みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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66.弓月のきもち

 自分が好きな人に、自分を好きになってもらえる確率ってどれくらいなんだろう?

 出会えただけで奇跡とか、人類60億人がどうとか言ったりするけど、私はその考え方にはどちらかと言うと否定的だ。

 だって、そんな事を言い出したらキリが無いし、それこそ天文学的な数字になってしまうのは当たり前だもん。奇跡でもなんでもない。

 人間は、基本的には出会えた人の中から、好きになれる人を探していくものだ。

 テレビの中のアイドルに恋をしたところで、どんなに強い想いがあっても、出会う事が出来なければその恋が叶うことは絶対に無いのだから。

 さて、問題はその出会った人の中で、[この人は運命の人だ!]と言い切れるくらいに好きになれる人が、果たしてどれくらいいるのだろうか、と言う話だ。

 好みの異性のタイプを野球のストライクゾーンに例える事がある。

 お前はストライクゾーンが広いなぁなんて会話を、クラスの男子がしているのを聞いた事がある。

 ある人にとっては完全なボール球でも、また別の人からすれば、直球ど真ん中、ホームランボールな場合もある。勿論、外角低めのギリギリストライクって場合も然り。

 因みに今、例に挙げているのは、完全に外見の話だ。容姿、見た目、顔面偏差値。

 どうでもいいけど、よく考えたら、顔面偏差値って言葉を考えた人、酷くない? よく考えなくても酷くない?

 人間は外見じゃない、大切なのは中身だ、と考える人もいるだろう。その事を否定する気は無い。実に素晴らしい。

 人間とはそうあるべきだとさえ思うけど、自分がそうなれるかと言われると話は別だ。

 好きになる相手の外見を好きになりたいし、好きな人から貴方の顔が好きだ、と言われたい。

 こんな考え方を持っている私は、汚れた人間なのだろうか。

 そして、お互いなんとかストライクゾーンに滑り込めたとして、次は内面、つまりは性格が合うかどうかと言う問題に進展する。

 一口に内面と言っても、育ってきた環境、付き合ってきた人々、その時の状況や立ち位置、タイミング、その他色々あるだろうけど、要は人格ってやつだ。

 二人以上の人間が、それぞれの相手の全て、100パーセントを理解し、受け入れる事なんてあり得ない。

 価値観は人それぞれだからね。それを強引に合わせようとすると、必ずどちらかに無理や我慢が生じる。

 それならば、なぜ人は、特定の誰かと一緒に居たがるのだろう。

 なんで人は人を好きになるんだろう。

 好きという感情に、理由はない。好きだから、好きなんだと言う人もいるけど、一目惚れでもない限り、出会ったその瞬間から好きになったりしない。

 自分でも気付かない[何か]があるから、その人の事を好きになるんじゃないかな。

 今は好きじゃなくても、会う度に好きになっていくかもしれない。単純接触効果ってやつ?

 隣の席の子を意識しちゃって、だんだん好きになるみたいな。

 相手が自分に好意を持っていると知れば、その効果はより大きな物になるだろう。

 と言うか、私さっきから好きって単語を何回連呼しているんだろう。いい加減、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 「ねえ、お兄ちゃん。女の人が女の人を好きになるのって、おかしいよね?」


「は? なんだ急に。 まさか、足湯でのぼせて頭おかしくなったか? 器用な奴だな」

 
「だよね。やっぱおかしいよね」


「いや、おかしいと言ったのはお前の頭の事で、別に同性を好きになるのは、おかしい事じゃないだろ」


「そうかな? 私はおかしいと思うけど」


「なんで?」


「なんでって……恋愛は異性とするものでしょ? 普通……」


「まあ、一般的にはな。でも、世界では同性で結婚出来る国も沢山あるんだし、そういう人がいても全然おかしくないんじゃね?」


「それは……綺麗事だよ。もし、自分の身近にそういう人が居たとしたら、同じ台詞を言える?」


「そりゃ、その時になってみないとわからん。なに? お前、女が好きなの?」


「……そんな訳ないじゃん」


 足湯につけていた両足を一旦お湯から引き出し、膝を抱えて顔を埋める。

 私、なんでお兄ちゃんにこんな事相談してんだろ。バカにされるの目に見えてるのに。

 ただ、お兄ちゃんも只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、さっきから黙ったままだ。


「まあ、なんだ。険しい道のりだろうけど、頑張れよな」


 ……我が兄ながら、なんて無責任な奴だ、と思った。

 いや、人に責任を求めている私が、一番無責任な人間って分かってはいるんだけど。

 私が黙っていると、バツが悪いのか、お兄ちゃんは更にこう続ける。


「先ずは、相手に自分をどうやって好きになってもらうか、作戦を立てないといけないな」


 どうやら、私が誰かに片想いしていると勘違いしているみたいだ。さっきの話の流れなら当然か。


「でもお前、相手にその気持ち伝えるの、相当勇気がいるぞ? 全てを失う覚悟がなきゃとても言えないじゃん」


「どういう意味?」


「さっきは肯定的な意見を言ったけど、世間の目が厳しいのもまた事実だからさ。もし、相手に受け入れてもらえなくて、更にそれを言いふらされでもしたら、その後の学校生活は地獄だぞ。恋愛も出来ない、友達も失う、毎日好奇の目に晒されて、心ない言葉にズタズタにされて、人生オワタだ」


「まじか」


「まじだ」


 想われる側だからあまり深く考えなかったけど、言われてみれば、たしかにそうだ。

 桜ちゃんの場合、どちらかというと無意識に口走ってしまった感じだったけど、もしかして今、絶望を感じているんじゃないか?

 桜ちゃん、色々と考え過ぎる節があるから、悩んで悩んで……もしかしたら今、この瞬間も泣いているかもしれない。

 桜ちゃんが目に涙を浮かべている光景が目に浮かぶ。……駄洒落じゃないよ。

 そう思った瞬間、心臓がキュッと縮むのを感じだ。

 いけない。桜ちゃんを泣かせる訳にはいかない!


「電話しなきゃ!!」


 急に大声を出した私に、兄を含め、周りの人からの視線が集まる。でも、今はそんなの関係ない。

 1秒でも早く桜ちゃんと話がしたい。不安を取り除いてあげたい。

 慌ててスマホをポケットから引きずり出す。桜ちゃん、待ってて! 今、電話するから!


ーーツルっ


「あっ……!」

 一瞬、世界がスローモーションになる。

 私の手から滑り落ちたスマホが水面に着地し、水しぶきで王冠を描く。

 私のスマホは防水ではない。

 大切な事なので、もう一度言う。

 私のスマホは……防水ではない。

「あああぁぁぁあぅ!!」


 私の言葉にならない叫びに驚く人、同情の目を向ける人、良いものを見たと満足そうに笑うおじいちゃんとおばあちゃん。


「おいおい、何やってんだよ……今日のお前、本当にどうかしてるよ」


「あぁぁ……」


 家族旅行から帰った私はその足で桜ちゃんの家に向かった。居ても立ってもいられないって状況に、人生で初めてなった気がした。

 桜ちゃんに会いたい。話がしたい。

 この感情は、たぶん恋愛感情ではない。と言うか、そもそも人を好きになったことがないんだけど、私。

 それよりも、桜ちゃん家にいるかな? 先ずはお土産を渡して、次にケータイを買いに行って……その後はどうしよう?

 そんな事は会ってから考えればいいか。 

 桜ちゃんは、私の顔を見たら泣き出してしまうかも知れないなあ。

 その時は、優しく抱きしめてみようか?

 そんな事を考えながら、桜ちゃんの家のインターホンを押す。

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