異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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光と炎―――重なり合う力

 


 第十九話 光と炎―――重なり合う力


 その言葉が出た直後、そこにいる誰もが一歩すら動けなかった。
 アチルたちを囲む男たちを束ねるリーダー的存在である大男、レイザムは口元を緩ませ、美野里を見据える。
 対する美野里は小さく息を吸ったと同時に、地面を蹴飛ばし走り出す
 光輝くダガーを片手に瞬速ともいえる走りを見せる美野里は、一定の間合いに入った直後に人間離れした跳躍を見せ、上空からレイザム目掛け、光剣を振り放とうとする。
 だが、その時だった。


 バキィ、と地面が砕かれる音が聞こえた。
 それと同時に、攻撃態勢だった美野里の背中に岩の砲弾が炸裂する。
 岩の破片に体を裂き、傷口がさらに抉り取られる。生々しさを吐き出すような音と共に地面に血しぶきが飛び散った。


「ッあ…っ!?」


 力をなくした美野里の体は上空から地面に向かって落ちていく。。
 体から力が抜け、レイザムの目の前に落ちていく。


「美野里ッ!!」


 アチルは悲鳴にも似た声が聞こえる中、美野里は掠れる視界の中で背後を狙った存在を睨む。それは重い動作で起き上がる巨大な影、自身の体に傷を負わせた、怒りの瞳を染めるバルディアスだ。
 腹部には今だ光輝くダガーが突き刺さった状態の中で、唸り声を出す。


 今にも美野里目掛けて襲い掛かろうとする雰囲気を見せる巨体に、アチルは魔法を唱えようする。
 だが、そんな彼女を邪魔をするようにプリーチャイルは再び細剣を手に早く迫り来る。魔法剣で攻撃を防ぐアチルには、魔法を唱える時間すらない。
 その間に、レイザムは死人から奪い取ったライザムの大剣を構え、地面へと落ちてくる美野里を切りかかろうとする。
 美野里は体の節々からくる痛みに耐えながら、力任せに光り輝くダガーを地面に放ち、叫んだ。


「衝光ッ!!」


 その直後。
 その声に反応したように光剣はその輝きを更に強く増幅させる。
 そして、それと同時にその場一帯に強大なフラッシュが瞬き暗い洞窟を明るく照らしだす。異変はバルディアスに刺さる五本のダガーも同じように起こった。


 バンッツ!!! という爆発音がバルディアスの胴体に複数と炸裂する。


 それは胴体に刺さっていた光剣によって放たれた攻撃だった。
 さらに、その後に続くように先に地面に放っていたダガーにも同様の爆発が起きる。衝撃音に加え爆発により起きた爆風の壁。
 レイザムが咄嗟に危険に気づき後方に跳ぶ中、美野里は何とか地面に着地し、荒い息を吐いた。




 連鎖爆発のように広がった五つの爆発によって、再び悲鳴に上げ、倒れるバルディアス。その拍子に、五つの光剣は抜け落ち、その光は弱々しいものに変わっていた。
 だが、その中で五本のダガーは同時に小刻みに動き出し、そのままある場所に向かって一直線に飛び出していく。
 まるで何かに呼ばるかのように、まさしく主人の元に戻った全ダガーが美野里の周りに円を描いたように地面に突き刺さり集結する。
 まるで、剣自身が各々に意志を持つような光景だった。
 危険を感知してからさらに後方へと後退したレイザムは、視線の先に立つ美野里に対し、感嘆の声を漏らす。


「ほぉ、それが衝光の力ってわけか…」
「はぁ、はぁ……ッ…」


 痛みによって吹き出される苦痛の汗を拭いながら、肩で息を吐く美野里。
 出血の多さや背中の負傷の事を考えてもこれ以上、戦闘を長引かせるわけにはいかない。だが、同時に美野里自身が扱う『衝光』をここで消すわけにはいかなかった。
 例え、尋常なまでに体力が奪われることになったとしても、この力はこの状況においてなくてならないものだ。


「確かにそれだけの力があれば、都市最強って呼ばれてもおかしくはないな」


 不敵な笑みを漏らし、レイザムは大剣を肩で担ぐ。
 挑発めいた発言に美野里は眉間に力を込める。だが、そんな状況の中で――――――ガシャッ、と金属と金属が掠れ合う音が周囲から聞こえた。
 同時に場の空気が変わった事に気づき、周りを見渡す美野里はその瞬間、息を呑む。






