異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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噂のスゥイーピーチ

 


 第五話 噂のスゥイーピーチ


 まず初めに、美野里とアチルが出会って早二週間。
    その間、それはもう話したい事が色々とあった。


 一つ目はアチルが来た当初、魔法使いが剣の都市に住み着くことが直ぐさま噂となり、立ちどころに街中にいるハンターたちに広がったこと。
    
   二つ目はアチルが筋肉ムキムキのおっさんたちに詰め寄られている光景を美野里が何度か見かけたこと。
    内容は、『一緒に依頼をしないか?』という、いわゆる勧誘というのやつなのだが…。

    そして、最後の三つ目。
    これが、色々の大元となる話なのだが。


「ストーカー…ですか?」

   マチハヤ喫茶店。
    テーブルに出された夕食を頬張るアチルは、その言葉に対して首を傾げる。

    何でも、人目アチルの姿を見ようする者たちが何やら軍団で結成して進化したらしく、通称『ストーカー団』とかいう馬鹿野郎共が出来上がってしまったらしい。
     ちなみに、その詳しい詳細については現在、調理場で料理を作る美野里も深く知らない。
   何故なら、店にやって来る客からたまたま耳にした話だからだ。


「何でも、色々アンタの事調べてるみたいよ? アンタがどこに行ったのか、とか。アンタが何食べたのか、とか。……後、アンタの今日の下着は何い」
「ちょっ、美野里っ!? まだ他のお客さんがいるので、そそ、それ以上はっ!?」

   そう言うアチルの周囲には、夕食時にやって来た常連客たちの姿がある。
   だが、こんな場所で下着の色暴露など、例え頭が天然だったとはいえ、たまったものではないらしい。

   アタフタするアチル。対する美野里は小さく笑いながら、

「冗談よ。でも、本当に気をつけなさいよ? もし大変そうだったら、私も手伝ってあげるから」
「ぅぅぅ…はい」

    そう言って優しい表情を見せる美野里に、アチルは潤んだ瞳でそんな彼女に礼を伝えた。
    そして、思った。

  
いつもこんなに優しければいいのに…、と。


   そして、夕食を食べ終えたアチルを見送り、美野里は店を閉め寝る。また、アチルは家路につく。

    たったこれだけなら、特に何も問題はなかった。
   


   その翌日、平和と思われていたインデールフレイムに、ある事件が起きるまでは。







 それは早朝、都市内に生える大樹。
    正確には『枝に』なのだが、そこに数十人にも及ぶ、ストーカーをしていたと思われる野郎どもが全員揃って紐で縛られ吊らされる事件が発生したのだ。

   幸い、縛っていたのが腹部だった為、最悪の地獄絵図には至らなかったが。


 ……後、その真相は語ると、

『寝床まで付けてこようとしたので、お仕置きしたんです』

 ニッコリスマイルの主犯アチルが店で、そう美野里語ってくれた。
    首を狙わなかったのは情けです、とは言っていたが、実際はそれをやられたら洒落にならない。

    この話は聞かなかったことにしよう、と顔を引きつらせる美野里は心の中で思うのだった。



    そして、そんな事件が少し落ち着いてきた、ある日の喫茶店にて、


「スゥイーピーチ?」


 その言葉に怪訝な表情を見せる美野里は今、喫茶店にて店主の真っ最中である。
    そして、彼女の目の前には、店に来店していた二人組みのオッサンハンターたちの姿があった。

 ちなみに、その『スゥイーピーチ』という言葉を口にしたのはその男たちによるものだ。

    またその名は既にインデール全域に広まっているらしく、二人の内の一人は機嫌よさげに美野里にその話を振っていたのだ。


「そのスゥイーピーチって、確か身体強化を促すっていう果実ですよね?」
「おう、今さっきも広場じゃあその噂で賑わっていたんだぜ? 明日にもハンター総出でその果実取り行くんだとよ」
「当然、俺たちも行くから美野里ちゃんもどうよって思ってよぅ」
「おいおい、いい歳こいたオッサンが何いたいけな女の子ナンパしてんだよ」
「うっせい! お前と違ってこっちは独り身なんだよ! いいだろ気持ちぐらい!!」

 何をっ!! このッ!! と口喧嘩を続ける男たちに美野里は苦笑いを浮かべる。

 話によれば、スゥイーピーチがあると噂されるのはインデール・フレイムから数キロ離れた位置にある、アルエキサークという森林内部。
 自然を実感できる森の中心には巨大な湖が存在し、そこには多種多様な魚が泳いでいて魚介系料理をする者にとってはそこは食材の宝庫とも言える場所だ。


