異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

goro

デート・願いのエリサリア

 
 第十二話 デート・願いのエリサリア




 都市インデール・フレイム深夜のマチバヤ喫茶店。
 ポチャポチャ、と調理場の水場に置かれた水道の蛇口から水の音が鳴り続ける。
 店内には明かりはなく、人の姿もない。だが、店の奥に続く、地下への階段。
 その先にある私室に、


「………………………」


 どんよりとしたオーラを纏うこの店の店主、町早美野里の姿があった。
 ベットの上に座りこみ、枕を抱き締め続けている彼女の髪はボサボサで、目の下には寝不足のクマが見え隠れする。
 虚ろな瞳で同じところを見続ける美野里だが、その頰には未だ熱を持つように紅音色を帯びていた。
 目の下にあるクマについては、原因が何なのかはわかっている。
 長々とした理由があるわけでもなく、簡潔にいうとーーー


 数時間前に、突然とルーサーにデートをしようと誘われた。


「ぅぅううーーーっ!!」


 足をバタつかせ、布団の上で悶える美野里。
 気を落ち着かせようと色々試みたりもした。
 ゆでダコ状態の頭を冷やそうと風呂に入るや頭に水をぶっ掛けたりと‥。
 だが、一度篭ってしまった熱が冷めることはなく、美野里は頰に手を当て、唸り声を漏らす。


(あの時、断ってもよかった‥‥‥‥)


 その言葉が何度も頭の中を飛び交う。
 しかし、それはただの逃げであることは彼女自身、誰に言われるまでもなく自覚していた。
 単に、不安なのだ。
 今まで生きてきた中で、美野里はデートというものを経験したことがない。
 また人を好きになった、そんな気持ちすら抱いた事が一度としてなかったのだ。


 初恋‥なのかなぁ、と言葉を漏らすと更に恥ずかしさを増していく。
 美野里は両腕に抱える枕に顔を埋め、現状が変わらないまま刻々と時間だけが過ぎていく。
 と、そこで美野里はふと頭の中に一つの疑問が浮かび上がる。




「……服、どうしよう?」




 昔、妹に読まされた恋愛漫画の内容にもそんな場面が何度かあった。そして、‥まさか、そんな展開に自分がなるとは夢にも思わなかった。


 バッ! と立ち上がった美野里は直ぐ様、部屋の隅に置かれたタンスから順に服を取り出していく。
 そのどれがお洒落とは程遠い、仕事着や私服着といった平凡なものばかりで、女子力がないと言われて仕方がない現状だった。
 そして、またもう一つ問題を上げると、


「あ、でも‥‥‥外に出るのよね…?」


 彼女がいた世界と、この世界の常識は違う。
 この世界では、都市から出た外の世界に平穏など存在しない。お洒落などといった服よりも防具や武器といったものが必需品なのだ。
 逆に都市外にお洒落な服を着て、それで凶暴なモンスター襲われた、となれば、都市中の笑い者になるだろう。


「もう‥どうしたらいいのよーーーッ!!」


 悲痛な現実に根負けしたように。
 美野里は半ギレのヤケクソモードで叫び声を上げるのであった。






 都市インデール・フレイムの朝は、絶好のデート日和よろしく満開の青空が広がっていた。
 チリリン、と音が鳴らせ喫茶店のドアを閉める美野里の容姿は、腰に武器。大きなコートを羽織らせた、その姿から分かるように結局いつものハンター衣装に身を包むことになってしまった。
 都市の外は、朝の九時を回った辺りもあって店前の通りには道中を歩くハンターたちで行き渡っている。
 美野里は店のドアの表面に掛けられたクローズと書かれた看板を吊し、深く息をつきながら気を落ち着かせようとする。
 あの夜、色々と考えた結果。
 結論から言って彼女はこう答えを導き出したの。




 問題ごとは早く終わらしてしまおう。




 よし、と気持ちの整理をつけた美野里は、気合いを入れ直し、後ろに振り返る。






「よ、よう‥‥早いな」






 そこには一人。
 きょとん、とした表情を浮かべるルーサーが目の前で苦笑いを浮かべていた。




「うきゃあああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「っな、おい、どうした!?」


 バン! とドアに向かって背中から衝突した美野里は驚愕と赤面を同時に顔に浮かばせ、目を見開いていた。
 対するルーサーはそんな彼女の行動に驚きつつも心配した様子で戸惑っていた。


