異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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魔法都市アルヴィアン・ウォーター

 
 鳥の鳴き声が聞こえる。
 それが現時刻を伝えるかのように窓の向こうには橙とした夕焼けが空に染めていた。
 暗くなった部屋の中、差し込まれる太陽の光が室内を明るく照らし、家具たちの影が現われる中でひっそりと一人の少女の影を映し出す。
 そして、少女は盛大よく――――


「ハクシュン!!」


 タラーン、と音が出るかのように小さな鼻から鼻水が垂らした。
 焦げ茶の大布を肩から全身に羽織るように巻く少女――――町早美野里はブルブルと肩を震わせながら鼻をすする。
 濡れた前髪の先には水滴が集まり、やがて重みに負け床へと落ちていく。ジワリと濡れた箇所を見つめる美野里は、一人大きく溜め息を吐いた。


 現状、全身びしょ濡れの美野里はまるで服のままシャワーを浴びたかのような恰好をしており、大布も寒さを防ぐため拝借しているしだいなのだ。
 とはいえ、この状況には、深〜い深〜い、訳があるのだ。
 が、


「ぅっ……っ」


 ビクッ!! と美野里は背後から聞こえてきた微かな声に両肩を震わせる。
 だが、同時にその顔は、何かを思い出したかのように、みるみると赤く染まり始めた。


 覚えてない! 覚えてない!! と内心では騒ぎまくる美野里。


 だが、目を閉じるとまるで映画のシーンを眼前で流されているかのように、とある光景が瞼の裏からでも浮き上がってしまう始末。


 もう‥‥弱々しく唸り声を出すしかできない。


 頭を抱え、縮こまる美野里。
 そんな彼女を追い詰め、虐めるかのように、




「…ん…………………? 俺、何して…」




 彼女の背後。
 正確にはベットから、上に掛けられていた布団をめくらせ、少年――――――鍛冶師ルーサーは目を覚ましてしまった。


 美野里と同様で髪は濡れ、まさに今シャワーを浴びたように拭ききれていない水滴があちこちと残っている。
 だがしかし、美野里とは違って、何故かその身に着る服は濡れていない。まるで着替えたように、皺のない新しいラフ服を着ている。
 ルーサーは寝ぼけた様子で体のあちこちを見渡し、腕や足と肌の見える部分に水滴の粒が残っていることに怪訝な表情を浮かべる。
 その一方で、そんな彼の直ぐ側にいる美野里はというと、




(ぅぅぅぅー!! なんで、こんな事になるのよ――っ!!)




 ルーサーの姿をチラチラと見つつ、顔を真面に合わせられないほどに顔を真っ赤に染まっていた。そして、心の中で嘆き叫ぶことしかできない美野里はこの状態に至るまでの経緯を思い返す。
 いや、――――あの時、素直についていったのが悪かった。


 朝の騒動の後。
 魔法使いのアチルに誘われ、ついついと足を踏み入れてしまった、あの場所で。




 こんな状況を招いた元凶である、あの人にさえ出会わなければ………っ…












 第二十話 魔法都市アルヴィアン・ウォーター




 洞窟レイスグラーンで起きたバルディアス討伐。
 および命を落とした上級ハンターの事件は美野里たちの手によって幕を閉じ、それから数日後が過ぎていた。
 あの一件によって上級ハンターたちの減少は同時にインデール・フレイムにとっても重大な問題となり、都市の上層部は下級ハンターたちを育てるべく彼に限った強化訓練を実施することを通達した。
 それは採取もそうだがハンターとしての実力、つまりは筋力や危機感知等といった身体能力の強化を目的としたものであり、それに添うように依頼の数は大幅に増加したのだ。
 彼らに課せられた依頼をこなすノルマは、一日二回。
 ある程度の数をこなすと訓練は終了する。……のだが、その数というのがまた半端ないほどに多かった。
 当然、下級ハンターたちの不満や疲れによる反発運動の声が出る中、上層部から告げられた『拒否すればハンター資格の剥奪』という言葉によって、彼らはぐうの音も出さずじまいで沈黙してしまったのだった。


