まるくまるく

あるまたく

第33話

遅く起きた朝は……遅刻するだけ、というね。
俺は寝る必要の無い体だから良い。しかしアルフは違う。夜更かしすれば当然、遅く起きるわけで。


「で、もうすぐ昼なわけだ。」
「しっかりと寝ました~ありがとうございます!」(なぜか敬礼)
「はぁ、とりあえず宿のオッサンが置いていった物を食べとけ。」


なかなか起きてこないアルフを心配して、宿のオッサンが朝食のパンと「まるでキャベツ」の葉を数枚置いていった。名前は知らん。小さな黒い粒が付いている。キツイ匂いは無い。


「アルフ、何で葉ばっかり食べるんだ? パンはらないのか?」
「え? この葉っぱだけで夜までお腹ふくれるんだよ? 食べたことないの? それにね、3日くらい日持ちするんだよ。」(もぐもぐ)


そんなにか、葉っぱ……。ごめんな。何も考えずに分解し食べてたわ。
葉っぱことチャベツという名称で芯まで緑色の野菜だそうだ。疑問に思うのは俺くらいか。見た目キャベツだしな。……ん? 夜まで?


「なぁ、アルフ、葉は保存食じゃないのか?」
「……。」(ピタッと咀嚼そしゃくが止まる)
「ふーん?」
「さぁ、食べ終わったし、外に行こうかな!」


俺が目を離したすきに、しれっと完食したアルフと宿の外に出る。葉っぱの名前は『クーイ』というらしい。そんなことよりも、さっきから好奇の目を向ける昨晩の少女たちが気になる。……ついてくる気か。


「アルフ、どこ行くんだ?」
「とりあえずギルドかなぁ。傭兵は無理だから商業の方なら。身分証がないから作らないとね。」
「ギルド行くんだってー。」
「うぇー、あそこのおじちゃん怒るから嫌いー。」


バレバレだし、つーか声聞こえてるし。チラっと後ろを見ると、隠れてすらいなかった。清々しい。実害は無さそうだから気にしても仕方ない。


小さい村ながら商業ギルドがあった。出張所らしいが。納品の証明くらいならしてくれるらしい。見た目が駅の改札横の窓口にしか見えないが、気にしたら負けだろう。ついてきていた二人は、近くの村人と立ち話をしている。……ついてこなくて良いのだろうか。
俺が窓口に近づくと、ギルド員は目を見開いて、じわりと汗をにじませていた。俺は襲ったりしないぞ、まったく。
まず狼どもの皮などを売ってみると、銀貨10枚程度になった。損傷が激しい、とかなんとか。
次にアルフに仕事を、と聞いてみる。
ギルドに登録した者にのみ斡旋あっせんしているようだ。しかし、出張所では登録業務をしていないらしい。今回の持ち込み品の売買記録は、登録後に加算されるとのこと。登録費用は1銀貨以上必要らしい。ふむふむ。
隣のアルフは何かを考えている様子だ。聞いた説明を反芻はんすうしているのだろう、と気になったのでアルフのズボンを引っ張り、しゃがませた。


「アルフ、あの説明はおかしいよな?」
「うん、損傷で引かれる額と登録費用は聞くつもり。」
「あとは身分証もな。」


アルフは文字を読めるし、難しそうな単語も知っている……どこかで教育を受けたのだろう。元の世界の学校は、さすがに無いだろうが。家庭教師かな。
背伸びしてギルド員と話しているアルフの背中を、微笑ましく思いながら見守る。


「……では、それでお願いします。」
「はい、少々お待ちください。」


受付から少し離れた所で、待つことにする。ちゃんと内訳や登録に関しての細かい所を聞いて理解したようだ。そして身分証に関しては、この村で登録すると本部へ送付して、書類とともに『この村で活動する場合のみ有効』な身分証が手渡されるらしい。……おいおい、詐欺かよ。
アルフも疑問に思ったらしく、手渡された時に質問していた。


「商人さんも身分証を作るんですか?」
「出店される方と行商人は、それぞれ許可証が必要ですよ。でも作る人はいませんね……面倒なだけですし。」
「必要な事が書かれているものはありますか?」
「要項は……こちらです。」


アルフの足元に近寄ると、俺を要項が見える高さまで引き上げてくれた。すまんねアルフよ。俺、足短いからさ……。ギルド員がたじろいでいるのを無視して要項を読む。ゴクッと飲み込む音が聞こえてきたけれど、俺は威圧していないぞ?