    だが、今回の目的となっているの魚ではなく果実。

    湖付近でそびえたつ大樹の一本。その枝から何年かに一つしか実らないとされる神秘の秘宝、スゥイーピーチがぶら下がっているのだ。

    形は一口サイズの桃をイメージしたような果実で、その味もまた絶品であり、同時に身体能力が増加するという効果を持つ。



 鍛錬を積んで身に着ける身体能力を、その実を食べることで得ることが出来る。
   街に住むハンターたちにとっては、そんな夢みたいな果実は、喉から手が伸びるほどに欲しい。
  そんなわけで、噂が立ち所に広がったのだが、
  

「……スゥイーピーチって、やっぱり桃なのかなぁー」


 喫茶店の営業を一に考える美野里にとっては身体強化などあまり興味がなかった。
 ただ、その実の名前や形、味だけが気になるだけであって、それよりも……、


「「こんヤロー、ぶっ飛ばしてやる!!」」


 口論から発展した乱闘を繰り広げようとするオッサンたちの光景が彼女の目の前でさらに激しさを増そうとしていた。

 しばし無言だった美野里。
    だが、ニッコリと笑顔を浮かべ、こめかみをピクピクとさせたまま調理場へと戻っていく。
    そして、その場所から鉄のフライパンを取りに行き、その直ぐ後で――――ゴンッ!!! ゴンッ!!! と豪快な鉄の音が店内に鳴り響くのだった。





 次の朝、男たちの話通り、インデールの広場に数百人にも及ぶハンターたちが集まり、目的地アルエキサークへと旅立っていった。

 その大半は男たちだった為、暑苦しい集団が出て行った事に都市に住む女たちは呆れた表情を浮かべ、どうせ直ぐ取って帰ってくるだろうと、そんな軽い気持ちで男たちの帰りを待っているのだった。


 だが、それから数時間、時刻が夕暮れに近づこうとしているのにも関わらず男たちはハンターは誰一人として帰ってこなかったのだ。


 そして、空に目立つ太陽が沈み、夜に包まれたインデール・フレイム門の前。

「よし、っと」

 私服姿からハンター装備に着替えた美野里は門番の男たちに許可を取り、外へと出ていた。
    
    彼女の目的はスゥイーピーチではないにしろ、他の目的でアルエキサークに向かう用事があった。
    だから、特に特別な行動をしたわけではない。

    そう、本当にたまたま。

    出て直ぐの茂み。そこでコソコソと隠れていた一人の少女の頬を引っ張りながら、美野里は尋ねる。

「なんでアンタがいるの?」
「いたっ、いたわぃでぇすぅ!?」

 手を離してもらい、赤くなった頰をさするのは魔法使いことアチルだ。

 彼女もまたスゥイーピーチの話を聞きつけ男たちと共に外に飛び出したと噂で聞いていたのだが、何故か門の外で美野里がやって来るのを待っていたらしい。

 もちろん、美野里に速攻で見つけられ、現在正座をさせられているのだが、

「えっと、……美野里も来るんじゃないかなぁーと思って隠れてたんですけど、まさかこんなにも早く見つかってしまうとは…」
「アンタが私に追跡魔法とか仕掛けてくれたお陰で、最近ちょっぴり神経質になってるのよ」
「………………あ…あははっ…」

 目の前から来る視線から逃げるように目を合わせないアチル。
 美野里は溜め息をつきながら、腰に手を当て、実際の状況を確かめるべく再び彼女に尋ねた。

「それで、何か男たちが帰ってこないって聞いてるんだけど、アチルはその事知ってるの?」
「え? それってどういう事ですか?」
「あー……やっぱり知らなかったか。まぁ、一緒に行ってたら無事じゃないだろし」
「ぶ、無事じゃないって……本当の本当に、それどういう意味なんですか!?」

 不穏な言葉に顔を引きつらせるアチル。
 美野里は再び溜め息を漏らしつつ、

「そんなの行けばわかるわよ。ほら、行ってらっしゃい」
「っ!? み美野里も行くんですよね!?」
「私は別の用件で出ただけで」
「いや、インデールのハンターたちが行方不明なんですよ! 探しに行かないと!」
「大丈夫よ。朝には帰ってくるわよ…………(多分)」
「今、多分って言いましたよっ!! それも小さな声でっ!?」
「もぅ、うるさいなー。嘘よ、冗談。…ちゃんと私も行くわよ」

