異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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炎光





第三十一話 炎光


夕暮れに近づいた頃、ルーサーは一人、ラウン・ラピスに張り出された依頼受付場に立っていた。
時間が時間なだけに店内に張られた依頼はどれも小ランクの物だらけだ。
しかし、ルーサーはそんな依頼を受けにきたわけではない。彼の本職はハンターではなく鍛冶師だ。
だが、それより先に彼にはやることがあった。
ウェーイクト・ハリケーンから来た男、ルシアの動向を探ること。
もしかすればここに顔を出しているのではと思い、店内に入ってみたが、いずれもインデールのハンターたちが集まるだけで、あの男の姿はない。


(そう簡単には見つからないか……)


帰るか……、とルーサーが足を振り返らせ、そのまま立ち去ろうとした。
その時だ。




「あの………ルーサーさんでよろしいでしょうか?」




背後から不意に女性の声が聞こえてきた。
後ろに振り返ると、そこには腰に小さな短剣を携えた一人の女が立っている。
顔立ちから歳は二十代前半。背中までのびた長髪に加え、外に出るための防具はハンター出だしの頃によく使われる初期の物だ。
だが、そんな彼女を見てもルーサー自身、その顔に見覚えがない。
名前を呼ばれたからには、知り合いかと思ったが…。


「えーと、誰?」
「あ……私、ラヴァと申します。先日、あなたの知り合いの方から武器の手ほどきを受けることができると教えてもらいまして………で、よければ、私にその、武器の手ほどきをお願いしたいと思いまして」


そう言って、頭を下げる女、ラヴァ。
何とも一方的な頼みであったが、それでも彼女からは剣を使うといった雰囲気が感じられない。
それは鍛冶師をやってきた感がそう言っている。
ルーサーは溜め息を吐きながら、頭をかきつつ、口を開く。


「わかった。だったら、ここにある簡単な依頼を受けようか」
「は、はい」


ありがとうございます! と頭を下げるラヴァ。
ルーサーは視線を変え、壁に張られた初心ハンターのために配布された採取の依頼を手に取り、カウンターへと持っていく。
そして、それから数分かけ、ルーサーたちはインデール・フレイムから少し離れた人の寄り付かない、荒野へとやってきた。








夕暮れが近づいていることから、辺りにハンターの姿は見られない。草木と荒野、その場一帯にそれらしかがない中で、ラヴァは口を開く。


「あの、ここら辺でよろしいのでは……」
「ああ、そうだな」


採取依頼は、荒野に生えたトバという草だ。
しかし、それは数分前からずっとそこらに生えており、いつでも採取でき都市に帰還することができた。
だが、戦闘を歩く少年はあえてそれをしなかった。
ルーサーは前に動かす足を止め、ゆっくりと後ろに歩くラヴァを見つめる。
そして






「そろそろ、その下手な芝居を止めるにはここら辺がいいよな?」






その一言。
ラヴァの表情が一瞬にして変わる。
オドオドとした顔色が嘘のように一変し、その顔は歳相応のものへと変化したのだ。


「はぁ……」


ラヴァは溜め息を吐くと、腰に携えた剣を抜き取り荒野に投げ捨てる。


「………いつ、気づいたんですか?」
「んな事、見りゃわかる」


ルーサーは地面に落ちた小さな短剣に視線を落とす。


「お前からは確かに剣の使い手っていう感じはしなかった。だけど、しなかっただけで、自分の武器じゃないのを物を帯刀してることは直ぐ気づいたさ」
「…………なるほど、さすが主様が言っていただけはあるということでしょうか」


ラヴァは感心したように不敵な笑みを向ける。
対して、ルーサーは背中に背負うハンマーを抜き取り、臨戦態勢の構えを取る。


「お前、あの男の仲間か?」
「はい」


ラヴァは背中の腰から青い装飾で飾り付けられた銃を取り出す。
それはインデールでもアルヴィアンでもない、ウェーイクトであると証明する武器だった。
同じ、いつでも戦闘に持って行ける構え。
ルーサーはあえて、口に出して尋ねる。


