異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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少年と少女の…





第二十五話 少年と少女の…


数時間前。
宮殿奥の通路に作られた、どれだけの衝撃を受けても壊れることのない魔法の檻。
それが眩い光と共に破壊された。
見るのない粉々の破壊。
そして、その破壊の中心で立つ美野里は衝光に秘められた次の段階へと続く輝きの長髪を揺らし目の前を見据えていた。


「……うん、うまくいったみたいね」


宙に飛び散る檻の破片を目で追い、その後にそっと微笑みを見せるレルティア。
その顔にはさっきまでの冷徹な面影もなく、どこか嬉しそうな感情が見て取れた。しかし、変質した雰囲気が美野里の警戒をさらに強める。
言葉が交わされない沈黙の空間。
だが、それを破ったのはレルティアだった。
彼女はゆっくりとした動きで美野里を指さす。また何かの魔法か、と美野里は目を鋭くさせ衝光の力をさらに体中に込め、後ろに後ずさり反撃の隙を待った。
と、その時だ。


ふらり、と靡き揺れた髪。
美野里の視界に微かにその姿が映る。
え? と、疑問が頭に生まれ、後ろに垂れる髪を掴み取り見た目や肌触りを確かめ、異様に光るその物体を人通り確認した。
そして、…………………………………………………………………え?




「えええええええええええええええええええええええっ!? 何これ! って何か光ってるし!?」


緊張の糸がそこでキッパリと切れてしまった。
驚きで動揺が抑えきれず、パニックになる美野里。
対して、レルティアは頬に手を当てながらそんな慌てふためく少女の様子を見て楽しんでいるようだ。


「ふふっ、美野里ちゃん。長い髪の方も似合うわね」


実際はそれ何処ではないのだが。
美野里はまじまじと輝きの衰えない髪を見つめ、そこで不意にある事に気づく。


「あ…あれ? これって…………まさか衝光?」
「ええ、それは具現化。美野里ちゃんが今まで使っていた衝光が進化した姿よ」


目を丸くする美野里にそう語るレルティア。
今まで衝光を使ってきたが、そんな言葉など聞いた事がない。
困惑した表情を浮かべる美野里は近づいてくるレルティアに再び警戒の瞳を向ける。
彼女から感じていた威圧感が消えていることが、より怪しく感じて仕方がなかったからだ。


「な、何の冗談ですか……」
「何も。ただ、美野里ちゃんの力を上手く伸ばすことが出来た。そのことに喜んでいるだけです。……アチルもあの一件から酷く気にしていましたから」
「……………?」


何故そこでアチルの名前が出るのか、美野里は怪訝な表情を見せる。
だが、レルティアはそんな彼女に対し、




「それよりも、美野里ちゃん。……その恰好で行くつもり?」
「え、…………………っッツ!!!」




レルティアの指摘に一瞬で顔を赤面に変わった。
今更だが、美野里の衣服は前から切り裂かれ、肌が露わになっている。言うなら上半身裸だ。
事実に気づいた美野里は両腕を交差させ胸を隠し、しゃがみ込んでしまう。
だが、その直後。




「チャルト・バートゥ」




レルティアが口にした詠唱。
美野里の体が突如現れた水色の光に包まれ、数秒も経たない内に光は霧のように消えた。
そして、そこには…。


「……何…これ?」


全身を包む、衣服。
今までの衣服とは違う。上下白黒の衣服に茶色のコート。汚れ一つない、新品のハンター専用の装備が身を纏っている。


「アルヴィアン・ウォーターの特性品。どんな環境にも適し、あらゆる攻撃から身を守ってくれます」


レルティアの魔法によって与えられた女王直々に渡されたアルヴィアン・ウォーター製の装備。
美野里はその言葉に驚きつつ、自身の着るコートや衣服に目を丸くさせる。
と、そこで美野里の視界にある物が目に止まる。