「だが―――――この人数。それも無数の鉄の矢に対して、お前はどう対処する?」






 ザッ、と回りを囲むハンターたちが一斉に美野里向けて鉄の矢を掛けた弓を構えていた。
 弓に掛けられた鉄の矢は捕獲や討伐の際にも使われるものであり、人間一人を殺せるほどの殺傷力を持った武器だ。
 しかも、その武器の矛先全てが美野里を一点に狙いを定められているのだ。


 圧倒的な数による、卑怯な戦法だ。
 アチルは怒りの形相で何とか、魔法を唱えようとする。だが、それを間合いを詰めるプルーチャイルが何度も邪魔をする。


「させねえよ!!」
「ッ!?」


 魔法剣剣と細剣がぶつかり合う。
 視線を動かし、アチルの窮地を確認する美野里はこの状況で逃げることができないことを再確認し、全方位に向けられた武器とその中心の立つ自信の窮地を再度確かめた。
 自身の中で心に整理のつけた美野里は地面に突き刺さった五本のダガーたちを素早く拾い集め、腰に取り付けた鞘ホルダーへと戻す。
 そして、手に一本とダガーを残し、呼吸を整えた美野里は体の力を抜きながら静かに目を閉じた。
 それが、まさに合図でもあったかのように――――




 次の瞬間、全方位からの鉄の矢が美野里目掛けて一斉に放たれた。




 その時。
 世界がまるで止まったかのように、矢だけがその空間を突き進む。
 アチルは目を見開き、叫び声を上げるがもう間に合わない。
 美野里は目を伏せる中で、静かすぎる世界。周囲から迫る脅威を肌で感じ取り、手に持つ一本の光剣に意識を集中させる。
 そして、もう既に回避不能の距離まで矢が近づいた、その直後に衝光の光の瞳を見開いた。




「――――――ッ!!!」




 壮大な力が風を生む。
 納められたダガーを含めた全ての武器に絶大な光が灯る。
 六本の衝光を灯らせ、更に美野里は手にある一本のダガーに強大な力が詰め込まれる。抜き出された刀身が次の瞬間、放出とともに刃の長い光刀へと姿を変質させる。


「……………ッ!!」


 美野里は全方位からくる鉄の矢の攻撃に対し、小さく息を吐くと同時に体を一回転させた。
 窮地は、光と爆風によって一瞬にしてかき消される。
 ブゥン!! と音とともに描かれた光の輪は彼女を中心に広範囲へと広がる。
 絶対的な光の衝光は矢の原型すらを消し飛ばし、莫大な風圧はその場一帯に大きく吹き荒れた。余りの強風は男たちの体を吹き飛ばし、咄嗟に危険を感知したアチルは地面に剣を突き刺し、何とか体をその場に止まらすことはできた。
 そして、何の体勢も取っていなかったプルーチャイルの体は強風によって岩壁に力強く打ち付けられる。


 その光景。
 全てが、圧倒的な力の差を見つけていた。




「……………美野里…」


 光の輪が収まり、その中心に立つ全ての攻撃を防いだ美野里を見つめるアチル。刀身に灯った衝光の光は静かに力をなくし、その場には異様な静けさが残った。
 髪を揺るがし、アチルに振り返る美野里はそっと口元を緩めた。
 そう―――――――――――――――




 ゴボッ…、と美野里の口から大量の血が吹き出す、までは。




「!?」


 アチルの顔が一瞬にして驚愕に染まった。
 口から多量の血が吐き出した事自体、美野里自身も理解できていない様子で茫然と立っていた。だが、その小柄な体はよろよろと揺れ動き、いつ倒れてもおかしくなかった。
 そして、そんな彼女の背後で、


「反動みたいだな」


 奥深なトーンを落とした大男の声が放たれる。
 瞳が虚ろになりつつあった美野里が後ろに振り向いた。その視界一杯に捉えたのは、ライザムが愛用にしていた一本の大剣だった。






 ブシャァァァァァ、とその音が間近で聞こえた。
 そして、美野里は疑問を抱く。
 この音は、よく討伐をする際、モンスターを斬った時に聞く音だ。


 だが、何故こんなにも近くでこの音が聞こえる?
 そして、何故、自分が体が目の前に立つ大男から離れれていく?


