異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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ルーシュ宮殿





第二十一話 ルーシュ宮殿




滑らかなを色つやのある黄金色の長髪。
ピクピクと動く猫耳といった、そんな可愛さの象徴たるものを持つローブ姿の少女の名前はアチャル。
魔法都市アルヴィアン・ウォーターに暮らす魔法使いであり、また上級魔法使いとしても有名な彼女はアチルとは幼い頃からのいわゆる幼馴染という関係にある。
そして、有名ということもあって人の目を避ける為に彼女は自身へと気配を消す魔法を纏って日々行動をしていたわけなのだが―――その魔法には、一つの欠点があった。
自身の気配を消すということは周囲への感知を無にさせる効果を持ち、それは一人や二人、数人等に対してなら何も影響はない。
だが、それにも限度があり、例えるなら数人の域を越えた大勢にもなると魔法の効力が全く効かなくなってしまうという大きな問題があったのだ。




つまり、簡単に言うなら―――――――――――すぐ近くで馬鹿でかい大声を出されれば、視線の数は無数に広がり魔法が意味なくなってしまうのだ。




よって現在。
ツリ目を細め、アチャルは額に青筋を作りながらこう尋ねる。


「それで、コイツは何んだ?」


今、アチャルの正面には地面に正座する一人の少女がいる。
それは、人が行きかう通りで絶叫した挙げ句に気配を消す魔法を無にさせてしまった少女、現在進行形で土下座中の美野里である。
その直ぐ側には、苦笑いを浮かべるアチルの姿もあるわけだが、


「ぁ…あの…」
「何だ、言ってみろ。………ただし、くだらない戯れ言をほざくというなら………わかってるだろうな?」


ギロリと睨まれ、美野里の口を一瞬にして沈黙してしまった。


あの後、幸いにも騒ぎになる手前でアチルとアチャルによる転移魔法によって、どうにか難を逃れることは出来た。
だが、転移魔法の展開が不十分だったこともあって三人の転移先は通りから少し離れた店裏の路地、しかもそこに放置されたゴミ袋の上に頭から真っ逆さまにダイブするはめになってしまったのだ。
どうにか、鼻を刺激するゴミ特有の臭いは魔法で消すことができたが、それでもアチャルの怒りは収まるわけがなく、美野里を見下ろすその目はまさに『目の前にいる、この美野里という女をどうしてくれようか…』と言っているようだった。
まさに不機嫌タイム突入のアチャルに、アチルがやや控えめな声でフォローを入れる。


「えーと…アチャル、そろそろ許してあげても…」
「私的には、もう少し怒りたいんだが?」
「…ま、まぁ…そこをなんとか」


お願いします! と両手を合わせ、懇願するアチル。
ジト目で向けたまま唸り声を出すアチャルだったが、やがて諦めたように大きな溜め息を吐いた。
だが、同時に心の中はどこか複雑な気持ちにもなってしまう。
故郷から一歩も足を出したことがなかったアチルが今目の前に帰ってきた。それも、このアルヴィアン・ウォーターに住む知り合いを隣に連れていたわけでもなく、この都市とは違う遠く離れた都市から来たという美野里という少女を共に連れて…。


「もういい………全く、最悪の気分だ」


どこか拗ねたような、不満な表情を作るアチャル。
実際、消化不良の気分は変わらないのだが、もう今更怒るのもどこか恥ずかしい。
アチャルは、涙目で頭を深く下げる美野里を見ながらアチルに再度尋ねる。


「それで、コイツ本当に何なんだ?」
「えーと、今インデール・フレイムでお世話になってるハンターの美野里です。都市での生活とか諸々助けてもらていて……あ! それと喫茶店で料理とか作ってて美味しいんです!」
「おい、途中から何か話が外れている気がするが……まぁ、いい。だが、お前がそうまでいうのは珍しいな。こっちではいつも美味しくない美味しくないっとぼやいてたのに」
「ぅっ…」


いや、それは……事実だったので、と唇を尖らせるアチル。
その表情に小さく笑うアチャルは、そんな彼女がいなかった間の出来事を話し始め、次第に流れは進み、二人だけの世界に入っていってしまう。
一人残らされる形となった美野里は、そんな彼女たちの姿をぼんやりと眺めながら、ふと昔の記憶を思い返してしまう。
それは元にいた世界で確かにあった、友達という関係。
学校という場所があり、同級生というクラスメートがいた。そして、友達も……、