 はぁー、と何回目かとなる溜息をつき、美野里はそそくさと目的地へと歩いて行く。
    アチルも慌ててその後を追うようについていくのだが、ふとそこで疑問が頭に浮かんだ。

「そう言えば、確かに行くのは良いんですけど」
「ん、何よ?」
「美野里は何でこんな夜遅くに行こうと思ったんですか?」

 それは純粋な疑問だった。
 あの噂は昨日から始まり、今日の朝。我先とハンターが日中に飛び出していったのだ。
    
    現在何かしらの問題があって帰ってこない男たちだが、それとは関係なくこんな遅い時間に行ってしまっては既に実が取られている可能性は大いにある。


 にも関わらず、そんな明らかに遅いスタートと分かりながらも何故、美野里は今になって行動を起こしているのか。
 そんな、もっともな質問に小さく唸り声を上げる美野里。


    だが、アチルが見えないその裏側で美野里は密かに口元を緩ませ、投げやりな口ぶりで言う。

「まぁ、着けば分かるわよ」

 え? と美野里の言葉に首を傾げるアチル。
 だが、この時の彼女はその言葉の意味がどういうものなのかをまだ知るよしもなかった。



 そう。まさか、その目的とされていた場所が、あんな所だったとは………





 森林、アルエキサーク。
 大樹に包まれた自然豊かなその場所には、何故か人に危害を加える獣系モンスターがいない。
   まさに楽園のような地と噂されていた。


 危害を加える獣系モンスターはいない。その部分だけを見つめれば――――

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
「た、たすけてえええええええええええええええええええ!!」

 うぎゃああー!? と数々の悲鳴が未だ森林の奥地から聞こえて来ていた。

 そして、目的地についた先で、その悲鳴の数々を耳にしたアチルの顔が青ざめている。

「あ、あわわわっ」

    対して、美野里は平然とした様子でその光景を眺めている。

「み、美野里……これは、どういうことなんですかっ!?」

 アチルがそう言う、視界に広がる光景。
 そこには逃げ惑うハンターたちの姿と、またそんな彼らを追う謎の生物。巨大な植物のような姿をしたモンスターがウジャウジャと移動しまくっていたのだ。
   しかも、ハンターたちの何人かは既にそのモンスターに食べられている。

「しょしょ、植物が人食べてますよッ!? な、何なんですか、あれっ!!」
「何なんですかって、人食い植物のショルチていうモンスターよ。っていうか、植物かな? まぁ、いつも咀嚼の一歩手前で吐き捨ててくれるから死ぬまではいかないと思うんだけど」

 間近から聞こえてくる悲鳴を五月蠅いとばかりに耳を塞ぐ美野里の説明に、なるほど、と感嘆の声を出してしまいそうになるアチル。
    だが、それよりも気になるのは彼女の話し方がまるで既にそれを経験していたかのような言い方だった事についてだ。

  アチルは、まさかと思いつつ、もう一度美野里へ尋ねる。

「あのー、美野里って……まさか」
「うん、まぁ…週一ぐらいのペースで来てるから」

 や、やっぱりー!? と顔を引きつるアチルをよそに美野里は足場に生える茂みの中、地中の生える草を見つけるとそれをヨイショとばかりに採取する。


    茂みの中から見つけたそれは、葉が何枚も重なり合い、その上で新鮮さが分かるような艶を見せる紫と緑の色が混雑したような葉を持つ野菜。

 どこかでそれを見たようなぁ、と疑問を抱くアチルをよそに、

「ここでしか良い野菜がとれないから」

 美野里はそう言って見せてきたそれは、簡単に言うならレタスに似た味を持つラベンタという名の野菜だ。
    そして、容姿をはっきり見たアチルは瞬間、それが何度も食事のために立ち寄る喫茶店で出るサンドイッチの中に入っていた物だと気づき、驚いた表情を浮かべていた。


 だが、その時。

「あ、アチル」
「え? なんで」
「えーっと、後ろ」

 後ろ? とアチルは美野里が指さす先へ振り返った時。そこには視界に一杯に緑一色の葉っぱが映っていた。

   そして、次に見えたのは、葉の下に隠された人の口内を現わしたような桃色の口内。
 涎のような液がポタポタと落ち、そこまで気づいてアチルはやっとそれがどういう物で、後自分が今どういうこと状況になっているのかに気づいた。


 正確に言うならまさに――――巨大な花のない葉っぱに擬態した人食い植物モンスター、ショルチに捕食される一歩手前の状況にあるッ!!?