「……あの、レルティアさん?」
「何ですか?」
「いや、これ………………………私のダガーですよね?」


美野里が視線を止めたのは、腰につけられた特定の武器を納めるための六ヶ所のホルダー。
そして、そこに納められた六本のダガー。
新品ではない、それは美野里がこの世界に来てから今まで愛用してきた武器だ。


「ええ、そうですよ」
「……………どうやって?」
「それは、まぁ……転移させちゃったといいますか」


そう言って、口元を緩めるレルティア。
美野里は彼女が他人の記憶が読むことが出来ることを知っていた。だから何故彼女が自身の愛用武器であるダガーを知っているのか、驚きはしなかった。
だが、彼女はたった一言でここから遠く離れたインデール・フレイムにある武器を一瞬で転移させた。アチルでさえ、転移の魔法を使うのに顔色から疲労が見え隠れしていたはずなのに。


美野里は目の前に立つ彼女の存在を思い出す。


アチルの母。
アルヴィアン・ウォーター女王。
そして、…………アルヴィアン・ウォーター、最強の魔法使い。




怖気づいたかのように後ずさりそうになる美野里。
しかし、レルティアは笑顔を崩さず言葉を続ける。


「美野里ちゃん。私はそんな大層な物じゃないんですよ?」
「……………とか言いながら、また簡単に記憶を」
「これぐらい、上級の魔法使いなら簡単に出来るわ。でも、今はその話は横に置いておいといて、…………アチルを助けに行くんでしょ? なら、早く美野里ちゃんの衝光を完成させないと」
「……完成?」


その言葉に目を見開く美野里をよそに、レルティアは前に近づき、その輝き続ける長髪を指さす。


「そう、完成。衝光、本来の力である具現化の構築って所かな。……具現化って言葉は確かに力の固めるというイメージがあるけど、……本当の性質はそれじゃない」
「……………」
「美野里ちゃんにわかるように言うなら、それはもう一つの動力源。自分の中に溜めこめない分を外に作り出す。……つまりは、もう一つの心臓みたいな物なの」
「心臓…」
「そう。…………美野里ちゃんの光るそれがもう一つの心臓。…………衝光の塊」


ゆらり、と揺れる光の髪。
衝光の塊であり、もう一つの力を引き出す動力源。


「本当なら、ゆっくりと教えてあげてもよかった」
「え?」
「……今回、この都市に潜りこんだ侵入者。美野里ちゃんたちがそれと鉢合わせする確率も高かった。もしかしたら、その場で戦闘になる可能性もあった。………でも、未完成の衝光で戦っていたら、美野里ちゃんはまた同じことを繰り返すことになる。だから、アチルには悪いとは思ったけど、こういう方法を取らしてもらったの」
「……………っ」


レルティアの言葉に口元を紡ぎ、美野里はバルディアスでの一件を思い出す。
全方位の攻撃を防ぐために衝光を全身に纏い使った一撃。完全に攻撃を防いだに見えたが、その後に自身に起きた反動が大きかった。
そして、その事を一番に心配してくれていたのが、アチルだったことを知り、胸を締め付ける。
レルティアは顔を伏せる美野里に語りかけるように口を動かす。


「ごめんね、美野里ちゃん」
「い、いえ、私こそ………その勝手なことばっか言って……、全然…レルティアさんの気持ちも考えないで」
「いいのよ。私も悪いことしたから」


レルティアは美野里に近寄り、その小さな頭にそっと手を乗せる。


「!?」
「ルーツライト」
「……え?」
「今の美野里ちゃんが使ってる衝光の名前。衝光は言葉で発動する力だから、同じように今の言葉を言えばいつでもこの姿になれるわ」


呆気にとられる美野里。
レルティアが衝光についてあまりにも詳しすぎることに疑問を抱く。


「…………レルティアさん、何でそんなに衝光のことを…」
「昔、教えてもらったの。……一人の男の子に」


クスッ、と笑うレルティア。
美野里は目を丸くさせ、そこにある彼女の顔を見た。……まるで、どこか昔の事を思い出している。
そんな顔を浮かべる彼女を……。












ゴクリ、とマグカップに入った紅茶を飲み干す美野里。


「っと、そういうことがありまして」
「…………………」
「あの、アチャルさん。そんなに睨まないでくれません……」


美野里たちは今、宮殿奥にある中庭に置かれて椅子に腰かけている。
側にはアチャルとレルティア、そして巨大な大樹を背に横たわるアチル。その少し離れた所には魔法による頑丈な鎖で縛られたマユリートの姿もある。