 結局、無理やり不満を呑みこみながら依頼をこなすしかない。


 夕暮れに近づく時間帯、トボトボとした足取りで外に出るハンターたちの後ろ姿には、どこか悲しくもあり、儚き様子は見るに堪えないものだった。




 その一方で、バルディアスでの一件で重傷を負っていた美野里とアチルはというと、回復魔法による日にち薬を繰り返し、何とか日常生活でも支障をきたさないまでに回復に向かっていた。
 そして、そんな頃合いを図っていたかのように、とある朝、


『上級ハンターへの昇格』


 という上層部からの通達が、彼女たちの住まいに突然と届いたのだ。
 どうやら、あの一件による貢献もあって自動的に上級ハンターへと昇格したというのだが、当の本人である二人はどうにも納得がいかず、まるで喉奥に小骨が刺さったような、そんな違和感があった。
 かくして依頼所ハウン・ラピアスに集まった美野里とアチルは共に顔を見合わせながら、眉を潜めることしかできなかったのだが……










「で、何んでこうなるのよーーッ!!」


 昼に差し掛かろうとしていた時間頃。
 依頼所ハウン・ラピアスを後にした美野里とアチルは今、絶賛逃走の真っ最中である。
 隣を共に走るアチルもまた絶叫を叫びながら逃げに徹しているのだが、そんな彼女たちの後ろには猛スピードで迫る者達の姿があった。
 それは、小さくありながら数で圧倒せしモンスター。




「チュチュチュ―――――――――――――――ッ!!!」




 綿帽子のような姿をした雛鳥軍団である。
 その数、数百匹。都市の通りを白い道に塗り変えるかのように颯爽し、彼らは美野里たちを追い続けていた。
 しかも、そのクチバシの内側から見える、ギラリと生えた歯を剥き出しながら、


「あんなのに突かれたら洒落にならないでしょうがっ!!」
「今回、私何もしてないですよね! 何で私に向かって怒るんですかっ!?」


 ギャアギャアと叫んでいても、状況は変わらない。
 美野里は必死に腕を振りながら、逃げつつ、なんでこんなことになったのだろうと――――――、一時間前の出来事を思い返した。










 上級ハンターへの昇格について、依頼所ハウン・ラピアスで働く依頼受付人フミカに事細かな事情を聞き終えた美野里たちは、朝食もかねて一度喫茶店に帰ろうかとしていた。
 だが、そんな時。
 ギギギィ、と鈍い音をあげながら依頼所のドアが開き、そこから六つの木箱を抱えた巨漢の大男がつたない歩き方でやってきた。
 そして、男はフミカたちの近くで木箱を床を下ろし、疲れたように大きな息を吐きながら、


「フミカちゃん、依頼にあった食材持ってきたよ」
「おっ、ありがとう! あ、荷物の方はそこに置いといていいわよ。後はこっちで中に入れとくから」


 そう言ってフミカは男と何やら紙のやり取りをした後、手を振って帰って行く男を見送った。
 どうやらあの男は荷物の配達人らしいが、アチル自身、実際にその仕事風景を見たのは初めてだった。
 珍しいですね…、と呟くアチルはしばらくそんな男性の後ろ姿を眺めた後、喫茶店に帰ろうともう一人の少女に顔を振り向かせる。
 すると、そこには、




「ね、ねぇ、フミカ。これって何の食材? 教えてくれるんだったら中に運ぶの手伝ってあげても良いんだけど?」




 勝手に話しを進める瞳の内をキラキラと光らせた喫茶店の店主、美野里の姿があった。
 言うまでもなく、飲食店を営む身として配達されてきた食材に興味を抱いたらしい。
 後、付け足すなら、


「アチルも一緒に手伝ってくれるわよね!」


 ………アチルも強制参加のようだ。
 一瞬、トンズラを決めようかと思ったが、以前の失敗談も含めて多分無理だろう悟ってしまうアチルは、結果として荷物運びの手伝いをさせられる形となってしまった。


