異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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運命の出会い





第五十九話 運命の出会い




アチルを守るようにして介入した、黒狼と対峙するタロット使いのチャト。
主人を守るように前に立つ、ライオンのような容姿を持つ二体の猛獣は唸り声を漏らしながら目の前に立つ敵を睨む。
鋭い瞳から向けられる視線は強烈な重圧を発し、敵対するものを威圧する。
自然界の生物なら、それかしらの動揺や竦みを見せ、その先の戦況にそれが影響するはずだった。だが、黒狼は怯むこともなく健全と目の前の脅威に対峙している。
その姿はまさに逃げる所か、いつでも向かってくる姿勢だ。
チャトは当初、召喚だけで済むと考えていた。二体の猛獣に怯み逃げ出すと……だが、狼から感じる禍々しい存在感がその甘い思考を捨てさせる。
あの狼には炎の槍以外にもまだ何かある。そして、軽い考えで挑めば、こちらがやられる。


「行くよ、戦車!!」
『ガォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


チャトの声に同調して、戦車の二体が咆哮を上げた。
白色の獣は主人を守り、黒色の獣は黒狼に向かって駆け出す。地面を蹴り突き進み、その強靭な爪を持つ前足を振り上げ、切り裂きを繰り出す。
だが、そんな見え透いた攻撃を黒狼は素直に受けない。後方に跳び、攻撃を回避しながら再び毛並を逆立て炎の槍をさらに多く発射する。


「どれだけ食べたんだかッ、戦車!!」


チャトの命令に反応し、後方にいた白色の獣は咆哮を放つ。声に混ぜられた圧が槍を押しのけ炎を消し去る。そして、黒狼は攻撃が消された瞬間を狙って駆け出し、その小さな狼の頭部に向かって体当たりをぶつけた。
頭と頭。
黒と黒の接触に加えて鈍い音が混ざる。


黒狼は犬のような悲鳴を上げ、後ろに仰け反りながら後ろに倒れた。
攻めるには絶好の場面。チャトは戦車に命令を飛ばそうとした。だが、その時だ。


「っ!? どうしたの、戦車!」


黒狼と頭突きをしていた獣が突如、地面に倒れ苦しげな呻き声を漏らす。さらに黒狼と接触した頭部の毛並が赤く変色し、ちらちらと火種が見え始めた。
さらに加えて、その炎は徐々に大きく、


「ッ、戻って戦車!」


咄嗟の判断で号令を発するチャト。
二体の猛獣は青い光を発し、粒子化したと同時に彼女の手にカードとして戻った。
チャトはあの瞬間、燃え広がろうとする炎に何か嫌な感覚を抱いた。それはあくまでも予感だった為、確証はない。
だが、それでもこういった感は命のやり取りにはもっとも必要な能力の一つだ。
戦力となる戦車が前線に立てなくなったことは正直痛い。
だが、そうしている間にも目の前では黒狼が再び体勢を整えようとしている。


(接近戦はまずい……、ならッ)


戦車のカードを懐に戻し、新たに一枚のカードを取り出す。
そして、チャトはカードをかざしながら、


『来て、愚者!!』


瞬間、彼女の目の前に突風が巻き上がった。
当初は不規則な動きを見せる風。だが、それは徐々に小さな竜巻のよう回転を加え、周囲のゴミなども巻き込み、風圧はさらに粗々しさを増す。
だが、その中央に直後として緑色の衣服、帽子をかぶった少年が姿を現す。茶色の短髪、チャトとそう変わらない、十四そこらにも見える。


『……………』


黒狼を真っ直ぐ見据える少年。
中指と親指を合わせ、パチンとその指で鳴らす。
その直後に自身に纏わる風を弾き飛ばし、その姿を現した。
その名は愚者。
道化を示し、自由翻弄せし者。


「愚者、アイツを倒して!」


チャトは黒狼を指さし、指示を飛ばす。
黒狼は突然と現れた少年に何かを感じたのか、唸り声を漏らしていた。それほどまで警戒が必要な存在なのだろう。
少年はゆっくりと視線を黒狼に向け、その冷たい瞳で見据える。そして、緊迫として空気が流れ、少年の動作と同時に再び死闘が始まる。








『嫌だ』








……………………………………………はずだった?
…………あー、と眉間に手を当てながら苦悩の表情を浮かべるチャト。目の前の脅威など微塵も感じていない愚者に彼女はそっと口を開く。


「あのね……愚者、今はそんな我が儘を」
『嫌なものは嫌だ。何であんな犬っころの相手をしないといけないんだよ』
「いや、それはあれだよ。主人を守るために」
『主人って、君みたいなお子様のこと?』
「………………愚者、そろそろ怒るよ。それに貴方だって子供じゃ」
『いやいや、僕人間じゃないし』


