みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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28.持たざる者

「嫌いになるって……一体どんな理由があるんだ?」


「いえ、大したことでは無いのかもしれませんが、私の性質と言うか、性格に関わる話になりますので。私、自分の性格好きじゃないんですよ」


「え?  そうなの?  僕は月見山さんの性格好きだけどな。なんていうか真っ直ぐな感じ、好感が持てるよ」


「先輩ってたまに恥ずかしい台詞を平気で言いますよね。あんまり女の子を勘違いさせる様な事を言わない方が良いと思いますよ」


「本心なんだけど」


「全く……まあ、それはいいとして、質問の答えとしては、バスケに関して私は誰にも負けたくない……とかそんな格好の良い理由ではないんですよ。いえ、実際負けたくないって気持ちは勿論ありますし、それがモチベーションになっている部分も大きいです。けど……それ以上に自分より恵まれた体型や環境にある人を倒すのが何よりも楽しいからなんです」

「私より背が高いのにこの人は私に勝てない。私より筋力があるのにこの人は私に勝てない。私の方が上手い。私の方が才能がある……そんな事考えながらバスケやってるんです。最低だと思いませんか?」


「……そうか。予想していた答えとは違って少し戸惑ったのは認めるよ。だけどそれでなんで月見山さんを嫌いになるんだ?」


「えっ……だって、普通引かないですか?  完全に自意識過剰じゃないですか」


「まあ、そう捉える人もいるかもしれないけど、そもそもスポーツやってる人って大体そんな感じじゃないのか?  真剣に勝負してるんだから、優劣がつくのは当たり前だし、相手に勝つためにみんな必死に練習してるんだろ?  」


「それは……そうですけど」


「なんだよ。勿体つけた割には案外普通だったな」


「先輩……ありがとう。」


「え?  なんだって?  よく聞こえなかったな」


「絶対聞こえてたでしょ。この距離で聞こえないなんて、頭悪いんですか?」


「いやそこは耳が悪いんですか、だろ」


 月見山さんが自分のことを話すのは珍しい気がする。質問した僕が言うのもなんだけど。

 内容には多少驚いたけど、そんなに気にするようなことじゃないだろうと本気で思った。それにこんなにも努力をしている月見山さんに文句を言う奴なんていないだろう。


「そう言えば、以前たよりと天才ってなんだろうって話をしたことがあるんだけど、月見里さんにとって天才ってなんだと思う?」

 
「天才……ですか。意外ですね。矢野先輩とそんな話をするんですね」


「まぁな。たよりは努力した分、そのまま成長できる人が天才なんだって言ってたかな」


「なるほど。才能のない人は努力しても伸びないと」


「いや、そこまでは言ってないけど……同じ量の努力をしても成長度合いに差が出るって話だろ」


「確かにそれはありますね。実際に部活では基本的にはみんな同じメニューをこなしますけど、実力に差はありますからね」


「センスってやつかな?」


「ふーむ。天才……天才かあ。すみません、あまりそういうことは考えたことなくって」


「そっか。それはそれで凄い気もするけどな。この人には勝てない、とかこの人には絶対に敵わないみたいに感じたことはないの?」


「ありませんね。今のところは」


 虚勢を張っているとか、強がって言ってる様子はない。実際にそうなのだろう。

 たよりと1on1をした時に負けたことがないと言っていたそうだが、はったりではなく、本当に負けたことが無いのかもしれない。しかし、そんなバカげた話があり得るのだろうか?  それこそ本当の天才になるんじゃないか?


「ただ、私が世界で一番バスケが上手いとか思っているわけではありませんよ。当前のことですが。あくまで、敵味方問わず、一緒のコートに立ったことのある人の中で、という話です。高校生になってまだ時間も経っていないし、これから先、そういう人に出会えるかも知れませんね」


 日々の凄まじい努力に裏打ちされた実力。そしてその努力を当たり前として捉える精神力。更には努力を実力に変えることができるセンス。本当の天才ってこういう人のことを言うのかも知れない。

 これでもっと月見里さんの身長が高くて、恵まれた体型を持ち合わせていたなら、一体どれほどの選手になっていたのだろうか。

 いや、違うな。たぶん、身体的なハンデが無かったら、月見里さんはここまでの努力をしていなかったのかも知れない。彼女のモチベーションになっているのは、劣勢からのスタートで、優勢な相手を圧倒するという、言わば逆転勝利にあるのだ。

 将棋でいう駒落ちとは違う。優れたものが相手にハンデキャップを与えるのでは無い。初めから持たざる者が、努力と工夫で持つものを倒す。そこに価値を見出しているのだろう。


「ところで先輩」


「なんだ後輩」


「自分からお願いしておいて何ですけど、そろそろ手を離してもらっていいですか」


「ああ。ごめんごめん。」

 話に夢中になって月見里さんの腕を掴んだままだったのをすっかり忘れていた。 月見里さんの少し日焼けした肌に、僕の手形がくっきりと残っている。


「文人、二葉。私もお風呂上がったからどっちか入りなよー」


 リビングの方からたよりの声が聞こえる。トレーニングとお喋りで時間を忘れていたようだ。

「すっかり話し込んじゃったな。どうする?  先に月見山さん入るか?」


「そうですね。先輩とだったら一緒に入ってあげてもいいですよ」


「ば、ばか。親からもらった体を大事にしなさい!」


「先輩ってやっぱり変なとこで真面目ですよね。ま、そこが良いところなんですけど。私はもう少しでトレーニングが終わるので先輩が先にお風呂入っちゃってください」


「分かった。僕の残り湯で変なことするなよ」


「本当に頭大丈夫ですか?」


 後輩の冷たい視線に見送られながら、僕は大満足で部屋を後にした。それにしても長い一日だったな。流石に疲れた。

 でも女の子三人と合宿だなんて、そんな漫画みたいなイベントが僕に起こるなんて思ってもみなかったな。後にも先にも二度とこんなことないんじゃないかな。風呂に浸かりながらそんな事を考えている。

 少し不思議な気分だった。



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