 視界が徐々に暗くなり、肌が冷たくなる。まるで、静寂な世界に吸い込まれるように……解けない疑問を抱いた美野里の意識はそうして尽きていくのだった。










 バタッ、と音が鳴った。
 レイザムの目の前には、胸元から下にかけて出血が止まらず、それ以上に何も動かない一人の少女の姿があった。
 血が地面に広がり、まるで水たまりのようになる。
 静寂がその場を支配する中、残酷なまでの現実に立ち尽くすアチル。
 そんな中、大剣にこびり付いた血を振り払いレイザムはその口を開く。


「まぁ、後でお前の武器は俺が大切に使わせてもらうぜ。…………だから、今度こそ完璧に死ね」


 そして、もう一振りと、躊躇なく大剣は振り下ろされた。
 離れた所で魔法を使おうとしている少女がいたが、既に大剣は数秒で少女の心臓を貫ける。
 そう、直ぐにだ。


 ブッシャ!! と再び音が鳴った。


 それは肉を鉄の刃が切り裂く音が聞こえ―――
 大きな血渋きが飛び散る音が聞こえ―――
 止まった世界の中、同時に静寂が一変する時でもあった。




 上空に。
 ―――――――――――ガッシリとした筋肉に覆われた一本の腕が舞うことによって。






「ッがっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」




 くるくる、と大剣を握った状態の腕と手が宙を舞い地に墜ちる。
 肉と骨を切り裂かれたレイザムは右肩を片手で押さえ、激痛と精神的なショックの両方に顔一面を歪ませ、叫びを上げる。
 だが、その肩の切り口からは一滴も血が流れない。
 普通なら切り口から血が流れ続け、致死量の出血になっているはずなのに、それが起きていない。
 顔中に汗を流すレイザムは、そこで不意に異変は気づく。
 傷口からくる、激痛とは違う猛烈な熱さ。
 レイザムは恐怖した顔で傷口に目を向け―――――見てしまった。


 まるで熱い鉄板に焼かれたように、焼き焦げた自身の肉体を。


 肉を焼いた香ばしい匂いが更なる恐怖を醸し出す。レイザムの絶叫と嗚咽を上げ、目を血走らせた鬼のような形相で肩を切り裂いた、その攻撃が来た方角に顔を振り向かせた。
 だが、その直後。




 レイザムを含めたその場にいた男たちはその動作をした事を、瞬時に後悔する。




 宙を円転しながら舞うそれは、まるでブーメランのように持ち主の手元に戻る。
 手に掴まれたのは一つの鉄製のハンマーだった。
 そして、その武器を持つ存在は、黒い防具と茶色のコートに加え、赤髪の間から見え隠れする紅の瞳を細める。
 その正体は少年だった。


「……………………」


 鍛冶師ルーサー。
 冷徹な瞳でレイザムや男達を見据え、只ならぬ威圧感をその場一帯に漂わせる。
 空気が張り詰める、誰一人動くことさえできない息苦しさがその空間を支配する。そんな状況の中で、無言を貫くルーサーは人間離れした跳躍で美野里の元に着地し、血まみれの彼女を抱えたと同時に跳び、アチルの目の前に着地した。


「て、て、テメェ!!!」


 眼前に近づいた驚異に判断を誤ったプルーチャイルは、レイザムの右腕を切り落としたルーサーに対し、斬りかかろうと細剣を振う。
 その瞬間―――


 バキィ!! という音と共に、細剣は呆気なく叩き砕かれた。


 そして、呆気にとられるプル―チャイルの腹部目掛けて下から振り上げられたハンマーの威槌が炸裂する。
 骨の砕ける音に続き血反吐を吐いた男の体は宙を舞い、何の構えもなく地面に崩れ落ちた。
 立て続けるように聞こえる固い何かが粉々にへし折れる音。
 それだけで、プル―チャイルが終わったことを誰もが理解した。


「…………」


 一動作をしてなお反応を見せないルーサーは、地面にゆっくりと美野里を寝かせる。そして、目の前で泣き崩れるアチルに、そっと口を開いた。


「アチル」
「あ…………ぁ…」


 アチルは地面に横たわる血まみれの美野里に大粒の涙を溢し、止めようのない感情が声に混ざって流れ落ち、体を大きく震わせる。
 だが、対するルーサーはそんなアチルを責めようとはしなかった。


「……悪い、俺が遅かったせいで」
「…ルーサー、さん……グズッ…ぇ……あ、私……」
「……お前のせいじゃない。すぐに駆けつけられなかった俺が悪かったんだ。危険だってわかってたのに………コイツが無茶するって知っていたはずなのに……俺は美野里を止めることができなかった」
「……ッ……っ…」、
「…………でも、まだ間に合う。アチル、お前の魔法なら、美野里の助けることが出来る」
「!?」