もう! いいからちゃんとやってよ! とチャトと愚者、傍から見ても子供の喧嘩にしか見えない光景がそこに広がる。
黒狼も何故か場の空気を察しているのか向かってこようとしない。それはまるで気を使われているかのようにも見え、小さく呻きながら頬を赤く染めるチャト。


「ぁの、本当にお願いだから戦ってくれない? 戦車が負けて、ちょっとまずくて」
『そりゃそうだよね。君に懐いてくれるのって戦車ぐらいだし』
「っうぅ…」
『でも、君が動かなくても大丈夫じゃない』
「え?」


突然とそんな事を口に出した愚者。
その言葉に首を傾げるチャトだったが、そこで愚者の視線がこちらに向いていないことに気づく。
そう、愚者の興味は黒狼でもましてや主人でもない。それは彼女の後方に立つもう一人の存在。愚者はその子供らしい顔で口元を緩めながら、


『僕の出番は後で良いみたいだし、今回は魔法使いさんの実力を見せてもらうよ』


そう口にした、次の瞬間。
その場にある物体全てが眩い光に包まれ、視界は純白に包まれた。
あまりの高質力の光に目を開いていられなかったチャト。だが、やがて光が止み、瞼を開けた、そこには、








『地と水は強化と保護をつかさどり、それは風に飛び散る』






杖を持ち、魔法を唱えるアチル。
そして、彼女やチャト、黒狼や愚者を除いたその他全ての物体が青く光っている。いや、正確には表面上に青く光った文字のようなものが記されているのだ。
チャトは今だ何が起きているのか理解していない。


「こ、これって」
「すみませんが、ここからは私がやります」


そう言って入れ替わるように前へと歩き出すアチル。
一瞬、茫然とするチャトだったが直ぐに黒狼に魔法が通じないことを思い出し、急いでアチルを止めようとした。
しかし、その手前で愚者は主人の前に立ち、その動きを止める。


『大丈夫だよ』
「ちょ、何言ってるの!? あの黒狼には魔法は」
『だから、大丈夫』


そう言って、アチルを見つめる愚者。
その顔はまるで新しい玩具を見つけて喜ぶ、無邪気な子供のような表情をしていた。














チャトと入れ替わり、前へと歩き進めるアチル。
黒狼が警戒の吠えを見せたと同時に炎の槍を前方へと放つ。
だが、アチルはそれを鞘から抜いた魔法剣ルヴィアスで切り裂き、炎は四散させた。


「魔法だけが、私の全てだと思わないでください」


アチルは剣を地面に突き刺し、ゆっくりと黒狼を見据える。
そして、加えてその小さな唇を動かしながらゆっくりと言葉を唱え、その呼応して彼女の体に薄い光が纏う。






「大地の理を理解し我、今、契約を実行せし理にあり。この身を天秤にかけ、さらに対価を求む契約を了解する。それは、魔法は我であり、我は魔法であるという定めを越え、幾戦にも動じず、手に余りし力の酷使を許可せし者であり」






その長い言葉は、まるで呪文のような言葉。
呪文の中には理解できない文語も含まれている。
アチルの様子を黙って見据えていた黒狼。だが、何かを嗅ぎつけたのか、その口から涎のようなものを垂らす。黒狼が食していたのは、魔法。
その匂いに過敏に反応したのだろう。
しかし、その次の瞬間。






『食えるものなら、食ってみろ』






眩い光がアチルから発せられた、それと同時に咢を開いた黒狼は後方の壁へと勢いをつけ吹き飛ばされる。
その衝撃は音から察するに間違いなく強烈な威力を持つと予測できる。
衝撃で壁は間違いなく半壊するはず………だが、そうなるはずの壁は無傷のまま健全していた。
チャトは驚いた表情で当然と疑問を抱く。
しかし、それ以上のものが光が止んだ、その中心に立っていたのだ。
それは光の中、冷気を纏ったように現れし魔法使い。
いや――――――――魔法を越えし術士。


『………………』


手に持っていた羽の杖は丸い玉に小さな羽のついたイヤリングへと姿を変え、その者の左耳にアクセサリーとなって備わっている。右手の中指には青い指輪がはめられ、その色と呼応したように彼女の瞳は薄いスカイブルーへと変色している。
そして、さらに大きく変わったのは彼女も唯一の武器である魔法剣ルヴィアスだ。
青い刀身を持つ剣は縮小と同時にその個体を四つに増やし、彼女の周囲を回る四つの剣へと姿を変えた。剣のそれぞれには持ち手となる柄が存在しない。だが、それを補うように宙を浮き続けている。
さらに剣から発せられる詳細の分からない淡い光。
その光から発せられる威圧感は、離れた場所にいたチャトたちでさえ察することが出来た。


