剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第63話  魔王城へ

新しい『鮮紅・改』も手入れは完璧。回復魔法の魔法陣も持った。今日の体調もそこそこだ。
 じゃあ、みんなが起きる前に出発しないとな。誰も、付いてくるなよ?


 今日、魔王の城に行く。みんなで、なんて言ったけれど、やっぱり、連れて行きたくなかったから。
 だから、午前四時という時間に出かける。流石に誰も起きていない。
 前々から準備していたのだが、ここ最近魔王の活動が増えていて、女王様も限界だ。早く何とかしないといけない、そう思って。
 それと、シリルが誘拐されたのもある。魔王に。
 シリル達がエリーと仲良くなって半年くらい経つ。エリーとはますます仲が良くなり、・・・ちょっと恋人っぽくなっていた。もしかしたら、付き合ってるのかも。
 そんな中での誘拐。エリーは口を開けばシリルの事。正直、見ていられなかった。


 さて。魔王の城は此処からレリウーリアの方向にいけばいいんだったよな。
 俺が来たのは、飛行機を飛ばす事の出来る街。この前完成したらしい。船よりずっと早い。
 この前、この街に来て頼んでおいたから、向こうまで送ってくれる事になっている。そう、準備は出来ているのだ。
 当然、不安はある。魔王というのが、どんな人なのか分からないし。
 でも、ごめん。置いて行かないでって、言ってたんだけどな。


「出発してもよろしいですか?」
「もちろんです」


 とにかく、行くと決めたのだ。もう、戻りはしない。
 ごめんね、みんな・・・。俺、結構我が儘だよね。




「着きました。此処です」
「ありがとうございます」
「帰りは、いいんですよね?」
「はい。大丈夫です」


 六時間で着いた。島は大きいから着地は何の問題もなかった。
 うん、にしても、何でアルファズールの近くにあるんだろう。もっとレリウーリアの方でも良いと思うんだけど・・・。レリウーリアが魔王信仰だし。
 あ、そうか。あんまり近いと、レリウーリアの人が来るかもしれない。それは迷惑なんだろう。


 時間は十一時。少し心配していたけれど酔う事もなかったし、問題はない。
 まあ、船でなかったんだから、大丈夫だろうと思っていたけれど。
 途中で買ったパンを食べつつ散策。魔物は・・・。居ないみたいだな。驚くほど魔力が薄い。俺が感知できないだけか? なんで・・・。


 散策を続けていくが、俺はある場所でぴたりと立ち止った。それは。明らかに異質だった。
 俺の今居る位置から、一歩踏み出したところから先は、レリウーリアでも比べ物にならないほど、莫大な量の魔力がある。その奥にあるのが、魔王城。なるほど・・・。全ての魔力が此処に集中している。


 ちょっと怖いけれど・・・。行くか。こんなところで、いつまでも立ち止まってはいられない。
 中に入っても、特に何も変わらなかった。ただ、魔力の中に殺気が混ざっている。もう、俺の存在に気が付いているという事か。


 うーん、ちょっと怖くなってきたな。誰か連れて来・・・。ダメだ。自分で決めただろ、一人で来ると。
 魔王城はとても大きい。黒と紫が基調で、まわりの強い魔力も相まって、不気味な雰囲気だ。


 大きく重い、金属の扉を開けると、其処はエントランス。床は黒と赤のチェック。壁は真っ暗。天井からは、紫色のシャンデリアが下がっている。暗いエントランスを歩いて行くと、また、大きな扉が現れた。
 俺が近付くと、扉の上の紫色のライトが付き、其処に描かれているものがくっきりと浮かび上がった。


「なんだ、これ・・・?」


 眩しくて目を細め、少し慣れてきた時には、其処に書かれているものに目を奪われていた。
 扉には、『Gula』と、綺麗な筆記体で書かれていて、隣には・・・。なんだろう。豚と、何かの虫? が書かれている。
 なんでだか分からない。不思議な魅力があった。


「グ、グーラ・・・? 一体・・・?」


 紫色に光る扉がとても不気味だ。開けて良いのか迷い、とりあえず扉に触れようとすると、触れる前に扉は開いた。勝手に・・・。ライトはもう、消えていた。
 中は、やっぱり薄暗かった。扉の前が明るかっただけあり、慣れるまでに少し時間が掛かる。
 恐る恐る、一歩踏み出してみる。床は紫色。一色ではない。赤と桃色で魔法陣っぽいけれど、違う、そんな模様が描かれている。ところどころ白かったりもする。
 壁は青紫。ではないのかもしれない。青紫色のガスが立ち込めているのだ。壁の色までは分からない。
 そして、色々なところに大きな鎖が。床と壁、天井などが繋がれている。なんか、瓦礫みたいなものが落ちている。


 其処に、人が、一人・・・。


「我は『暴食』の悪魔、ベルゼブブだ」


 この人の不気味なところ。真っ白な仮面を被っている事だ。笑った顔を模している。
 服装は紫色のスーツ。背中からは虫の羽。白い手袋をした左手で持つ仮面のせいで表情は分からない。それが余計に不気味だ。とりあえず、仮面は笑っているな。
 髪の色は白でもグレーでもない。銀なのだ。仮面と襟の間、袖と手袋の間からチラリと見える肌は、驚くほど白い。
 思わず・・・。見とれてしまった。


 まあ、そんな暇はないな。ベルゼブブは右手を水平に上げる。発生したのは、赤黒い魔力の塊。操られたリーサの撃ったものと同じだ。つまり、あの、溶けるやつ。
 その場に立ったまま。位置は動かず、向きだけ変えて俺を追う。足も動かさない。
 ちょっと怖い。どうやってるんだろう。


