みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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48.迷子の迷子のトースト猫

「ちなみに二葉は普段本をよんだりするのか?」


「うーん、正直あまり読みませんね。週刊誌とか漫画とかは読書の内には入らないでしょうし」


「そうか?  僕は別に漫画を読む事も素晴らしい事だと思うけどな」


「そうですか?」


「ああ。ものによっては日常生活で為になる様な事を知る事ができるし」


「それってこ○亀のことです?」


「いや、別に○ち亀だけに限った事ではないんだけど……」


「そんなもんですかね。まあこち亀と言えば……えーっと、こち亀……うーん」


「そこまで無理してこち亀で話を膨らまそうとしなくていいよ。もはや伏せ字もやめてるし」


 スタバを後にした僕たちは、そんなまるで意味のない会話をしながら帰路についていた。側から見ればカップルの様に見えるかもしれないけど、辺りはすでに暗く、行き交う人は冬の寒さのせいか、それとも仕事帰りで早く家に帰りたいのか、俯き加減で足早に歩いていて、周囲の他人の事など気にかけるそぶりは無かった。

 僕としては正直意識しないといったら嘘になる。二葉の容姿もそうだけど、二人でいる時の空気感が自分でも驚くほど気に入っている。

 もし、二葉と付き合ったら……なんて事を考えている時間が最近増えてきた気がする。二葉は、僕のことをどう思ってるんだろうな。


「先輩?  聞いてます?」


「ん?  ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていた」


「悩み事ですか?」


「いやいや。大したことじゃないから大丈夫」


「へー。あっ!  ネコ!  先輩、猫がいます!」


 二葉が指差す方を見ると、見事なまでの黒猫が僕たちの前を横切っていた。


「黒猫が横切ると良くないことが起きるんだっけ?」


「そんなの迷信ですよ。そんな事言ってたら黒猫飼ってる家の人みんな不幸になっちゃいますよ?」


「それは野生の黒猫に限るんじゃないのか?」


「野生って……ポケモンじゃないんですから」


「そうなってくると、まずは野生の猫と飼い猫の定義をそれぞれはっきりさせる必要があるな」


「先輩ってたまに面倒くさい時がありますよね」


「え?  まじで?」


「狙ってやってるんじゃなかったんだ」


「し、失敬だな君は」


「ところで先輩、猫と言えばトーストと猫のパラドックスの話、知ってます?」


「ん?  ああ。トーストを落とした時は必ずバターを塗った面が地面に落ちる、猫は必ず背中ではなく足から着地する。ではバターを塗った面を上にしたトーストを猫の背中にくくりつけてある程度の高さから猫を落下させたらどうなるのか?」


「そうです。答えは、地面の直前で高速回転しながら浮いた状態で安定する、です。物凄く、とんでもなくくだらないんですけど、この話、結構好きなんですよね」


「なんか矛盾の語源になりそうな話だな。というかいきなりどうしたんだ?  まさかあの猫で実験を……?!」


「いえ、私が気になったのはそこではなくて、トーストがバターを塗った面が必ず地面に落ちるって部分なんですよ。今トースト持ってないし」


「そっちか。まあ、実際問題、絶対ではないもんな。てか、トースト持ってたら実験するのかよ」


「結果は裏か表かで確率は二分の一じゃないですか。それなのに人間は[まただ。全くついてないな。トーストを落とすといつもこうだ]ってなんで思うんでしょう?」


「それは……知らん」


「昔聞いたことがあるんですけど、人間って、嬉しかった記憶と嫌だった記憶を比べると後者の方が強く残るらしいんですよ。だから、トーストの話で言えば、運良くバターを塗った面が天井の方を向いて着地した時の事はすっかり忘れてしまって、地面にバターがべっとりついた嫌な記憶だけが残って蓄積される。だから、[いつもこうだ]って感じるらしいですよ」


「へえ。そうなんだ」


 嫌な事の方が記憶に残る、か。そんなの当たり前じゃないかって思う反面、誰かに何かしてもらって凄く嬉しかった事も、嫌な事と同じくらい忘れないんじゃないかな?  とも思った。

 きっと古代からの習性というか、遺伝子レベルの話になるんだろうけど、自分の身を守る為、一度経験した苦い経験と同じ目に遭わないように、忘れにくい様に出来ているんだろう。自分を守るための機能が、現代では自分をこんなにも苦しめる事になるなんて、神様は予想していたのだろうか。