要項には、『趣旨、業務取扱範囲、課税項目、納税先、期限、問い合わせ先』が書かれている。趣旨は売買の円滑な実施を……というありきたりな文面だ。取扱範囲には気になる点がいくつかあった。


業務取扱範囲:登録商業ギルドにおける売買の許可を得たもの及び商慣習に従い、(商慣習がないときは、当該ギルドに対し事前に)申請した商品の売買に限る。


としか書かれていない。……これは抜けが多い。
まず『売買の許可が必要』とあるが、この村では登録が出来ない。本部にて登録し、発行された許可証をもって売買を行う。報告された売買を本部に送付するだけらしい。作って売るという行為が制限されてしまった? 逆だ、いくらでも売れる。
次に、『商慣習』についての知識がない。アルフは知識を得る事を優先すべきか。
最後に、『事前に』とある。ザっと見た限りだが、電気通信など無い村だ。魔法による通信が可能なのだろうか。村人が魔法を使う所を見たことが無い。おそらく鳥の足に手紙を括り付ける、ギルドや行商人に頼むのだろう。時間がかかる事を念頭に置いておこう。


課税項目:売買で生じた金銭的利益のうち1割に相当する額
期限:納品期限は売買後5日以内、納税期限は登録から1年後とする。
問い合わせ先:登録ギルド


むむむ……知らないことが多いので判断できない。取引前にギルドとの相談をする、とだけ覚えておこう。


「難しいね、商業って……。」
「いきなりは無理だろ、下積みの苦労もしてないしな。」
「……そうだね。仕事も紹介してくれなかったし、探さないとね。雑貨を売っている店に行ってみよう。」


自分で考え行動するアルフは、昨日よりも一回り大きく見えた。姿勢だけではないはずだ。アルフが自分で村人に道を尋ね、歩いていく。


ほどなくして村唯一の雑貨屋に着いた。こぢんまりとした一軒家だ。U字の絵が描かれた看板がかかっている。試験管のようだが、雑貨を意味しているのかな。アルフをあおぎ見ると、こちらに目線だけ寄越して、


「入って聞いてみるよ、いいよね?」


つぶやいた。……アルフ、俺の許可なんて要らないんだぞ?


雑貨屋に入ると、入口横には椅子があり、目の前にはカウンターがあった。カウンターの奥には棚が何列もあり、それぞれに商品が種類毎に分けて置かれている。カウンターに突っ伏している茶髪頭が規則正しく揺れている。店番なのだろうか。


「……寝てるのかな。」
「起こしていいんじゃないか?」
「そうだね。」


軽く揺すり起こすと、その少女は眠そうな眼で俺たちを見た。肩口まで伸ばした寝癖のある茶髪に燃えるような赤色の垂れ目。よだれが糸を引いているが気にしない。


「んん……あれ、納品?」
「仕事を探してるんだけど。」
「仕事~? お父さんが畑にいるから~、そっちで聞いてよ~。ふあ~。」


手をヒラヒラさせて欠伸あくび交じりに言われたように、親父さんが畑にいるみたいだ。行ってみよう。
雑貨屋の横には畑があり、様々な種類の農作物が植えられている。一部、しおれているが……。数名がかがみ込み、農作業をしている。男性は一人だけのようだ。アルフが話しかけるかと思ったが、手をギュッと握り少し震えている。今までの扱いを思い出すと、まだ怖いか。


「アルフ、俺を持ち上げても良いんだぞ?」
「……うん、ありがと。」
「気にすんな。」


俺を抱き上げたアルフは、10秒ほどで腹を決め、深呼吸をして話しかけた。手を止めて顔を上げた男性は、俺を見て顔色を変えていたが気にしない。


切りの良い所で行くから中で待っててくれ、と言われたので雑貨屋に戻ると、店番の少女が話しかけてきた。


「どうだった? お父さん何て?」
「待ってて、って。」
「あ~、なら大丈夫だね。私はナネッテだよ、そっちは?」
「僕はアルフ、こっちはキツネさん、かな?」
「アルフとキツネさん、ね。よろしく~。噛んだりしない?」
「変な事しなければ大丈夫だよ。」