緊迫とした大空での死闘。
あの場で美野里が見せた光の一撃で全てが終わりを告げた。
マユリートの作り出したリヴァイアサンも光の力によって消失し、圧倒的な力を光の中へ消えていった。
そして、同時にレルティアが作り出した巨大な空間も加えて消失させたりもして………。




「全く、貴様も貴様だ! レルティア!」




アチャルは青筋を額に作り、目の前で優雅に紅茶を飲む女王を怒鳴りつける。
が、当の本人は呑気な仕草で口につけたマグカップをテーブルに置き、


「まぁ、そう怒らなくても」
「黙れ、この腹黒女が!」


イライラが収まらないアチャル。
あの場で上空での足場を失い、全員が落下という形に落ちいった。だが、その次の瞬間に彼女たちは中庭へと転移させられたのだ。
もちろん、皆を助け出したのはレルティアだが、それにしてもタイミングがあまりにも良すぎる。美野里があの場に現れたことといい、こうして全員をこの場に移動させたことといい、完璧に計算されている。


つまり、簡単に言うなら、全てが彼女の掌で踊らされていたのだ。


ムシャクシャ気分で今にでも大技の大魔法をこの女にぶつけてやりたい、そう思ったアチャル。
だが、その時だ。






「ホント、イカれたもんだな。この都市の女王様は」




大樹の下、鎖に縛られたマユリートが不敵な笑みをこぼす。
今回の騒動の原因でもある彼女。そして、アチルを気づ付けたのも……。


「!!」


アチャルは目を見開き、怒りを込み上がらせ掌に炎を灯す。


「アチャルさん!?」


美野里はすぐさま、彼女を止めようと椅子から立ち上がる。
だが、その次の瞬間。


「あなた、マユリートって名前だそうね」
「!?」


それはまさに一瞬の出来事だ。
マユリートの目の前に、瞬間移動したかのように転移するレルティア。
その顔は穏やかだが、声には微かに棘が見え隠れする。


「……ハッ、自分の娘をダシに使った女王様が今さら何」
「アチルの魔法を散々に使ってたみたいだけど、あなたは美野里ちゃんに助けられたことをもっと自覚した方がいいわよ」
「………何」


その意味不審な言葉に眉を顰めるマユリート。
対して、レルティアは笑顔を崩さず、言葉を続ける。




「あなたはどう思おうが勝手だけど………………実の娘が攫われた時点で私が何の策も取っていないと……本当に思ってるの?」
「ッ!?」


直後、レルティアの言葉が同時に殺気に似た刃に変わる。


「アチルの背中に刻んだ封印魔法にはもう一つの魔法を組み入れていたの、気づいてた?」
「な、………な、何が言いた」
「封印魔法、その裏に組み込んだのは大容量の魔力を転移させる術式。あなたが扱う事が出来ない程の強大な魔力よ。………もし、それをあなたの意思を無視して強引に送りこんだら、どうなってたと思う?」
「……ッ、あ」


魔法使いにも、許容量という物がある。
マユリートはアチルの魔力を吸い取り、戦いに利用していた。だが、それもただ奪い取っていたわけではない。自身が扱えるよう、調整を行いながら他人の魔力を自身の物に変えていたのだ。
しかし、それがレルティアの言うように強引に送り込まれたとなれば、それは彼女の許容する量から外れた負へと変わる。
体に溜めこめず、内側からの自滅。
最悪の場合…、