「で、これからどうする?」
「そんなこと、見てわかるでしょう?」


次の瞬間。
ドォン! と一発の銃弾からその場が一変した。


ラヴァは青い銃から数段の銃弾を撃つ。
速さからして、銃弾の方が有利だ。しかし、それが普通のハンターならだ。


「衝光」


ルーサーが呟く、直後。
見開かれた瞳が赤く変色した。
瞬間、斜め前へ跳躍すると共に銃弾の一発を避け、次にきた銃弾をハンマーでたたき落とし、そのまま振り上げたハンマーをラヴァに向けて叩き込む。
当然、動きがよく見える攻撃など避ける事ができる。
だが、そこでルーサーは叫んだ。


「打現!!」


地面に打ち込まれた直後。
振動が連続してそこから広がり、足が地についていたラヴァにその余波が届いた。
一瞬、彼女の動きが止まる。
その隙をルーサーは見逃さない。


「!!」


再び、一撃を放とうと距離を詰めるルーサー。
ラヴァは眉間に力を込め、動かない体が強引に動かし銃口から一発の弾丸を地面に向かって撃つ。
そして、その直後。


ドォン!!! と、二人の間に突如として何かが生まれ弾け飛んだ。


「ッ!?」


それはまるで見えない衝撃が突然に現れたように、ルーサーの体は後方に吹き飛ばされた。
幸い、威力も低いことから地面に転げ落ちることなく着地することが出来た。
しかし、頭に疑問が過る。
銃弾は身に撃たれることはなかった。
なのに、何故衝撃が体に届いた?
答えがわからない。普通のハンターならそう言う。だが、ルーサーはその答えに直ぐに気づく。


「……銃声か」


それは音による攻撃。
物ではない、銃口から放たれた銃声もまた攻撃の一種となる。ウェーイクト・ハリケーンの隠された戦法の一つなのだろう。


「ッ…………なるほど、それがウェーイクトの戦い方ってわけか」
「……よく見抜けましたね。……確かに、只者じゃないのは本当のようですね」




ラヴァは青い銃を前に構え、同じ臨戦態勢に入る。勢いに任せた特攻を避ける。
彼女の戦い方、いや…それがウェーイクトの戦法なのか。
これでは、一向に勝敗がつかない。
舌打ちを吐き捨てるルーサーは、片手に握るハンマーを真横に振り切った。そして、呼吸を整え、呟くようにその言葉を発する。






「衝光、ラストフレイム」






その瞬間。
衝光の光がハンマーという形を脱ぎ去り、光燃え上がる柄の長い剣へと姿を変える。
それは以前のバルディアスを圧倒した衝光の第二段階ともいえる具現化の力。
ラヴァは目の前に現れたその武器に驚いた表情を向ける。


「あなたも、衝光使いだったのですか…」
「ああ、……………で、まだやるつもりか?」


光炎剣、フレイムブレードを目の前に立つ敵に向けるルーサー。
この状態になった以上、手加減ができないからこその言葉であり、絶対的な力を持つ者の最後の警告でもあった。
だが、


「……………仕方がないですね」


ラヴァは怯む素振りすら見せず、懐から一発の青い弾丸を取り出し銃に装填する。
そして、暗くなる夜空に向かってその一発を撃ち出した。


ドォン!!! と甲高い音。
しかし、それは弾丸ではなく青く光る閃光だった。
さらにその光はそのまま空を上り続けることを止め、まるで飼い主の元に戻るように彼女の直ぐ側に着弾する。


「…………………」
「あなたがそう言うなら、……………こちらとしても、手加減する必要がなくなって助かります」


ラヴァの前に落ちた光。
青い光から姿を変え、その場に顕現する。
青い両翼に液体のような甲殻を持つ。咢を開き、敵と見なしたものに、その赤く光る瞳を向ける。
本物とは程遠い小ささ。
だが、その存在は確かに本物。それは、宙を浮く青きドラゴン。


