みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです
46.今は何があったか聞かないよ。
桜ちゃんに抱きついていると、とてもいい匂いがする。落ち着くなあ。
小さくて、細い指が私の髪をとかす。サラサラと指の間を髪が流れるのが自分でも分かる。昨日トリートメントしておいて良かった。
私はこの瞬間のためには生まれてきたんじゃないかとすら思った。でも、しばらくして桜ちゃんの手が小刻みに震えているのを感じた。
ぼそっと何かを呟いて、鼻をすする音も聞こえた。
「桜……ちゃん?  どうしたの?」
「いえ、なんでも無いですよ」
「なんでも無いって、桜ちゃん泣いてる……?」
「本当に、なんでも無いんですよ。ごめんなさい。気にしないで」
涙を拭きながら桜ちゃんは苦笑いをする。
さぁーっと自分の血の気が引いていくのを感じる。試合会場で声をかけて、勇気を出してメッセージを送って……まさか本当に会ってもらえるとは思ってなくて……一日一緒に居ただけなのに、なんか昔からの友達みたいな雰囲気で、こっちが距離を詰めても拒否される事もなく……。
桜ちゃんの優しさに甘えていつもなら絶対やらないような大胆な事までしちゃって。……やばい、調子に乗りすぎたかな? 嫌われちゃったかな? どうしよう……
一旦抱きついた体を離して桜ちゃんの顔を覗き込む。
「桜ちゃん、ごめん!  急に抱きついたりして……き、気持ち悪かったよね……ごめんね!」
「違う! 違うの!! あなたは何も悪く無いの。私が……私は最低な人間なだけで」
一体何のことを言っているのか分からなかったけど、もしかして……
「昨日、試合の後、何かあったんですか?」
と、聞きたくて、喉まで台詞が出かかっていたけど、ぐっと堪えた。人には触れて欲しく無い部分や、見て見ぬ振りをして欲しい時だってあるんだ。
きっと悩み事があるんだろうけど、そんな時に、桜ちゃんから1番に相談されるような仲に少しでも早くなれたらいいな。だから、今は何も聞かない。それが今の私にできる精一杯だ!!
「実は昨日……」
……意外に早くその時は訪れた。桜ちゃん、普通に相談してくれた。
「なるほど……そんなことがあったんだ」
「はい。私が悪いのは分かってるんです。でも、どうしても素直になれなくて……ここで負けを認めるのは、今まで私のやってきたこと全てを否定するみたいで、どうしても嫌だったんです」
私の中の[高橋さん]は、いつも冷静で、コートの上で誰よりも威厳があって、時には冷酷に見えるほど徹底したプレーで。強豪校でレギュラーのシューティングガードなんて、人間離れした天才なんだろうなって勝手に思ってた。
でも、今日知った[桜ちゃん]は、言ってしまえば普通の女子高生で、プレッシャーに耐えながら、自分を限界まで鍛えて……辛くて、納得できなくて、泣いてしまうほど悔しくて。どうしてそこまで頑張るんだろう。
バスケが上手くなりたいチームに貢献したいあいつに勝ちたい、負けたく無い、もっと上手く、誰にも負けないくらい上手く……
そんな風に追求した先に、一体何が待っているんだろうか。
誰もがプロになって自分の好きなスポーツでご飯を食べていけるわけではない。もし、仮に実業団に入れたとしても、それはプロとはまた別物だ。
私が[天才]だと思っていた桜ちゃんも、また他の[天才]の存在に脅かされている。そしてその[天才]もまた別の[天才]には敵わないのかもしれない。
「あ、あの弓月?」
「ゔぇーん。  グズン。ざぐらぢゃん……つらがっだんだね……グズン」
「ちょ、鼻水鼻水!  なんであなたが号泣するんですか」
「ズビビー。  ありがどう……だって、だって」
「もう……私が泣かせたみたいじゃないですか……ぐすっ」
「ごめんねぇ……」
はたから見たらさぞ奇妙な光景だっただろう。女子高生二人が並んで号泣しているのだから。
「でもね、桜ちゃんは頑張ってるよ!  私なんかに言われても意味ないかも知れないけど、私の中で桜ちゃんは憧れのヒーローなんだから!!  桜ちゃんは誰にも負けたりしない!!」
「弓月……」
「だから……だから私のために、絶対に誰にも負けないで!」
「弓月のために、ですか。ふふふ。それも悪くないですね」
桜ちゃんが私の頭の上にポンと手のひらを置き、再び頭を撫で始める。
「次の試合も見にきてくださいよ?  次は絶対に負けませんから」
「うん!  絶対に観に行くよ!」
「さて、じゃあ買い物の続きに行きますか」
「あ、まって桜ちゃん。もう少しだけ頭を撫でていて欲しいなぁ……」
「そんな仔犬みたいな目をしても駄目ですよ!  日が暮れちゃいますから行きますよ!」
そう言って立ち上がった桜ちゃんには笑顔が戻っていた。私なんかで桜ちゃんの力になんかなれっこないと思っていたけど、今はこうして笑ってくれている。