 一瞬、何を言われたわからなかった。
 出血や傷の度合いからもう間に合わないと思っていた。しかし、ルーサーのまだ可能性が残っているとそう言っているのだ。
 アチルは目を見開き、同時にルーサーを見つめる。


「アチル、できるか?」
「グっズ、でぎます!!!」
「……よし」


 涙を拭い取り、再び意思を取り戻したアチルは杖と剣を地面に置き、倒れる美野里に両手をかざす。そして、大きく空気を取り込むと同時に全力で魔法を叫ぶ。


「リヴァイアス!!!!」


 その瞬間。
 美野里を中心に地面に魔法陣が浮かび上がる。
 陣から這い出る水の具現化したような蛇にも似た龍が姿を現わし、美野里の上を泳ぐと同時に異変が起きる。
 雨を降らしたように、その滴が美野里の傷口に触れることで傷が徐々に回復をしていくのだ。


 回復魔法、リヴァイアス。
 それは大量の魔力を消費し、傷を治す高等魔法だ。


 額から汗が滲み出させながらアチルは必死に魔法に意識を集中させる。体も小刻みに震えだし、いつ倒れてもおかしくない状態だった。


(……時間は、かけられねぇな)


 ルーサーはアチルの状態を確認しつつ静かに息を吐く。
 そして、一動作のように、手に持つハンマーを振り払った直後。ルーサーの全身から重く鋭い圧倒的な殺気が弾け出した。
 怖気づいたように、その空間そのものが重圧に包まれる。
 そんな中で、彼は問う。




「で、次に誰から死ぬか、決めたのか?」




 まるで決定事項でもあるかのように、その言葉が告げられる。たった一言の言葉がその場にいた男たち全員の戦意を喪失させた。
 カラン、と武器が落とす音が立て続けて聞こえる。
 だが、その中で、


「……よくも…よくもぉぉ」


 ザン!! と残る片手で大剣を握り締めたレイザムがルーサーの目の前に立った。


「殺す。殺す殺す、殺すッツ!!! うがあぁああああああああああああああああああああああああああああああッツ!!!」


 殺気を帯びた鬼のように大剣を振り上げ襲い掛かるレイザム。
 対するルーサーは冷徹な表情で手に握ったハンマーの柄を強く握り締め、その武器に力を灯す。


「衝光」


 そして、ルーサーはレイザムでなく、真下の地面に向け…その一撃を放つ。


「打現ッツ!!」


 ドン!! と撃ち出された衝撃が地を潜り、レイザムの足元から這い上がる衝撃の連打を相手に与える。
 回避する動作すら許されず、レイザムの体は足下から全身に衝撃を受け、足が地から離れ一瞬と宙を浮く。


「ぐがっ、がああっああ!?」


 血反吐を吐くレイザムはその一撃で意識を喪失させた。
 白目を剥いたその体はやがて地面へと落ちていく。もはや意識はない、そんな事は誰だってわかっていた。だが、それでもルーサーは強く握り締めたハンマーを振り上げ、重力で落ちてくるレイザムの体目がけ、重く強大な一撃を放つ。


「砕け散れ」


 レイザムの懐、真っ二つにへし折るかのように真上から腹部目掛け、その一撃を振り下ろした。
 恐怖を植え付ける、全ての骨が粉砕した音が大きく鳴り響く瞬間だった。
 大きな体だったレイザムの肉体は地面をバウンドして、大きな音と共に地に完全に墜ちた。もう、何をしようと起き上がる事はないだろう。
 誰もがそう思うほどの圧倒的な現実が男たちの前に示し出された瞬間だった。


「……………………」


 今回の首謀者と思われるレイザムが完全に敗れた。
 ルーサーは息を吐き、地に崩れた男を見据えハンマーを納めようとした。
 だが、その時だった。




 ライザムの手背に刻まれていた赤黒の魔法陣が光りを放ち、それと同時にアチルたちのいる足場に紅い光を放った魔法陣が展開される。






「「ッ!?」」




 魔法を唱え続けているアチルにとって、回避する時間すらなかった。
 そして、ルーサーは驚愕した表情で地面を蹴飛ばし、彼女たちにその手を伸ばす。
 だが―――――――間に合わなかった。


