異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫
タクティリガ討伐と御礼の報酬 B
第十一話 タクティリガ討伐と御礼の報酬 B
インデール・フレイムから離れた位置にある高原の岩場にて。そこに硬い青色の甲羅を背に持つ猛獣、タクティリガの姿があった。
むしゃむしゃ、と地面に生える草を食べている様子から草食系モンスターなのではと一瞬思えるが、その実態はというとバリバリ肉食系のモンスターなのである。
そして、更に補足するなら奴は獲物を狙う際に、その頭部に生えた二本の角で敵を串刺しにしてから捕食するという鬼畜的な習性を持ち、近接戦闘を基本とするインデールのハンターたちからも接触は死に繋がると噂されるほどのモンスターだった。
生息区域へと辿り着き、そう時間も掛かることなく討伐クエスト対象のタクティリガを発券した美野里とアチルは、その姿を間近にしながら、更に警戒を強くさせる。
作戦無しに突撃することは危険だということは、一目見ただけで直ぐに理解できた。
「‥‥美野里、陽動をお願いします」
「いや、それはわかってるけど……アチルはどうするつもりなの?」
「見た限りでは持久戦は不利だと思うので私の魔法で仕留めます。ただ、あれだけの巨体を倒すにはそれなりに魔力を練る必要があるので、その‥‥時間をと‥」
アチルは、どこか歯切れの悪い声を漏らす。
魔法にも強敵に対し、弱い威力の魔法では到底かなわない。だからこそ、強力な威力の魔法を使うためのチャージがいる。
普段と違う真剣なアチルの姿に驚きつつも、同時にこの時ばかりは頼もしさを感じる。
美野里は口元を緩めながら、足に力を込め立ち上がり、
「了解。それじゃ、頼んだわよ」
そう言った、その直後。
ダン!! と地面を蹴飛ばし美野里はタクティリガに向かって一直線に駆け走る。
死角をつくように背後から接近する美野里は、移動の際に地面を数回蹴るといった、普通の走りとは違う特殊な方法を見せる。
それは一定の走りの合間に地面を蹴ることで加速をつけていく、この世界に来て彼女が初めて自己流で覚えた走り方だった。
そして数秒という時間の中で、距離が徐々に近づき、美野里の遠距離攻撃が届く間合いまで近づいていく。
だが、その時。
「ッ!?」
突如、背筋を突き抜けるような悪寒が彼女を襲う。
美野里は足を止め、タクティリガを睨みつける。その一方で、大きな巨体モンスターの瞳がギロリと動いた。
近づき過ぎたからと、初めは思った。
だが、その答えは近づいたからこそ理解することができた。
『ゲガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
タクティリガが顔を上げると共に咆哮を撒き散らす。
美野里は歯を噛み締め、即座に思考を退避へと入れ替える。
(話しが違うじゃないッ!?)
美野里はハウン・ラピアスの壁に貼られていた、接近戦は注意としか書き記されていなかった依頼書に対しし、苛立ちを強くさせる。
タクティリガは確かに接近してはいけない猛獣だった。だが、その真の意味は、対峙した直後に理解する。
あのモンスターは、周囲の危機感知に優れ、同時に獲物をワザと近づける知識を持ち、また自分から逃げられない間合いまで獲物が誘い込み習性を持っていたのだ。
タクティリガは、強靭な角と突き出した状態で美野里に向かい突進する。
美野里自身、遅れて気づいてしまった為、既に距離は短く、このままではいづれその強靭な角で串刺しにされてしまう。
背を向け逃げ続ける美野里は、舌打ちをうちながら腰に納めたダガーを抜き取り、迫るタクティリガに対し体の向きを変えた。
そして、
「衝光!!」
手に持つダガーに衝光の力を纏わせたと同時に、美野里は光る光剣をタクティリガではなく、その足場に向かって投げ放つ。
ガッ!! と地面に刀身が突き刺さったその直後、地面に小さな爆発が炸裂する。
爆発の余波によって地面から土煙が立ち上がり、視界を奪われたタクティリガは足を止め狼狽えを見せ、美野里はその隙に攻撃を絶やさなかった。
