異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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緊急召集に隠くされた闇 B

 


 第十五話 緊急召集に隠された闇 B




 それはライザムと別れた、その次の日。…早朝の事だ。
 その日は天候が悪く、都市上空には雷鳴を微かに従わせる雨雲が漂っている。
 雲から地上へと雨が降り落ちる、そんな中で、剣の都市インデール・フレイムにある知らせが街全域に行き渡る事となる。




 バルディアス討伐クエストの調査をかねて旅立った前衛が帰って来ず、時間は経ち、いつしか次の朝へと日付が変わっていた。
 そして、都市に残っていた後半担当の下級ハンター達は今、都市外壁にある正門前に集まっている。


 時間は掛かったが、それでも上級ハンターたちが都市へと帰ってきたのだ。


 だが、そこには労るような言葉や穏やかな雰囲気は一つ足りとも存在することはなかった。
 ただそこにあったのはーーーー酷く重い、沈黙だった。
 皆の視線が、そこにある…一点のものに集中する。




「……………………………」




 そのモノの上には、数匹の不気味な声を出す黒い小鳥が止まっていた。
 命のない血肉の臭いを嗅ぎつけ、それを食料とする鳥類のモンスター――――ヤタガだ。
 彼らはそこにあるモノを嘴で突きながら美味を味わい、仲間を呼び寄せるために今も鳴き続けている。


 そう、その言葉の通り……彼らが足をつけていたもの、それは物ではない。ーーーーーー人だった。


 数は数人ほどだが、それでも、その誰もが上級ハンターと呼ばれた者たちだった。
 山積みのように置かれた、死体。
 その中には、鎧の肩半分が砕け散った防具を着た一人の男の亡骸があった。背中から胸部にかけて何かで貫かれたような風穴がある、命なきその男の体。
 その者の名はーーーーーー雷僕のライザム。








 それらの死体を見つけたのは、前衛の帰還が遅いことに眉を顰めた上層部たちが偵察もかねて出発させた回収要因のハンター達だった。
 数人の編成を組み、野生のモンスターたちに気づかれないよう細心の注意を意識しながら出発した彼ら。幸運もあり、今回の討伐対象であるバルディアスに接触することはなく無事、目的地である事前に知らされていた集合地へと辿り着くことができた。
 だが、その先で見たものは‥‥‥大量の血で地面が真っ赤に染められた悲惨な光景と、数十人といたはずの上級ハンターたち。
 その全員の亡骸を発見することになってしまった。




 生存者はゼロ。
 どれも死傷が激しく持ち帰ることさえ困難な状況だった。
 しかし、それでも傷の浅い者や人間としての形だけが残っていたライザムを含む、数人だけは都市に持ち帰ることが出来た。
 いや、…………回収要因として駆り出されたハンターたちの数を考えても、その人数しか街に帰す事ができなかったのだ。


「なぁ……こんなんで、本当に俺たちも行かないといけないのかよ…」
「冗談だろ……こんなので……ッ」


 あまりにも悲惨な現実を前に、下級ハンター達からは不安の入り混じった声があちこちから漏れる。
 こんな光景を見た後で、本当に自分たちも行かなくてはならないのか……? 彼らの心中には、あらゆる恐怖が刻々と渦巻いていた。
 だが、都市に住むハンターたちには、この緊急召集を断ることは許されなかった。
 何故なら、招集による都市の意向は絶対であり、またそれに従わない者はペナルティーとしてハンター資格が剥奪されてしまうからだ。
 そして、さらに厳しい規則の下で都市外への外出禁止命令が言い渡されてしまう。






 これはインデールに限った話ではなく、どの都市でも同じ決まりになっている。
 だが、ハンターとして生きている彼らにとって、その資格を剥奪されることや外部への接触が禁止されることは、生きていく上でもまさに生活の危機と等しいものだ。
 家族を持つ者もいれば、それで生計を立てる者もいる。


 行くしかない……。そう、誰もが思っただろう。
 だがしかし、例え行くことになったとしても、後方を任された下級者ハンターたちにとって上級者ハンターという存在は絶対に必要なものだった。
 バルディアス討伐を成功させるためにも。
 そして、死というリスクを下げるためにも…。




「……………」


 雨の勢いが静まることはなく強くなる中、その場にいた者達の不安や恐怖が周囲へと感染するように広まり続けていく。
 そんなハンターたちが集まる中、青いコートを着た一人の少女は静かにその光景に瞳を伏せ、背を向けながら、その場を消えゆくように後にするのだった。