「二葉は嫌なことと良いこと、どっちの方がよく覚えてるんだ?  今の話だとやっぱり嫌な事か?」


「どうでしょうね。辛いことや嫌な事は確かにたくさんありますけど、良い事が全くない訳ではないですからね、私の場合は」


「ふーん。例えば?」


「先輩とお茶をしました」


「へ、へえ」


「今、先輩と並んで歩いています」


「あ、ああ。それはみんな羨ましがるだろうな!」


「それに……」


あれ?  つっこんでくれないんだ……


「少し手を伸ばせば……すぐに届く距離です」


 そう言って、自分の右手を僕の左手にそっと重ねる。二葉の指は細くて、それでいてしっかりと柔らかい。

 女の子の体はどうしてこうも男の理性を狂わせるのか。どくんどくんと心臓の音が早くなる。口から飛び出しそうな勢いだ。

 二葉は、握った手とは逆の方を向いて俯いている。その恥じらいと慎ましさが更に僕の理性を揺さぶる。

可愛い、可愛すぎる……。このまま抱きしめたい。暗くてよく見えないけど、きっと顔は真っ赤になっているんだろう。まあ、それは僕も同じなんだけど。


「先輩……」


「は、はい」


「いつになったら私と付き合ってくれるんです?」


「へっ?  つ、付き合うって……?」


「私の気持ちに気付いているくせに。白々しい。社会的に消されたいんですかね?」


「っ!!」


「私は怒っているんですよ?  女の子にここまでさせておいて……据え膳食わねばなんとやら……デス」


 いや待って。語尾の[〜です。]がやばい。殺意を感じる。消しにきてる物理的に。

 しかしなぜ、最近僕はこんなにもモテているのだろう。今まで女の子に告白されたことなんて一度も無かったのに、少し前にたよりから。そして今、二葉から……なんだか明日にでも事故にあって死にそうな気がしてきたよ。

 ただ、一応正式に断ってはいるものの、たよりとの関係は未だ曖昧なままだ。どっちつかず、と言うよりはどっちにもついてる状態。

 ドラマの主人公なら確実にネットで叩かれてるだろうな。物語の主人公じゃなくて良かったと心から思うよ。

「お前、意味分かって言ってんのかよ」 


「わ、私は先輩となら別に、いい……けど……」


 ぎゅっと僕の手を握っている二葉の手に力が入る。微かに震えるこの手を素直に握り返す事が出来ればどれだけ楽だろうか。でもそれをやってしまうのは、それこそ男として何か違う気がしてしょうがない。

 何が正解か、何が正しいのかは今の僕には分からないけど、欲望のまま行動することが、数ある不正解の中の一つである事くらいは、頭の悪い僕でも分かっていた。


「少し時間をくれないか?」


「……」


「どういう結果になるか分からないけど、色々と整理させて欲しいんだ」


 都合のいいことを言っているのは重々承知だ。待ってくれ、なんていつからそんなことを言える立場になったんだ、僕は。気付かないうちに、えらく出世したものだ。いや、出世して偉くなったのか?


「はあ……全く。相変わらず面倒くさい性格をしていますね、先輩は」


「ごめん」


「しょうがない人です。こんな美少女を待たせておくなんて」


「ああ。そうだな」


「……そこはつっこんでくれないと、私ただのナルシストじゃないですか」


「いや、二葉は可愛いよ。僕が保証する」


「なっ……ばか」


 そう言って僕の手を握っている反対の手で僕のお腹に軽くパンチを繰り出す。いちいちやる事が可愛いんだよな。


「まあ、待つのは良いですけど、都合のいい女になるつもりはありませんからね?」


「当たり前だ。そこはちゃんとするから」


「ふうん。男らしい発言ですけど、言葉と行動が伴っていませんねえ。しっかり手を握り返してくれているみたいですけど?」


「あれ?!  こ、これはその、反射的に……ごめん」


 どうやら無意識のうちに結局二葉の手を握り返していたようだ。咄嗟に手を離そうとする僕の手を今まで以上の力で二葉が引き止める。


「本当にしょうがないですね。先輩が迷子にならない様に、特別に手を繋いでいてあげます」


「子供じゃないんだから迷子になんかならないよ」


「既に人生の迷子になってるじゃないですか。このまま放っておいたら自分探しの旅とかに出て、戻ってこれなくなりそうだから、私が捕まえておくんです」


「……」


「大丈夫です。先輩。私に任せてください」


 以前にも二葉にそんな風なことを言われた気がするな、なんてことを考えながら、今は二葉の優しさに素直に甘えることにした。

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