「…………」


影がさしたように、寂しげな表情が薄らと出てしまう。
と、その時だった。




「おい、貴様」
「…えっ?」


目の前から聞こえた声によって、美野里の意識は現実に戻された。
顔を上げると、そこには至近距離にアチャルの顔があり、睨みをきかせながら腰に手を当てる彼女は、吐き捨てるように口を開く。


「今回はアチルの顔に免じて許してやる。だが、次にまたこんなことしでかすなら………」
「え、あっ、は」
「…………上空に転移させて、真っ逆さまに落としてやる」
「って、無理!? それ絶対に死ぬから、私っ!?」


ふん、と鼻を鳴らすアチャル。
どこまでが本気でどこまでが嘘なのか……本当にわからない。
顔を青くさせる美野里をよそに、アチャルは気にしていない素振りでアチルに視線を向ける。


「それで、お前たちはこれからどこに向かうつもりだったんだ?」
「え? ……えーっと…一応は家に帰ろうかと」
「そうか。なら私も用事を済ませたらそちらに寄らせてもらうぞ………あの腹黒女には少し言いたいこともあるからな」


腹の底から笑うような声を出し、真っ黒な笑みを浮かべる彼女に苦笑するアチル。
そして、アチャルは大きく息を吐きながら、小さく魔法を詠唱した、その直後。黒のローブに纏うように微かな光が帯び、同時に直ぐ側にいるにも関わらず彼女の存在は、まるで気配を薄くしたかのように認識出来にくくなる。
意識していなければ、見失ってしまう。
そんな雰囲気を漂わせながら、アチャルはアチルの横を通りすぎ路地先、その向こう側に広がる大通りに繋がる道へと去って行った。
離れていくその後ろ姿を見送った後、アチルは地面に未だ正座中の美野里に小さな手を差し伸べながら、


「それじゃ行きましょうか、美野里」
「……うん」


…あ、ありがとう…、と美野里は顔を赤らめつつ、素直にその手を受け取り、立ち上がるのだった。






アチルたちが再び動き出した中、黒のフードで頭を隠すアチャルは人が混む大通りを静かな足取りで歩いていた。
だが、彼女の脳裏には、数分前に出会ったインデール・フレイムから来たという美野里という少女の事が鮮明に残っていた。
いや、そもそもあの時もそうだ。
いつもと変わらない大通り。そこで、アチャルは、あの少女に声を掛けずにはいられなかった。
何故なら、この街や離れた地から来たことからという些細な問題ではなく、あの時…


(………あの臭いは…一体何だったのか…)




彼女はその臭いを嗅いでしまったのだ。
得体の知れない、今まで嗅いだことのない…この世界には存在しない未知の臭いを…。










大通りに戻り、そこから数分と歩いて目的地についた。
そう時間が掛からなかったのは、どこかの角を曲がるといった複雑な道を行くこともなく一本道をただひたすら歩いていくだけだったからだ。
そして、通りを抜けた広い場所に出た先で、美野里は垂直な感想を述べる。


「アンタ………お姫様だったの?」
「え?」


きょとんとした表情を浮かべるアチル。
首を傾げている様子が見て取れたが、美野里にとっては目の前に建つソレは見て驚くしかできない。
当初はアチルの家だと聞いて、小さな一般の建物を想像していた。だが、実物を見たソレは想像の域を遥かに超えており、はっきりと言えば期待をズバ抜いたものだった。
美野里はぷるぷると震える唇を動かし、わなわなと目の前に建つソレを指さして叫ぶ。






「いや、どう見たってお姫様とかが棲んでそうな城でしょうがっ!!」






何の汚れもない、白壁に包まれた豪邸。
その都市の頂点を象徴する、白の塔上に掲げられた旗。
美野里が指さした、そこには……魔法都市の重要場所と言っても過言ではない、まさにアルヴィアン・ウォーターの女王が住んでいそうな城が顕然と存在していたのだ。


「ち、違いますよ。お姫様は、私のお母さんですし」
「それってつまりアンタが次期女王候補ってことでしょ!? ほぼ、次期お姫様で決定じゃない!!」


すっ呆けた事を言うアチルにツッコむ美野里は、盛大に疲れた顔色で大きな溜め息を漏らす。
辺りを見渡すと、城の近くでは、虹色に光る文字が宙に浮かんでいたり、シャボン玉のようなものがプワプワと浮いていたりと、ファンタジー感まる出しの光景が広がりっており、魔法使いになりたての子供たちが元気な様子ではしゃいでいる姿もある。
そして、門の上にもまた光る文字が浮かんでおり、それは読みやすいような大きな文字で形成されていた。
美野里は、その文字を細目で読みながら、