(何でいるわけ!? 私が今一生懸命に気を落ち着かせたのに! 私、服とか変かな!? 変な髪とか、顔とかもしてないかなっ!?)
「だ、大丈夫か?」


 頭を抱えパニック状態になる美野里に、ルーサーはそう声を掛けながら自身の手をそのワタワタする彼女の肩に掛けようとし、


「っきゃあ!?」
「!?」


 美野里は咄嗟に、悲鳴を上げてその場から飛びのいてしまった。
 そのあまりの拒絶に固まってしまうルーサー。一方の美野里も謝ろうとするも口がパクパクと開くだけで思うように言葉が出ない。
 どちらも言葉が浮かばないまま、二人の間に重い沈黙が落ちる。
 ……どこか気まずいな、とルーサーは小さく咳き込みつつ頭をかきながら、ようやくその口を開いた。


「あ……いや、昨日は何か俺がおかしなこと言って、その」


 その場の勢いで言ってしまったことに、今更ながら反省しているルーサー。
 そんな彼もまた普段と違い、ほんのり赤みを帯びた頬を浮かばせながら視線だけを美野里に向ける。


「わ、私も…その……ごめんなさい。返事もちゃんとしないまま…逃げちゃって。本当は今から、その返事をしに行こうと思ってて…」


 美野里なりに答えは出ていた事もあって今日は店を閉め、外に出てきた。戦闘着の衣装から、デートの誘いに乗ろうとする意志はあるのだろう。
 だが、…どちらも口べたらしく、言いたい事をはっきりと言えないまま二人は再び沈黙してしまう。
 とはいえ、こうして人通りで黙ったまま見つめ合う男女というのは、少なからずも注目の的になることもあり、道行く人たちから視線がチクチクと感じ始めた。


「……………えーと、その…服装がソレってことは、…あの件について…良いってことなのか?」
「………………………うん」
「…………そ、そっか。それじゃ……行くか」


 ルーサーの言葉に、コクリと頭を振る美野里。
 かくして二人はぎこちない動きのまま足を動かし、今回の目的。
 エリサリアを手に入れるべく花の園と呼ばれるピクシリアへと向かうのであった。






 インデール・フレイムから一時間ぐらい歩いた先にある、花の園――ピクシリア。
 道中、珍しくモンスターに出くわす事無く目的地に辿り着くことが出来た。
 草原が広がる中に混ざるように色鮮やかな花たちがその場一帯に広がっている。周囲には凶暴なモンスターもいない事もあって、小さな小鳥たちが集いじゃれ合っている姿がまた可愛らしい光景でもあった。
 そして、初めてこの場所に訪れた美野里は、視線の先に広がる光景に声を上げる。


「綺麗!!」


 無邪気な子供のように飛びはねながら動き回る美野里は、側に咲くピンク色の花に近づき腰を落とす。クンクン、と花に顔を近づけ匂いを嗅ぐと花の中心からは、フワリとした甘い蜜のような良い匂いがした。
 美野里は口元を緩ませ、幸せそうな笑顔を浮かべる。
 そんな状況の中で、


「…………」


 ルーサーはそんな美野里に対し顔を赤くさせる。
 花に近寄り可愛らしい行動、仕草を見せる。それだけでも心臓の音が高まる一方だ。
 綺麗!! と彼女がここに来て言った言葉を、その彼女に対して復唱してしまいそうになる。
 と、美野里は呆然としているルーサーに近づき、首を傾げながらその口を開く。


「ねぇ、ここからどっちに行けばいいの?」
「んえっ!? ああっ、それは、その…」


 突然声を掛けられたことに驚くルーサーは周囲を何度も見渡す様子で慌てふためく。
 美野里は眉間を皺め、もう一歩近づき、


「何やってるの?」
「ッーーー何でもない! ああ、あっち! 確かあっちだ!!」


 ズカズカと足を動かし、ルーサーは一人先へ進んでいく。
 何なの、あれ…? と目を瞬かせる美野里は一人頭に疑問を浮かべるのであった。
 そうこうして、花園の脇にある道を進み、エリサリアがあるとされる場所付近まで辿り着いた。
 そこで美野里は、ルーサーにこう尋ねた。