 音もなく。
 アチルと美野里の体はその瞬間に突然と姿を消した。


 ただ、残ったのは地面に溜まった大量の血の痕だけだった。


「クッソ!!」


 ルーサーは歯噛みし、急ぎアチルたちを探しいこうとする。
 だが、そんな彼の頭上に巨大な影が忍び寄る。それは、今まで倒れていたと思われるバルディアスの鈎爪だった。


「ッ、邪魔すんじゃねぇッ!!!」


 ルーサーは再び衝光をハンマーに灯し、鈎爪目掛け、威槌を振り放つ。
 爪と鉄、二つが接触し、優位はバルディアスにある。そう思われた。だが、




「衝光、大打現!!」




 その直後。
 更なる一撃が威槌に積み重ねられ、バルディアスの巨体は大きくのけぞると共に後方に吹き飛ぶ。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 地面を擦らせ、悲鳴を上げ崩れ落ちるバルディアスにルーサーは更に武器を構え、言葉を続ける。




「これ以上、テメェの相手をしてる暇はねぇんだッ!!」




 ハンマーを真横に下ろし、そう吐き捨てるルーサーは強く、息を呑み込む。
 そして、光を更に強める武器を握り締め、言い放つ。




「衝光――――――ラストフレイムッ!!」




 ボゥ!!! と音と共にハンマーから放たれていた光がその原型を変質させる。光から炎へ。赤き炎がハンマーという形を拭い去り、柄の長い炎剣へと進化を遂げる。
 それは衝光の具現化、炎の剣。
 それこそが、本来のルーサー専用の武器――――光炎剣フレイムブレードなのだ。


 その剣はレイザムの右肩を切り裂いた剣でもあり、その強大な力は見ている者にすら圧倒的な強さを感じさせる。
 ルーサーはバルディアスに目掛け、進化した剣の柄を握り締め、




「散りやがれ」




 その言葉と共に、フレイムブレードから振り放たれた衝撃波が一瞬にしてバルディアスの四肢を切断した。


 悲鳴と共に地につく足を失い倒れる巨体。そして、その強靭だったバルディアスが最後に見た、それは――――――死を告げる、宙を円転しながら迫る光炎剣の姿だった。


 その瞬間、強敵と思われていたバルディアスの体、その全てが細切れにされたように切り落とされた。
 それはまさに、呆気ない幕切れだった。






 フレイムブレードが手元に戻った事を確かめたルーサーは急ぎ、崩れ落ちた強敵や戦意を失った男たちに振り返ることなく無数に空いた洞窟内の通路に向かって駆け出す。
 突然と姿を消したアチルたち。彼女たちの足場に出現したアレには、攻撃魔法でも付与魔法でもない。
 あれは特定の存在を指定した場所へと移動させる魔法――――転移魔法だった。


「クッソ!!」


 幸いにも、自身とは違う美野里が持つ衝光の力は未だ洞窟内部から感じる。
 だが、指定された先に何があるかわからない。
 ルーサーは急ぎ、走る。
 彼女たちの元へと―――――














 突然の転移魔法によってアチルたちは、あの場所とは違う、洞窟レイスグラーンの内部。そのどこかへと場所を移された。
 そして、今―――――




「がっ…っ!?!」




 アチルは黒い手に首元を締められ、そのまま地面へと大きく叩きつけられる。
 強烈な衝撃が全身を襲い、血反吐を吐くアチル。だが、目の前にいる存在はさらにそんな彼女を追い詰めるように攻撃の手を止めようとはしない。
 倒れる彼女の片腕を掴み、大きく振り回すと同時に岩壁に向かって投げつけた。
 肩の部分から、骨の外れる音が鳴り、さらに壁に打ち付けられた体のあちこちから血が流れ出る。


「…ぁっ…ぁぁぁっ!?!」


 立て続けに起こる激痛に悲鳴にも似た叫び声が上げる。
 だが、敵は攻撃を続く。
 掠れゆく視界で見上げるアチル。視界に捉えたそれは人型にも近い、レイスグラーンの深奥に生息すると噂されていた強ランクのモンスター。


 狼人種バーサクデーモン。


 動く標的全てを敵として、その者の生命が消えるまで攻撃を止めない。一対一での戦いを最も避けなくてはならない、逃走は不可能と言われた危険種と呼ばれるモンスターだ。
 そして、幸いにも敵の注意は地に倒れた美野里に向かず、標的はアチル、只一人となっている。
 だが、その俊敏な速さは尋常でない。
 魔法を唱える時間すらない。
 攻撃手段は剣のみ。アチルは片手に握り締めた魔法剣を構え、何としても、と立ち上がろうとする。
 だが、