 だが、その時のアチルにとって、まさかその選択を選んでしまったことによって、あんな目に合わされることになるとは思いもしなかった。






「これ、レヴィクスっていう鳥類モンスターから取れる卵でね」
「レヴィクス? そんなモンスターってここら辺にいたっけ?」


 積まれた木箱をカウンター横に積み終えた美野里とフミカは、配達物の品について話している。


「ここら辺にはいないけど、アルヴィアン付近にならいるって聞いた事があるわよ。まぁ、今回はどうしても必要だったからアルヴィアンの方に頼んで配達してもらったんだけど。あ、もし余ったら美野里に店にも分けてあげてもいいけど」
「ありがとう! フミカ!!」
「わわっ、もう大げさすぎなのよ!? 全く…」
「ねぇねぇ、早く! 早く開けて!!」


 まるで新しい玩具を欲しがる子供のように、はしゃぐ美野里に対し笑みを見せるフミカは、


「はいはい、そう急かさないの。よっと……って、あれ? なんか重いような…………」
「配達かぁ-、私の見せでも頼んでみようかな…………」


 そう言って木箱の蓋を開き、美野里とフミカは顔を覗かせた。




「「…………………」」




 数秒と、沈黙が店内に落ちる。
 妙な雰囲気に首を傾げるアチルをよそに、美野里は隣に立つフミカに話し掛ける。


「…ねぇ、フミカ」
「…な、何…美野里?」
「レヴィクスの卵って、元からこんな色なの?」
「………え、えーっと」
「……その顔からして違うわよね。何か紫色だし。後、卵の数個かヒビ割れてんだけど。後、さっきから殻の奥から………瞳、みたいなのが見えてるんだけど‥」


 述べられた単語だけでも不安になる。
 顔を青ざめながら、隣をちらりと見る美野里。
 そんな彼女に対し、フミカは両手を合わせながら、


「…………………………………その、美野里」
「何、ふみ」


 まるでそれは謝る仕草のように頭を下げながら、彼女は言った。




「えっと、…ご、ごめんね」




 アルヴィアンには鳥類モンスターであるレヴィクスは確かに存在するが、実はその個体に似たもう一種類のモンスターが存在していた。
 その名は――――ワタバウア。
 同じ鳥類モンスターでありながら凶暴かつ集団行動を得意とするモンスターなのだが、彼らには実に困った習性がある。
 それは雛の時期。
 本来鳥の持つ初めて見たものを親と刷り込む可愛らしい習性とは違い、ワタバウアは早期に卵の中で成長したのち、初めて見たそれを初の主食にするという凶暴じみた全く可愛らしくない習性を持っているのだ。


 そして、本当の意味で困った事に。
 今回そんな彼らが初めて見たもの………それが、美野里の顔なのであった。










「って、どう考えても美野里のせいですよね!? 私、巻き込まれ損ですよねっ!?」
「知らない知らない、知らないっ! そんな事言ってる暇があるんだったら、アレ何とかしなさいよ!!」


 アチルに顔を合わせず、そう叫ぶ美野里。
 だが、彼女たちの行く先は既に一本道となっており、もうじき行き止まりに差し掛かるといった窮地に追い込まれていた。


「っ、なら!」


 アチルは腰に収めた魔法剣ルヴィアスを抜こうとした。
 だが、その時。隣を走っていた美野里の体が微かに震えたのを、アチルは視界の端で見逃さなかった。
 当の彼女は何も言わず、その頬に一筋と冷や汗を流しているが…。
 そうこうしている間についに彼女たちの逃げ場がなくなってしまった。


 つまりは行き止まりだ。




「っ!?」
「美野里、私の後ろに下がってて下さい!」


 迫るワタバウアの雛を前に、アチルは両手を前にかざす。
 この距離での詠唱、間に合うか五分五分。


(それでも―――――っ!)


 アチルは歯を噛みしめ、魔力を手のひらに循環させ続ける。
 視界の中で、今まさに牙を剥きだしにさせながら襲い掛かろうとする雛たちの姿が目視しながら――――








「打現」








 その直後だった。
 地面に打たれた衝撃が雛全匹の体を貫く。
 激しい雨が落ちたように、立て続けて倒れるワタバウアの雛たち。
 呆然とした様子でその光景を見つめる美野里とアチル。と、そんな彼女たちの視界に入るように、一本道の角からハンマーを抱えた一人の少年がゆっくりとした足取りで姿を表す。
 その正体は、鍛冶師ルーサーだ。