「な、何……あれ」
『へぇ、これは凄いね』


チャトにとってはその力が何なのかわからない。
だが、愚者だけは一目見て、その力の正体を見抜いたらしい。


『私の前で、その姿を見せたのが………失敗でしたね』


静かにそう言葉を告げ、黒狼を見据えるアチル。その声はソプラノのように透ったものへと変わっていた。
そして、彼女の言葉がそこで止まった、その次の瞬間。


『!』


アチルの姿は一瞬でその場から消えた。
刹那、黒狼の目前でその姿を現し、黒狼は反応を待たずして青い指輪がはめられた右手を握り締めた拳で、ガラ空きとなった黒狼の腹部を下から上へ殴り飛ばした。
ドゴッン!!! と拳が入った直後、鈍い音と銃声のような音の二つ交じり合いながら黒狼の内部から発せられる。
音から察するに、その一発は生物の内部を粉々にした際になったものだと予測でき、強烈な衝撃は黒狼の悲鳴すら出させない。
移動速度もそうだが、今のアチルは全身がまさに凶器に等しいほどに強化されている。そのため、彼女が繰り出す技の一撃一撃が生死に関わる威力を持つ。
黒狼の呼吸が一瞬止まり、さらにその威力によってその黒い体は真上、雲を突き抜けんばかりの上空へと吹き飛ばされた。
青空の中、小さな黒い影が目を凝らして見える程に、


『ルヴィアス』


上空の敵を見据え、そう呟くアチル。
既に、黒狼との死闘はさきの一撃で決まっていた。だが、それすら今の彼女にとっては生温い。インデールのこと、美野里のこと、それらに関わっていた存在と酷使しているなら尚更だ。
アチルは左手の薬指と小指を折り曲げ、その他の指を広げる。
その形は銃。
左手の人差し指と中指、伸ばした指先を空に撃ち上げられた影へと向ける。
直後、柄のない四つの剣が彼女の前へと移動する。
同時に剣の端と端、合体するかのように剣たちは互いを重ね合い、アチルの構えた指先の前に剣で囲われ作られた正方形がセッティングされる。


『これで、終わりだ』


眉間に力を込め、その声を発するアチル。
右足を後ろに退きながら上体を右に反らし、空いていた右手を構えた左手の前へと移動させ、手と手の間に淡い光を灯させる。
そして、左手は固定したまま、右手を引く。
光はまるでゴムのように伸びその姿はまるで弓のない弓矢を連想させる。
剣で作られた正方形は狙いを定めるように指から間隔を取りながら固定され、その姿勢のままアチルは空の影を見据えた。
そして、耳に付けられたイヤリングが小さな音を鳴らし、それに合わせるようにアチルは光の矢を放つ。




『消えろ、永遠に』




その瞬間。
指から放たれた光は正方形の輪を通った直後、強靭な鋭利な矢となり超速で空を駆け巡る。その速さは目では負えない、数秒もなくして黒狼へと到達する。
上空では、やっと息を吹き返した黒狼がその眼を開く。だが、その眼で最後に見た光景は、自身の目先へと迫った光の矢。
悲鳴を上げる、そんなことなどできるわけがない。
小さな音と共に黒狼の体は矢によって消し飛ばされた。瞬殺に等しい光景、さらにそれから遅れて、空気の振動が地上へともたらされる。
その場一帯に浮いていた空の雲は衝撃によって四散し、地上では地響き起きる。
それは小さな揺れだった。だが本来ならさらに大きな揺れがその地を襲ってもおかしくなかった。
しかし、それを防ぐ力が地上にはあった。
その力はアチルが戦う前に貼っていた結界によるものだ。彼女は自身の力が強大であることを知り、その上で被害を最小限に止めるためそのような処置を施したのだ。
それは力を持つ者だからこそできること。
揺れが止まり、余波も治まる。空を見据えていたアチルは構えていた両手を下ろし、それに呼応し彼女と魔法剣は光と共に元の姿へと戻る。


『はぁ、はぁはぁ、はぁ……』


カラン、と音を立て地面に落ちる杖と魔法剣ルヴィアス。
元の姿に戻ったアチル。その荒い息使いは止まる気配がない。さらに姿こそ元に戻ったが、ソプラノの声だけは今だ戻る兆しが見えずにいた。
チャトは心配げな表情でアチルに近づき、声を掛ける。