「ッツ!!!?!」

 アチルは捕食される寸前で飛び出すように跳ね、その直後に、ガコン!! とショルチの大口が音をたて閉じられた。


 間一髪で回避できたアチルは、心臓をバクバクさせながら助かったことに息をつく。と、視線の端で今まさに逃げる人間を丸呑みしたショルチの姿があった。


 モグモグ、モグモグ、ぎゃあああああああああああッ助けッツ!!! とショルチの中からそんな悲鳴が聞こえて来た。

(今食べられてたら、…………私もあんな風にッ)

 想像しただけで、ゾっとしてしまうアチル。
    その一方で側にいた美野里はというと、彼女から顔を反らして、

「ッチ」
「今『ッチ』って言いましたよねッ!? 絶対言いましたよ!! やっぱり、まだあの事怒ってますよね!?」
「怒ってない、全然怒ってないわよ。うん、本当に」
「じゃあちゃんとこっち見て言って下さい!!」
「…………………」
「やっぱり無茶苦茶怒ってるじゃないですか!? って、うあわッ!?」

 直後、必死な声を上げるアチルに向かって、背後から触手なような物が飛んできた。

   何とか回避した攻撃だが、顔を上げるとそこにはさっきまでのショルチとは違う、巨大な花のような外見とは裏腹に花の中心に牙を生やした巨大ショルチが蔓を重ねた四足の足で立っていた。

 しかも、牙からは今も体液が涎のように物を垂らし、標的をアチルに絞りこんで、

「キシャー!!」

 奇声を上げ、猛スピードで迫ってきた。
 アチルは慌てて逃げるが、その一方で美野里は以前と喫茶店の食材確保に集中していた。

「み、美野里!? 助けてくだ」
「魔法使いなんでしょ。なら、ちょっとは頑張りなさいよ。ふぁいとー」
「凄い投げやりな応援ですよねっ、それ!?」

 と、言い合っていても状況は変わらない。美野里は完全に手助けする気ゼロだし。


 助けてほしいんですけどー、と諦め気分で涙目になるアチルは、一度思考を切り替えるべく目を閉じ、再び目を見開いた瞬間に思考を戦闘モードに切り換える。

   そして、背後スレスレまで迫りくるショルチに対し、片手をかざし、

「アーヴィー・ア!!」

 アチルは魔法を唱えた、その直後。
    彼女の手のひらから小さな渦を描いた水が姿を現わし、渦はその勢いを強め、それはまるで細長い小さな槍のような姿へと変化した。


 魔法によって火や水、風や土などを出すことは魔法使いにとってはそう難しいことではない。

   しかし、魔法使いにも属性との相性といった部分が存在し、相性しだいでアチルが行ったように形状の変化や力の強化といった特殊魔法を使うことが出来るようになるのだ。


 アチルが最も相性を良くする属性は水であり、特殊魔法で変化させた水の槍はその回転は持続されながら力を蓄えていく。
 そして、直前と同時にアチルは、ショルチに向かって水の槍を放った。



 ザン!! と空気を貫き、ショルチの花。その中心に風穴を開けた。


 大きな音を立て、地面に倒れる巨大ショルチ。
    せめぎ合いもなく、一瞬で戦況は終わりを迎えた。

「へぇー」

 片手にたくさんの食材を持つ美野里はアチルの戦いを眺め、関心した声を漏らしていた。


    というのも、魔法使いとは聞いてはいたが実際に魔法を見たのはこれが初めだったのだ。

    剣を基本とするインデール・フレイムとは全く違う戦法もそうだが、状況に応じた多種多様に変化する魔法は確かにモンスターとの戦闘において有利になることは間違いない。
 緊張の抜けたような声を出すアチルに、美野里は小さく拍手をしながら歩みより、

「初めて魔法ってみたけど、凄いわね」
「………普通は助けてくれてもいいと思うんですが?」

 若干、ムスッとしたアチルが不機嫌そうに頰を膨らませている。
 まぁまぁ、と苦笑いを浮かべる美野里は小さく息をつきながら、

「かわりと言ってなんだけど、私もスゥイーピーチを取るのに協力してあげるから」
「えっ! それって本当ですか!? う、嘘じゃないですよね!?」
「だからいいって言ってるでしょ、全く。まぁ、でもこの分だと多分まだ実も取られてないだろうと思うし」