「………何でこうなってるの?」
「……………知らん」


 二人の目の前には…。
 巨大な枝の足を生やしたショルチがズカズカと道を遮るように佇んでいる。
 その姿は、アチルが依然戦った奴よりも少し大きい。
 またなの…、とげんなりした表情を浮かべる美野里。その傍らでルーサーはピキリと額に青筋を浮かべ、背中に携えた白鉄のハンマーを抜き取った。
 彼は鍛治師である一方で、実は昔はハンターでもあった。
 ハンター時代の知識を使い、鍛冶の創意工夫をこなしているのだが、


「とりあえず……狩ってくる」


 タイミングが悪すぎた。
 どうやってもこのショルチを倒さなければ道は通れない。
 機嫌を悪くさせるルーサーは一人、障害のモンスターを倒しに行く。美野里は溜め息を漏らしながら腰に収めるダガーを取り出し、彼の後を追おうとする。
 だが、そんな時だった。
 ゴゴゴゴッ、と…


「え!?」


 その音が、地面から聞こえて来た。
 そして、その瞬間。地面から一気に生え始めた茶色の蔓が美野里の足首を巻きつかせ、そのまま彼女の体を上空へと振り上がらせる。


「っ、美野里!!」


 ルーサーは背後で起きた状況に驚きの表情を見せ、急ぎ彼女の元へ戻ろうとする。
 だが、目の前にいたショルチが邪魔をするようにルーせーに襲い掛かってきた。寸前でハンマーを縦にさせ喰われるのだけは回避出来た。しかし、防御に専念してしまい、思うように後退ができない。


「な、何よこれっ!?」


 美野里は歯を噛みしめ、その手に持つダガーを振り上げ足を拘束する蔓を斬り落とそうとした。
 が、その直後。


「っ痛ッ!」


 チクッと足首に何かが刺さった感触と痛みが広がる。
 顔を歪める美野里だったが、変化はそれだけではなかった。
 突然と視界がぐにゃりと歪み、次第に体の力が抜けていく。これではまるで――――毒状態だ。
 まずい……、と美野里は奥歯を噛み締め何とか意識を保たせる。そして、状況を覆すために、美野里は手に握ったダガーをショルチに向かい投げ飛ばし、その地面から生える足の変わりの蔓を切断した。
 ぐらり、と足をやられ、体勢を崩すショルチ。
 宙に引き上げる蔓の力も同時になくなり拘束は簡単に解けた。だが、毒で思うように動けない美野里は真っ逆さまに地面へ向かって落ちていく。


(どうにかして態勢を整え着地しないと…)


 そう考える美野里だったが、その意識は既に小さくなりつつあった。
 彼女の体は一ミリも身動きが取れない状態で落ちていく。
 その時だ。


 トン、と美野里の体が力強い手により受け止められた。


 掠れる視界で上を見上げると、そこは見知った鍛冶師―――ルーサーの顔があった。
 やがて…美野里の意識は眠りにつくように…途絶えて…いった。






 ズンズン、と音を立て近づいてくる毒持ちのモンスター、ショルチ。切られた足は既に再生し、敵意を美野里へと向けている。
 だが、その一方でルーサーは気を失った美野里を地面にゆっくりと寝かせ……顔を伏せたまま、その口を動かす。




「………………邪魔すんじゃねえよ」




 ぎゅっと握られるハンマーが突如、眩い光を放つ。
 ハンマー全体から溢れんばかりに灯る光。ショルチはその未確認の力に恐怖を抱いたのか後ろに後ずさり始めた。
 しかし、その行動は既に遅かった。
 その瞬間、ルーサーは目を見開き地面を蹴飛ばし、ショルチに向かって走り出す。
 ショルチは、慌てたように地面に隠していた数本の蔓を振り上げ一斉に攻撃を仕掛けようとする。だが、彼の手にあるハンマーによって、その攻撃らは次々と躱し、潰されていく。
 数秒という時間で、ついにはショルチの懐にまで辿り着いてしまった。
 そして、ルーサーは―――――その力を口から言葉として吐き出す。