「あ、あの…大丈夫?」
『えぇ、はい。…………もう少し、したら……戻ると思うので…』


そう言ってアチルは後ずさり、建物の壁に背中をつけた。
そして、敵か味方か未だわからないチャト。
そんな彼女が目の前に立つ中で、全身に圧し掛かった重圧を地に落とすように腰を落とし……そのまま、


『………………っ』


アチルはそっと意識を失い、深い眠りについた。
憔悴しきった表情。
力なく倒れた体。
その無防備な姿にチャトと愚者も目を点にしながら、しばし固まってしまうのだった。






















離れた場所で、黒狼が倒されたことを目視するローブの男。
男は顎に手を当てながら、アチルが見せた驚異的な力について思考する。


「まさか、あの力を使役できるとは…………ますます欲しくなったな」


視力を魔法で強化する男は、視界に力の反動か一歩も動けず眠りにつくアチルの姿を映す。男が言う。欲しいという欲求には、アチルの容姿や顔立ちもそうだが、とくに脅威的な力を操るという所がもっとも大きく反映されている。
欲しい。
今、直ぐ、この手の中に。
心中で、その騒つきが止まらない。


「お前たち」


男の言葉に呼応し、空中に複数の魔法陣が形成される。
陣から出てくるのは数分前に召喚した黒狼。それも一体ではない、今度は四体だ。
視界に映る、アチルの傍に立つ称号使いの力は今だ詳細を含め未確定だ。しかし、戦力にならない足手まといが傍に一人いるなら、事は簡単だ。
たとえ、強敵であろうとも、その足手まといを利用すればいい。
男は口元を緩め、再び召喚されようとする黒狼に指示をとば――






「そこまでです」






直後、男の背後。
少女の声と同時に二つの武器が突き付けられる。
男の背中に向けられるは一つの剣、赤色長剣アルグート。そして、その持ち主たるセリアがそこに立つ。
さらに、もう一つは双剣の内の一本。双剣の称号をもつブロもまた、セリアの隣に立ち、口元を緩めながら口を開く。


「それ以上は、私も許さないわよ?」
「…………………」


男は、この二人が背後まで近づいてきていたことに気づかなかった。
正直に吐くならアチルの戦いに意識を持って行かれていたというのが本当だ。単純なミスに対し、ローブに隠れる顔で小さく唸り声を漏らす。


「ここまで近づかれて気づかなかったとは、……私の失態だな。それにしても、その双剣、貴様。称号使いか?」
「へぇ、………よくわかったわね」


男は何を感じ、そう判断したのかわからない。
ブロは男の言葉を素直に褒める。だが、そこで加えて彼女は言った。


「でも…………私だけじゃないわよ?」
「……何?」


そう、称号使いは彼女だけではない。
双剣とは違う、剣と刀を持つセリアもまた称号使いなのだ。
男は怪訝な表情を浮かべながら、初めて顔を動かし、セリアの姿を確認する。


「……そうか、貴様も称号使いか。………できることなら、称号の名前を教えてもらえると嬉しいが」
「良いわよ、私は双剣。で、この子は」
「………勇者の称号を持ってます」


男の問いに簡単に答えるブロ。
そして、次にセリアは警戒しつつ、自身の称号を答えた。
普通なら敵か味方かもわからない存在に自身のことを漏らすなどおかしい所だ。しかし、セリアは男の会話から称号について何か知っているのではと踏み、もしかすれば、何かしらの情報を得られるかもしれないと考えたのだ。
そして、さらに言ってしまえば、自身は今だ称号という力を理解できていない。
たとえ、知られたとしても対策など練られることはないと、




「双剣に、勇者…………ッククク、アハハハハハ!!!」




その時。突如、高笑いを始める男。
その笑いはどこか不気味であり、近寄りがたい声色を滲ませていた。
セリアとブロは警戒を強め、武器を持つ手に力が籠る。


「これは、面白い。こうも欲しいものが多く出てくるとは」
「欲しいもの?」
「ああ、称号を三つ、さらにあの魔法使いと来た。あまりのことで笑みが止まらんよ」


セリアを見据え、ニタリと笑う男。
その瞬間、背筋を舐められたような悪寒と同時に危機感知のように全身が無意識に動いた。それはブロも同様であり、二人は同時に後方に跳び距離を取る。
すると、その直後。
ガキン!! と甲高い音がセリアたちがいた足場から放たれた。
目を凝らして見つめると、そこには虎挟みのような歯型の形をしたものが二つの魔法陣から顔を出すようにして現れている。
そして、その歯は今は閉じられ、もしあそこにいたならば足首ごと挟まれ、捕まっていたかもしれない。
いや、もしくは足を…、