 美野里には勝算があった。
    魔法使いでの後方支援からの美野里が前に出る戦法。

   これなら今回の目的『スゥイーピーチ』も簡単に手に入れられるだろう、と美野里は考え、軽い気持ちでアチルと協力することを了承したのだ。


 だが、美野里はまだその時知らなかった。
 まさか、その実を取るために向かった場所に―――あんなモンスターがいるとは…。






 数体のショルチを倒し、周囲を警戒しながらもついに目的の『スゥイーピーチ』を持つ木に辿り着いた。


 そう………辿り着いたのだが。

 実際にして見るまではわからない。

   そんな言葉が頭の中で浮かんだ美野里は、しばらく茫然としたまま、目の前に立つソレを見つめた。
    そして、叫んだ。

「で、でか過ぎよ!!」

 それは先ほどまでのショルチとは比べものにならない、特大サイズのまるで恐竜と対峙した気分になるような大樹版ショルチが目の前に立っていたのだ。

    しかも、体の首筋には沢山の棘が生え、足元からは触手のような蔓がうじゃうじゃと動いている。

後、付け足すなら頭部には目当てのスゥイーピーチがあるが、そこまで行く手前で体中についた棘やら蔓にやられるのが目に見えていた。



 そして、余計な事だが、何故かまたこのシュルチにも足があり、二足歩行が出来る上で、


「「きゃああああああああああああああああああああ!!!」」


 ドドドドドドドドドドドドッ!! と移動速度が滅茶苦茶に速かった。
    今まさに美野里とアチルは全速力で逃げながら作戦を言い合っているまっ最中である。

「あんなのどう倒せっていうのよ! っていうか噂流した奴、最初からちゃんとした詳細言いなさいよ!!」
「み、美野里!? あれもショルチですよね!? 食べられても吐き出してくれ」
「る訳ないでしょッ!? 見れば分かるし、どう考えても捕まったら即アウトよ!」
「じゃ、じゃあどうするんですっ!? 炎で焼き尽くすってこともできますけど!」
「そんなことしたら、実も一緒に燃えるでしょ!!」
「だって無茶苦茶速いし、ってなんかまた速くなってませんか!? 後、なんか蔓がうじゃうじゃと!?」
「うわッ、なんか伸びてきてるしッ、何なのよコレ―!!」

 必死に逃げつつ色々と考えるが、アチルは水属性の魔法では倒せないと踏み炎属性の魔法を進めてくる。

    しかし、炎で焼いてしまっては最悪の場合、果実までもが燃えてしまうかもしれない。
 そうなれば、この場合で魔法は不利。

(どうする、こんな状況じゃあ…アレしか)

 チラッとアチルに視線を向ける美野里。
 だが、今にも敵は直ぐ側まで迫り、生死に関わる状況になりつつある。
 そんな状況で、ウダウダ考えている余裕が――――あるはずがない。

「っ!! 仕方がないか」
「え?」

 ぐるん、と直後、凄い形相で美野里はアチルを睨みつける。
 そして、突然の事に怯える彼女に対し、

「アチル! これ絶対内緒よ!」
「な、なにを」
「返事は!」
「ひゃ、ひゃい!!」

 狼狽えるアチルに返事を聞き、よし、と答えた美野里は突如、足を止め巨大シュルチに向き立った。


 そして、両腰に収納している二本のダガーを取り出し、呼吸を意識させながら心を落ち着かせる。
    その間にも巨大ショルチが迫り、うじゃうじゃと動く触手を伸ばし、美野里に襲い掛かっていく。

「み、美野里っ!!」

 美野里の危機に対して、アチルは急ぎ魔法を詠唱しようとした。
 だが、その直後。

「!?」

 ゾクリ、とアチルの全身に悪寒が襲う。
それは今、目の前に健在するショルチに対してではなく、その巨大な敵と対峙する美野里から異様な空気が発っせられて来たのだ。

 そして、その正体は直ぐに判明した。

    無数に襲い掛かる触手を前にし、美野里は二刀のダガーを構え、ゆっくりとした口調で、

「行くわよ、『衝光』」

 呟かれた、一瞬だった。
 目にも留まらぬ剣さばきと同時に、無数の襲い掛かる触手が細切れのように切り刻まれた。
    悲鳴を上げながらショルチは後退を始める。
 さらに、その目の前で立つ美野里の手には、