「えーと、……ルーシュ宮殿?」


魔法都市アルヴィアン・ウォーターの中央広場に建てられた城、その名は『ルーシュ宮殿』
美野里はその名前を読み終えると、改めて城に視線を向ける。
そして、正直な感想で、


(もう少し、大それた名前でもよかったんじゃ…)


と、少し冷めた感想を抱く美野里なのであった。
そして、その一方でアチルは実家でもあるルーシュ宮殿を見つめ、どこか暗い表情を浮かべていた。武者修行の身であるにも関わらず、こうして帰ってきてしまったことを今になって悩んでいるのか。
普段とどこか違った表情を見せる彼女を横目で見る美野里は、ふと今さっき言った『お姫様』という言葉について考える。
よくよく見ると、アチルの姿はどこか貴族的な雰囲気があり、また顔立ちも綺麗で美人と言ってもいいぐらいの可憐な容姿を持っていた。それに加えて、丁寧な言葉使いも今にして思えば色々と納得がいく。
だが、例えお姫様と分かったとしても、


「そっか…お姫様か……」
「…………………」
「まぁ、……お姫様だったとしても、お下品だからあまり関係ないか」
「ブッ!? ちょ、美野里!?」
「さて、行くわよアチル」
「美野里! 今のはどういうこと何ですか!? 色々、って……ちょっと待ってくださいよー!」


門の前で賑やかに騒ぎながら、こうして美野里たちはルーシュ宮殿へと入っていった。
そんな自分たちの姿を見下ろす者が、城の中にいるとも知らずに…。




宮殿というだけあり中はまさに豪邸な構想をしていた。
至る所に光る装飾が施され、宙には様々な色の玉が浮かんでいる。床は数百個にわたるタイルで形成されておりその上を黒のフード服を着る人々が数人と歩いていた。
久々に実家に帰ったアチルは懐かしそうに宮殿内部を見回していたが、そこで美野里が宮殿に入ってからというもの何故か眉をひそめた表情をしていたことに気づく。


「どうしたの、美野里?」
「…………ねぇ、ここって結構凄い城みたい見えるんだけど、何で門番の人とかいないの? 城とか襲われたりしたら大変じゃないの?」


宮殿ということもあり、アルヴィアン・ウォーターにとっても貴重な建物であると考えてもおかしくない。
普通なら見張りや魔法結界が張られていても不思議はないとも思う。しかし、この宮殿に入る際に門前には見張りの一人すら見られなかった。
これでは泥棒に入ってくれと言っているのと同じことだ。


美野里の正論を言う。
すると、アチルは何故か苦い表情を浮かべ、


「いや、まぁ………お母さんがいれば、見張りもいらないって言うか」
「え、それってどういう意味?」


妙な言い回しに首を傾げる美野里。
どういう意味を持つのか尋ねようとした、その時。


「アチル様」


背後から、不意に彼女たちに声が掛けられる。
振り返るとそこにいたのはアチャルと同じように黒フードを頭に被った金髪の女性が立っている。
アチルは首を傾げながら口を開いた。


「ベアート?」


女性の名はベアート。
頭に被った黒のフードを後ろに下ろしたそこには金色の長髪が露わになった。目元の端には小さな丸い点をしたピンクの化粧が塗られ、その他に肌の色といい艶の良さから綺麗な顔立ちをしている事が分かる。
正体を見せたベアートはアチルとの再会に満面の笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。遠い所からお戻りになると聞いて長々とお待ちしておりました。お体の方は大丈夫ですか?」
「はい、おかわりなく。…………それにしても珍しいですね、貴方がこんな所まで来るなんて。そういえば、お母さんは?」


ベアートは女王側近の魔法使いである。
アチルは彼女の近くに母がいると思い辺りを見回すが、どこにもその姿はない。
と、


「……………いえ、それがその…」


何故かベアートがアチルに対し言葉を濁らせた。
さっきまでとは違い、その声は暗くどこか言いよどんでいる風に見える。
そして、目の前にいるアチルを見つめ、意を決したように彼女は言った。


「……レルティア様がアチル様に罰則をと」
「…………………………」


罰則? と傍にいた美野里が首を傾げる。
対してアチルは顔を伏せ、思い当たる節があるのか小さく唇を紡ぎ、そっと呟いた。




「………氷の魔法ですね」
「……はい」




複雑な表情を浮かべるベアートにアチルは顔を上げ、小さく笑みを見せる。それはまるで彼女の心配を中和しようとする行動にも見える。
傍から現状を眺めていた美野里はその小さな変化に眉を顰めた。それは自身の知らないところで何かが決まったような気がしたからだ。
美野里は咄嗟に声を掛けようとした。しかし、それよりも早くアチルは振り返り、