「よぉ、大丈夫か?」


 ルーサーは気だるげな調子で手を振り、彼の登場に笑顔を向けるアチル。
 だが、そんな中、


「…………………」


 美野里だけが唇を紡ぎ、じっと手のひらにかいた汗を見つめているのだった。








 インデール・フレイムの大通りに並ぶ店の内の一つ、マチバヤ喫茶店。
 朝の出来事から既に時間が経ち、今は昼時をさしている。
 あの後、ワタバウアの始末はフミカ一人で請け負う事になった。
 ルーサーの叱りを受けたらしく、若干涙目だったのは見なかったことしたが…。




 アチルを店内で待たせ、仕事着に着替えてくると言って美野里は私室に戻っていた。
 だが、そんな彼女は今、ベットに横たわりながらじっと天井を眺め、茫然としている。


「…………………………」


 静寂に包まれる中、口を閉ざす美野里。
 ベットの上には仕事着として必要なエプロンが無造作に投げだされた形で置かれていた。


「はぁ……」


 深い溜め息を吐き、ゆっくりと体を起こす美野里は自身のワイシャツ。その隙間から見える胸元に手を当てた。
 シャツを着ている為、見えにくいが、そこにはくっきりと薄い傷痕が残っている。


「…………………っ」


 それはあのレイスグラーンで、大男レイザムに負わされた斬り傷だ。
 亡くなったライザムの大剣によって肩から胸にかけて切り裂かれ出来たそれはアチルの魔法によって、傷口はもう完全に塞がっている。
 だが、回復魔法といってもその傷痕を完全に治すことはできなかった。
 薄い残った痕は少女の体に一生残る結果となってしまったのだ。


(………すごく目立つな、これ…)


 美野里はゆっくりとした動きで傷痕を指でなぞり、胸の内からくる痛みを顔を歪める。
 この世界、ハンターとして生きていく中でこうした傷を負うことは一般によくあることなのだ。当然、美野里自身もかすり傷を負ったことは何度もある。
 だが、これほどの深い傷痕は彼女自身初めてであり、同時に一人の女性としてもっとも見られたくない一生残る傷を作ってしまった。




「…………………」




 だが、問題はそれだけではなかった。
 それはハンターとして生きていく中で、もっとも致命的なものでもあった――――――――――














 数分経って、エプロンを手に取った美野里は階段を上がり、店内に戻ってきた。


「ごめんね、ちょっと遅くなって」


 そう言って声を出した、その時。
 突然と座っていた椅子から立ち上がったアチルがズカズカと足音をたて近づいて来た。
 顔を伏せているため顔は見えないが、その動きにはどこかしらと威圧感があった。
 そして―――――もしかして、怒ってる…? と顔を引きつらせる美野里に対し、正面まで近づいたアチルは勢いよく顔を上げる。
 それは大きな壁を突拍子で、ハンマーが砕くように、




「美野里! 私と一緒にアルヴィアン・ウォーターに行きませんか!」
「………………………………え?」




 ぽかーん、と口を開け固まる美野里。
 その一方で、いつも見せる満面の笑みを浮かべるアチル。




 彼女は口にしたのは、自身の出身地でもあり、また懐かしの故郷でもある都市。
 そう―――――魔法の大都市、アルヴィアン・ウォーターへの誘いの言葉だった。














 転移魔法。
 似た言葉で言い換えるならテレポートだ。
 だが、この世界にあるそれは、どこにでも行けるというわけではなく魔法による刻印=マーキングをつけた場所と場所を移動するという仕組みの魔法なのである。
 そして、今。
 美野里とアチルは店内の中心に並んで立っている。
 美野里自身は、初めは行く事に対し断ろうと思っていた。
 気分的に考えても、あまり乗り気にはなれなかったというのが本音なのだが、そう思っていても結局は了解してしまった。


