まるくまるく

あるまたく

第6話

腹が減ったまま寝ようと目をつぶっていても寝つけない。
そんな経験をしたことはあるだろうか。私はある。だから分かる。何か食べたいのだと。
目の前でうんうん唸りながら必死に寝ようとするエレナが不憫ふびんだ。


「何か食べ物ないのか?」
「……あったら食べてるよぉー。」
「はぁ、ちょっと待ってろ……なんか食べられそうなものあるか?」


と黒球に言うと、森でかき集めていたであろう様々な品が机の上に出てきた。
エレナを起こし机の上の食べ物を見せる。
ぐるんと体ごと俺へ向き直りガン見してくる。眼は血走り、よだれが落ちそうになっている。そんなに腹減ってるのかよ。
食べて良いと言うと、あっという間に平らげてしまった。


「腹は膨れたか?」
「うん、ありがと。こんな果物持ってたんだね?」
「まぁな。さっさと寝ろ。」
「……はーい。」


再度ベッドで横になったエレナはすぐに寝息を立て始めた。気楽なもんだ。
部屋の片づけついでにエレナもキレイにして俺も丸まることにする。


「んにゃ……うへへ……すぅ。」
「夢でまで食ってるのか……よだれまで、はぁ。」


よだれで枕にシミを作っているエレナ。定期的にキレイにしてやろうと心に決め、放置していた収集物について考える。
ハルの村からアルゴータまで結構な距離を移動した。黒球の収集物を確認する必要があるが、絶対に少ないわけがない。ひらけた、人目の少ない場所を探すことを決める。
あとは……この残念なエレナをそれとなく助けてやろう。はぁ。


次の日、日の出前の薄明時、部屋の扉がノックされた。矢印が出ないので敵ではないようだ。
ノックの音でハルが飛び起きる。あぁ、寝ぐせとよだれでひどいことに。
ドアが少し開かれ、立っていた女性はエレナの慌てぶりを見て、ため息をついている。


「……エレナ、行くわよ?」
「す、すぐ準備します!」
「はぁ、下で待ってるわ。」


昨日の茶髪女性の声だった。エレナを呼びに来てくれるのだから、悪辣あくらつなわけではないだろう。あせって着替えているうちにキレイに整えてやる。
エレナがこちらを向いたときに、ボタンの掛け違えがあった。あとで教えよう。


エレナとともに階下に降りると、入口付近に先ほどの茶髪女性が、エレナと同年代に見える少女とともに立っていた。
エレナが二人に合流する。


エ「お待たせしました! おはようございます。カミラさん、リーネ。」
リ「おはよーエレナー。」
カ「おはよう。いつもより早いわね……ってボタン掛け違えているわよ。」
エ「ぇ……ぁぅ、失礼しました!」
カ「服くらい自分で見てから出てきなさい。っと、髪どうしたの? 綺麗になってる。」
リ「昨日よりキラキラしてるー。」
カ「ん? その小さい子は?」
エ「あ、昨日帰りがけに見つけたんです。なんか不思議な子なんです。」
カ「まぁ、飼う分にはいいんだけど連れて行くの?」


茶髪女性はカミラというらしい。すらっとしてるキャリアウーマン風な気苦労の多そうな女性。メガネをかけたら似合いそうだ。
リーネはエレナと同じくらいの身長、年齢の少女で金髪が朝日に照らされている。
2人ともエレナと同じ服を着ている。違いはカミラとリーネの胸元には木枠に本をあしらった飾りがあることか。
そんな事を考えていた俺を3人が見つめてくる。どうかしたのだろうか。
エレナが俺の目の前にしゃがみ聞いてくる。


エ「どうする? 一緒に来る?」
俺「付いて行こう。」
カ「ぇ、その子話せるの? 嘘でしょ……。」
リ「ぉー、魔獣だー珍しー。」


俺が話せるのが信じられないカミラさんと面白がっているリーネが対照的だ。獣の姿でありながら人と会話するほどの知能があるものを魔獣というらしい。
リーネのざっくり説明では良く分からない。
3人とともに歩き出し、5分も経たないうちに俺が遅れ始める。頑張っているんだが、足の長さはどうにもならない。
エレナが申し訳なさそうに行ってくる。


エ「ごめんね、カミラさん歩くの早いの。」
俺「疲れてないから大丈夫だ。昨日は俺に合わせてくれたんだな。」
エ「いつもはもっと速いから、多分ゆっくり歩いてくれてるんだよ……あれでも。」
リ「そーなんだよー。あれで顔も怖いから皆大変なんだよー。」
カ「聞こえてるわよ? ……てぃ!」
エ「ぁぅー。」
リ「くぅぅ、なんかいつもより痛いー。」


