みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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71.ガールズトーク

 二葉に別れを告げて、ゆっくりと歩き出す。
 振り返りはしないけど、二葉はもう居ないだろう。
 念のため角を曲がってから立ち止まる。

「 やば……まだ心臓がばくばくいってる」

 実際問題、二葉が文人に気があることにはもちろん気付いていた。
 まあ、あれで気付くなっていう方が無理だと思うんだけど。

 だけど、まさかこんなに早く、あんなに大胆な行動に出るとは夢にも思っていなかった。
 それとも二葉の言う通り、私が悠長に構えすぎなのだろうか。
 二葉はどんな気持ちで私にあんな事を言ったんだろう。

 文人を異性として意識し始めたのはいつ頃だっただろうか。
 今となっては、いつ彼を好きになったのか正確なタイミングは思い出せない。

 昔から女っ気が全く無い奴だったもんだから、ちょっと油断していた事は認めるけどね。

 二葉は、はっきり言って強敵だ。何をもって[私の方がリードしている]と、言っているのか知らないけど、多分それは事実なのだろう。

 文人は二葉のことを好きなのか?
 確かにあいつのタイプである事は間違いないけど。

 二葉の前では、あんな事を言っちゃったけど、本当は自信なんて何も無い。

 文人のことが好きで好きで……その気持ちは誰にも負けない。
 だけど、私が今まで何かしてきたかと聞かれると、何もしていないに等しい。

 そう。何もしていないんだ。
 本気を出すと宣言した。あれは二葉に向けた言葉だったけど、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。

「ちょっと、頑張ってみようかな」

 後輩の前で格好をつけた手前、少しでも前進していかないと、笑い草だ。
 今更かも知れない。もう遅いのかも知れない。でも……このまま何もせず尻尾を巻いて逃げ出すのか?
 そんな事をすれば、一生後悔するのは目に見えている。

 そうと決まれば、まずは準備だ。何事も段取りは大切だよね。
 段取り7割とはよく言ったものだ。

「久しぶりに、服でも買いに行こうかな」

 デート(?)で着飾る服を探すなんて、キャラじゃ無いし安直にも程があるけれど、できる事はやっておきたい。

「って事でさ、二葉、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」


「矢野先輩、頭どうかしてるんじゃ無いですか?」


 スマホのスピーカー越しに呆れた声で返答が返ってくる。

「む。先輩に向かってとる態度かな? いけない後輩だ」


「あんな話をした直後に、私と買い物に行きますか? 普通……」


「まあ、こんな事になるとは思ってなかったけどさ、それで私たちの仲が悪くなるのはちょっと違うかなって思うんだけど」


「それは……はい」


「別に恋のライバルになっただけで、敵になった訳じゃないんだからさ」


「……好敵手、の中には『敵』という文字がありますよ」


「『好』きという字も入ってるね」


「どこまでお人好しなんですか……」


「お人好しにも『好』きって文字が入っているね」


「もう……分かりましたよ。行きます、行けばいいんでしょ? それでデート失敗しても責任とりませんからね」


「サンキュー! でもさ、文人ってどんな服が好きなのかな?」


「さあ……そこまでは知りませんけど」


「なんかさあ、アイドルとか好きって事はゆるふわ系とかかな?」


「その表現、ちょっと古い気がしますけどね」


「うーん、ガーリー系のお店なんてよく知らないしなあ」


「……姫城先輩って、合宿の時に結構可愛い系の服着てた気がしますね」


「!!」

 言われてみればそうだった気がする。私なんかジャージ着てたのに……
 しかも文人のやつ、たまに姫城さんにデレデレしてる感じするし。

「二葉、アリ寄りのアリだね」


「はい?」


「オッケー! じゃあ姫城さんも誘っておくから! よろしくねー!」


「え? ちょ、矢野せんぱ……」


 とりあえず電話切った。
 実際、文人もそうだけど、姫城さんも満更でもない様に見えるんだよね。
 丁度良かった。ちょっとその辺りをハッキリさせておいた方がいいかもしれない。
 