「ごめんなさい、美野里。ちょっと急用で抜けることになってしまったので………すぐ戻ってきますので、ゆっくりしててください」


そう言いながら笑みを浮かばせるアチル。だが、彼女の言葉はまるで金縛りを掛けるかのように美野里の口から出かけた言葉を塞ぎ、留まってしまう。
そして、アチルは一礼をした後、ベアートと共に宮殿の奥へと歩いて行ってしまった。
呼び止めようともした。
しかし、何故か。
その時、美野里はそんなアチルの後ろ姿をただ茫然と見つめることしかできなかった。












「一人で何をするって言うのよ……」


あの後、美野里は顔を暗くさせた表情を浮かばせていた。
宮殿の通路を一人歩いて行き、宮殿の奥へと何も考えず進んでいく。辺りにいた人数が減り、もう側には誰もいないという事に気づいてすらいない。
美野里はぼんやりとした瞳で床を見つめながら歩く。そして、不意に顔を上げた、そこには天井のない中庭らしき場所が見えた。


その場所は、宮殿の中と比べるとどこか合っていないような感覚に思える。
豪邸らしき建造物は見えない茂みや草木がただ茫然と生えた平凡な庭。
中央には巨大な大樹があり、木は空へと伸び続き、屋根の高さに届くかどうかというほどの高さにまで成長をしていた。樹齢数百年という年月を経ていると思われる。
そして、その木の近くには白いテーブルと四つの椅子。
入っていいかわからず美野里は少し戸惑った表情を見せたが、静かな足取りでその庭に足を踏み入れた。
屋根がない分、上から来た冷え込みのある風が頬を横切り髪をふわりと揺るがせる。
美野里は揺れる髪を手で押さえ、空を見上げた。




たとえ、違う世界だったとしても、何の変わりもない。
雲一つない青一色の空。




美野里は口元を緩め、そっと呟く。


「ホント、あっちと一緒なのよね」


誰にもその言葉の意味が届かない。
応えられることのない、そんな独り言……。
しかし、




「そうね」






その時。
後ろから透き通ったような声が聞こえた。
美野里は目を見開き驚いた表情で後ろに振り返る。
そこにいたのは、白いドレスのような服装に身を包んだ一人の女性。
背は高く、すらりとした体格。外見からは気品があると思うほどのさらりとしたなめらかな長い髪。
女性は驚く美野里に対し、口元を緩めた。


「こんにちは」
「あ、はい。……こ、こんにちは」


戸惑った状態で応える美野里に女性は小さく笑う。
まるで愛くるしい物を見ているかのような反応だ。


「ごめんなさい、別に驚かすつもりはなかったの。えーと、…それじゃあ自己紹介から始めましょうか。……私の名前はレルティア。あなたは?」
「わ、私は、美野里って言います」


行き成りの紹介に慌てて応えた美野里。
しかし、レルティアはそんな彼女に目を細めながら、言葉を口に出す。




「ホントに?」
「え?」




その瞬間。
口から出された言葉に硬直する美野里。
そして、レルティアは言った。


「町早美野里、じゃなくて?」
「!?」


町早は、美野里の名字だ。
この世界には名字はなく、名前しかない。だからこそ美野里自身、喫茶店の名前以外でその名を口に出さないようにしていた。そして、今も名乗らなかった。
それなのに何故…。
レルティアはゆっくりと歩き、美野里に近づいていく。


「正確に伝えていませんでしたが、私はアルヴィアン・ウォーター王位女王でもあり、同時にアチルの母でもあるんですよ?」
「あ、アチルのっ」
「アチルには武者修行ってことでインデール・フレイムに行かせてみたんですが、まさか禁を破るとは思いませんでした。とはいえ、まぁ良い経験にはなったでしょうけど」


淡々と話すレルティアは美野里の近くで足を止めた。
後一歩進めば、体と体がぶつかる距離だ。
そして、動揺を露わにする美野里に対し、レルティアは微笑んだ顔で言った。






「そうね、それじゃあ今度はあなたの話を聞かせてもらえるかしら? そう、異世界の話を」






この異世界に来て、初めて胸に湧き上がった希望の言葉。
元いた世界に戻るための情報を持っているかもしれない人物に、美野里はその時出会うこととなる。









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