 ああもう、俺、接近しないと攻撃できないんだって。どうすりゃいいんだ。近づくなんて絶対に出来ない。
 まわりの鎖がじゅううと音を立てて溶けていく。嫌な音・・・。瓦礫も溶けるんだけど、一体どんな魔法・・・?
 魔法の間を縫って接近するが、トンと軽く避けられた。遊ばれているみたいで気に入らない。


「剣神ユリエル・・・。お前の力はそんなものなのか?」


 んな訳ないないだろ! 俺はおまえを倒しに来たんじゃない、魔王を倒しに来たんだ!
 カッと目を見開く。剣に魔法を。これであの魔法に少しだけ触ってみる。よし、行けそうだ。
 簡単な、且、剣技に向いている魔法を練習してきたのだ。超強力な対魔の魔法。全ての魔法を弾く事が出来る。ただし。武器に掛けた場合に限る。そういう魔法だ。


 カキン、カキン、と綺麗な金属音。金属がぶつかっている訳じゃないのにな。
 魔法は剣にぶつかると、軌道を変更し、あらぬ方向に飛んで行く。じゅうう、という音が聞こえてくる。これ、城崩れたりしないよな?
 接近してしまえば俺の方が有利だ! 思い切り振り降ろす。


 ・・・あ? バインドされた。右手に剣が握られている。殺気を感じた為、後ろに下がる。
 ベルゼブブは剣を出した為、左手が使いたくなったらしい。仮面を勢いよく放り投げた。


 その顔を見て。俺は思わず、剣を降ろして見入ってしまった。
 整った顔立ち。それは、男の人なのが勿体ないと思うくらいだ。
 瞳は綺麗な紫をしている。唇は淡い桃色。そうして、白い肌がとてもよく会う。
 もし動かなかったら、人形の様だ。切れ長の瞳が俺を捕らえる。


 彼は、剣を持つ時に邪魔になる、白い手袋をそっと脱ぎ捨てた。真っ白な手は、男の人のそれには全く見えない。綺麗に切りそろえられた爪の先まで、全てが美しい。
 悪魔に美形が多いというのは知っていたが、まさか此処まで・・・。優雅な動きで剣を構え、しっかりと俺を見据える。


 その時、カツリ、と音がした。仮面が床に到達したのだろう。その音で、俺ははっと我に返った。
 ベルゼブブは、ただただ、俺を見ていた。まだ、攻撃する気はないらしい。
 どうしよう、傷つけたくない。この綺麗な彼を。なんてこった、敵だというのに。


「どうした?」
「いや、何でもない」
「・・・。ふっ、我の主人が作ったこの体、美しいだろう?」


 じゃあ、魔王が・・・。滅茶苦茶趣味良いじゃねえか・・・。なんか悔しい。
 俺が黙って頷くと、彼は少し嬉しそうに微笑む。酷い、なんて綺麗なんだ。
 でも。戦わなくちゃいけない。俺は魔王を倒すと決めたから。


「悪いが、勝たせてもらうぞ」
「お前にそれが出来るか?」
「出来るか、じゃない、やるんだ」
「ああそうか。では、我も本気で相手をしよう」


 羽があるのが厄介だ。けれど、悪魔との戦闘は、相当の数をこなしている。大丈夫、落ち着いて。
 バインド。上からだから、強い。剛いから、一回外してもう一度。なかなか上手く当たらない。
 フェイントを入れつつ攻撃してみるけれど、やっぱり当らない。


 親指で鍔のあたりを押さえて握る。下から横殴りに、大きく振る。大振りだけれど、勢いがある。相手の剣を押しのけて命中させられる。
 ああでもダメだ。上手い。防御されてしまった。こういう時は。素早く相手の剣の下を通して攻撃。この時に、相手の剣をちょっと押すと、反射的に押し返してくるからいいって言ってたっけ?
 まあ、そんなの通用しなかったけど。


 もういっそのこと剣奪おうか? 以外と出来ると思うんだけど。ずるい? そうか? ちゃんと武術の本に載ってたけどなぁ? やらないけど。
 まあ、自分でも驚いてるんだけど、結構リラックスして出来ていると思う。負けはしない、大丈夫。




「あっ・・・」


 ベルゼブブはその場に転がる。思い切り足を斬った。もう、立つ事は出来まい。
 体力も相当消耗しているし、回復魔法もかけられないようだ。散々魔法、使ってたからな。
 このままなら、出血多量で死亡だろう。俺はそっとベルゼブブに近づいた。


「剣神、ユリエル・・・。割と、楽しかったぞ」
「そうか・・・。そう言ってくれると嬉しい」


 ああ、止めを刺したくない。一瞬でも。生まれた感情は、そうそう簡単にはなくなってくれないのだ。
 視界が少し揺れる。ああ、何でこんなところで・・・。まだ一人目だっていうのに。


「剣神ユリエル。我はもう、助からない。楽にして、くれないか?」
「わかった。楽しい戦い、ありがとう」
「我こそ、ありがとう」


 剣を高く振り上げる。胸を目掛けて振りろし、引き抜くと、バッと赤い液体が溢れだした。
 随分、血の赤が似合う奴だ。辺りは血みどろ。でも、何でか、嫌ではなかった。
 最後に、もう一度。顔を眺める。その顔が、優しく笑っていたから・・・。


「絶対に魔王まで行く。無駄に死なせるなんて、嫌だから」

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