自分の持つ、光輝いた残り五本のダガーを抜き取り投げ矢のごとくダガーを次々と放っていく。
ザン! ザン! ザン! と、五本のダガーが土煙を貫き、タクティリガの頭部に迫ろうとしていた。
だが、
『ツ!!?』
その直後、危険を察知したタクティリガは自身の体を丸め背中にある甲羅で光剣を次々と防いでいく。
ザクッ!! と剣は弾かれることなくその硬い甲羅に次々と突き刺さっていく。
しかし、衝光を使ったにも関わらず、その硬い甲羅に小さなヒビを入れることしか出来なかった。
武器を持って行かれた上、決定打にならなかった。危機的状況に歯噛みする美野里の顔に焦り影が差し込まれる。
と、その時。
「美野里! 避けてください!!」
背後からアチルの声が放たれる。
美野里は真横に地面を跳び、タクティリガとの直線から外れた。
それと入れ替わるように、ダン!! と地面を蹴飛ばし走り出すアチルは、普通のスピードとはかけ離れた魔法により高速移動と共に走り出す。
真横を突き抜ける彼女の姿に美野里は目を疑った。
それはその速さもだが、彼女が持つ武器の変化に対してもだ。
ルーサーによって作られた魔法剣・ルヴィアスは武器全体に水の魔法が纏わす剣だった。だが、今のアチルが持つソレはただ纏っているだけではない。
刀身に纏わされた水魔法はタクティリガに負けないほどの巨大な斧を形成させているのだ。
そして、アチルは眼前にいる獲物を迫り、掛け声に合わせ真上から斧を振り下ろす。
「ッ!!」
ガキィンンンンン!!! と大音量の衝撃音がその場一帯に響き渡る。
アチルの繰り出した斧は外すことなくタクティリガの甲羅に向かって振り下ろされたいた。
外野に立つ美野里もその巨大な斧に対してはあれで斬れない物はないと思っていた。
それほどの衝突だった。はずだった。
「「!?」」
だが、斧を受けて尚、甲羅は割れない。
ギギギギギギギィ、と音が鳴り、押し続けている。にも関わらず甲羅は表面が砕け散る兆しが見えない。
「ダメ…っ……」
柄を握り、歯を噛み締めるアチル。
ここで一度でも手を抜くとタクティリガは必ず攻撃を仕掛けてくる。力の反動で素早く動けないことから回避は不可能だ。
舐めてかかったわけではない。
だが、死の光景が直ぐ側まで迫っている。
背筋に震えがこみ上げ、どうすることもできないことに悔しさと苛立ちが募るっていく。
絶体絶命の状況にアチルは目を瞑るーーだが、その直後に美野里が声を張り上げ、叫んだ。
「衝光!!!」
そして、異変はその時起きた。
タクティリガの甲羅に突き刺さっていた五本のダガーが一気に光を強く輝かせたと同時に甲羅のヒビがさらに大きくヒビ割れていく。
硬い鎧のイメージだった甲羅もついには耐えられなくなった。
さらに加えて、その奥にある痛覚にまでそのダメージが行き届き、悲鳴と共にタクティリガとの間に一瞬の隙が生まれる。
「ッ!!!」
目を見開くアチルは斧を一度甲羅から離して、さらに力を込める。
隙が出来たことで生まれた時間。
ここで確実に仕留めるため、アチルは魔法をさらにもう一つ追加させる。
「ア・リジョン!!!」
ブワッ!! と水魔法の斧に更なる強化魔法が積み重なる。
斧の部分はさらに巨大となり、止めどない魔力がその内部で内密にチャージされる。
そして、最大の一撃が斧に溜まった。
アチルは一閃の様にヒビが入った部位に向かって魔法の斧を振り下ろし、その次の瞬間。
ガッバキン!!!!! と、その硬かった甲羅を一撃で砕け散り、斧の刃はタクティリガの脊髄を容易に切り落とす。
水の斧はそのまま肉を切り地面まで突き進み一筋の割れ目が地面に刻まれた。それと同時に、バタン!! と二つの肉塊はその場に横たわることとなった。
アチルは荒い息を落ち着かせ、胸に溜まった空気を吐く。美野里もまた決着がついたことに腰を落とし溜め息を吐くのだった。
タクティリガの角に加え、他部位を切り取った甲羅の破片等も手に入れることが出来た。そして、それが討伐の証として持っていくのに必要な物となる。
美野里とアチルは自分の持つポーチから取り出した網にそれらを放り込む。