「ッツ、こんな…所で…まけてッツ!?」


 一瞬にして急接近したバーサクデーモンは、再びアチルの首元を握り締め、彼女の動きを停止させた。
 今度は投げるなどといった行動はしない。
 完全に息の根を止めるためにその手に力を込め、アチルの首骨をへし折ろうとしている。


 朦朧とする意識。
 痙攣する体。


 アチルの意識が、命が、その瞬間、寸前の灯火のように尽きよと…






「…衝光」






 その時だった。
 バーサクデーモンの背後でその声が聞こえた直後、その横腹目掛けて強烈な蹴りが放たれる。
 その一撃は通常のものとは桁違いの威力を持ち、アチルの首筋を握り締めていた手は離れ、狼人の体が地面に何度もバウンドしながら吹き飛んでいく。


 力なく地面煮崩れ墜ちるアチルは、虚ろの瞳で上を見上げる。すると、そこには必死に声を掛け続ける少女がいた。
 衝光の瞳を持った町早美野里だ。


「み…みの…り…っ」
「アチル…ごめん。ごめん…っ」


 美野里はここまでボロボロになったアチルを助けられなかった事に何度も謝りながら、その弱った体を抱き締める。
 その一方で、無事一命をとりとめた彼女に対し、アチルはたれかかる形で、よかった、と涙を溢した。


 だが、――――――まだ危機は去ってはいない。


 地面に倒れていたバーサクデーモンがゆっくりと起き上がり、遠吠えを上げ、その瞳は鋭い者へと変化させる。完全に美野里をもう一人標的と捉えたのだろう。


「……美野里…は、下がっててください…」


 アチルは歯を噛みしめながら立ち上がり、片手に持つ魔法剣を構える。
 今の状態だと魔法の斬撃は一発しか放てない。だが、それでもそれに掛けるしかもう手がないと、アチルは自覚していた。
 こんな所で…負けるわけにはいかない、とアチルは震える手で柄を強く握り締める。
 だが、そんな状況の中で、




「…何言ってるのよ、アチル」




 アチルの手に重ねるように、美野里は自身の手を添える。
 驚いた表情を浮かべる彼女に対し、美野里は微笑みながらその口を開く。


「アンタを置いて下がるわけないでしょ。……私とアチル。二人で一緒に…インデールに帰るんだからっ」
「……み、美野里…」


 美野里は魔法剣を見据え、ゆっくりと瞳を閉じる。
 そして、自身の力…微かに残った衝光の力を絞り出す。その瞬間、魔法剣ルヴィアスの刀身に青とは違う別種の光が交わるように合体した。
 目を見開くアチルに美野里はもう一度、笑う。




「だから…………こんなバタバタ、もう終わらせて帰るわよ、アチル!」
「っ……はいっ!」


 二人見つめ合い、笑い合う。
 その中で、爆ぜるようにバーサクデーモンが迫り来る。
 だが、もう彼女たちに恐怖はない。
 美野里とアチルは共に掛け声を上げ、二つの手で魔法剣を振り上げる―――――――――そうして、次の瞬間。




 暗闇に包まれていた洞窟レイスグラーンの内部は、轟音と共に莫大な眩い光が充満するように全てが明るみに照らされ、埋め尽くされていった。








 この日、上級ハンターたちを虐殺したとされる男たち一度抱いてしまった恐怖に為す術もなく立ち上がる事が出来ず、捕まり誰とも関わることない都市地下の牢屋へと放り込まれた。
 鍾乳洞に入っていた下級ハンターたちは皆が無事とはいかず、深手を負った者もいたが、それでも死人が出ることはなかった。
 そして、軽傷で済んだハンターたちの中には、揃って誰かに助けられたと証言する者たちもいた。


 一早く危機を脱した美野里は他のハンターたちを助けながらアチルを助け出すために走り続けていたというのが事実なのだが、それを知る者は数人としかいない。


 都市インデールの上層部もその正体を調べようとしたが、助けられたハンターたちはそれがどこの誰なのか暗くてよくわからなかったということで、美野里の名が表に出ることはなかった。
 そうして、結果として。
 彼女が衝光使いであることも、その実力が上位クラスであることも知られず、その事実は深い闇へと消えることになるのだった。






 眩い光が止んだ後、美野里たちの元に辿り着いたルーサーは視界一面に広がる光景に目を瞬かせていた。
 だが、やがて彼は大きく溜め息を漏らし、地面に並んだように眠る二人のハンターにそっと口元を緩ませた。




 そうして、今回の一端を締めるように…。
 そこには同じように寝息をたて、安心したような穏やかな寝顔を浮かべる美野里とアチルの姿があったのだった。









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