「まぁ、内側で爆発魔法を食らわなかっただけ………よかったわね」
「……………」


体を震わせ、目の前に立つ女王に怯えた顔を露わにするマユリート。
笑顔を一切崩さないことが、より一層に恐怖を強くする。




「だから言っただろ、腹黒だって」
「……………………」


美野里はアチャルの言葉にコクリと頭を頷かせる。
もし、あの光景が自身に来たと思うと、怖くて仕方がない。


「美野里ちゃん、私的にはもっと怖くしてもいいのよ?」
「わっ!? ま、また私の記憶呼んだって、いつ戻ってきたんですか!?」


またしても、椅子に転移し何も無かったように紅茶をマグカップに入れるレルティア。


「無駄に魔法を使うな、全く」


アチャルは慣れているようで、そう驚いた反応を見せなかった。
大樹の向こうで酷く震える侵入者をよそに、レルティアは一息つくように紅茶を口に含み、喉の奥底に飲み込ませた。
そして、視線を目の前にいる美野里に向けると、その口で、




「美野里ちゃん、今日の所は帰ってもらえる?」
「…………………は?」
「だから、インデール・フレイムに」


そう言って笑顔を向けるレルティア。
対して、美野里は一体何故今になってそんな事を言われたのか分からずにいる。


「あ、あの」
「アチルはこっちでちょっと修行させてから戻すから、その間に美野里ちゃんには元気になってもらわないと」
「で、でも! 余計に心配しちゃって」
「大丈夫。今からそんなこと言ってられなくなるから」
「っちょ、その言葉何か怖いんですけど!?」


ニタリ、とイタズラっ子のような笑みを見せるレルティア。
隣でアチャルが嫌そうな顔を浮かべており、それが瞬時に何かよからぬことを考えている、と理解させる。


「ま、待ってくだ」
「それじゃあ、また会いましょう。…………美野里ちゃん」


美野里が手を伸ばした。
だが、その瞬間。美野里の体は消え、アルヴィアン・ウォーターから彼女の存在はなくなるのだった。








「ところで、レルティア。アイツ、どこに飛ばしたんだ?」
「フフッ、内緒」














視界に捉えたのは、白い天井だった。
そして、直後に背中に襲うは暑い水。つまりは水面へのダイブだった。


「っぶ!?」


バシャン!! と盛大な音が水滴と共に飛び跳ねる。
全身が水に浸かり、ブクブクと口から空気が漏れ溢れる。


「ぶぎゃ、熱っ!!!? ってなにこれ、お風呂?」


弾け飛ぶように顔を水面から出す美野里。
そこで、ここがどこかの風呂であることに気づき、さらにはその傍にいる。


「……………………………………」
「……………………………………」


衣服のない裸。その下にタオルをかけ、小さな椅子に座る少年。
鍛冶師ルーサー。
二人の視線が交わり、沈黙の中で水滴がポツポツと落ちていく。
美野里の視線はルーサーの顔から徐々に下へ下へと動いて行き、最後のある物を見てそこで現状を頭の中で理解した。
そして、次の瞬間。


「………っきゃ、きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」
「グホッ!?」


速攻の右ストレートが炸裂。
ルーサーは一撃でノックアウトし、そのまま仰向けに倒れるのだった。










「で、こうなったと?」
「………はい」


室内でベットに腰かける美野里に今日の出来事を人通り耳にした。
体を起こし、彼女の目の前に立つルーサーは天井を見つめ、顔を片手で覆い隠す。その口からは酷く疲れた溜め息が吐き出された。


「……お、お前」
「…ん?」
「…………その、見たのか?」
「…………ッえ!? みみ、見てない見てない!!? 本当見てないから! あああ、あの小さいのとか、黒い」
「言うな!!! っかしっかり見てんだろ!!」


今更になり思い出したのか真っ赤な顔を伏せる美野里にルーサーは頭をかきながら大きく溜め息を吐いた。
まさか、彼女にあんなタイミングで鉢合わせするなんて思いもよらず、……いや、実際には普通に考えてあるわけがない。


「ったく、あのババア………本当に余計な事ばっかしやがって」


舌打ちをうち、そう呟くルーサー。
え? と美野里はその言葉に目を見開く。


「ルーサー」
「ん?」
「レルティアさんの事……知ってるの?」
「ん、まぁ…ちょっとな。………アチルのオーダーメイドとか作る時に必要だった材料はあっちから送ってもらったし」