「なんですか、……あれ…」

 光輝く刃を持つ二本のダガーと変色した瞳の色を見せる美野里の姿があった。


 さっきまでとはまるで別人と思わせる彼女の変化に茫然と立ち尽くすアチル。

   その一方で美野里は地面を蹴飛ばした瞬間、驚異的な走りを見せ、再び後退を始めようとするショルチの足下に向かって手に持つダガーを投剣のように投げ放つ。


 ダガーはまるで豆腐に刺したように刀身が地面に簡単に突き刺さる、その直後。
   ドォン!! と、衝撃とともに地面が大きく砕け、その余波が巨大ショルチに直撃した。



 あまりの威力に押し負け、仰け倒れるショルチ。その足下は砂煙に包まれていく。
 そして、そこで、

「これで終わりよ」

 ザン!! と間近まで急接近していた美野里はショルチの大きな茎中心部に向かって光り輝く刀身を突き刺し、真上に向けて突き刺してダガーを振り上げた瞬間、シュンと風を斬る音が聞こえた。

「……………」

 振り上げた腕を下ろす美野里は、そのままショルチに背中を向ける。


   それと同時にまるで紙を斬られたようにショルチの体をその直後に真っ二つ切り開かれ、二つに分かれたシュルチの体はそのままバッタリと地面に倒れ落ちた。



 戦いが終わり、刀身の光は収まり、また彼女の瞳も正常な色へと戻っていた。
   美野里は、武器であるダガーを腰に納め、そっと手を上空に上げる。

 すると、トン、と音をたて彼女手に今回の目的である『スゥイーピーチ』の実が無事キャッチされるのだった。





 あの場所から少し離れた地点に、巨大な湖が広がる森林中心部がある。
 湖の中には新鮮な魚が生き生きと泳いでいるが、二人の興味は今、別のモノから集中していた。

「はい、アチル」

 美野里はスゥイーピーチの実を半分に切り分け、その一つをアチルに渡す。
 アチルは手に受け取った実をしばらく見つめていたが、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、

「で、でも、これは美野里が」
「もう、そこまで独占欲はないわよ。それに今回、私たちは一緒にここまで来たんだから取り分けとしても妥当でしょ? …………ほら、いいから気にせず食べなさいよ」

 そう言われると言い返すこともできず、未だ気乗りしないアチルは渋々、スゥイーピーチを受けった。
    そして、手の中にある実をジっと見つめる。


 ピンク色をしたその実には、甘みを含んだようなふっくらとした艶が見て取れる。
    どんな味をしているのかと思うと、今もよだれが零れてしまいそうになるアチルは、ごくり、と喉をならし、慎重な面持ちで小さな口を開いて実を一口齧った。


「ッ!?」

 
   その瞬間、アチルは目を見開き同時に口に広がる濃厚な甘みに驚愕した。
   今まで少なからずも甘い食べ物を食べてはきたが、それでもこれほどの甘みを持つ食べ物を口にしたのはこれが初めてだった。

 しかも、体の疲労も取れ、どこか力が湧き出てくるような気がする。
    
    効果に関する情報は嘘ではなかったらしい。

「美味しいです! 美野里も」

 アチルは堪らず隣にいる美野里にその旨みの表現を言い伝えようと振り返った。
 もう止めどなく、この感情を言葉として言いたくて堪らなかった。
 だが、



「………………………甘い」



 一口一口、実を齧りながら、そう呟く美野里。
 アチルとは打って変わったような反応を示す彼女だが、その眼はどこか遠くの事を思い出しているような、そんな目をしていた。

「……………」

 そして、アチルはその時、普段とは違った彼女の隠れた一面を見た気がした。

「…………そうですね」

 美野里の言葉にそう返すアチルは、ふと考える。


 自分は美野里の事について何もしらない。


    確かにまだ会って間もないことから当たり前なのかもしれない。しかし、それでも美野里が自分自身の事をあまり話していないことを思い出す。
 どこから来たのか、またどこでハンターとしての力を身に着けたのか……。

「…………」

 だが、そう答えを早急に聞き出さなくてもいいとアチルは思った。


 何故なら、まだこれからも時間は一杯あるのだから。




 雲が晴れた夜空。
    そこに映る月光が湖を照らす中でアチルはそんな一人の少女を静かに眺めながら、手に持つ残った実をゆっくりと味わいながら食す。

 こうして、一騒動あったスゥイーピーチの一件は無事に幕を閉じていくのだった。




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