「衝光………打現!」




 衝光、美野里の持つ力と同様の力だ
 直後、力強く振り回した一撃がショルチの胴体にめり込む。
 緑の胴体がまるで水面に落とした際に出来る波紋のように揺れ動き、さらにルーサーは力技でショルチの体を上空へと打ち上げる。
 ショルチは激痛に悲鳴を上げているが、ルーサーは無言でハンマーを背に戻すと二度とその眼を振り向かせる事はなかった。


 ドン! とハンマーによって与えられた衝撃が遅れてショルチの体を一斉に襲う。


 次々と積み重ねられる衝撃は次第に大きくなり…。
 やがて、最後に鳴った音と共にショルチの体は真っ二つに吹き飛び、地面に崩れ落ちていくのであった。










 カツカツ、と。
 土を踏む足音に美野里は目を覚ました。
 ぼんやりとした視線を前に向けると、そこには誰かの背中があった。その衣服から見て、その背がルーサーであることに美野里は気づく。


「………ルーサー」
「お、やっと目が覚めたか」


 ルーサーは小さく息を吐きながら、ゆっくりと美野里を地面へと下ろした。
 何とか足で立つことは出来たが、それでも毒の影響は未だに残っている。グラリと体が揺れ、地面に倒れそうになる。
 ルーサーはそんな彼女の肩を手で支え、


「やっぱりまだ残ってるか……一度、ここで休むか。そうさっきみたいな事はないだろうし」
「…うん」


 美野里は小さく頭を頷かせ、近くに生えた芝生の上でそっと腰を落とした。
 周囲には未だ花はあり、色とりどりの花が並んで花園らしい風景がずっと奥へ広がっていた。吹き抜ける風も涼しく、美野里は横髪が揺れるのを手でかきあげながら小さく息をつく。
 すると、そんな美野里の目の前に一つの瓶が突然と前に出される。


「ほら、これでも飲んどけ。毒消しの薬だ」


 それはルーサーが事前に持ち合わせていた水色の液体が入った瓶だった。
 今日は本当に何から何までルーサーに助けられている。そのことを気にしながら美野里は素直にそれを受け取ると、迷いなくそれを口の中にへと流し込んだ。
 若干と苦みがあったが、少しは気分的に楽になった気がする。
 薬を飲みほした美野里は瓶を芝生に置き、顔を伏せた。
 そして、彼女は小さな声でルーサーに口を開く。


「ルーサー……その、さっきはごめん」
「ん? 何が」
「………油断して、足手まといになって」
「あれは仕方ねぇだろ。新種のショルチみたいだったし、そもそも情報すらなかったんだから」


 蔓を伸ばし、毒を敵に注入するショルチ。
 インデール・フレイムでの依頼書にも書かれていない新種に進化したショルチだった。
 仮に初対面だったとしても、情報さえあれば用心もできた。
 だが、美野里はそれでも気にしているのか以前と元気を見せない。


「…………………」
「……そう言えば、お前。まだその武器使ってるんだな」


 ふと、ルーサーは美野里の腰に収納されたダガーを見やる。
 全く新しい武器ではなく、ところどころ汚れも見られる。だが、長年使っているように柄の部分はすり減ったように小さな凹みがあった。
 それもそのはず、その武器は、美野里がこの世界に来て初めて手に入れた武器なのだ。
 そして、もう一つと上げれば、




「うん…………。ルーサーが初めて進めてくれた武器だから」
「ああ……そうだったな」


 美野里がインデール・フレイムに来て、ハンターになろうとした時。
 鍛冶師であるルーサーが進めた、それがこの武器、ダガーだった。
 非常用と計六本のダガーを買わされた時は、ぼったくられた、と美野里は頭を抱えていたが、