ああ、そう言うこと……、と納得する美野里。
確かにインデール・フレイムでアチルのような衣服の材質は扱っておらず、レルティアから貰った戦闘用コート等も同様でアルヴィアン・ウォーター製の生地を使っている。
レルティアの転移魔法を目にしている美野里にとって、そういう繋がりなら、ありえなくもないと思ってしまう。


「ふぅ……」


とはいえ、小さく息を吐く美野里
たった一日でこんなに疲れるとは思わなかった分、溜め息がつきない。
ルーサーはそんな彼女の様子を見つめつつ、不意に傍に近づいて、


「それにしても、また偉く良いもん貰ったんだな」
「っえ!? ちょ、ちか、近いって!」


至近距離からのルーサーの顔。
ベットに腰かけ手をついていた美野里は動揺のあまり、ズルッと支えであった手を滑らせ、


「わっ!?」


ボフッ、と美野里の体は後ろに倒れ、ベットに仰向け寝ころぶ形となった。
そして、倒れる彼女を引き留めようと前に出たルーサーも、そのままその上に覆いかぶさるかのように体が倒れてしまうが、咄嗟に手をつき、美野里に圧し掛かるまでにはいかなかった。
だが、


「…………………」
「…………………」


離れるに離れられない至近距離。
吐息と吐息。
二つの息が宙で混じり合い。
視線と視線。
両者、視界から顔を反らすことができない。


顔を赤くさせ、今起きていることに目を見開くルーサー。
対して美野里は体を縮こまらせ、唇を紡ぐ。その顔はまるで火照っているかのように赤みを帯びている。
音のない世界。その中で聞こえる、自身の胸から徐々に早くなる鼓動の音。
今、この場に二人しかいない。
それがより強く、そして早く体の熱を高めていく。


「……………美野里」


不意に、ルーサーの口から名前が洩れた。
美野里は目を見開き、目の前にいるルーサーの顔を凝視する。
いつもの気だるそうな表情とは一変した真剣な顔立ち。その口から聞こえる吐息は、ゆっくりと、だが段々と早くなっていくのが見て取れる。
彼もまた、この二人だけの世界に対し、緊張している。自身だけでないと美野里はその瞬間に理解出来た。


「………………っ」


ルーサーは硬くなった体を動かし、顔を少し、また少しと美野里の顔へと近づけていく。
身動きの取れない、縮こまる少女へと。
そして、その唇と唇。
いつ触れてもおかしくない、そんな距離まで来た。




「…………だめ」




美野里はそこで手をルーサーの肩にやり、彼の体を後ろに戻す。
表情はさらに赤みを増し、頭の思考が追いつかず、口から感情が一気に漏れ出す。


「私、そんな可愛くないし……ぶっきら棒で喧嘩もする。わがままで、泣き虫で、何も目標もなくて」
「………………」
「それに、私、……………傷物なんだよ」


何を言っているか彼女自身、理解できていなかった。
美野里が言う傷とは、バルディアスの一件で負った肩から胸にかけて残った傷痕。
消えることのない、一生背負っていく傷のことだ。


だが、この世界で男女の付き合いをする者は数多くいる。しかし、そんな彼らにとって、傷があることを気に止める者は誰もいない。
なぜなら、ハンター等、死線を掻い潜ってきた者たちにとってはあたりまえにある物だからだ。
この世界に生きてきた者なら、誰でも知っている。
だから、傷など当たり前な世界でその言葉を口にするのは逆にその者たちを侮辱する行動ともとれた。


「……………………」


彼女の言葉を聞く、無言のルーサー。
美野里は、そこで自身の過ちに気づいた。
目を前に向けると、そこには口を開かない真剣な表情を崩さないルーサーの顔がある。


(………私、最低だ)