 正直に言うと………わざわざ誘ってくれたアチルに対し、罪悪間が上回ってしまったのだ。


 そうして、小さな唸り声を上げつつ美野里は渋々といった表情で立っている。
 その一方で、




「それでは、行きます」


 呼吸を整えるアチルは、手を地面に向け魔力を循環させ、ゆっくりと練りながら唇で一言を発した。
 その詠唱の言葉は、




「シアル!!!」




 次の瞬間、美野里の視界は一瞬にして薄暗い埃かかった部屋へと移り変わる。
 それはまさに、数秒も掛からない移動方法だった。
 呆然とその事実に目を見開かせる美野里だが、その隣で転移魔法を唱えたアチルはというと魔力の消費が激しかったのか、大きく息を乱していた。
 だ、大丈夫? と声を掛け近寄ろうとする美野里に対し、手で制した彼女はゆっくりと呼吸を整え、顔を上げた。
 そして、薄暗い部屋を何の迷いもなく進み、あの所まで歩いた彼女はそこで足を止める。
 光のない暗い壁に向けて、静かに手をかざした。


 そうして、美野里はその動作に首を傾げる中、アチルは顔を振り返らせながらその口を開く。






「ようこそ、アルヴィアン・ウォーターへ」






 ギィィ、と扉の開く音。
 アチルが手をかざした、その向こう側の扉の先には眩い光が漏れ出し、暗かった室内を明るく照らし出した。
 まるで、暗闇から解放された世界がそこにあるかのように…。




「…………ぁ」




 美野里は目を見開き、前へ一歩一歩と進んで行く。
 その扉の奥にあった、そこには光に満ちた世界―――――――――――大勢の魔法使いが行き交う街並みが漠然と広がっていた。




「…うわぁ~!」


 魔法都市アルヴィアン・ウォーター。
 魔法薬のリーラー通り。
 視界一杯に映ったそこには、漫画に出てきそうな魔女の衣装をした人々が、色鮮やかな色の石が埋め込まれた地面の上を歩いている。通りの側にはレンガや木造、石造といった多彩な形で建築された店々が並び、その部分だけを見ればどことなくインデール・フレイムの大通りにも似ている。
 店の傍には宙を浮く看板があり、その浮き方は様々で踊っていたり飛び跳ねていたりとまるで店のアピールをしているようにも見えた。




「す……すごい…」
「喜んでもらえて光栄です。ここはリーラー道っていって別名ではアルヴィアン・ウォーターの魔法薬通りと言われているんですよ」


 色鮮やかな街並みの中に足を踏み出した美野里に、アチルは知ったかぶりに説明を加える。
 結構質のいい薬とかもそろってるんですよ? とそんな情報を言ってくるが魔法使いでない彼女にとってどう返事を返したらいいのかわからない。
 苦笑いを浮かべる美野里は一先ず辺りを見渡す。
 すると、不意にある物が目に止まった。


 それは、ウキウキと動く看板が出された魔法薬屋。その出入り口から出てきた女性が持っていた小さなフラスコのような瓶に美野里は興味を示したのだ。
 瓶の中には水色の液体が揺れ動きながら入っている。


「アチル、あれって」
「はい? あー……あれは食材に掛ける魔法薬ですね」
「魔法薬? それってポーションとかじゃなくて?」
「ん? ポーション?」


 あ、しまった……、と固まる美野里。
 よくゲームや漫画等で聞いたことのある言葉をつい口に出してしまった。
 だがしかし、




「えっと、何か、勘違いしているみたいですけど……一応味付けの魔法薬ですよ?」




 そんな失言を越えた事実に、今度は美野里が驚かされる番だった。


「あ、味付け? え、そんなの普通の食材とか混ぜ合わしたりしたらいいじゃ」
「いや、それもそうなんですけど、……私も美野里の料理を食べて初めて知ったので」
「あ―――――――――――なるほど、ね……」


 アチルが初めて美野里の料理を食べた時、興奮しすぎと言ってもいいぐらいの大げさな反応を見せたことがあった。
 だが、それも味付けを薬でつける魔法都市の現状を見て、今になってやっと納得がいった。


 つまりは料理といった文化があまり発達していないのがアルヴィアン・ウォーターの特色なのだ。


 驚くべき発見を前に、…正直な感想で何と言えばいいのかわからない。
 とはいえ、やはり食材にかけるということは言いかえれば調味料でもあり、そんな事実を知っても尚、美野里の興味津々な瞳はその女性が持つ魔法薬に視線を集中させる。
 今朝の出来事があったにも関わらず、全然引かない辺りは彼女らしいと言えば彼女らしい。
 あはは…、と苦笑いを浮かべるアチルは、ものは試しと、