ナネッテがチラチラと見てくる。大人しく撫でさせてやると、嬉しそうにしていた。今日だけだからな。
ナネッテの親父さんは戻ってくると、ナネッテに耳打ちをして奥に下がらせた。
親父さんとカウンター越しで対面する。


「で、ボウズ名前は?」
「アルフです。」
「俺はナータだ。見ての通り雑貨屋だ。仕事と言ってもな……現物支給で畑の手伝いしかないぞ? 店は、娘もいるしな。」
「そう、ですか……他をあたってみます。」
余所者よそものを雇う余裕が無くてな。それに、どこに行っても仕事は無いと思うぞ? 今年は不作でな……。」


雑貨屋を出て、あてもなく歩く。アルフは何も話さない。どうすれば良いか分からないのだろう。声をかけてやろう、と思った時、近くの酒場から怒鳴り声が聞こえてきた。


「ふざけんな、値上げだと!」
「仕入れ値が上がってな、値段を上げざるを得ないんだ。」
「クッ……!」


勢いよく酒場のスイングドアが開き、数名の男性が出て行った。不作に値上げか……下手をすると今晩は飯抜きになるかもしれない。


「アルフ、情報を集めるんだ。」
「情報って何を……。」
「不作に値上げだぞ? 手持ちが少ないんだ、この村を離れるか残って仕事を探すのか、決めるためにも現状を知る事から始めろ。」
「……うん。」


酒場は閑古鳥が鳴いていた。倒れた椅子を立たせている従業員の男性しかいない。男性はこちらを一瞥いちべつすると、声をかけてくる。


「いらっしゃい。すまないね、聞こえていただろう? 値上げしたんだ。」
「えっと、どうして?」
「忌み村から来た連中が買い占めちまってな。料理を出そうにも厳しいんだ。それにアルゴータの街への道まで分断されちまってな。」
「分断って?」
「あー、川に橋がかってたんだが、落ちたのか落とされたのか。物が入ってこないんだ。」
「ちなみに今はいくらに?」
「銀貨20枚だ。」


高い。昨日の宿の5倍以上か。吹っ掛けているが、深刻なのだろう。物流が止まるのだから当たり前だ。しかし、俺たちだけが移動するならば問題ない。そして黒球に橋を架けさせることは可能だろう。助けようと思えば助けられる。見捨てようと思えば……。
固まっているアルフを引っ張り、酒場の外へ連れ出す。近くに誰もいない事を確認して話す。


「アルフ、どうしたい?」
「え、どう……。」
「住民のために橋を架けるか、無視して他の街へ移動するか、それとも何もしないか。」
「どうしたら良いか分かんないよぉ……。」
「どうしたいのかを聞いているんだ、考えろ。商人になるんじゃないのか?」
「……僕には橋なんて無理だし、街へ行くまでの食べ物も買えないし。選びようがないじゃないか。」
「甘ったれるな、商人なら、俺に交渉をしてみろ。」
「……。」
「俺なら橋なんぞいくらでも架けてやる。街へも連れて行ってやる。何もしないなら見届けよう。お前次第だ、選べ。」


呆けた顏をしたアルフを見据え、じっと待つ。アルフ、自分で選ぶんだ。


決めるのはお前なんだ。誰かじゃないんだぞ、アルフ。



うつむいたままのアルフを待つ。見捨てるにせよ、救うにせよ誰にも邪魔はさせない。何もしないのなら尻尾でビンタをしてやるつもりだったが、大丈夫だろう。できれば早く移動したいのだが、この時間は今後のかてになる。しっかり悩み、自分なりの答えを出してもらおう。



「僕は、」



アルフは俯いたままつぶやいた。拳を震わせているが、しっかりと立ちながら。























「僕は、他の街へ行く。」

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