〜そして週末〜


「あ、もう二人とも来てたんだ! 遅くなってごめん!」


「いえ、私もさっき来たところなので」


「私も……」 


「そかそか! じゃあ行っか」


 文人がこの光景を見たら驚くだろうな。まさか、この三人が文人抜きで普通に買い物をしているなんて。
 もし文人がこの場にいたら針の筵なのは間違いない。

 買い物をする前に、部活終わりでお腹ペコペコの私達に付き合わす形で、ファミレスに入る。

「姫城さんごめんね。もうお腹すいて倒れそうなんだよ」


「ううん。大丈夫だよ」


「じゃあ私はこのダブルチーズハンバーグセットを……」


「矢野先輩、そんなに食べてよく太りませんね」


「あれだけ走らされてたら太りたくても太れないよ」


「確かに……」


 普段の練習風景がフラッシュバックして、二人とも俯く。
 お腹が空いているのに、キュッと胃が収縮する感覚に襲われ、少し食欲が減少した気がした。


「練習、そんなに大変なの……?」


「そうですね……あれを形容するなら、『地獄』ですかね」


「うんうん……」 


「凄いね……私なんて、階段を上がっただけで、息が切れちゃうのに……」


「まあ、好きでやってるからね」


「それより本当にすみません。矢野先輩が無理を言って買い物につき合わせちゃって。矢野先輩が。凄いですよね、矢野先輩」


「二葉? なんか最近トゲが増してる様な気がするんだけど」


「そうですか? 私は昔からこんな感じですよ」


「二人は本当に仲がいいんだね。それに、買い物に無理に付き合ってるなんてつもり全然ないよ。誘ってくれて……すごく嬉しい」


 少し頬を赤らめながらうつむき気味で語る姫城さんを見て素直に可愛いと思ってしまった。
 ぶりっ子とか、狙ってやってるって感じじゃない。
 守ってあげたくなる様な態度と容姿を兼ね備えた天然小悪魔。
 これは危険だ。この子が本気になれば、大抵の男は落とされてしまうのではないだろうか。

 私達の様に、スポーツに全てを注いでいる人種とは、ある意味対極に位置する存在かもしれない。


「姫城先輩って狙ってやってないとこが凄いですよね」


「……え?」


 どうやら二葉も同じ様な印象を受けているみたいだ。
 文人が甘い態度を取るのも頷ける。
 いや、頷いちゃダメなんだけど。


「ところで……姫城先輩って、一三先輩のどこが好きなんです?」


「……へ?! あ……え??」


 二葉いきなりなんてこと聞いてんの……
 ただ、グッジョブ!


「ふ、二葉ちゃん……それは内緒にしてって言ったはずなんだけど……」


「いやいや、正直言ってバレバレですよ。あれで隠せてたつもりなんですか?」


 え? そうなの? という顔でこちらを向いている姫城さんに、私は無言でうんうんと頷く。


「そ、そっか……おかしいなぁ……でも、うん。私は文人くんが好き……どこが、と聞かれたら一言で表すのは難しいけど……一番は優しいところかな」


「確かにね。あれで結構優しいとこあるもんね」


「優しいというか優柔不断というか……」


「あー、それはあるね」


「たよりちゃんは……文人くんのどこが好きなの?」


「うーん……なんだろうね? 小さい頃から一緒にいるから、改めてそう聞かれるとよくわかんないかも。強いて言うなら、一緒にいて落ち着くとかかなあ?」


「そんなもんですかね? 幼馴染いないんでよくわからないですが……」


「そんなもんだよ。それに、文人は私のことをしっかり見てくれている」


「確かに。人に興味無さそうに見えて案外見てますよね、色々と」


「そうそう。それで、二葉はどうなの? 文人の……どこに惹かれたの?」


 敢えて……そう、敢えて[好き]と言う単語を避けたのは、ほんの小さな抵抗だったのかもしれない。


「そうですね、私は……全部です。先輩の全てが好きです」


 そう恥ずかしげもなく、なんの躊躇もなく語る二葉の顔は、とても穏やかだった。
 バスケをしている時とのギャップに少し驚きはしたものの、こんな一面もあるんだと、新しい発見に嬉しくもなった。

 今の二葉と、これまでの二葉。一体どっちが本当の彼女なのか。
 或いは、文人と二人でいる時はまた別の顔を見せるのか。

 私には分からない。だけど、文人を取られてしまうのを指を咥えて見ている訳にはいかない。

 なんとかしないと、このままでは二葉にも、姫城さんにも勝ち目がない。

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