「美野里。あの…一回、飲んでみます?」
「え、いいの!?」


 その顔が、既に答えとなっていた。
 この時ばかりは、顔を引きつらせるしかできなかったアチルなのであった。




 そうして、店へと入っていったアチルを後に、一人となった美野里は道橋に背を預けながら、道行く人々を眺めていた。
 同時に、ふとある事を彼女は気づく。
 魔法都市アルヴィアン・ウォーター。都会めいた大都市であるそこは同時に魔法の世界と言ってもいい。


 しかし、…………何故だろうか。
 この街並みが、どこか自身がいた世界に少し似ている。


 例えば、行ったことはないが元いた世界にある外国の風景だ。
 異世界と外国。その二つの接点が、この都市に限ってどことなく似たり寄ったりしているのだ。


「………………………気のせいかな」


 何考えてるんだろ…、と美野里は大きな溜め息を吐きながら顔を伏せる。
 このまま目の前の光景を見続けていると、何故だが元いた世界のことを余計に考えてしまう。
 考えるだけで、胸が苦しくなる。
 美野里は通りの地面を踏む足音を耳で聞きながら、じっと何も変わらない地面を見つめ、アチルの帰りを我慢して待つのだった。
 そうしていないと、心がざわついてしまうから――――――
 と、その時だった。






「貴様、ここの人間じゃないな?」
「え?」






 不意に、その言葉が目の前から放たれた。
 驚いた表情で顔を上げる美野里。すると、そこには、顔を隠すようなフードを被った黒衣装を存在が気配を殺しながら立っていた。
 体格は美野里とそう変わらず、顔がよく見えないことから不気味さが感じられる。
 しかし、対峙するからこそ分かる。


 針に刺されたかのように感じ、背中を一瞬で突き刺すような……これは、殺気だ。


「ッ!」


 その瞬間、全身が石のように硬直した。
 すぐさまその場から離れようするが思うように体が動かない。いつもなら、回避する動きが出せるはずなのに、どうしてもそれができない!
 嫌な汗が頬を伝って、地面へと落ちていく。


「さぁ……私の問いに、答えろ」


 フードに隠れた素顔の中、ギラリと光る瞳が鋭さを増す。
 美野里は歯を噛みしめ、震えを押し殺しつつ無意識に拳を強く握り締めた。
 そして、状況の中―――




「美野里ー、買ってきましたよ!」




 魔法薬店から戻ってきたアチルが、のんきにもトコトコとやってきてしまった。
 その手には小さなフラスコの瓶が握られており、同時に満面の笑顔を浮かべている。
 この状況での帰還。
 美野里は咄嗟に声を上げ、逃げるように言葉を出そうとした。
 だが、戻ってきたアチルはというと眉を顰めながら、その口を開き、




「あれ、アチャル?」




 え………? とその言葉に固まる美野里。
 対して、フードを被った存在はアチルの存在に気づくと呆れた様子で溜め息を吐き、その顔が隠れたフードを外す。


「アチル、か。こんなところで何やっている?」


 ふわり、と良い匂いを漂わせる綺麗な黄金色の長髪。
 色白とした顔肌に加えて、まつ毛はクルンと跳ねあがっている。


 フードに隠れていたそこには、まさに美人と呼んでもおかしくないほどの少女の素顔があった。


 だがしかし、美野里が瞳が注目したのはそんな所ではなく、それは長髪の頭部。


「な、……なっ…」


 ピクピク、と可愛らしく動く二つの物体。
 人間にはなく、動物にはある。それもモフモフとした毛皮を纏った小動物にお似合いのアイテム的である象徴物。
 その名は――――――――――――――猫耳。


「ね……ね…」
「ん?」


 小刻みに震える美野里に眉を顰める猫耳少女、アチャル。
 そのしかめっ面がまた可愛らしいのだが、そんなことすら気に止めず、美野里は思わずといった音量で口勝手に、やってしまう。






「ね、ネコミミィィ―――――ッ!!?」






 大音量。
 それは物の見事な、通りを行き交う人々の注目を掴み取るレベルの、抜群な音量だった…。







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