美野里は自身の言った言葉に後悔した。
だが、既に口から出てしまった言葉を誤魔化すことなどできなかった。
ただ、ルーサーから逃げるように無駄な言葉を続けていく。


「……こ、こんな女より、他にもっとかわいい人とかいるよ…」
「……美野里」
「だから、私なんか……ほっといて…」


もう、何がなんだかわからない。
止まらない口が今までの繋がりをこじらせていく。一時の間違いがルーサーとの関係を全部壊してしまった。そう思ってしまった。
次の瞬間。






「お前、それ本気で言ってるのか?」






え? と目を見開く美野里。
突如、ルーサーの手が美野里の手を振りほどき、逆にその手を掴みベットに押し倒した。
あまりの突然のことに美野里の思考は落ち着かない。


「る、…ルーサー……」
「……………………」
「っえ、あ、ちょ」


美野里は抑えてける手を振りほどこうとするが、力が込められた手は一向に動けない。それほどまでにルーサーが本気で彼女を拘束しているのだ。
それが怒りなのか何なのか、……わからない。
重く圧し掛かるような沈黙が、怖い。
そして、そんな中で、


「えっ…」


グィ、と。
ルーサーの手が美野里の衣服。
襟を横に引き寄せ、肌に残った傷痕を露わにする。
ビクッ、美野里の体が酷く震えた。顔から熱が冷め、同時に心の奥から怯えが滲み出す。
だが、それでもルーサーは手を放そうとしない。
体を硬直させ、怯え始めようする美野里。そんな少女にルーサーは言った。






「………………こんな物で、お前の良い所が全部ダメになるわけないだろ」






瞬間。
美野里の思考が止まり、その瞳は彼を放せなくなった。
震えていた体が入れ替わるように、敏感になり、手から、肩から、彼の手の感触が直に強く感じてしまう。
ルーサーは、ゆっくりとした動きで美野里の肌に残った傷痕をなぞる。


「あっ…ん」
「…………………」
「っ、……る、ルーサー……」


下へ下へ、徐々に肩から降りていき、胸の直ぐ側まで手の指先が下りていく。


「……………美野里…」


徐々に、荒くなる息を吐く美野里。
怯えとは違う震えを見せる彼女の唇に再びルーサーは顔を近づけていく。
そして、その唇に上乗せするように触れ………。






「……………………………………………やっぱ、違うよな」
「ぅ、え?」






ストン、と肩で息をつくと同時にベットの端に座り込むルーサー。
美野里は荒い息を抑えこみ、重くなった体を起き上がらせる。


「ルーサー…」
「悪い。……………でも、…………その、お前とは、もっと親しくなってからって言うか」
「………………」
「つまりは…………そう簡単にしたくないんだよ」


頭をかきつつ、そう言って表情を見せないルーサー。一瞬の迷いで動きそうになった自身をどうにかして止めたようだが、その耳には少し赤みをおびていた。
美野里は落ち着いてきた鼓動を意識しつつ、ルーサーが口にした言葉を思い出す。


『そう簡単にしたくないんだよ』


今に思うに恥ずかしい言葉だ。
だから、顔を一向に見せないルーサーの気持ちもわからなくない。
美野里は小さく口元を緩ませると、そっと呟くように、


「意気地なし」
「っな、お前な!」


ルーサーが動揺のあまり声を荒げ、勢いよく振り返った。
だが、その直後。


トン、と美野里はルーサーに近づき、その肩に頭を倒した。
それはまるでやり返しのように、突然のことだった。
瞬間に硬直するルーサー。
対して美野里は上目使いでそんな彼を見つめ、


「でも、これぐらいなら………許してくれない?」
「……………う、まぁ……いいけど」


ありがとう、と小さな声で呟く美野里。
そうして、少女はルーサーの肩にもたれ掛るようにして静かに眠りの中へと落ちていった。




慌ただしい一日。
不安定だった心の整理を一日という短い時間の中で整えた分、疲労がピークを迎えた美野里。
だが、そんな彼女の寝顔からは疲れは感じられず…。




そこには……穏やかな幸せそうな寝顔が残るのだった。









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