「あれから一年か……」
「…………………………うん」
「長いようで、短かったな」


 ルーサーは、美野里の横顔をそっと見やる。
 美野里も、ルーサーの顔をちらりと見やる。


 同時に同じことをして、固まる二人はしばらく見つめ合った後、互いに笑いあった。
 穏やかな空気が、やっと出来上がった感じだった。


「よし!」


 美野里は手をつきながらゆっくりと立ち上がる。
 薬が効いてきたのか、さっきよりは体調は楽になった。
 ルーサーの話では、後少し行った先に目的の物である、花園の中央に置かれた石牌に咲くエクサリアがあると聞いている。


「それじゃ、行こう…ルーサー」
「……ああ」


 振り返り様にそう言う美野里。
 ルーサーは一瞬呆然としながらも、すぐに口元を緩ませてその後ろ姿に続くように立ち上がり歩いていく。
 この場所に誘った時は色々と困らせてしまった事もあった。だが、それでも今…美野里はいつもの彼女に戻っている。
 今日の事で色々な彼女の顔を見られた気がした。
 しかし、その中でもルーサーはそんな彼女の笑顔を見れただけでも、誘ったかいがあったと本当の意味でそう思った…。






 風にそよぐ花たち…。
 そんな彼らに見守られる中、美野里たちは花園の中心に置かれた石牌の前に辿り着いた。


「…………………」
「これが、エリサリアか…」


 ルーサーの視線の先にある一輪の花。
 石牌の直ぐ側に咲く、宝石のような真珠を花の中央に宿した今回の目的の品――――エリサリア。
 だが、美野里はそれよりも先に石牌の刻まれた文字に対し、一人目を見開いていた。


「……………これって」
「美野里、どうし……お前、これが読めるのか?」


 刻まれた文字は意味不明な初めて見る形だった。
 普通に読もうとしても、全くわからないはずの字。だが、美野里だけがその字を理解出来た。
 何故かわからない。
 今まで生きてきた中で、一度も見たこともない字だ。
 それでも、分かる。






『この言葉が誰に伝わるかはわからない。もしかしたら、一生伝わらないかもしれない。でも、それでも………いつか、この願いが叶う日がくることを待っています』






「……………」
「美野里?」


 ルーサーの声に反応せず、美野里はそっと地面にしゃがみ込む。
 そして、見つめる先にある花園の中央に置かれた石牌の前に咲く花、エリサリア。
 刻まれた言葉がこの花とどう関わっているのかは定かではない。
 それでも、


「ルーサー、一つお願いがあるの…」
「ん?」


 美野里はエリサリアの茎を折り、それを大事そうに手に持つ。
 今まで彼女は何から何まで一人でやろうとしていた。だが今回だけは、どうしてルーサーに頼みたかったのだ。


 一人ではない。
 二人でここまで来たからこそ…。


 まだ、この依頼という名のデートをした後の返事を、美野里は考えていない。
 それでも、美野里はルーサーに、これだけは頼みたかった。






「このエリサリアで、……アクセサリーとか、作ってくれない?」






 ルーサーと一緒に来た。
 石牌の言葉を胸に閉まいながら、この世界で初めてのデートをした。
 美野里はその証をルーサーに作ってほしかった。
 当初は戸惑った表情を浮かべるルーサー。だが、彼女の顔を見ているうちにそんな疑問は薄れていった。
 美野里が頼むということは、それほどに大切な事なのだろう。と、そう思ったからだ……。


「……ああ、わかった」
「ありがとう、ルーサー」


 共に笑い合う、美野里とルーサー。


「…………それじゃ、帰るか」
「うん」


 そうして二人は石牌に背を向け、その場を後にする。
 花園に吹き抜ける風によって揺れる花たちに見送られ、美野里たちの姿が次第に遠くなっていく。
 そして……石牌に刻まれた字はまるで役目を終えたかのように静かに消えていくのであった。








 それから数日経った後の事だ。
 美野里は噂でエリサリアがあれ以来咲かなくなったという話を耳にした。男女のカップルハンターたちはがっかりとしていて少し罪悪感もあったが、それでも美野里は首元に吊るしたアクセサリーを手に取り、静かに口元を緩ませる。


 葉のような形の中央にある真珠が目立つ、首飾りのアクセサリー。


 美野里のこの世界でかけがいのない大切な物を手に入れ、大切な想い出の証を胸に彼女は幸せそうな笑みを浮かべるのだった。











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