みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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26.お友達

 パサッと乾いた音を立てながら彼女の体温を帯びた衣服が床に落ちる。そう、ついに後輩がTシャツを脱ぎ捨てやがった!

「い、いやいや。甘いな月見里さん。僕だってオタクとまではいかないまでも漫画やアニメは人並みに観たりするんだ。実はTシャツの下に水着を着ていたんですよーってやつだ……」

 言い終わる前に僕の目に飛び込んできたのは上半身下着姿の月見里さんだった。

「……え?!」

 し、白……じゃなかった!!

 し、Cカップくらいか?!  って言ってる場合か!

 まさか本当に下着になるとは思ってもいなかった。普段僕たちが目にしている部分、つまりは誰でも見ることができる衣服で覆われていない露出した肌は程よく日焼けしているが、それ以外の部分は透き通るような白色だった。

 先程ちらっと見えていた腹部を見た時も思ったけど、月見里さんは細い。細いというのは単に痩せているというだけでなく、なんと表現していいか分からないが、線が細いというか。

 決して痩せすぎていてるわけではないし、引き締まっていると言えばただそれだけの話なのかもしれないが……。


「あ、あの……すみません。調子に乗りました。そんなにまじまじと見ないでもらえると助かります。と言うか、ちょっと見過ぎです……」

 顔を真っ赤にして消えそうな声でそう言いいながら両手で胸をおさえている。なんか、余計にエロいぞ。

「照れるならやるなよー!」


 僕は廊下に出てドアを閉め、その場にへたり込んでしまった。心臓がバクバク言っているのがわかる。

 僕をからかおうとしたんだろうけど、予想以上の恥ずかしさだったらしく、ドアの向こう側で月見里さんが悶絶している姿が目に浮かぶ。


「先輩、お待たせしました。もう入ってもらっていいですよ」


 先程の消え入りそうな声は何処へやら、声のトーンはいつもの調子だった。


 がちゃりとドアを開けて部屋へ入ると今度こそ水着姿の月見里さんがそこに立っていた。


 赤を基調としたビキニにデニムのショートパンツを合わせたカジュアルなスタイルだ。白い綺麗な肌に赤色が良く映えている。


「では私は皆さんと合流しておきますので、先輩も水着に着替えてくださいね」


「分かった。すぐ行くよ」

 月見里さんは先程のやりとりがまるで無かったかの様な態度だった。

「……記憶から抹消したな。まあ、いいか。僕も着替えよう」

 自分のバックから水着を取り出し、スボンに手をかけた時、ふとベットの上に目をやるとさっきまで月見里さんが着ていた衣服が綺麗に畳まれて置いてある。

 さっきまで月見里さんが着ていた衣服……どくん。と僕の心臓が再び鼓動を早くする。

 正直興味がないと言ったら嘘になる。男子なんてそんなもんさ。だけど、欲望の赴くままに行動した後に残るのはなんだ? 

 恐らく虚しさと罪悪感と下手をすれば社会的死だ。そこまで僕も馬鹿ではない。

 心を落ち着かせるために月見里さんのTシャツに顔を埋めて深く深呼吸をしてから手早く着替えを済ませ部屋を後にした。


 照りつける太陽! 白い砂浜! 透き通る海! 流れるミュージック!

 詩歌の別荘から歩いて程なく、僕達はビーチに到着していた。夏真っ盛りという事もあって辺りは結構な人の多さだった。

「街中から少し離れてるのに結構人が多いんだな」


「そうだね……子供の頃に来た時もこんなに人が多かったかなぁ」


「詩歌も久し振りに来たのか?」


「うん……小学生の時はよく家族でお出かけしてたんだけど、最近は両親も忙しくなっちゃって。あまり遠出はしなくなっちゃった……」


「まあ、どちらにしても高校生になればどの家庭も家族で出かける頻度は少なくなるさ。その分こうやって友達と出かける機会を増やしていければいいな」

 少し寂しそうな顔をする詩歌にリア充っぽいことを言ってはみたものの、説得力が全く無いことに僕自身少し嫌気がさした。


「そうだね……私、お友達と海なんて初めてだから……どんな風に楽しんだらいいかよくわからないんだ。」


「ばかだなぁ詩歌。そんなこと、僕にも分かるわけないじゃないか。でも……子供みたいにはしゃぐあの二人を見ていたら、そんなことを考えているのは損な気がしてくるけどな。あと一つ教えておくけど、たよりはリア充じゃないらしいぞ」

 ビーチパラソルの下で詩歌とまったりと話をしながら、砂浜でビーチバレーをしている二人を見て、なんだか子供を連れてきた親の気分になってくる。

 というかあの二人、遊びだっていうのに運動量が半端ないな。何とか対抗意識が高いみたいだ。運動部ってみんなそうなんだろうか、なんてことを考えながらふと横で微笑む詩歌にも目がいく。

 あの二人が子供ということは隣にいる詩歌は僕のおくさんということになるな。まあ、僕としてはやぶさかではない。

 詩歌は中肉中背といった感じで、女の子らしいボディラインを持っているが、太っているわけではないし、でるとこはでて、ひっこむとこは引っ込んでいるという、なんとも反則的な体型をしている。そしてあの二人とは対照的で全体的に柔らかそうだ。

 ふわふわの長い髪を隠すように大きめの麦わら帽子をかぶっている様子はさながら芸能人だ。詩歌の着ている水着は胸までフリフリの付いている実に女の子らしいデザインでたわわに実った胸を更に大きく見せている。ピンク色を選ぶあたりやはり女子力の高さを感じられるな。


「それにしてもご両親はよく合宿を許可してくれたな。それに別荘まで貸してくれるなんて驚いたよ」


「お友達と行くっていったら喜んでたよ……普段はあまり、学校の話をしないから。口うるさく言わないけど、やっぱり心配なんだと思う」


「そっか。良いご両親じゃないか。うちの母親は口うるささで言ったら全国レベルだと思うぞ」


「そうなんだ。文人くんのお母さん……どんな人なんだろう。会ってみたいな」


「いやいや普通のおばちゃんだから」


 何でもない会話をしながら詩歌と過ごす時間は嫌いじゃない。むしろ好きだ。気負うことなく、自然体で話ができる。

 ただ、別荘を持ってるって、お金持ちなのかなと正直気になっているが、それは聞かないことにした。それを知ったところで高校生の僕たちには関係のないことだし、誰も幸せになれない気がしたからだ。


「おーい! 文人ー、姫城さーん。二人とも一緒にビーチバレーやろーよー」


 遠くから幼馴染が声をかけてくる。

「お前たちのレベルについてけねーよ」


「私と二葉はチーム別れるからさー。姫城さーん。一緒に文人と二葉を倒そう!」


「だってさ詩歌。いこーぜ?」


「うん!」


 本人も気づいていないようだが、最近見た詩歌の笑顔の中で、一番キラキラしていたことは僕だけの秘密にしておこう。

「よーし、たより。負けないからな。もし達が勝ったらサンオイル塗り塗りイベントやらしてもらうからな」


「えっ?!  ちょっと最低ー。もう二葉に塗ってもらったからいいし。……いやでも文人がどうしてもって言うなら、私は別に……その、いいけど」


「隙ありー!!」


 たよりがモジモジしている隙に強烈なサーブを叩き込んだ。


「ああー!  ず、ずるい!」 


「先輩、それは流石に……」


「文人くん……鬼がかってる」


 こうして僕たちは夏の海を存分に満喫した。

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