 いつもは人で賑わう道通りも、この時だけは誰一人行き交う姿は見られなかった。
 そして、雨で地面が濡れゆき水たまりが溜まる。そんな水面に映るマチバヤ喫茶店のドアにはクローズという看板が掛けられていた。
 生気の感じられない、客一人いない暗い店内。
 だが、そこには二つの影――――――その店の店主である黒いローブを身に纏う町早美野里と、鍛冶師ルーサーの姿があった。


「………………」


 共に口を閉ざし、静寂が漂う。
 共に背をテーブルに預け、佇む彼ら。その衣服には、店の中にいるにも関わらず、雨によって濡れた痕跡が残っていた。
 そう、彼らもまた――――――――正門前の置かれたライザムを死体を確認してきた後だったのだ。


「………………」


 ルーサーが見つめる中、美野里は顔を伏せ一度も彼と視線を合わせることはしていなかった。
 ただ、震える唇を動かし言葉を言おうと、


「…ぁ」
「誰も、お前を責めるつもりはねぇよ」


 だが、それを遮るように、ルーサーが言葉で言う。
 緊急招集によってハンターたちが集められた、あの中央広場で。
 ライザムと美野里が出会っていた事は、既に噂で耳にしていた。そして、一緒に行かないか? と遠回しに誘われていたことも容易に想像がついていた。




「……アイツだってそうだ。ライザムが……お前のせいだ、なんて言うわけねぇだろ」




 ルーサーにとって、ライザムは………かけがいのない仲間だった。
 そして、美野里にとってもそうだ。彼は………美野里がこの世界に来て、初めてハンターとして生きていく故に必要となる技や知識を教えてくれた、かけがえのない師匠だったのだ。


 仲間の死と師匠の死。
 割り切れない思いでどちらも心が一杯だった。
 だが―――――――――――――問題は、それだけではなかった。


「……ねぇ、ルーサー」


 突然と舞い込んできた知らせを受け、正門前で向かった美野里たちがライザムの死体を目の当たりにした、その時だった。
 鍛治師であるルーサーと同様に、美野里の視線がある物に捉えてしまった。
 彼の防具に残っていた半壊の痕、そこに隠されていた―――――――――――真実に


「ルーサーも、気づいてるんでしょ?」
「…………………………」
「ライザムさんの鎧の壊れ方‥‥‥‥普通の人ならわからなかったかも知れない。でも、鍛冶をする人だったら、直ぐに気づいたと思うの‥‥」


 鍛治師であるルーサーと同じように、美野里は自分自身で鍛冶を行う。
 武器の強化もまた鍛冶師としての一つの技術であり、独学で鍛冶の知識を学んだ彼女は既に並みの鍛冶師と呼ばれてもおかしくない程の技術を持っていた。
 だからこそ、ライザムの半壊した鎧を見た時ーーーーー美野里たちは、気づいてしまったのだ。
 あれは、




「どう見たって………モンスターに負わされた傷じゃなかった。あれは……武器で破壊された、傷だった」




 バルディアスや、他のモンスターたちに付けられた傷ではない。
 同じ鉄。都市に住むハンターたちが扱う武器によってつけられた痕だった。








 その直後、轟音の雷鳴が空から地上へと突き抜ける。
 真実が明るみに晒された、音のように。
 店内は一瞬雷の光り当てられ照らされ、数秒にして再び暗い部屋へと戻っていく。そんな中、美野里はそれ以上言葉を言おうとしなかった。
 ルーサーは憔悴したような美野里の姿を見つめ、その口をやっと動かす。


「今回の緊急召集には、何か裏がある………」
「………………」
「美野里。お前、本当に前衛の、前に出るつもりなのか? 最後尾じゃ、ダメなのか?」


 ルーサーは、訴え続ける。


「一番後ろなら、遅れて出る鍛冶師の俺も直ぐに追いつける。それからでもッ!」
「…ごめん、ルーサー」


 だが、そんな言葉を遮るように美野里は、静かに立ち上がり、動き出す。
 上級ハンターの一件もあって、後方を任されていたハンターたちはその不足を補うように前衛を任される事になってしまった。さらに編成はまた一から組み直され、時間差をつけた後で鍛冶師や武器防具屋、それから道具屋の店主たちが先に出た彼らの後を追う流れになっている。
 そして、下級ハンター達が主体となる前衛から、何班かに分かれ、先に出る班と後に出る班。
 その二つが、ランクの上位者を基準にして選ばれ定められる事となっていた。その、はずだった。




