みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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52.前向きに。ただ前向きに。

「それはそうと桜ちゃん、聞きたいことってなんなのー?」


 注文したドリンクを飲みながら暫く雑談をした後、弓月の方から切り出す。

「ええ。あの、こんな事を弓月に聞くのは、不躾かとも思ったのですが……」


「えっ!  なになに?!  今回のテストでは赤点は取ってないよ?」


「今回は?  いえ、そんな事はどうでもいいんですが、どうしても聞いてみたい事があるんです」


「ど、どうでもいい……えっと、じゃあ何かなー?」


「弓月はその、部活を引退しましたよね?  部活を引退するって、どんな感じなんですか?」


「んー?  どんな感じと言いますと?」


「毎日部活、私たちの場合はバスケを当然のように、何をおいても最優先でやってきた訳ですが、それをやらなくていい、という状況になるのが想像できなくて……」


「なるほど」


「いえ、深い意味は無いんですよ。ただ、毎日、何をして過ごせばいいのかな? とか、運動しなくなったら太ってしまうかなとか、そんなどうでもいい事なんですけど」


「ふむふむ」


「弓月は……その、どうでしたか?」


「桜ちゃん」


「は、はい?」


「辛いんだね」


「えっ……?」


「バスケ、楽しくない?」


「いえ、そう言う話では無くて……」


「無理してない?」


 そう言いながら弓月は私の手をぎゅっと握ってくる。弓月の手はとても温かい。


「そんな事は……」


 その先の言葉が出てこなかった。油断したら涙が溢れそうになる。あの地区大会の決勝戦の後、一度は弓月に励まされ、立ち直ったかのように思えた。だけど、なかなかどうして、そんなに簡単に悩み事が無くなるなら生きる事は実に容易い。

 私は硬い殻に守られた胡桃ではないのだ。高い所から落ちれば怪我をするし、重たいものを持てば潰れてしまう。心だって同じだ。いや、胡桃だって[守られている]わけじゃない。自分の身を守るために、自分の力で殻を作り出しているんだ。誰かに守ってもらうのでは無く、自分で。

「桜ちゃん。質問に答えます。正直言って、私は桜ちゃん達みたいにバスケに全てを捧げてこれてなかったの。それこそ、比べるのも失礼なくらいにね」


「そんな事は……」


「ううん。だから私達は勝てなかったの。そして勝てない事を良しとしていた訳ではないけど、勝ちたいと思う気持ちに見合う努力を出来ていなかったの」


「……」


「だからなのか、引退する瞬間も、驚くほどなんとも思わなかったの。ああ、終わったんだなって、ただそれだけ」


「そ……うなんだ」


「でもね、引退してから日が経つにつれて、ある感情が心の奥底で沸いている事に気付いたの。自分でも意外だったんだけどね」


「ある感情?」


「私、なんでもっと頑張らなかったんだろう。もっともっとがむしゃらに頑張れば、少しは上手くなれたんじゃないか、ってね」


「……」


「あ、あくまで私の話だからね?!  桜ちゃんが私と比にならないくらい努力してるのは分かってるから!!    えっと、つまり何が言いたいかと言うと、私、バスケを続ける事にしたんだよ!!」


「えっ!  そ、そうなんですか……」


「進路はまだはっきり決まった訳じゃないけど、例えば社会人になってたとしてもバスケが出来ない訳じゃない。[高校の部活]は引退だけど、それで全てが終わる訳じゃないもんね!」


「そう、ですね。」


「桜ちゃんは引退したらバスケはもうしないつもりなの?」


「私は……まだ分かりません」


「分からないって事は絶対やらないってわけじゃないって事だね!  実は私、桜ちゃんと同じチームでバスケするのが夢なんだー!」


「弓月と同じチーム……」


「まあ、そうなったらポジションが同じだから、確実に私が補欠なんだけどね!  あはは!」


「そんな事、分かりませんよ」


「ううん。今の時点では、私は桜ちゃんの足元にも及ばない事はわかってるよ。でもね、桜ちゃんの言う通り、この先どうなるかは、誰にも分からない。だからね、今もし上手くいかなくて悩んでるのだとしたら、私も一緒に頑張らせてくれないかな?」


「弓月……」


 頑張れ。頑張らなくていい。そのどちらでもなく、一緒に頑張ろう。
弓月はそう言ってくれている。

 そうか。私は、[お前はよく頑張ったんだから、もういいじゃないか]と誰かに言って欲しかった訳じゃないんだ。自分でもよく分かってなかったみたいだ。

 もうこれ以上頑張れないと思ってた。早く引退して楽になりたいと思ってた。

だけど、弓月と一緒なら……もう少し頑張れるかも知れない。


「一緒に頑張るって、具体的にはどうするんですか?」


「それは、これから考えよっか!」


「ふふ。そうですね」


 少し困ったような笑顔でそう返すと、柚月は満面の笑みでこちらを見ている。全くこの人は……頼りになるのかならないのかよくわからない。

 でも、きっと今の私には弓月が必要だ。自分でもこんな感情になるなんて思ってもみなかった。
それに最近、私自身の様子がどうもおかしい。

 柚月の事を考えると、心臓をぎゅっと掴まれたような苦しさを感じる。でも、その苦しさが嫌じゃない。むしろ、心地良ささえ感じる。
心地よさを感じるのに反して、心臓の鼓動はどんどん早くなる。

 それなのに、こうして目の前で手を握ってくれている柚月を見ていると、心が安らぎ、気分が落ち着く。柚月の笑顔や、言葉の一つ一つが私に元気をくれる。

 うん。これはおかしい。相手が男の子なら、人はそれを恋と呼ぶだろう。恋をしているのだ、と。
でも私は女の子だ。そして柚月も女の子だ。


「私、柚月の事が好きなのかな……」



「……えっ?」


「…………えっ?」


 一瞬時が止まる。し、しまったぁぁーーーー!!! 考えてる事が、そのまま口から出てしまった。な、な、な、なんて事を口走ってしまったんだ。

 まずい。非常にまずい。普段の柚月なら、私も桜ちゃん大好きー!  とか言ってきそうなものだけど、柚月は目を点にして黙っている。流れと言うか、雰囲気というか、言葉以上に重たい意味で伝わったに違いない。

 言葉以上に?  いや、言葉通りに受け取ったから黙っているのか。

 穴があったら入りたい。穴を掘ってでも入りたい。

 その後のことはよく覚えていない。今、家に着いて放心状態でお風呂に入っているところだ。私はなんであんな事を……

 少し冷静さを取り戻した今、あの時考えていた事を口に出してしまった事実にも驚いているが、そもそもそんな事を考えていた自分に一番驚いている。今まで彼氏がいた事は確かになかったけど、女の子を好きだと思った事も一度も無い。私は一体どうしてしまったんだ? これから先、一体どんな顔をして柚月と会えばいいんだ? それとも彼女と会う事はもう二度と叶わないのか……


「ああ、失敗したなあ……」


 湯船に顔を半分浸けて、ぶくぶくとため息を吐き出した。

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