エレナの小言にリーネが補足してくるが、カミラさんには聞こえていたようだ。二人の頭を軽く叩き、再度歩き始める。二人は頭を擦りながらもついてくる。
カミラさんは……今度は俺に合わせて、よりゆっくり歩いてくれている。やはりカミラさんは優しい人なのだろう。
しばらく歩くと、仕事場なのだろう建物に着いた。カミラさんから建物の中では机の上に乗らないことを注意された。
エレナと共に建物の中に入る。
差し込んだ朝日のおかげで、ある程度奥まで見ることができる。高さ2メートルほどの本棚が整然と並ぶ2階建ての図書館のようだ。入口正面に2階への階段がある。
立ち止まって眺める俺を見てエレナがほほ笑む。


「こんなに本があるのが珍しいかな?」
「あぁ、良い雰囲気だな。」
「ふふ、ありがと。と言っても、今日はリーネが当番だから、私とカミラさんはあっちだよ。」


と、エレナが指差す先には渡り廊下があり、別棟につながっているようだ。
カミラさんが廊下の奥でこちらを見ている。
こちらの本も気になるが、エレナに付いて行く。空き時間にでも見てみたいものだ。エレナに頼んだら読み聞かせて貰えるだろうか。
渡り廊下の中ほどまで歩いていくと消毒薬の匂いが鼻についた。病院でもあるのだろうか。
カミラさんに追いついた俺とエレナ。
別棟に入ると、右手にホテルの受付のようなカウンターがありエレナ達と同じ服の人達がいる。左手には大きな掲示板があり、何枚もの紙のようなものが貼ってあった。掲示板の横の通路から、先ほどの消毒薬の匂いが漂ってきているようだ。全体的に薄暗く、右手の受付付近だけが照らされている。
エレナとカミラさんは受付に近づいて話しかけている。なんの仕事をしているのだろう。
エレナの足元に寄って行くと、エレナがしゃがみ話しかけてくる。


「私たちは受付だから、ここにいるけどキツネさんはどうする?」
「つかぬことだが、ここは何なんだ?」
「ここはギルドだよ。カミラさん達のお手伝いをするのが私の仕事だよ。」
「座っているだけというのもアレだな。」
「まぁ、暇だね……しばらくは歩き回っても良いけど、人が来る時間になったら私の近くにいてね。」
「わかった。」


ついでなのでエレナに掲示板横の通路のことを聞いた。医務院があるらしい。
今は重傷患者がいるので迷惑をかけないようにと注意された。
建物内を見て回るとエレナに言い、医務院の方に行ってみる。


暗い廊下の先にはベッドが両側に2床ずつあり、手前の一つだけ人が寝ている。天井から布が吊るされ足を吊るしている。骨折でもしたのだろう。周りには誰もいないようだ。完治すると問題になりそうだから少し治してやろう。
黒球に一部だけ治すように言うと、吊るされた足を緑光が覆った。他に見る物も無さそうだ。エレナのところに戻るとしよう。
掲示板横まで来ると受付横でエレナが作業中だった。


「エレナ……何やってるんだ?」
「ん? あー……失敗しちゃった。受付で使う皮紙を切り分けようとしたんだけどね。」
「ほぉ、どのくらいに切れば良いんだ? 全部か?」
「えっと、この小さい皮紙くらいに。」
「切り分けてやれ。」
「え? ……ほわぁ、すごい。」


仕事があっという間に終わり、呆けているエレナを促し、受付内のカミラさんの所に行く。
事務仕事中のカミラさんはメガネをかけていた。似合う。手の動きが尋常ではないが、気にしたら負けなのだろう。
エレナがおもむろ に近づくと、カミラさんはピタリと止まった。


「もう終わったの?」
「はい、キツネさんが手伝ってくれました!」
「……そう、やっぱり魔獣はエレナより役に立つのかしら。」
「ぁぅー。」


頑張れエレナ。がっくりと項垂うなだれたエレナにカミラさんが木箱を手渡す。リーネとエレナの朝食らしい。ってカミラさん、いつ作ったんだ? 確か手ぶらだったよな……。
疑問に思いカミラさんを見ていると、カミラさんは俺を一瞥し不敵に笑う。こえぇ。エレナは慣れているのだろう、嬉しそうだ。
エレナとともに図書館のリーネに朝食を届け、外に出て入口横で食べる。中で食べてはいけないらしい。