「ドラゴン……か」
「はい、………私の武器、ザグリートと言います」


得体の知れない存在。
ルーサーは警戒しつつ、光炎剣をドラゴンに向ける。
対してラヴァは銃を構え、自身の武器に対して命令を発現した。


「ザグリート、行きますよ」


そして、直後。
構えた銃をザグリートに突き刺し、そのまま振り払うようにルーサーに向けて数十の弾を連続で撃ち出した。
その数は明らかに銃に込められる弾数を超えている。
ルーサーは動揺する素振りすら見せず、フレイムブレードを真横から振りかぶり、一閃の斬撃を放つ。
光炎が斬撃の炎を作る。
波のように剣から放たれた炎は弾丸全てを弾き飛ばし、そのままラヴァ目がけて突き進もうとした。
しかし、その瞬間。
彼女の前に浮くザグリートが炎を自身の尾で消し飛ばす。


「……………」


幾ら加減したとしても、こうあっさりと攻撃を防がれるとは思わなかった。ルーサーは警戒を強める。


「ザグリートは私の盾であり、武器でもあります」
「盾と武器………えらく凝った武器だな」
「ええ…………後、まだまだ行けますよ?」


ラヴァは銃身をルーサーに向ける。
すると、ザグリートはドラゴンという姿を変化させ、丸い円の形へ姿を変えた。
さらに、彼女の持つ銃の前に移動し固定した。
次の瞬間。


銃身から放たれた一発の銃弾。
だが、前に固定された円に接触した直後、突き抜けるのではなく無数の光弾がその円から連射のごとく放たれ続けた。
銃弾の嵐。


「ッ!?」


ルーサーはフレイムブレードの柄、先端近くを持ち、目の前で回転させることで炎の円壁を作る。
光弾が炎に接触するたび、甲高い音をたて弾き飛ばされていく。
場の圧倒から何秒過ぎたのかわからない。
だが、連射が打ち止めのように止み、今だ、その場に健全する炎の円壁。
ラヴァは少年の持つ剣が盾の役割を終えたことを確かめるため、空中で分解される炎を見つめた。
しかし、そこには…。


「!?」


消えた炎の陰、ルーサーの姿はどこにもなかった。
ラヴァ自身もいつ移動したのかわからなかった。だが、それで彼女の盾であるザグリートはそんな不可思議な状態の中でも真実を見抜いていた。
そう…………今、まさに真後ろから迫りくる、攻撃を。


「衝光」
「ッ!?」


背後からの声に目を見開かせ、振り返るラヴァ。
しかし、それより早くザグリートがその攻撃の前に移動し、盾へとなる。
そして、そんな盾に対し、ルーサーは大技を放つ。




「大打現!!」




グドドドドドッ!!!! と、巨大な連撃。
ザグリートの表面に振り落とされた光炎剣は相手の中心部にまで破壊を伝える。
地面がつられ揺れる程の威力。
その直後。


ガラスが飛び散ったように、ザグリートの体はその場で飛散した。


彼女が盾と称していた武器。
それが見るも無残な破壊。
ラヴァはの表情は驚きに染まり、信じられないといった瞳で目の前の少年を見つめる。
そして、そのまま開いた口で…、












「…本当に、面白いぐらいに掛かりましたね」










次の瞬間。
飛散したザグリートがルーサーの体にまとわりつき、手足を体の一部だった液体で拘束する。


「!?」
「私は言いましたよ。ザグリートは盾でもあり、武器でもあると」


ラヴァは小さく息を吐きながら、手足を拘束され宙に浮くルーサーの元に近づいていく。その傍では両翼をなくしたザグリートが宙を泳ぐように彼女の傍で浮いている。
ルーサーは自力で拘束を解こうと両腕に力を込めるが一向に緩む気配がない。
と、その時。
ラヴァが小さな声で口を開いた。