私だけが憧れているだけでなく、今は向こうからも少しは必要としてもらえているかもしれない。それが嬉しくて自然と私にも笑みがこぼれる。
「あー!  待ってよー!!  桜ちゃーん!」
この後、めちゃくちゃ買い物した。
小さくて、細い指が私の髪をとかす。サラサラと指の間を髪が流れるのが自分でも分かる。昨日トリートメントしておいて良かった。
私はこの瞬間のためには生まれてきたんじゃないかとすら思った。でも、しばらくして桜ちゃんの手が小刻みに震えているのを感じた。
ぼそっと何かを呟いて、鼻をすする音も聞こえた。
「桜……ちゃん?  どうしたの?」
「いえ、なんでも無いですよ」
「なんでも無いって、桜ちゃん泣いてる……?」
「本当に、なんでも無いんですよ。ごめんなさい。気にしないで」
涙を拭きながら桜ちゃんは苦笑いをする。
さぁーっと自分の血の気が引いていくのを感じる。試合会場で声をかけて、勇気を出してメッセージを送って……まさか本当に会ってもらえるとは思ってなくて……一日一緒に居ただけなのに、なんか昔からの友達みたいな雰囲気で、こっちが距離を詰めても拒否される事もなく……。
桜ちゃんの優しさに甘えていつもなら絶対やらないような大胆な事までしちゃって。……やばい、調子に乗りすぎたかな? 嫌われちゃったかな? どうしよう……
一旦抱きついた体を離して桜ちゃんの顔を覗き込む。
「桜ちゃん、ごめん!  急に抱きついたりして……き、気持ち悪かったよね……ごめんね!」
「違う! 違うの!! あなたは何も悪く無いの。私が……私は最低な人間なだけで」
一体何のことを言っているのか分からなかったけど、もしかして……
「昨日、試合の後、何かあったんですか?」
と、聞きたくて、喉まで台詞が出かかっていたけど、ぐっと堪えた。人には触れて欲しく無い部分や、見て見ぬ振りをして欲しい時だってあるんだ。
きっと悩み事があるんだろうけど、そんな時に、桜ちゃんから1番に相談されるような仲に少しでも早くなれたらいいな。だから、今は何も聞かない。それが今の私にできる精一杯だ!!
「実は昨日……」
……意外に早くその時は訪れた。桜ちゃん、普通に相談してくれた。
「なるほど……そんなことがあったんだ」
「はい。私が悪いのは分かってるんです。でも、どうしても素直になれなくて……ここで負けを認めるのは、今まで私のやってきたこと全てを否定するみたいで、どうしても嫌だったんです」
私の中の[高橋さん]は、いつも冷静で、コートの上で誰よりも威厳があって、時には冷酷に見えるほど徹底したプレーで。強豪校でレギュラーのシューティングガードなんて、人間離れした天才なんだろうなって勝手に思ってた。
でも、今日知った[桜ちゃん]は、言ってしまえば普通の女子高生で、プレッシャーに耐えながら、自分を限界まで鍛えて……辛くて、納得できなくて、泣いてしまうほど悔しくて。どうしてそこまで頑張るんだろう。
バスケが上手くなりたいチームに貢献したいあいつに勝ちたい、負けたく無い、もっと上手く、誰にも負けないくらい上手く……
そんな風に追求した先に、一体何が待っているんだろうか。
誰もがプロになって自分の好きなスポーツでご飯を食べていけるわけではない。もし、仮に実業団に入れたとしても、それはプロとはまた別物だ。
私が[天才]だと思っていた桜ちゃんも、また他の[天才]の存在に脅かされている。そしてその[天才]もまた別の[天才]には敵わないのかもしれない。
「あ、あの弓月?」
「ゔぇーん。  グズン。ざぐらぢゃん……つらがっだんだね……グズン」
「ちょ、鼻水鼻水!  なんであなたが号泣するんですか」
「ズビビー。  ありがどう……だって、だって」
「もう……私が泣かせたみたいじゃないですか……ぐすっ」
「ごめんねぇ……」
はたから見たらさぞ奇妙な光景だっただろう。女子高生二人が並んで号泣しているのだから。
「でもね、桜ちゃんは頑張ってるよ!  私なんかに言われても意味ないかも知れないけど、私の中で桜ちゃんは憧れのヒーローなんだから!!  桜ちゃんは誰にも負けたりしない!!」
「弓月……」
「だから……だから私のために、絶対に誰にも負けないで!」
「弓月のために、ですか。ふふふ。それも悪くないですね」
桜ちゃんが私の頭の上にポンと手のひらを置き、再び頭を撫で始める。
「次の試合も見にきてくださいよ?  次は絶対に負けませんから」
「うん!  絶対に観に行くよ!」
「さて、じゃあ買い物の続きに行きますか」
「あ、まって桜ちゃん。もう少しだけ頭を撫でていて欲しいなぁ……」
「そんな仔犬みたいな目をしても駄目ですよ!  日が暮れちゃいますから行きますよ!」
そう言って立ち上がった桜ちゃんには笑顔が戻っていた。私なんかで桜ちゃんの力になんかなれっこないと思っていたけど、今はこうして笑ってくれている。
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