「この後はどうするんだ? また受付か?」
「食べ終わったらリーネと交代して図書館で事務だよ。」
「ほぉ、本か。」
「本に興味あるの?」
「見てみたい、読めないけどな。」
「空いた時間に読んであげるよ。」


リーネと交代し、エレナは入口近くの机に座る。エレナの膝に乗り、文字を追いながら読んでもらう。
ある女性の冒険譚のようだ。貧しい村の少女が冒険の旅を通して成長する物語。挿絵が多いので読みやすい本なのだろう。しかし俺は文字の対比表でも作らないとサッパリ読めそうにないな……。
エレナに礼を言った所に朝食を食べ終えたリーネが戻ってきた。


「エレナー。本棚の掃除してきてー。あとこれの返却も。」
「はーい。」
「適当に休みながらで良いからねー。」
「はいー。」


机に座ったリーネに手を振り、エレナの本棚の掃除を手伝うことにする。
折りたたんだ布で鼻と口を覆い、棒の先に括り付けた布で叩くことで掃除をするようだ。エレナが目を細めながら掃除しているが、俺には手伝えることがない……いや、あるか。


「図書館のホコリを1箇所に集めてくれ。」
「おぉ……そんなことも出来るんだね……。」


両側の本棚からホコリが舞い上がり俺の足元へ集まってくる。灰色の山になった。
ホコリが一斉に流れるのを見てエレナが驚いていた。
エレナに山の処理は任せ、次々に掃除していく。1時間弱で全ての棚を掃除できてしまった。


「もう終わっちゃったね。魔法だよね? 良いなぁ。」
「魔法は珍しいのか?」
「私も魔力はあるんだけどね。さっきみたいなものは出来ないよ。せいぜいちょっと火が出せるくらい。」


どうやらこの世界の人は魔力を持ち、魔法を日常生活でも使うらしい。エレナは魔力量が少ないため、普段は使わないそうだ。
リーネやカミラさんは魔力量も覚えている魔法も多いらしく、たまに攻撃魔法を教えてもらうそうだ。


「ギルドの受付でも攻撃魔法が必要なのか?」
「必要だよ。非常時にはギルド員も戦わないとだしね。と言っても、私は全然ダメだけど……。」
「ほぉ、大変なんだな。」
「今日も昼からカミラさんと訓練だから色々見られるんじゃないかな。」
「……なんか浮かない顔だな?」
「カミラさん厳しいから……特に戦闘になるとね。明日は起きられるかなぁ……。」
「そんなにか……。」
「聞・こ・え・て・る・わ・よ?」
「「わぁ!」」


エレナが愚痴を言った所、真後ろから声がして二人して飛び上がるほど驚いた。
ガバッと音を立て振り返ると、青筋を立てたカミラさんが仁王立ちしていた。綺麗な笑顔なのに、これほどの威圧感……っていつ後ろに立ったのか、全く分からなかった。カミラさん恐るべし。
エレナがわたわたと言い訳をしようと焦っているのを横目に、俺はカミラさんに聞いてみる。


「カミラさん、午後のエレナの訓練見ても良い?」
「……見るのは良いけど、面白いものではないわよ。……もう掃除終わったなんて……休んでいいわよ?」
「ふぁ~ぃ。」


ダメとは言わないカミラさん。エレナをぐりぐりとして数冊の本を渡し、受付へと戻っていった。床に突っ伏したエレナに聞いてみる。


「その本は何なんだ?」
「……これ? 貸した本が返ってきたんだよ。分類して戻すのも仕事だよ。」
「へぇ、どこの棚なんだ?」
「さぁ?」
「……ぉぃぉぃ。」


頭から湯気が出ているエレナ。カミラさんのぐりぐりは警戒しようと心に決める。
それにしてもエレナ……仕事できてるのだろうか。エレナが机の引き出しから皮紙の束を取り出し、ペラペラとめくっていく。
あぁ、エレナでも分かるようにまとめられているのか。カミラさんの仕事だろう。
エレナは見つかったのか、奥の棚に歩き出す。


「この辺に……っとあった。ここに返してっと。」
「ん?」


エレナが本を戻している棚に近づいて、その棚の本の一つの背が白色で文字のないものだった。
気になって近づいて見ているとエレナが話しかけてくる。


「ん? その白い本、気になるの?」
「この本何が書かれているんだ?」
「見てみようか……何これ。」


とエレナが引き抜いた本は表紙も白一色の本だった。パラパラと見たが、何も書かれていない。とりあえずリーネに聞いてみよう。

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