みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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29.誰しもやり直したい過去がある

 お風呂から上がり、リビングで炭酸飲料を飲み干す。

「ああ。風呂上がりの炭酸ってなんでこんなに美味しいんだろう。しかも、メロンソーダを用意してくれているなんて、さすが詩歌だな。たぶん闇のルートから仕入れを……」
※10話参照


 リビングではソファに座って詩歌が本を読んでいるのと、隅の方でたよりがバスケットボールと戯れている。うちの女バスはどこへ行くにもボールを持参するというルールでもあるのだろうか。まさにボールは友達状態だな。

 たよりの練習の邪魔をするのも悪いので詩歌の隣に腰をかける事にした。


「あ……文人くん。お風呂上がったんだね」


「うん。いいお湯だったよ。何から何までありがとうな」


「大丈夫だよ」


「しかし、あの二人は本当に元気だよな。鍛え方が僕らとは違うんだろうな。詩歌は体疲れてないか?」


「大丈夫……私はそんなに泳いでいないから」


「ま、僕も言うほど泳いでないな。ただ、ビーチバレーは二度とやりたくないけど」


「あれは……地獄だったね」


「勝負事になると目の色が変わるんだよな、あの二人は」


「あはは……軽くトラウマだよ」


「ところで詩歌は何の本を読んでるんだ?」


「えっとね、異世界へ転生して死ぬ度にタイムリープする元引きこもり……のラノベ。」


「そ、それってあの有名な……もしかして双子のメイドとか出てきたりする?」


「うん……?  出でこないよ。双子のひつじなら出てくるけど」


「メイドと執事で微妙にかすめてくると思いきや、たたのひつじだと……てか双子の羊が出てくるってどんな話だよ」


「それは……重要なネタバレになるから言えないよ……」


「結構ストーリーに関わるキャラクターなんだ?!」


「ちなみに名前は『メニーさん』と『マネーさん』だよ」


「いや、もう金の匂いしかしない! 僕の思ってた作品とは全く違った!」


「面白いから時間があったら是非読んでみてね……」


「うん。わかったよ。今の話でかなり興味が湧いたからな。今度貸してくれよ」


「……おっけーだよ」


「異世界転生ものって本当に流行ってるよな。チート能力を持って転生先で無双するってパターンが多くて、ネタだし尽くされてる感はあるけど、結局読んでみたら普通に面白いんだよなー」


「そうだね。このトレンドがここまで長く続くとは思いもよらなかったよ。……トレンディだね」


「だよな。僕もこのジャンルは好きだから良いんだけどな。でもさ、異世界転生って不思議だよな」


「なにが不思議……?」


「いやだってさ、異世界に転生する場合、何パターンかあると思うんだけど、一昔前に流行ったのって自分の身体そのままで気付いたら異世界ってパターンが多かっただろ?」


「まあ、そうだね……一回死んで転生するか、本当に突然身体ごとワープするみたいに異世界に飛ばされるか、ってパターンが多いかもね」


「そうそう、後者はまあ、良いんだよ。召喚されるなりなんなりして身体ごと持ってかれるんだから納得はできる。あとは、最近だったら魂だけ異世界に飛ばされて器となる体がモンスターだったり、動物だったり人間じゃないパターン。中には生き物ですらない場合もあるけど」


「お湯とか自販機とかね。その発想には感服せざるを得ない……」


「それで、だ。僕が一番不思議なのは死んで転生するパターンなんだけどさ。あれって死体は現実世界に残って葬式とかちゃんとやるじゃん。でも異世界には新品の身体でちゃんと存在できるじゃん」


「……それがどうかしたの?」


「いや、身体増えてんじゃん。分身じゃん。どっちが本体?」


「……あんまりそういう事は気にしない方が純粋に楽しめると思うよ」


「それはさておき、詩歌はタイムリープものって好きなのか?」


「……私は結構好きだよ。タイムリープとか、タイムスリップとか複雑すぎてよく分からない時もあるんだけど、作り込まれたストーリーを読むのはやっぱり楽しいと思う」


「そうか。詩歌はもしタイムスリップできるとしたらどの時代に行きたいとかあるか?」

 ひどくベタな質問だとは思ったが、高校生になってから知り合った詩歌の過去についてはあまり知らない。それどころか僕が詩歌のことで知っている事は限られている。むしろ知らない事が殆どだ。

 家庭のことや、僕以外の友達のこと、アニメやゲーム以外で好きなもの、スリーサイズ……聞きたくても聞きづらいが多い。詩歌は自分のことをあまり語りたがらない。

 秘密とまではいかないまでも人にはあまり触れて欲しくない部分というものが必ずある。無神経にそこへ土足で踏み入るような真似はしたくないしされたくない。と、僕は思うわけだ。


「タイムスリップ……そうだなぁ。私は今この瞬間が幸せだから、特にないかな」


「そっか。幸せなのはいい事だな」


「強いて言うなら……もう少し早く出会いたかったかな……」


「うん?  誰に?」


「……内緒っ!」


 普段の詩歌のイメージとは少し違った少し悪戯な笑顔に胸を打ち抜かれた。

「ちょっと今のめっちゃ可愛かったからもう一回お願い」


「……」


 頬を赤らめて俯いてしまった。自分でやって照れているようではまだまだだな。可愛いんだからもっと自信を持てばいいのに、勿体ない……
心の中ではそう思うが口には出さない。

 詩歌にとってたぶんそれは余計なお世話、いらぬ節介。空気の読めない親切は暴力と同義だ。誰もが主役になって目立ちたい訳ではない。


「そ、そんな事より……文人くんは、アニメや漫画だったらどんなジャンルが好きなの?」


「僕はファンタジーが好きだな。軽く戦闘があるものだと尚良い。あとは日常系も案外すぎだったりする」


「そうなんだあ。日常系いいよね。癒される……今期だったらーー」


 この後一頻り詩歌とアニメについて語り合った。語り合ったと言っても、詩歌の知識量には到底及ばない、アニメ初心者の僕には分からない話も度々出てきたのたが、楽しそうに話をする詩歌を見ているだけで癒されるので全く苦ではなかった。


「そう言えば文人くん。文人くんはタイムスリップしてやり直せるとしたら、どうしたい……?」


「僕か?  そうだな。もしやり直せるとしたら……生まれる前からやり直したいよ」

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