「ッ…!」
「へぇ…」


光景から来る恐れに動揺を隠せないセリア。呼吸を整えながら不意に魔法を使った際の男が見せた仕草を思い出す。
足への魔法もそうだが、宙に浮き出していた魔法陣。そのどれも魔法を使う際、動作を必要としていなかった。唱えることのない直接的な魔法。それは二年という時間を掛け力をつけた現在のアチルと重なり、同時に彼女と同等の力があると思われる。
セリアとブロが剣を構え、対峙する中、そんな二人を見据える男は再び宙に描いていた魔法陣に力を注ぎ込む。
四つの魔法陣に魔力が行きわたり、そこから黒い毛並と共に姿を現わす四体の黒狼。




「お前たち、コイツらとあの魔法使いを捕えて来い。抵抗するなら…………殺してもいい」




男の言葉と同時に駆け出す黒狼たち。
セリアは迫る未確認の獣たちに武器を構え、ブロも同様に双剣を構えながら前へ走り出そうとした。
だが、その時。


「?」
黒狼の毛並。その端からビリッと光が走ったのがブロの視界に入る。
直後、その小さな光の正体を見抜いた彼女、慌てて隣に立つセリアの襟首を掴み横に跳んだ、瞬間。
ドォンッ!!! と雷が黒狼の毛からセリアたちのいた足場に向かって落とされた。
一瞬の熱によって足場には黒い焦げ目がつけられている。
茫然とするセリアをよそに、眉間を寄せるブロ。接近戦を得意とする二人に対し、敵は高速の遠距離攻撃を持つ。


(ちょっと、ヤバいかも…)


距離も関係し、近距離の接近戦まで近づくのには間合いが遠すぎる。
冷や汗を一筋垂らすブロ。だが、黒狼たちは待ってはくれない。まるで息を合わせたかのように四体同時に雷を毛並から漏電を始める。
セリアはアルグートの持つエレメンタルの力を使用して対抗しようとするが、雷を相手にそれは間に合わない。
一か八か、ブロは意を決し前へ駆け出す。
だが、それより速く雷が――――
















「ダークネスセル」


















その言葉の後に続けて弾け跳んだ。
ザン!! とセリアとブロの手前に二本の短剣が足場に刺さる。




「!?」
「げっ!」


突然の奇襲に驚くセリア。それとは反対に顔を引きつらせるブロ。
そうしている間にも雷は放たれ二人の頭上から襲い掛かろうしていた。だが、その数秒手前で短剣に黒いオーラが灯り、それはまるで盾のように大きく伸びた。
そして、セリアたちの頭上で壁となり雷を防いだのだ。
その黒いオーラが一体何で出来ているかわからない。
だが、


「メテオブレット」


答えが出る間もなく、上空から高速で真っ直ぐと落ちるオーラを纏う四つの黒流星。それらは四体の黒狼の頭を貫き、瞬殺した。
回避どころか反応すらできなかった、あれだけ威圧を放っていた獣たちが簡単にやられた。
黒い流星は足場に突き刺さると同時にその正体を明かす。
それは先に落ちてきた二本と同様の短剣。
目の前の光景に対して、固まってしまうセリア。対してブロは嫌そうな表情を浮かべ、重い溜め息を吐き、視線を上に向けた。
セリアもつられて顔を上げた、そこで、彼女は見た。


「……黒」


視界に映ったのは、黒の存在。
高い跳躍から足場に向かって落ちる影、その者は黒のロングコートを着た、全身黒色の衣服に短髪の黒髪。
そして、それは美野里でもなければ女でもない。
セリアの前に着地した、その存在………彼女とそう歳も変わらない少年だった。
少年の着地と同時にそれぞれ突き刺さっていた六本の短剣が再び黒いオーラを灯し、まるで引き延ばされたゴムが元へと戻るようにして、武器は少年のロングコート。そのコートの端に取り付けられた六つの収納スペースに戻っていく。
セリアは目を見開いたまま、コートに戻った短剣を数える。それは二本ではない、六本の短剣。
それらの武器を操る者。
その名は―――






「六本剣使い………」






そう呟くセリア、少年はそれに反応したように彼女に振り返る。
その出会いは、これから先数々の流れが交じり合う中で、何度も繋がり合う。
過酷、悲劇、惨劇、幸福、そのどれに当てはまるかわからない。だが、否定しても、その運命だけは変わることはない。


そう―――
運命の出会いは、同時に運命に翻弄されることに繋がるのだ―――













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