インデール・フレイムでは、後に残った肉塊などは専門の回収ハンターが来て勝手に持ち帰る事となっている。
討伐の証拠を一通り詰め込んだ美野里は、草木が生える地面に大の字で倒れ込んだ。
最後に使った強大な光を放った衝光の光剣が体力的に多大な疲労を与えるらしく、今の彼女からはアチルよりも息使いは荒く辛そうに見える。
「大丈夫ですか、美野里?」
「ぅ、うん……ちょっと、休憩。‥今、体とかホントだるいから‥」
そう言う美野里の隣に着くアチルは、体を縮こませた状態で小さな声を漏らす。
「…その…美野里。‥…助けてくれて、ありがとうございます」
「っ、何言ってるのよ………礼を言うのは私の方だし、私だけじゃどうにもならなかった。…‥…それより、さっきのアレ凄かったんだけど、あんなの出来るんだったら最初から私要らなかったんじゃない?」
アチルの見せた、魔法で形成された巨大な斧。
あれ見てからでは、明らかにハンターとしての力の差は美野里よりも上であると納得するしか出来ない。
だが、対してアチルはその言葉に首を振りながら、
「違いますよ、美野里! あの魔法はとても集中力がいる上、チャージにも多大な時間が掛かるんです。だから普段では使えないですし‥‥‥それに、あんな大きな魔法は敵に直ぐ見つかってしまいます」
どれだけ強大な魔法で出来た斧でも、ソレを振る前にやられればアウトになってしまう。
だからこそ、アチルはルヴィアスを作ってくれた美野里に感謝しているのだ。が、当の美野里は納得のいっていない表情を浮かべていた。
アチルはそんな彼女に溜め息を吐きながら、小さく口元を緩めませ、
「それよりもです。美野里はアレをちゃんと渡すんですよ」
「うっ……」
突然と痛い所を突かれた美野里の顔が引きつる。
くすくす、とアチルは笑いながら、楽しそうに声を上げながら言った。
「ルーサーさんによろしくお願いしますね、美野里」
夕日が落ち、暗くなる道中。
都市インデール・フレイムの通りを歩く鍛冶師のルーサーは荷物を手に家路に着こうと足を動かしていた。
今日は珍しく鍛冶に凝ってしまい、こんな夜遅くまで時間が掛かってしまった。
早く帰って寝よう、と足行きを速め、家につく手前にある商品などを宣伝する看板が見えるところまで差し掛かった。
と、そこで不意に柱に背を預ける一人の少女に気が付く。
さっきまでの戦闘着から喫茶店の仕事着に着替えた美野里だ。
「美野里?」
「…………今日も武器作り? ホント、暇なのね」
むすっ、とした表情で呟く美野里。
対するルーサーは額にシワを寄せ、口元をひきつらさる。
「喧嘩売ってんのか、お前は‥」
まったく、と相変わらずの彼女の調子に溜め息を吐くルーサーは、手に持つ荷物を持ち直し、美野里の元に近づこうとする。
だが、その直後。
「っ!?」
ポイッ、とルーサー目掛け何が投げられた。
慌てて受け取るとそれは、何か丸い物を包んだ一枚の布だった。
ルーサーは驚いた表情で顔を上げると、そこには頬を赤らめた美野里の姿がある。
「それ………この前の返しに来たの」
「お……おう」
手の中にあるそれは、以前カキ氷を作った時に美野里に渡した布だった。
だが、布の中に何かがある。ルーサーは首を傾げながら布に指をかけ、そっと広げた。
「!?」
それを見た瞬間、ルーサーの瞳が大きく見開かれた。
中に包まれていたのは、曇り一つない青い宝石のような石だった。
その石は滅多に手に入ることのない、タクティリガ討伐の報酬に受け取った『アプリジョン』という名前の石だ。
そして、同時にルーサーが欲していた物でもある。
「お‥‥‥お前、これって」
「そ、その………お礼よ。べ、別にアンタの為に取ってきたわけじゃないから! たまたまアチルに協力してもらって、手に入って! フミカからアンタが欲しがってたって聞いたから、だから上げたのッ!!」
「…あ…………ああ」
捲し立てるように一気に言葉を吐きだし、荒い息を吐く美野里。
ルーサーもその勢いにたじろぎながら、小さく頭を頷かせた。
そうして、
「……………………………」