 先に出発する班に、美野里が自身で立候補したのだ。




 武器屋や防具屋が今回の討伐に参加することになったのには理由がある。
 最も大きな理由は、下級者ハンターが前衛に出なくてはならなくなった事が一番の要因だとも言えるだろう。武器や防具、トラップ道具や回復薬などといった分野で討伐の補助を行う。当然、鍛冶師であるルーサーもまたそれと同じ補助担当に選ばれることになってしまった。
 そして、美野里が先に出ることを後になって知り、ルーサーは自身もハンターとして前に出ることを上層部に抗議したが――――その訴えが了承されることはなかった。
 黒いローブを揺らし、美野里は店の出口、ドアの下へと歩きながら言葉を続ける。


「もし………あの時、ライザムさんの誘いを受けていたら、……ライザムさんは」
「ッ…だから、それはッ」
「わかってる。…仮に一緒に行っていたとしても…私に何が出来ていたかはわからない。もしかしたら何もできなくて………死んでたかもしれない」
「ッ!!」
「でも、……それでも、私はあの時、ライザムさんに誘われるのが嫌だった。ライザムさんに着いていって、力のあるハンターだって皆に思われることが嫌で……心の底で拒絶したのよ。……だから、私には全く責任がなかったなんて、そんな事を言えるわけがない。……思えるわけが、ない…」


 だからこそ、美野里はこの一件から逃げるわけにはいかなかった。
 ライザムの死、その奥にある真実を確かめるためにも、バルディアスの討伐に参加する、そう彼女は決めたのだ。
 美野里はそのまま後ろに振り返ることをせず、ドアの取っ手に手をかけ、一歩と足を踏み出そうとした。
 だが、その時。




「……絶対、無茶だけはするな」




 ルーサーが口にした言葉に、美野里の足が止まった。
 そして、動きを止めた彼女を見つめ、ルーサーは歯を強く噛みしめながら、


「俺が急いで追いつくまで………待っててくれ」
「………………」
「頼む。これ以上……お前に、傷ついてほしくないんだよッ!」


 ルーサーは、固く握り締めた拳を震わせる。現状の中、心の傷を負った彼女を救えない自身に対し、苛立ちを募らせるように。
 対する美野里は、そんな彼の言葉を心に響かせつつ、その小さな唇を強く紡んだ。
 そして、首下に吊したアクセサリーに手を触れさせながら、美野里はゆっくりと振り返り、




「……………ありがとう、ルーサー」




 美野里はそう言って、足を動かし、その場から姿を消したのだった。最後に見せた彼女の背中は小さく、いつ壊されてもおかしくない程に脆く、見えた。
 店主がいなくなったことで、店内には再び静寂が漂う。
 ドン! とテーブルに向けて拳を叩きつけるルーサーは、悲痛な表情を浮かべるしかできない。
 悔しさを噛み殺しながら、その口で彼は――――――こう言うしか出来なかった。








「……………美野里の事を、頼む」






 それは、ここにはいない者へ向けた言葉だった。
 そこに返事は返ってこない。
 ただ、ポタポタっと調理場にある水道から水が落ちる音が聞こえる。………それだけだった。








 マチバヤ喫茶店から少し離れた路地裏で、青いコートを身に纏う魔法使うのアチルは一人立っていた。
 彼女は背を壁に預けながら、耳から片手をゆっくりと離す。その手のひらには淡い水色の光で描かれた魔法陣が記され、そこから微かだが小さな音が聞こえていた。




 それは水という存在を通信素材として変革させる、連絡通信に特化した魔法、トーンラベルト。
 使い方によっては、離れた場所との連絡、盗聴にも応用が利く。
 そして、その通信先はマチバヤ喫茶店の店内だ。




『……………美野里の事を、頼む』




 通信を遮断し、静かな足取りで歩き始めるアチルは、静かに息を吐く。
 雨のせいもあって、気温が下がり口から出た息が白くなるが、それでも幸いなことにさっきまで激しかった雨も、次第に弱まってきた。
 アチルは濡れた前髪を横に反らし、青い瞳で雨雲に覆い尽くされた空を見上げる。


 誰もいない路地裏という場所で、アチルは小さな声を出し、言う。




「………はい」




 次第に止み始める雨。
 離れゆく雨雲。
 そして、波乱の戦場が待ち受ける、バルディアス討伐依頼の幕開けとなる。











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