「やはり、あの美野里という女が衝光使いのトップのようですね」
「………おい、何が言いたい」


美野里の名前が出た瞬間。
ルーサーの殺気が高まった。だが、ラヴァは怯むことなく話を続ける。


「いえ、以前に彼女の衝光を見た時のことを思い出しまして。…………衝光使いには私も初めて遭遇しましたが、…………あの女だけは特異的な物を感じましたので」
「……………………………」
「私は…………あの衝光使いの姿を見た瞬間、脅威を感じました」


ウェーイクト・ハリケーン。
その都市の周辺に生息する生物たちはどれも強豪レベルであり、死と直結するリスクが多いことで知られていた。
ラヴァもそんな死線を何度も潜り抜け、対峙する際の感覚で敵の脅威を肌で感じ取っていたのだ。
そして、あの時も。
ペシアが美野里の衝光に興奮する中、彼女は内心で怖気づいていた。
見た目に騙されている。
あの姿は異常だ。
危険だ。
ラヴァはその時、決めた。
ペシアと接触する前に、あの衝光使いを亡き者にする。それが、我が主を守るための最善の行動だと信じて。


「…………………」
「しかし、同じ衝光使いでも、あなたとあの女とでは全くとして脅威が微塵も感じられない」


ラヴァは目でザグリートに指示を出す。


「見た目だけの力を見て、私は正直に言って落胆しました。……何が主様の興味をひきたてたのだろうと」


彼女の傍から離れたザグリートは、ルーサーの周りで泳ぎ始め…、


「……なので、そろそろ終わらせます」


次の瞬間。
ルーサーの周りに数個の円が宙に浮きながら現れた。
それはラヴァが戦法として使っていた連射を行うためのものだ。
そして、それが一つではないとすると、


「………………っぐ!!」


ルーサーは再び力を込め、拘束を解こうとする。
しかし、拘束は解けない。
そうしている間にラヴァは背中を向け、歩きだす。
それは見ても仕方がない。すでに決まった結果に付き合う必要がないという行動でもあった。


「それでは、さようならです。………鍛冶師ルーサー」


ラヴァは銃を真後ろに向け、躊躇いなく引き金を引いた。
それは連射によるまさに殺しが行われるスイッチとなるもの。ザグリートの拘束から逃れられないものに、情けを掛ける必要はないのだ。
彼女が撃った銃弾は外れることなく、一つの円に着弾した。
そして、それは連鎖するように数個の円に繋がり、まさに連射の瞬間になる。


(終わりました、主様…)


ラヴァは無言でその場を去ろうとした。
その時、その場に、………………………………異変が起きた。


ボォアア!! と巨大な音をたて炎の柱が立つ。それはルーサーがいた、まさにその場所でだ。


「なっ!?」


突然の出来事に驚き振り返るラヴァ。
だが、その次の瞬間。


「っ!?」


ゾクリ、と全身を突き刺すような脅威が彼女を襲う。
それは美野里と同じ、いや、それ以上の……、


「おい………」
「っ!」


炎の柱。
その中で声が聞こえる。
ラヴァは銃を構え、弾を撃ち出そうとした。
しかし、それが間違いだった。










「……脅威ってやつは、感じれたか?」








瞬間。
ラヴァの体は前方から放たれた炎の衝撃により真後ろに吹き飛ばされた。
それは、圧倒的な決着だった。












空が暗くなり、そこに浮かぶ月光だけが地上を照らす。
ラヴァは一歩も動けずにいた。
恐怖が体を支配し、声すら発することさえできなくなっていたのだ。
そして、


「アイツに伝えとけ」


そんな中で、ルーサーは地面に倒れるラヴァに対して言葉を告げる。






「いつでもいい。部下なんざ使ってないで、お前が来いってな」






赤い瞳。
ルーサーは彼女を見据え、そのまま都市へ帰るべく足を動かした。
その場で起きた出来事。
炎の柱。




その詳細を隠したままに……。







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