力か?』
『………』
『どんな攻撃でもストックする。言葉だけを聞けば最強に思える。だが、……なら何故、先の魔法弾や剣に対し、その力を使用しなかった?』
『…………』
『答えは簡単だ。…お前のその力を連続で使用することができない。一度使うと次を使うまでに一定の時間が掛かる。いや、それ以外のリスクがあるからこそ使う事ができないのだろう………。そして、例え使えたとしても大きな隙が生まれるからこそ、頻回に使用しているのを控えている。そういうことだろう?』


考えてみれば不思議なことではない。
どれほどの攻撃もストックできる。そんな最強に特化した力が何の代償もなく使えるはずもないのだ。
龍の力を手に入れ浮かれていたダーバスにとって、攻撃を加えられていた当初は怒りで頭に血がのぼっていたのは事実だ。
だが、何度も攻撃を食らう内に怒りの感情は冷え、思考が戻ってきた。
そして、冷静を取り戻したダーバスは雪先の秘密を探るために、わざと小さな攻撃や隙を作り、その種を暴いたのだ。


『種さえ分かれば対処も簡単だ』


ダーバスがそう言葉を呟いた、その直後。
彼の周囲に魔法で作られた数百の短剣が宙から突如として姿を現わす。
雪先の瞳は、それどれもが強力な魔力を帯びた剣であることを瞬時に見抜いていた。


『さぁ………この数を、お前はどうする?』


今度はこちらから行く。
攻撃のパターンや弱点を手にれた今、雪先の優勢はなくなる。
目の前に広がる光景に対し、雪先は口元を緩めながら、


『観察が得意なのね、ほんと……気色が悪いぐらいに』


そう皮肉な言葉を呟く。
だが、そんな言葉を言ったところで状況は変わらない。
短剣に対し、再び構えを取る雪先。
そして、彼女は口を動かし、


『……でもね、私も此処でやられるわけにはいかないのよ。……だからここで、役者を交代させてもらうわよ』
『ふん。……つまらない戯れ言だな』








その瞬間。
一斉に短剣が飛び立つ。
目指すは武器を持たない少女。肉弾戦で来るなら、一度に連続での攻撃をすればいい。
その体を串刺しにすれば話は簡単だ。
ダーバスの口元を大きく歪む。
そして―――――








『……『また面倒な場面で変えてくれますね、全く』


その時。
雪先沙織の口調が――変わった。


『!?』
『魔法陣・剣』


その言葉と共に、彼女のガントレットとブーツ。四つの装備から光剣が飛び出す。
その大きさは小さく、迫る百の短剣と比べても同サイズの刀身だ。
だが、雪先はそんな危機的状況にも関わらず、その剣たちに言葉を飛ばす。
真っ直ぐと、迫る危機を見据え、その方向性から見える弱点を見極めながら―――




『突き抜けろ、SS-Rスカイソード・ラルタ




光剣は発射される。
ジグザグに高速で宙を突き進みながら、迫る短剣たちの真横側に位置付く。
そして、剣にとっての弱点である刀身の腹に目掛け、光剣はその剣先の向けながら突き進む。
金属の悲鳴がそこから一斉に鳴り響く。
それは数秒の出来事であり、四つの光剣が全ての短剣をへし折ったのだ。




目の前の光景に呆然と立ち尽くすダーバス。
全ての武器をへし終えた光剣たちは主人である雪先の元へと戻っていく。


『打撃に剣撃……お前は……いや、お前たちは…一体何だ…』
『何、……そう珍しくもない者ですよ』


さっきまでの挑戦的な雰囲気とは一変した冷静な口調。
状況を見極め、限り尽くまでのルートを思考し実行する、剣撃の使い手。
四本の光剣を従わせる雪先沙織は、ダーバスにこう告げる。






『僕は、ただの…………しがない魔法剣士です』






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戦いはまだ始まったばかりだ。
演劇魔法――――その劇は未だ終わっていない。











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