「……………………………」
その場に、どうしようもないほどの静寂が二人の間に広がる。
ルーサーと二人でいることに限界を感じた美野里は顔を真っ赤にさせながら、そそくさとその場から逃げよう振り返る。
だが、
「お、おい!」
ガシッと、ルーサーの大きな手が逃げる美野里の手を掴んだ。
「っ!?」
「あ…」
突然と掴まれことに体をビクつかせ硬直する美野里。
ルーサーも自分のしてしまったことに唖然として頬の周囲が微かに赤く染まる。
と、そんな二人から少し離れた場所では、
「(がんばれ! 男を見せろー!)」
「(ルーサーさん、がんばってください!!)」
わくわく、ニヤニヤ、とその光景を物陰から眺めるアチルとフミカの姿があった。
共に様子を見に来ていたようで数分前に偶然と鉢合わせしたのだ。
一方の美野里たちは以前、沈黙したままだった。
何がどう話せばいいのかわからず、弱々しい表情を見せる美野里。
しかし、対するルーサーは意を決し、口を動かした。
「あ、あのさ……今度」
「ぇ…‥今度?」
上目使いでルーサーを見つめる美野里。
その仕草だけでも心臓の音が張り裂けそうになるぐらいだ。
ルーサーは胸の鼓動を深呼吸で押さえつつ、深く息を吐きながらポケットから一枚の紙を取り出した。
そして、彼は言う。
「今度、俺と一緒にコレ取りに行かないか?」
ルーサーが取り出したのはハウン・ラピアスに貼られていた一枚の依頼書だ。
それは動物をハントする戦闘向けの依頼ではなく、採取クエスト。
目的地はここから少し離れた場所にある花園の地、ピクシリアという場所であり、依頼内容はそこで手に入るエリサリアという花の回収依頼だった。
ただ、ハンターたちの間ではそのクエストは低レベルの初心者用クエストと同じであると噂される一方で、別の意味でデートスポットへの導き依頼と噂されていた。
つまりはーーーーデートの誘いである。
「……………………………っえ、あっ!?」
デート‥。
デート‥‥。
デート‥‥‥!?
あわあわ、と遅れてその事に気付いた美野里の顔がさらに真っ赤に染まる。
その噂は以前に耳にしたこともあって、もう心中が破裂しそうなぐらいに頭の中で混乱しまくる。
(……断っても…!? で、でも!! さ、さすがに…それはっ!!?!)
シュー、と頭から湯気が出る気分になる美野里。そのまま顔を伏せ、固まってしまった。
返事を聞こうと何度も声をかけるが一向に口を開かない。流石にルーサーも心配になってきたのかその肩に手を掛けようとした。
だが、その手前で美野里が口を動いた。
「る、ルーサー‥‥」
「っ!? ど、どうした‥?」
「…その…ごめんなんだけど、もうちょっと考えさせてくれる? 」
「ああ‥‥」
「………………後、その……手を」
「っ、悪い!?」
ずっと掴んでいた手に気づき、慌ててその手を離すルーサー。
一方の美野里はその暖かさの残る手を片手で大事そうに包みながら胸の前へとやり、
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
そのまま、何も言わず美野里はその場から走り去ってしまった。
しばし、茫然とした状態で同時に自分がしてしまった行動に今更ながら恥ずかしさを感じ、ルーサーは頭を掻き毟る。
未だ心音も落ち着かず、今まで彼女を掴んでいた手を余計に意識してしまう。
ああー、何やってんだ俺!! と叫びたくもなった。
だが、そこで、
「頑張りましたね、ルーサーさん!!」
「ルーサー、よくやったわね!」
後ろから突如としてアチルとフミカぎ姿を現わす。
どうやら好奇心の塊が抑えきれず、出てきてしまったようだ。
だが、対するルーサーは口をパクパクとさせながら指を指しつつ、
「お、お前ら‥‥ど、どこから見て」
「「最初から!!」」
「ッ!? お前らなあああーーーーッ!!!」
ルーサーの涙目な羞恥心の叫びがインデール・フレイムの夜中の夜空に響き渡ることとなった。
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